恋に落ちて ~彼女と僕の距離~   作:流離の素人

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第3話 別れ

紅葉した葉が散り始め、肌寒い風が吹き始めた頃。

僕は喫茶店で、落ち込んだ表情の凰さんを視界に納めながら、放置されて冷めきってしまったコーヒーを口に含む。

苦味が増して、美味しさの消えてしまった液体が喉を通り、僕の陰鬱な気持ちを加速させる。

 

「話は分かった・・・・・・」

 

休日の午後、凰さんから聞かされたのは両親が離婚するというショッキングな話であった。

凰さんは目を潤ませて、苦しそうな表情をしながら僕に話をしてくれた。

 

「もう、決まってしまったことなんだよね?」

 

こくりと頷き、再び彼女は俯く。

あの仲睦まじかった彼女の両親が離婚するという話に僕もショックを受けている。

 

「どうして僕に?」

 

疑問に思っていたことを聞いてみる。

暫く時間を空けて、彼女は口を開く。

 

「誰かに、誰かに・・・・・・話を、聞いてほしかったの。でも・・・・・・アイツや弾達には話せ、ないから」

 

恐らく本当の事なんだろう。

そして、彼女自身、もうどうにもならないことは分かっているんだろう。

実際、頼られたとしても、僕には彼女の両親を説得することなど不可能だし、他人が深く関わってもいい問題ではないだろう。

織斑君は正義感の強い人ではあるけれども、この話を聞けば何かしようと動いてしまうだろうし。

織斑君とも仲が良い、五反田君や御手洗君に話せば、ふとした瞬間に織斑君にばれてしまいかねないから、彼らとはそこまで親しくなく、かつ、普段から良く話を聞いている僕に話をしに来てくれたのだろう。

 

「辛い話を僕にしてくれてありがとう」

 

取り敢えずだが、辛い気持ちを抑えて話してくれた彼女を労いつつ周囲を見渡し、店内の様子を確認する。

話し始めた頃は閑散としていた店内だが、徐々に人が増え始めていた。

客の中には、凰さんの落ち込んだ雰囲気と、暗い表情を見てチラチラとこちらに視線を向けている者もいる。

この話をこれ以上ここでするのは、不適切と思い彼女に提案する。

 

「人が増え始めてるからそろそろ出ようか。で、あとの話だけど、僕の家でしよう」

 

そう言って彼女の反応を伺う。

首を縦に動かしたのを見て、席から立ち上がる。

 

「お会計してくるから、外で待ってて」

 

ゆっくりと立ち上がる彼女に伝えてレジへと向かう。

店員にお金を渡して店を出る。

彼女はドアの前で俯いて立っていた。

どこかふらふらとしているようで、危なっかしい。

 

「ごめんね。何か怖いから・・・・・・」

 

一言謝ってから、彼女の手を握る。

普段の彼女ならこの瞬間に抵抗や反撃があるのだが、それらが来る気配はない。

余程参っているのが分かってしまい、何も気付いてあげられなかった自分を不甲斐なく感じる。

握った手の感触を気にする余裕もなく、僕達は無言のまま道を歩く。

幸運にも知り合いとすれ違うこともなく、目的地である僕の自宅へと辿り着いた。

玄関の鍵を開け、中に入る。

両親の靴が両方とも玄関にないので、恐らく揃って買い物にもでも出掛けたのだろう。

メールを開き、帰ってくる時は連絡してほしい旨を伝える。

 

「先に僕の部屋に行ってて。何か飲み物用意するから」

 

玄関で大人しく立っている凰さんに指示をだし、僕は、キッチンへと向かう。

 

「取り敢えずお茶で良いかな」

 

冷蔵庫に入っていたペットボトルのお茶を取りだし、コップとお茶菓子を並べたお盆の上に置いて部屋へと向かう。

 

「お待たせ」

 

部屋のベットに腰掛ける凰さんに声をかけ、持ってきたものをテーブルの上に置く。

ついでにお茶をコップに注ぎ、ひとつを彼女に手渡す。

 

「ありがと・・・・・・」

 

喫茶店を出てから口をつぐんでいた彼女が久しぶりに声を出した後、コップを少し傾け、液体を口に含み嚥下する。

それを見たあと、僕は話を始める。

 

「まぁ、それでさ。うちに来てもらったのは良いんだけど、特に何も考えてはいないんだよね」

 

凰さんは僕の顔を見て話を聞いてくれている。

 

「取り敢えず、僕が質問していくね。辛かったら答えなくても良いから」

 

そう言って反応を待つ。

『分かった』と言ったのを確認して、僕は質問を始める。

 

「体調、悪かったりしない?」

 

「体調は平気・・・・・・だと思う。少し寝れてないだけだから」

 

そう言われて彼女の目元を見るとうっすらとだけど隈が浮かんでいた。

 

「僕以外に誰かに話したりした?」

 

「話してないわ」

 

「そっか。織斑君や五反田君達に話すつもりはあるの?」

 

「今は話さない・・・・・・。アイツに心配かけたくないから」

 

こんな時でも、誰かを気にしてしまう彼女は、本当に損な性格だと思う。

けど、僕の予想は大体当たっていたようだ。

彼女返答から、織斑君達に相談するのはもちろんのこと、他の人に相談することも出来ないのが分かった。

つまりは、落ち込んだ凰さんを励ますのを、僕一人でしなければならないってことになる。

 

「本当は、雪人にも話すつもりじゃなかったんだけど・・・・・・」

 

「なら、なんで?」

 

悲しそうに頬笑む彼女に問いかける。

数十秒か、数分か、悩むように口を閉ざしていた彼女は下を向いて答えた。

 

「・・・・・・アタシ、転校することになるみたい。それが、分かったら何か、堪えられなくなっちゃって」

 

離婚の話を聞いてから、予想しなかった訳ではないが、本人の口から語られたことで僕は再びショックを受ける。

同じ国内への転校ならばいいが、彼女の母親が元々中国に住んでいたことと、現在の女性優遇の社会情勢を考えると簡単に彼女がどこへ行くのかは予想できた。

 

「中国か・・・・・・」

 

「うん・・・・・・」

 

僕の呟きに彼女が答える。

学生の僕らにとって住む国が異なるというのはとてつもなく高いハードルである。

そして、想い人と離れるというのも同様である。

 

「正直、僕もショックだ・・・・・・」

 

「うん。だから、話したくなかった」

 

『ごめん……』と謝られる。

自分も辛いはずなのに、また彼女は他の人を気遣う。その姿に、疑問に思っていたことを聞いてしまう。

 

「凰さん、泣いてないよね?」

 

これまでの話から、他の人を優先してしまう彼女が自分の感情を吐き出して居ないのではないかと思ってしまう。

どうやら指摘自体は、間違いではなかったらしく彼女は反応に困っている。

 

「泣いたってどうにもならないじゃない。それに、お父さん達に聞かれたら・・・・・・」

 

あぁ、本当に損な性格をしている。

楽しいことがあったら笑う。

悲しいことがあったら泣く。

感情を表現するのは、人として当たり前のことなのに彼女はそれを圧し殺してしまっている。

このままだとどこかで、その感情が暴走してしまうだろう。

だから僕は、彼女に伝える。

 

「今日、両親はまだ帰ってこない。この家には僕と凰さんだけだ」

 

「うん・・・・・・」

 

「僕はこれからやらなくちゃいけないことがあるから、下の階に行く。多分、集中していて何も聞こえないと思う」

 

「・・・・・・」

 

僕の言いたいことが分かったのか押し黙る凰さん。

僕は座っていた椅子から立ち上がり、部屋から出る。

扉の反対側からすすり泣く声が聞こえ始め。

それは次第に大きくなっていく。

僕は、階段を下りてリビングでイヤホンをつけ、思考する。

 

「こんなことしかできなくてごめん・・・・・・」

 

何も出来ない無力な自分を変えたいと初めて思った。僕は暫くの間、思考の海に沈んでいく。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

「雪人?」

 

思考の海に沈んでいた僕に声がかけられる。

リビングのドアの前には凰さんが居て、僕の事を見ている。

彼女の瞳と、目の回りは赤くなっていたが、表情は先程よりも明るいものになっている。

 

「あぁ、ごめん・・・・・・。音楽聞いてたら眠くなっちゃって」

 

そう言って考え事をしていたのを隠す。

 

「ううん・・・・・・。ありがと」

 

「僕は何もしてないよ」

 

彼女に笑いかける。

すると彼女は、呆れた顔をして。

 

「アンタっていつもそうよね・・・・・・」

 

なんてことを言ってくる。

彼女を助ける度にこんなことを言ってる自覚はあるけど、今回は本当に何もしていない。

 

「あー、まぁいいわ。そうやってお礼を受け取らないのはもう分かってるから」

 

「そうですか。それは良かった。スッキリしたようだしなにか飲む?」

 

「じゃあ、紅茶で!」

 

「了解!持ってくから部屋で待ってて」

 

「分かった」

 

凰さんがリビングから出ていくのを見送った後、キッチンに向かいやかんに火をかける。

水が沸騰するまでの間に、カップやティーバッグを準備しておく。

 

「やっぱり凰さんは元気があった方がいいな」

 

ひとりごちながらぼうっとする。

ふと彼女はこれからどうするのだろうかと気になった。

織斑君と離れることになるのだから、恐らくどこかのタイミングで告白をするのだろう。

 

チクッ

 

胸に何かが刺さった様な痛みが走る。

心の中で僅かに凰さんがフラれる姿を想像してしまう。

 

「俺ってやなやつ・・・・・・・」

 

織斑君ではなく、自分に振り向いて欲しいという自分が居る。

頭をふるふると横に振り、その想いを振り払う。

湯気を出し始めたやかんの火を止め、洗面所に向かう。

蛇口をひねり、冷水で顔を洗う。

タオルで顔を拭き、鏡に視線を向け笑顔を作る。

 

「うん!平気だ!」

 

気を取り直して、キッチンで紅茶を入れ部屋に向かう。

ドアを開けて凰さんに話しかける。

 

「お待たせ」

 

「全然待ってないわよ」

 

そう答える彼女の前のテーブルに紅茶を置く。

僕はもうひとつのカップを持って、勉強机の方の椅子に座る。

彼女が紅茶を口に含んでから、僕もカップに口をつける。

ふぅと彼女が落ち着いたのを見計らって先程考えたことを聞いてみる。

 

「落ち着いたみたいだから聞くけど、これからどうするの?五反田君達に言うの?」

 

僕の質問を聞いて、彼女は真剣な顔をする。

 

「そのつもりよ。でも、もう少ししたら・・・・・・・弾と数馬には教えるわ」

 

「織斑君は?」

 

「一夏には教えない。教えたとしても転校することだけかな。アイツ絶対何かしようとするだろうし」

 

笑って紅茶を飲む凰さん。

 

「じゃあ、告白はしないの?」

 

そう聞いた瞬間、ブハッっと紅茶を吹き出して彼女は咳き込む。

 

「アッ、アンタッ、何いきなり変なこと聞いてくるのよ!」

 

動揺しまくる彼女に無言でティッシュを渡す。

それを受け取った彼女は顔を吹き、その後にテーブルなどを拭いていく。

 

「変じゃないでしょ?別に」

 

「変よ!絶対!いきなり聞くことじゃないわよ!」

 

「だって離れ離れになるんだよ?これまでみたく、彼の周りの女の子達の様子も見れなくなるし」

 

「うー、でもー」

 

うわうわと言葉になっていない声を上げながら彼女は考え込む。

普段はさっぱりしている癖に、織斑君の事になるとすぐこれだ。

仕方ないからもう少し発破をかけてやることにする。

 

「凰さんが居ない間に、織斑君の悪い癖が治るかもしれないね」

 

「うっ」

 

「そしたら、誰かと凰さんが知らない間に付き合っちゃうかも」

 

「あぅ」

 

「織斑君真面目だから、そのまま結婚しちゃうかもね」

 

「うー、あー」

 

「そしたら、もうどうしようもないよね?」

 

悪い顔で笑いながら凰さんを見つめる。

その笑顔を見た彼女は、僕をキッとその猫のような瞳で睨み付け叫ぶ。

 

「あー、もう!分かったわよ!告白してやろうじゃないの!」

 

はい、頂きました。

僕は録音状態にしていた携帯を止め、音源を再生する。

先程、自分が叫んだ言葉がそのまま流されるのを聞いて彼女は目を見開く。

 

「言質はとったからさ。言えなかった時は覚悟しておいてね」

 

「アンタ、性格悪いわよ!消しなさいっ!」

 

携帯電話を掴もうと伸ばしたて来た手を避ける。

その後、暫くの間、部屋の中で追いかけっこをしていたが、僕がいつまでも捕まらないことに、凰さんは音声を消す事を諦めて帰っていった。

帰り際に『アンタが友達で居てくれて本当に良かった。録音してたことは許さないけどね』と言われた。

 

そして、数ヵ月後、彼女は中国に旅立っていった。

織斑君に『料理が上達したら、アタシの酢豚を毎日食べてくれる?』と、プロポーズまがい言葉を残して。

まぁ彼女にしては良くやった方だとは思うけど、織斑君は絶対に彼女の想いには気づいてないと思う。

うん、ぶん殴りたいね・・・・・・。

ちなみに携帯に入っている音声はまだ消していない。

 

こうして協力するだけ協力して、僕の初恋は終わりを迎えた。

結果に後悔はしていないが、残念な事をしたのかもと思う時が無いわけではない。

彼女が居なくなってから数日間、寂しさで一人夜に枕を涙で濡らしたのは、墓まで持っていくべき僕の人生史上最大の秘密だ。

 




これでprologueは終了となります。
次の話からは、IS学園を舞台にして物語をお送りします。

それではまた次回!
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