撃墜王は地に堕ちる   作:綾春

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正しい飛び方
鳥籠


 今日の晩御飯はオムライス。我ながらとろとろふわふわに出来て、満足。予想以上の出来に写真を一枚撮って、スプーンを入れた。

 

「……にしても」

 

 ここ最近、先日の練習試合で昌也さんが見せたFCが脳裏に焼き付いて離れない。力強くも美しい、迫力のあるコントレイル。あんな軌跡を描けたことが、今までにあっただろうか。

 

「やっぱりすごいな……努力に裏打ちされた技術と、経験が活きる一瞬の判断力……」

 

 及ばない。やっぱり昌也さんは眩しい憧れのままだ。ブランクがあるとはとても思えない鮮烈な飛行に、私は完全に魅了されてしまっていた。

 私もあんなふうに飛べたなら。いや、あんなふうに飛べるようになると決めたのだ。真っ直ぐで、綺麗なコントレイルを残せるスカイウォーカーに。

 

 

 

 ふと、スマートフォンに保存されている一つの動画を再生する。それはかつて廣島での地方大会で撮影された映像だ。白いコントレイルと赤いコントレイル。それらは複雑に混ざり合い、絡み合い、空を埋め尽くす光になる。

 

 白い軌跡は私だ。そして赤い軌跡は、私の最大のライバル。かつて廣島最強のファイターと呼ばれた少女だ。そのプレイスタイルはただただ圧倒的。敵の上方を制圧し続け、ただひとつの接触も許さない。

 

 私が力強く、真正面からぶつかるスタイルなのだとすれば、彼女は触れずとも相手を圧倒するプレッシャーを持つスカイウォーカーだった。唯一無二の親友でありながら、空ではその威圧感に足が竦んだ。

 

 

 私が何か迷った時には、この動画を見る。『今の』彼女のFCに勝つこと。見えない敵との戦いに、現実味を持たせるための自分なりのまじないだった。

 

 

「……飛びたくなった!」

 

 エンゲイジに足を通し、玄関を駆け出す。

 

「FLYっ!」

 

 こんなにも楽しいFCは久しぶりだ。今は飛ぶことが、楽しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒空を駆け抜けるコントレイル。海風の吹き付ける海岸で、久奈浜FC部の練習は今日も行われていた。桃色の軌跡と絡み合う白色の軌跡。

 

「風翔もだんだん馴染んできたな」

 

 エンゲイジと風翔の相性は抜群にいい。彼女自身、反応速度とねちっこいドッグファイトを得意としているため、一度まとわりついたら離れないあのグラシュは正しい選択と言える。

 

 ……ただ。

 

「やっぱり、明日香にはちょっと及ばないな。みさきとはいい勝負だと思うんだけど」

「そうだね。やっぱり、手の内を知られてたら決め手に欠けるところはあると思う」

 

 みさきが見せたスモーみたいな、分かっていてもどうしようもない技術。繰り出した時点で戦局が大きくひっくり返ってしまうような大技が、風翔には無い。とにかく後出しジャンケンで相手の頭を取り続け、『バードケージ』よろしく封殺するのが彼女の最大の戦略だ。

 

 しかしそれでは、圧倒的スピードを誇る全国レベルのスピーダー相手には戦えないだろう。それこそ乾なんかがいい例で、彼女のグラシュ『アグラヴェイン』のもつ圧倒的速度とリミッターを解除したグラシュをねじ伏せる彼女の手腕は、本物の天才である明日香をいとも簡単に窮地に追い込んで見せた。

 

 そもそもだ。乾のバードケージは俺が真っ向から否定したものであって、その戦術で戦うのは筋が通っていないというものだ。何とか彼女に合った戦術を考案してやるのが、コーチ兼任の俺の役目だろう。

 

「……まだ道のりは長いな」

 

 風翔の才能がどう活きるか。俺にかかっていることを再認識し、妙な重圧を感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある離島。人口わずかの島の上空に描かれる、幾何学模様の如きコントレイル。かたや、鮮やかなグリーン。かたや、深海のような深いブルー。

 

「……ッ」

 

 乾沙希は狼狽していた。この少女の戦闘力に。

 

 戦場を支配する王者。地上で言うところの虎かライオン。そんな圧倒的威圧感と、実際に私に襲いかかる圧倒的な力。かつての私とは少し違う、それでいて同じ本質を持つ飛び方だ。

 

 私の作り出す鳥籠に囚われることなく、更に大きな檻を作り上げて私を支配する。これが純然たるファイターの実力か。

 

 

「……アブルホールの、新型……」

 

 彼女の技術もそうだが、履いているグラシュも圧倒的な性能だ。半ば私専用に作られたアグラヴェインだが、彼女のグラシュは更にその上を往く。瞬発力こそないものの、速度、旋回性能共にこちらを凌駕している。

 

 蒼の軌跡が鋭角的に描かれる。気圧されて動けない私の背中に、手が触れる。

 

 

「……悔しいけど、私には」

 

 届かない存在。あの桃色の軌跡を見た時と同じ、敗北感を感じた。私の後ろで笑みを浮かべる少女は、私よりも強い。


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