撃墜王は地に堕ちる   作:綾春

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変化

 光の射す部室。埃っぽさこそあれど清潔で、最低限の体裁を保っていた。その最低限というのも、例えばシートの破れだとか床のきしみだとか、最初からあった不具合のようだ。

 そんな廃バスを利用した部室で、一人ペンを片手に思い悩む。しかし何を書くわけでもなく、ただ内張りの剥がれて所々断熱材の覗く天井を仰ぎながら思考していた。

 

「……うーん」

 

 水色の髪が揺れる。手元のノートには何も書かれておらず、無益な時間が過ぎている事を証明していた。

 

「どうしたの?」

「わっ!?」

 

 前部の乗降ドアから顔を覗かせているのは汐留先生。低いポニーテールにまとめたキャラメル色の髪がだらりと重力に引かれている。

 

「あ、ごめんね驚かせて。なんだか思いつめてるみたいだったから」

「思いつめるってほどでも……ちょっと考え事ですよ」

 

 そう返すと、先生は何かを企むような顔を見せた。まるでいたずらを考える小学生のようにあどけない笑顔だ。

 

「……プレイスタイル、定まんないか」

「―――分かりますか」

「分かるよ。これでも顧問だもん」

 

 その幼い表情の奥には、どこか大人の余裕を感じる。抜けているように見えるゆるい雰囲気の先生だが、この辺かなり目ざといようだ。

 

「そうですね。ぶつかりに行く生粋のファイターなので、優位が取れないと、ちょっと……って」

「そっかぁ……うーん」

 

 再び何かを企むような顔。そして少し経って。

 

「練習試合、組んでみよっか」

 

「――――え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――で、唐突に練習試合が決まったと」

「そうです。何か、ごめんなさい」

「いや、試合の機会が増えるのはいいことだ」

 

 少し経った部室で、昌也さんと二人。昌也さんは衝立の向こうでフライングスーツに着替えており、時折絹すれの音が耳に入る。

 

「それに、俺もそろそろ先生に話を通そうと思ってたんだ。ちょうど良かったよ」

「でも、高藤ってかなりの強豪校ですよね……どうしてそんなところと練習試合が組めるんですか?」

 

 今度の練習試合の相手は、高藤学園福留島分校。全国大会の常連で、四島はおろか全国的にも強豪に含まれる高校だ。確か前年度の全国優勝も高藤から出ていたはず。

 対する久奈浜学院は、そうは言っても小規模に含まれる学校だろう。FC部も強さこそ全国レベルであれど、規模は……見ての通りだ。

 

「高藤とウチは、結構密接なつながりがあるんだ。練習試合とか合同練習も何回かしてる」

「へぇ、そうなんですね……だから二つ返事で了承が返ってきたんだ」

 

 先ほど私に練習試合を組むと言ってから、先生はその場で高藤に電話をかけていた。そしてその場で了承を得たのだった。

 

「……高藤は今、切り替わりの時なんだ。今までは、三年生の部長が引っ張っていた。こう言うのもなんだけど、元部長と今の部員たちには余りにも技術の開きがある。きっと皆経験が欲しいんだと思うよ」

 

 衝立の影から、フライングスーツに着替えた昌也さんが出てくる。白を基調に黒、緑を配色した少年的な色使いで、同じく少年的なルックスの昌也さんによく似合う。

 

「ともかく、今は練習しよう。高藤相手に情けない試合はしたくないし」

「……そうですね。今から楽しみです」

 

 膝にかけていたブランケットを畳み、部室を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合形式の練習。空に描かれるのは白と水色のコントレイル。鋭角に素早く駆け回る白い軌跡に対し、楕円を描くように旋回しているのは水色の軌跡だ。

 

「そこっ!」

「くぅ―――っ」

 

 進行方向に凄まじい速度で現れた風翔に対し、真白は旋回しながらの上昇で回避。それを追って風翔はもう一度加速を開始する。

 真白も、成長スピードこそ遅いものの、確実に強くなってきているのが分かる。速度を殺さない立ち回り、それがスピーダーに最も求められる技術。直感的に戦うファイターよりもさらに戦術の組立が重要になる。

 

 再び同じパターンで風翔が行先に立ちはだかる。真白は上方向にフェイントを入れ、下方向へ。体の構造上、下方向は防ぎにくい。上や左右は手を伸ばせるが、下に手は伸びない。

 しかし風翔はそれを読み切っていた。足元で光を瞬かせメンブレンを操作。宙返りのように方向転換し、真白の背中を狙う。

 

 真白の背中に風翔の手が触れる。ポイントフィールドが発生し、風翔にポイントが入る。

 

「でも、これなら……!」

 

 真白は風翔にプッシュされた勢いを利用してローヨーヨーに移行。風翔の呪縛から抜け出した。対する風翔はそれを見て即座に次のラインに移動する。

 真白がブイに触れる。これで2対1。真白がリード。

 

「よし、そこまで。降りてきてくれ」

「分かりました」

「これからってところなのに〜」

 

 二人が砂浜に降りてくる。冬だというのに汗がにじんでいるのは、二人がそれだけ本気だったという事だろう。

 

「風翔とやってみてどうだった?何か得たものとか」

「そうですね……すごい、怖かったです。こっちは小回りが効きませんから、捕まったら終わりだと思って必死に逃げたんですけど……」

 

 スピーダーは旋回に弱い。スピードが出ていれば出ているほど曲がらないのは車と同じで、相手の動きを遠くの時点で察知する能力が求められる。

 今日の真白はかなり冴えていて、その点でいつもよりも高いレベルにあった。今なら他の学校のレギュラーメンバーと戦ってもそれなりにやれるだろう。

 

「風翔は?何か見えたものはあったか?」

「いえ……相手を足止めできないと今回みたいにリードされて終わっちゃうんですよね……」

 

 対するファイターは速度が遅い。毎回セカンドブイの一点を与えた状態からスタートするファイターにとっては、その後のライン上で二点以上取れないと厳しくなる。そのままズルズルと一点の差を引きずることになるからだ。

 

「何とか相手を捕まえる方法を考えないとな……」

「いつもみたいに、一度手を触れれば何とかなるんじゃないんですか?」

「上手いスピーダーはそれを見切ってくる。押された反動でブイに飛んだりするしな」

「うーん……難しいですね、ファイターって」

 

 明日香が唸る。スピーダーは一度パターンに入れてしまえば何度もポイントを重ねることが出来る。対照的にファイターはそれを崩す何かを持っている必要があるのだ。

 

「みさきは何か、心がけてることみたいなのはあるか?」

「んー……スピーダー相手にはともかく軌道を読んで先回りか、相手の方に突っ込んでいくかのどっちかだから……特にないかな。直感?」

 

 直感派のみさきはそのへんを野生の勘で嗅ぎつけるようだ。やはり天才肌は人に教えるのが下手なのだろう。

 

「……ここは考えても仕方ないな。今日のところは終わりにするか」

「疲れたー!甘いもの食べたーい!」

「いいですね。甘いもの食べて帰りましょうよ」

「あ、私も行きます!」

「じゃあ私も」

 

 思いつめたら気分転換。そんなこんなで、ファミレスに行く予定が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「FLYっ」

 

 停留所から空へ踊る。何度、どこで飛んでもこの浮かび上がる瞬間の高揚感は堪らない。すっかり暗くなってきた空に飛び上がると、海の彼方、水平線に赤い夕日が見える。

 

「綺麗ですね〜」

「そうだね、すごい綺麗……」

 

 故郷、廣島は瀬戸内だったから、海こそあれど水平線を見る機会はなかった。橙に染め上げられた水平線は、コントレイルのように真っ直ぐで、水面にじんわりと滲んでいる。

 

「ほらほら、早く行こうよ〜」

「そうだな。行くか」

 

 ローファー型のグラシュが短く細い軌跡を描く。

 

「あ、待ってくださいよ〜」

 

 私たちもそれに続く。紺色に染め上げられた空に、白色と桃色のラインがすっと引かれる。

 

 

 

「みさきさんのグラシュって、ファイター用のレーヴァテインですよね?どうしてそれを選んだんですか?」

 

 空を飛びながら、ちょっとした疑問を投げかけてみた。インベイド社のレーヴァテインはメジャーでこそあれど、ユーザーの少ないピーキーなモデル。それを選ぶにはそれ相応の理由がありそうだ。

 

「かっこよかったから」

 

「……えっ?」

 

「かっこいいでしょ?レーヴァテイン。だからだよ」

 

 確かに、レーヴァテインはカッコイイ。凹凸が多く、シルエットはかなり大柄でSFに登場するロボットのようだ。黒いボディが放つ光は金色。メカらしさを前面に押し出したスタイルは一定の人気を誇る。

 

「……それだけ、ですか?」

「うん。逆に風翔は何でそれなの?えっと……」

「エンゲイジですね。これはまぁ、紆余曲折がありまして……」

 

 私がエンゲイジを使い始めた理由。それにはちょっと複雑な理由があったりする。

 

「私の親友―――私にFCの楽しさを教えてくれた子なんですけど、彼女が使ってたのが同じアブルホールの『ウェアウルフ』ってやつだったんです。それをリスペクトして使い始めたのが次弾の『マーメイド』、ファイターに転向するときに買い換えたのがこの『エンゲイジ』なんですよ」

「へぇ……その親友ちゃんって、強いの?」

「強かった、ですかね。今は知らないです」

 

 そうきっぱりと言うと、みさきさんは何だか釈然としないような顔をした。

 

「親友って言うからには、今も付き合いがあるのかと思ったんだけど……」

「今は会えない事情があって。いずれまた会うと思いますよ」

 

 今でも会いたいと思っている。だけど今はその時ではなく、約束を違わなければいずれFCの舞台で会うことができる。だから今は連絡を取らないようにしているだけなのだ。

 

「エンゲイジ、かっこいいでしょう?」

「……うん、正直すっごい好み」

 

 あまり好きじゃない話題になってしまったので、多少強引だが話をすり替える。そんなこんなで雑談をしていたら、久奈島の中心街まではすぐだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。私は一人、夜の海岸に来ていた。グラシュは持たず、普通の靴を履いて。

 

「ん―――っ……風が気持ちいいな」

 

 私は昔から眠れない日に、こうして海を見に来ることが多かった。海が好きというよりはこの湿った風が好きで、鼻腔をつく磯の香りもどことなく心を癒してくれていた。

 

「……ここちゃん」

 

 かつて親友としてともに空を飛んだ少女。今どこで何をしているのかは分からない。それでも私は友達だと思っているし、これからもそうだと思っている。

 しかし、相手がどう思っているのかは分からない。もしかしたら約束のことなんて忘れているかもしれないし、もしかしたら性格がガラッと変わって私の事を何とも思っていないかもしれない。

 

「それでも……」

 

 私にとっての飛ぶ意味は親友との約束が大部分を占めている。それをふいにされたからといってFCをやめはしないと思うが、少なくともモチベーションは著しく落ち込むだろう。

 

「待っててくれてるかな」

 

 自信がなくなってきた。そもそも私はネガティブな性格で、前を向く理由がないと前を向けない。支えがないと立ち上がれない。そんな人物だ。

 

「……今は考えても仕方ないか」

 

 だが、今は親友という支えがある。まだ頑張れる。

 

「うー、寒っ……帰ろ」

 

 なよなよした自分を投げ捨てて、明日からも頑張る決意をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その週末。私たち久奈浜学院FC部は、四島において久奈島と隣り合う島である福留島にやってきていた。

 

「来ましたねー……何だか久々ですね」

「事実久々だもんね。腕がなるにゃー」

 

 大きな学校施設だ。近代的な作りの校舎と広いグラウンド、向こうに見える砂浜も学校の敷地だろうか。―――高藤学園福留島分校。本土に本校を持つ高校の、分校とは思えない規模の分校だ。

 

「すごい大きいですね……」

「風翔は初めてだもんな。皆優しいから、緊張しなくていいよ」

「と、言われましても……」

 

 私が元いた高校と比べても倍近い。久奈浜学院もそれなりに大きいが1.5倍はあるだろう。

 

「ほら、行くよ。いつまでも門の前でガクブルしてられないから」

 

 窓果さんに手を引かれて歩み始める。校門を通り、もう後には退けない。

 

 

「……頑張らなきゃ」

 

 久奈浜学院FC部の部員として、初めての練習試合が始まる。




短編とか言っておきながら長くなりそうです。20話とは行かずとも、15話くらいにはなりそうな……
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