────何故。
パチパチと、火が薪を燃やす音だけが聞こえる。
誰が何の目的で作ったのか分からない、永遠に燃える篝火の前に座り込む男の姿があった。
────何故、自分はここにいる。
身動ぎ一つせず、目の前の篝火だけをじっと見つめていた。
静かに、静かに。ただ何かを待ちわびるように。
────何をすればよいのだろう。
男の容貌は、一見中世の騎士のようにも見える。しかし兜の隙間から見える男の顔は、他人が見れば息を飲むようなものだった。
生気など微塵も感じられない、体の水分が乾ききって真っ赤になった皮膚。かつてはそこにあったであろう眼は、腐り落ちてしまっている。真っ暗な空洞を怪しい光が照らしていた。
《不死》。それは男にかけられた呪い。例え死んでも幾度となく蘇り、精神が擦り切れるまで戦うことを余儀なくされる。
────もう、諦めてしまおうか。
不死には使命があった。この世を照らす火を継ぎ、世界の平穏を保つこと。そのために強大な敵に立ち向かった。
見上げるような山ほどの大きさを持つ敵と戦った。一撃で内臓ごと体を燃やされるような魔法を使う敵と戦ったこともあった。けれど男はその全てに打ち勝った。
────どうせこの旅に終わりなどないのだから。
男はついに火を継いだ。同じ使命を持った仲間と力を合わせ、絶望を乗り越えて。
しかし、男の戦いに終焉の時は訪れなかった。火を継いだ瞬間、目の前が真っ暗になった。気がついた時、男は再び始まりの場所……不死院の牢の中に閉じ込められていた。
再び男の戦いは始まった。一度は打ち勝った敵たちだ。男は難なく退けた。一回目では救えなかった人たちや不幸にしてしまった人たちを助けようと心に誓いながら。
そして、男は全てを救い再び火を継いだ。何の後悔もない、これが本当の意味での終焉だと期待して。
けれど、現実は残酷だった。男はまたもや不死院の牢に居た。なんだこれは、意味がわからない。男は奇声を上げながら牢の中で発狂した。
折れてしまいそうな心をなんとか保ち、三度目、四度目、五度目と火を継いだ。しかし何も変わらない。終着はいつも同じ場所。終着が始まりの場所へと直結している。
それならばと、男は全てを壊した。かつて共に戦った仲間や、自分を支えてくれた人たちを殺した。彼らの死の間際の言葉は、今も男の耳に焼きついて離れない。
そして火を継がずにいた。すると闇の王などと、訳のわからないものに祭り上げられた。その先は火を継いだ後と同じ、またあの牢屋だ。
終わらない、終わらない。何度繰り返しても、別の行動をしても変わらない。
ついに男は篝火の前から立ち上がるのを止めた。このまま心を失い、亡者になるのであればそれでもいい。
────もう、疲れてしまったよ。
男は静かに瞼を閉じる。やがて訪れる終わりの時を待ちながら。
暗い、暗い真っ暗な世界だ。太陽好きな彼の友人ならば、狂ってしまうほど真っ暗な。
ふと、男の耳に聞きなれない声が響いた。
『ここで立ち止まってしまうというの? 不死の英雄、闇の王、火を継ぐ者……なんて呼んだらいいかしらね』
────なんでもいい。自分はただの、不死だ。
男は微かに驚いていた。自分がまだ誰かと意志の疎通ができるほどには心を保っていられたことに。
彼の耳に届く、鈴のような声──おそらく女性のもの──を聞きながら、男は静かに瞼を開く。
そこには美しく長い金髪をした、見たこともないドレスを着た少女が立っていた。篝火の向こうで、扇子のようなもので口元を隠しながら男の姿を面白いものでも見るかのような目で見つめている。
男はその少女から、自分を唆したあの蛇たちに似た雰囲気を感じていた。どことなく胡散臭そうで、こちらを自分の都合の良いように動かそうとしているような。
『そう、ならばこれからは《不死》と……そう呼ばせてもらいますわ。 申し遅れましたが、私は八雲紫。ここから遠い土地、幻想郷を管理している者よ』
男──不死──は微かに少女に期待をしていた。これまでの繰り返しのなかでは出会ったことのない人物だ。もしかしたら、自分を不死の使命から……この円環の理から開放してくれるかもしれないと思ったから。
そして幻想郷という地についても興味があった。彼は気の遠くなるほど永い時をこの地、ロードランで過ごしているが、他の地へは行ったことがない。過去へ飛ばされたりという奇天烈な事象には遭遇したことはあるのだが。
────自分を、そこに連れて行くことは可能か?
『あら、幻想郷に興味があるのかしら。 ふふ、もちろん貴方が望むなら、幻想郷に招待することは吝かではないわ。
幻想郷は全てを受け入れる……例えそれが不死であってもね』
不死は刹那の間もなく頷いた。ここから開放されるのであれば、それが地獄の底だろうと構わない。
そこに未知があるのであれば、それ以上を望むべくもなく。
『では、最後に言っておくけれど、幻想郷は人と妖怪が共存する最後の理想郷。 基本自由にしてもらっても構わないけれど、あまりに目に余る行動をした場合はそれなりの措置を取ることになるからお気を付けて』
そう言って紫が空中で手をかざすと、不死は突然浮遊感に襲われた。
今まで座っていた地面に穴が開き、ここではないどこかへ落とされていく。深淵の穴を落ちているような感覚に陥りながらも、彼はかつてない高揚心に胸を高鳴らせていた。