凰鈴音さんとの邂逅から数週間が経ったある日の夜、僕は凰さんの家である中華料理店で食事を取っていた。
絡み酒ならぬ、絡み烏龍茶をしてくる凰さんの横で。
「ねぇ、雪人聞いてる!?ねぇってば!!」
僕が上の空だったのがばれてしまったようで凰さんが少し大きめな声で僕を呼びながら詰め寄ってくる。
「聞こえてるよ・・・・・・」
僕は凰さんの話を聞きながらこうなった経緯を思い出す。
……
…………
それは彼女を助けた日から数日後、両親が仕事の都合で夕飯が用意できなかった日のこと。
僕は両親からその事を伝えられていたにも関わらず忘れてしまっていて、気づいたのは夜九時を過ぎた所だった。
最寄りのスーパーマーケットは閉まってしまい、コンビニの弁当や、ファストフードは食べる気がしない。
どうしようかと考えながら飲食店を探しているなか、喉の渇きを覚えたので、自動販売機に近づき財布を開く。
その財布の中には、見覚えのある一枚の紙―――凰さんの家の住所が書かれたもの―――があり、それを見た僕は、ちょうどいい機会だと思い、飲み物を買うのをやめ、住所の示す場所へと向かった。
店舗の前に到着して中にはいる、手動のドアが開閉することで来店を知らせるベルが店内に響く。
厨房から一人の女性が現れ、接客を始める。
どことなく凰さんに似ているので、恐らくこの人が母親なのだろう。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
「はい、そうです」
『お好きな席へお座りください』と言われて、店内を見渡す。そこそこ混んでいるようだが、まだ席に余裕がある。
僕は、入り口から向かって左側の壁際、四人掛けのテーブル席に進み腰を下ろす。
メニューを開き、チャーハンと青菜の炒め物のセットを注文しひと息つく。
凰さんの姿は見当たらないので、もしかしたら家には居ないのかも知れない。
店内を見るのをやめて携帯を取り出し、ニュースサイトを開く、目についた記事を選択して中身を読んでいく。
(また女尊男卑の被害者の犯罪か・・・・・・。最近本当に多いな)
インフィニット・ストラトスが世に出てから始まった女性優遇政策の影響か、このところ男性による犯罪数が上昇している気がする。
中には冤罪も含まれているはずなので、一概には言えないが、傷害や殺人などの事件では、僕と同年代、もしくはそれ以下の年齢のか弱い少女達が狙われやすくなっている。
(やっぱり、許せないよなぁ……)
いくら女性に怨みがあったとしても、年端もいかない非力な存在に手をかけるのは、人としてあってはならないと思う。
まだ、世間を知らない中学生の、甘い認識での正義感かも知れないが、この想いは大切にしていきたいと思う。
「お待たせしました。チャーハンと青菜の炒め物です」
思考に没頭していると、聞きなれた声が耳に入る。
顔を上げ、声のしていた方向を見る。
「「あっ!?」」
料理の乗った皿を持った凰さんと目が合い思わず声を上げてしまう。
彼女も僕の事に気づいたようで僕と同じ反応をする。その声に周囲のお客さん達が気づきこちらを振り向く。
「鈴ちゃんどうしたー?」
「なんかされたんか!?」
怪しい者を見るような視線で僕の事を見るお客さん達、何もしていないのをアピールするために僕は、必死に首を横に降る。
凰さんも僕の慌てる様子を見て、直ぐにお客さんに向かって否定の言葉を伝える。
「なっ、何でもないっ!知り合いだったのに今気づいただけだから・・・・・・」
「おおっ!鈴ちゃんのいい人ってやつかぁ」
「ちっ、違うわよっ!」
僕が何かしたという誤解は解けたものの、また別の誤解が生まれ、お客さんのおっさん達が盛り上がるが、それに対して凰さんは直ぐに否定する。
確かに完全に誤解なので否定するのは当たり前なんだけれど、惚れている相手に言われるのは少しばかり傷つく。
「はぁ、まったく・・・・・・あのおっさん達わぁ!」
深くため息をついてぼそりと呟く凰さん。
取り敢えず気を取り直したのか、料理をテーブルに並べる。
「来たなら呼んでくれて良かったのに」
「いやぁ、姿が見えなかったので居ないものと」
「お父さん達に言えば良かったんじゃないですか?」
「それも、何て言うか・・・・・・」
「まぁ、いいかな。取り敢えず食べて待ってて。お父さん達に話してくるから」
「えっ!?ちょっ・・・・・・!」
いきなりの事に戸惑う僕の言葉など聞かずに、凰さんは厨房の方に向かってしまう。
呼び戻すことも出来ないので、僕は言われた通りに食事に箸を伸ばす。
あっ、この炒め物うまい・・・・・・。
なんて現実逃避をしていたら、厨房から凰さんと両親がこちらに向かって歩いてくる。
思わず立ち上がって、彼女らがこちらに来るまでそのままでいる。
お客さん達もこちらに視線を再び向け、興味深そうにこちらを見ている。
そして、僕が立つテーブルの前で足を止めると、三人共、ほぼ同時に頭を下げる。
「この度は、娘を助けてくださりありがとうございました」
父親がお礼の言葉を述べてくれるものの、僕は、年長者に頭を下げられ気が気ではなくなってしまう。
「あっ、当たり前の事をしただけなのでっ!頭を上げてください」
そう言って体勢を戻してもらうように促す。
その言葉に従って体勢を戻してはもらえたが、店主一家が頭を下げたことで完全にお客さん達は、僕に関心を持ってしまったようで、一人の老年の男性が店主に向かって口を開く。
「おう!耕さん、こりゃ一体なんなんじゃ?」
「あぁ、徳さんお騒がせして申し訳ないです。以前話した、鈴の恩人がいらっしゃったのでお礼をね・・・・・・」
「ほぉ、そうか!この若いのが」
どうやら僕の事はこのおじいさんには伝わっていたらしく、合点がいったという風に首を何度も縦に動かしている。
そして、この答えを聞いたどこのテーブルも皆、お祖父さんと同じような反応をしている。
「あの・・・・・・もしかして、皆さん僕の事を・・・・・・」
嫌な予感がして凰さんに聞いてみる。
「あぁ、ここにいる皆は常連さん達でね。申し訳ないが話してしまってね」
「あぁ、そうなんですね」
苦笑いをしながら返答する。
まさか、あのときはここまでのことになるとは思わなかったので、正直、引きぎみではある。
「おぅ、若いの!鈴ちゃんを助けてくれてありがとうなぁ。彼女は儂らにとっても子供や孫みたいなもんじゃからな」
「若いのにちゃんとしていい子だねぇ」
「兄ちゃん、こっち来て一緒に飯食おうぜ。奢ったるから!」
常連客に腕を引かれ彼らの近くのテーブルに座らされてしまう。
僕のテーブルにあった料理を凰さんのお母さんが持ってきてくれて、それを周りの人と話をしながら食べる。
凰さんや両親もその輪に加わり、ちょっとした宴会の様な雰囲気になり、お礼ということで、いろいろな料理を凰さんのお父さんが次々にテーブルに並べてくれた。
味はとても美味しかったが、余りにも多くの料理が出てくるので正直、お腹が限界寸前にまで追い詰められた。
凰さんとも色々な話が出来た。
僕が同じ学校の生徒だと言うととても驚いた顔をしていたけれど、クラスが違うし、接点も無かったから仕方ないかなと思う。
同じ学年だと分かってからは、彼女はいつも学校で友人と話しているような砕けた話し方に変わり、僕も釣られて砕けた口調になっていった。
更に嬉しいことに、僕を名前で呼んでくれるようにもなった。僕は凰さんと呼ぶようになった。だって、名前で呼ぶとか恥ずかしいし。
そんなこんなで結構いい時間になってしまい。
この日はお開きになった。
帰った後に、両親にこの事を話したら、今度は一緒に行くと言って、次の休みの日に挨拶に伺った。
それからというもの、両親が居ない日は彼女の家にご飯を食べに行く事が多くなり、その度に色々な事をお互いに話し、友人と呼べるような間柄になった。
まぁ、その弊害と言ってはなんだが、ある話題を良く振られる様になってしまった。
それが、まぁ、冒頭の絡み烏龍茶の話になるんだけれども。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「一夏がまたさぁ・・・・・・」
凰さんが、いじけた声を出しながら話を進める。
もう何度目になるだろうか分からない『織斑一夏』についての話だ。
「織斑君が鈍いのは今に始まったことじゃないじゃん」
「だってアイツ、付き合ってくださいって言われて買い物に一緒に行くことだと勘違いしてたのよ!告白した女の子を慰めるのにアタシがどれだけ苦労したか」
「でも、織斑君がそういう人だから今のところ誰とも付き合わないでいるわけでしょ?それで、凰さんも取り敢えずは様子見でいられるんだし・・・・・・」
「むぅ、雪人の言う通りなんだけど、そうなんだけど・・・・・・」
うがーと言って足をジタバタさせて、凰さんは俯いてしまう。
まぁ、ちゃんと返事を返さないままの織斑君に告白するのは、一番親しい女友達として、周りの子達に悪いと言って彼女達の相談に乗ってる凰さんも何て言うか、義理堅いのか馬鹿正直なのか。そこが良いところではあるんだけど、まぁ、いつも通りに言いたいこと言わせて落ち着かせるか。
「取り敢えず、言いたいことがあるなら聞くよ。その代わりご飯一杯分おかわりサービスしてね」
空になった茶碗を彼女の前に差し出してにっこり笑う。
すると彼女は、呆れたような目をしてお茶碗を受け取る。
「まったくっ、可愛い女友達が落ち込んでるのに、アンタはいつもそうやって・・・・・・」
文句を言いながらもご飯をよそって持ってきてくれる凰さん。
可愛い女友達ってのは認める。うん、本当に。
「そう言われてもねぇ。可愛い女友達の相談に乗るために、週に一回はこうして来ているんだから見返りは欲しいじゃん。ご飯一杯分なら安いとおもうけどなー」
「はいはい。ありがとうございます」
おざなりにお礼を言って彼女は元居た場所に座り直す。
この後は決まって、織斑君の文句をいった後に、彼のここが格好いいとか、こんなところが好きとか織斑君自慢が始まる。
僕は、それを聞きながら、相槌をうって、時折ご飯を咀嚼する。
そうして暫く止まらずに話して、僕の食べている料理の皿が空になると、お開きになる。
今日もそれは変わらずに、僕の食べ終わった頃合いを見て、彼女は話を終わらせる。
「ふぅー。満足した。雪人ありがとね♪」
立ち上がり、僕の食べたお皿を纏めて厨房まで持っていく。
戻ってきたら、お会計を渡してお店を出る。
「じゃあ、またね」
「うん、明日学校でね」
別れの言葉に答えて家へと帰る。
黒の空には星がちらほらと見える。
話の終わり際のあの笑顔を思い出して、幸せな気分になる。
けれど、そのすぐ後に、気持ちが落ち込む。
ああして彼女と話すと毎回決まってこんな風に気分が変化する。
今の関係が楽しくて。
それに満足している自分がいて。
今の関係を壊したくなくて。
彼女の役に立つことで、必要とされているような気がして。
彼女の笑顔を見れるのが嬉しくて。
だから、応援しようと決めたんだけれど。
「やっぱりちょっと寂しくはあるよね……」
僕に向けられた笑顔より、綺麗で優しい笑顔を向けられる相手が居る。
僕よりも近くて、僕よりも必要とされる相手が居る。
どうしようもないその事実を噛み締めて、肩を落として家路を急いだ・・・・・・。