試合開始のホイッスルで、紫と緑のコントレイルがすっと伸びていく。互いにオールラウンダー故にそのまままっすぐセカンドブイへと飛ぶ。そのまま横一線でブイへと飛びつくかと思われたが、真藤さんはショートカットを選択。昌也さんはセカンドブイに触れ1ポイントを先取し、セカンドライン上で旋回する真藤さんにめがけて突っ込んでいく。
「すごいシザーズ……」
「メンブレン操作の応用で、不規則かつ鋭角的に切り返してますね。すごい……」
私の横で空を見上げる市ノ瀬さん。彼女のまっすぐな瞳は輝く軌跡だけを見つめていた。真面目で勉強熱心だというその性格が窺い知れる。
「だけど相手はあの真藤一成……そう簡単には抜けない」
「えぇ。それは昌也さんも分かっていることだと思いますよ」
緑の光が真藤さんの横をすり抜けようとするが、光が弾けてその動きは止められる。ただ、それは昌也さんも覚悟している事のはず。ここから何を魅せてくれるのか。私が何を学べるのか。
「ひとときも目を離しちゃいけない……全部、焼き付けなきゃ」
一度、二度。マーブル色の光が弾け、ふたりの距離は離れる。
「さっきの言葉、二言はないね?」
「はい。全力でお願いしますよ!」
垂直に近いローヨーヨーで速度を一気に乗せる。ここから上昇に入るタイミングが難しく、下手をすれば一瞬で背中に触れられてしまう。基礎的テクニックだが、使いこなすには奥が深い。
そのまま水面に向けて直滑降を続ける。体がすくみそうになるその直前に、俺はメンブレンの床を蹴りつけた。
「なるほど、そう来るかッ!」
ローヨーヨーは速度を乗せて敵の下を一気にくぐり抜ける技だが、しっかりと速度を乗せたうえでエアキックターンに繋げる。最大速度から反転しての急加速となるため、エアキックターンだけで行うよりも有効的に距離を広げることが出来るだろう。
真藤さんも同じくエアキックターンで転回する。頭を押さえるようにサードブイ側に展開し、同じ高度を並行して上昇し続ける。
「このまま平行線ですか? 真藤さんっ!」
「まさか。ここからさ……!」
次の瞬間、真藤さんの脇腹で光が連続して明滅した。すると螺旋を描くように加速した真藤さんが俺の後ろに一瞬にして着いた。
「僕も進化するのさ。日向くんが思っている以上に……ね!」
背中だけには触れさせまいと上半身をひねる。伸ばされた手のひらは俺の肩を強く押し、突き飛ばされ姿勢を崩したところに更に追い打ちをかけようと手を伸ばす様が見えた。
「させるか……!」
背中を丸めてつま先を僅かに触れさせる。急速にその場で宙返りをして真藤さんに向き直る。しかし。
「そうだろうね。日向くんならそうすると思っていたよ!」
目の前に真藤さんはいない。一瞬の逡巡を挟んでしまったことが、命取りになってしまう。
『昌也くん、上ですッ!』
インカムを通して届いた声。明日香の声だ。上を見ると、メンブレンの壁を蹴って急降下をする真藤さんの姿。それも、急速に前回転をしながら、だ。
「この高度からでも……届く!」
脳天に叩きつけられるメンブレンの衝撃波。感じたことのないほどの速度で体は降下を始める。
「あ、あれは……」
「『スタースプラッシュ』……私の技を」
セカンドラインよりもはるかに高い場所で放たれたそれだったが、日向さんは水面に強く叩きつけられてしまう。どれほどの威力だったかは想像に容易い。姿勢を立て直すのに時間を要してしまった昌也さんの背中に、真藤さんの右手が触れた。紫色のポイントフィールドが、得点を取られたことを知らせた。
続けざまに上空の位置を維持し続ける真藤さんに対して、超低空飛行とシザーズを織り交ぜた動きで隙を見せまいとする昌也さん。
「ありゃ……あのままじゃもう1ポイントまでは長くないかな?」
みさきさんの冷静な分析。確かに私もそう思う。だけど、同時に昌也さんがあのまま終わるとは思えない。太くきりりと描かれる若草色のコントレイル。まだその光は力を失っていない!
「どうしたんだい日向くん! まさかこれで終わりじゃないだろう!?」
「もちろん。ここからが勝負ですよ!」
連続的なメンブレンの操作で水面すれすれを加速していく。真藤さんも同じように、上方をとったまま加速してくる。そのまま速度を上げていくと、同じ速度を維持して真藤さんは続行した。
「……ここだッ!!」
右手を水面に触れる。手のひらにかかる強い抵抗を軸にして、体を前後方向に180度反転させた。そしてさらにエアキックターンに繋げ、一気に上方へ躍り出る!
すなわち、一瞬にして最高速度から停止まで速度を下げ、更に急加速で直上へと向かう連続技。真藤さんの上が取れる!
「なるほど、さっきの僕と、市ノ瀬くんの技の合わせ技か……!」
冷や汗が浮かぶ。デモンストレーションとはいえ、さっきの僕は間違いなく全力だった。『勝つ』ではなく『潰す』と心に決め、容赦なく叩き潰そうとした。しかしそこから一気に窮地に追い込まれた。
「今の技を一瞬で思いついたのか……流石、天才は違うな!」
立場は一変、僕が水面上を這うように逃げる展開だ。正直、非常にまずい。しかしこの展開を楽しむ余裕もあった。こうして優位を取られることに劣等感を感じない。
「いつまでも、日向くんは僕の憧れだからね!」
シザーズから、メンブレンの操作で水面に弧を描くように加速していく。日向くんはそれに合わせて速度をあげる。大きく円を描くように速度を上げていく。時間的に次が最後の仕掛け時だ。ずっと練習していた『アレ』で仕留める!
「何か仕掛けてくる……」
紫色の、混沌としたオーラを感じていた。何かを仕掛けてくる。間違いなく。俺の下を飛ぶ真藤さんの動きを一瞬たりとも見逃さぬように目を凝らした。
次の瞬間。真藤さんはぐるりとこちらに向き直り、背面飛行で追従し始めた。そして手を伸ばし、メンブレンが触れ合う。
「『スモー』!? 不完全だけど、確実に……ッ!」
距離が離れる。横方向にタッチされたせいで左右に距離が開いてしまい、上方の優位を維持できない。立ち位置が水平に戻る。
「行くよ、日向くん!」
彼の背中に、コブラが見えた。とぐろを巻き、こちらを見据えるコブラが。しかしここで戸惑っているわけにはいかない。俺の背中を見ている人が居る。負けることなど、出来ない!
「まっすぐなプレイで、フェアなFCで、目を覚ましてやるッ!!」
一度、二度。触れ合う手のひら。メンブレンの炸裂が閃光を発し、幾度も幾度も距離が離れる。触れては近付き、すれ違い。交差する二つのコントレイルが上空へと昇り、混じり合っていく。
試合の結果は1対1の引き分け。最後の1点は決まらなかった。
夕日の沈む浜辺。昌也さんが隣に降り立った。
「どうだった? 伝わったかな」
「はい。そのまっすぐにぶつかるプレイスタイル……FCの『楽しさ』。再認識できましたよ」
交じり合う軌跡。ぶつかり合う閃光。ふたりの楽しげなぶつかり合いに、私も久しく感じていなかったフライングサーカスの楽しさを思い出した。
「明日からも頑張ります。もっとまっすぐ、強くなりたいです!」
「……あぁ。俺も手伝うよ。一緒に強くなろう」
私の手を取って引き起こす。その手は少年らしい表情とは違って、力強い男性の手のひらだった。