今の拠点である、篝火がある森を人里とは逆方向に向かって進んでいく。木々の量が目に見えて多くなり、生い茂る葉によって太陽の光が遮られていく。
獣や化外の気配が間近で感じられ、ぴりぴりと肌が焼けるような感覚を不死は味わっていた。
周囲に気を配りながら、ゆっくりと獣道を歩いていく。そこでふと、何者かの視線を感じた。
瞬間、不死は懐から投げナイフを取り出し、暗い林の中へ投擲した。
「ガアッ!」
すると突然、林の中から黒い影が、唸り声を上げて飛び出してきた。
カラスのような頭と翼を持ち、しかしその胴体は野犬のものという異形である。さらに大きさは4メートルを超えるであろう巨体で、知性を感じさせない野生地味た瞳からは飢えの感情がありありと伺えた。
これが八雲紫と名乗った少女が言っていた妖怪というものか、と不死は予測する。
不死の姿を見つけたカラスと犬を合わせたような姿の妖怪が、大きな翼を揺らしながら不死に向かって突撃してきた。
それを間一髪のところで避けながら、ソウルから取り出した愛剣を右手に構える。彼が不死の使命を帯びた頃より使っている直剣、ロングソードだ。贔屓にしていた鍛冶屋が何度も何度も鍛え直してくれた業物で、程よいリーチの長さと使い易さに置いてこれ以上のものはない。火力だけを見るならば他にも優秀な武器はいくらでもあるが、状況適応能力に優れた一品であると言えるだろう。
脇を通り過ぎていった妖怪に振り向きざま、なぎ払いの一閃を食らわせた。腰の辺りを切り裂かれた妖怪から勢いよく血が吹き出し、不死の鎧を紅く染める。
苦痛に喘ぐ妖怪に反撃の間を与えることなく、続いて一閃、二閃。背中と片腕にそれぞれ斬撃が走る。ついに耐え切れなくなった妖怪が大ぶりの一撃を振るが、それを難なく避けていく。
「……ッ」
妖怪に生じた致命的な隙を、不死が見逃すはずもなかった。一気に距離を詰め、勢いよく首元に剣を突き立てた。
喉を剣によって貫通され、もはやうめき声と血の泡を吹くばかりになった妖怪は、次第に動きが鈍くなっていく。不死は改めて力を込め、一気に妖怪の胸元まで切り裂いた。
妖怪が断末魔の叫びを上げながら地にひれ伏す。知性はなく、本能だけで生きていた下位の妖怪であったが、まさか人に敗北するとは思いもしなかっただろう。しかし、彼は人ではない。数多の苦行、難敵、死の淵を乗り越えてきた不死である。
不死は静かに妖怪の死体に手をかざす。生き物には例外なくソウルが存在する。それを自分の身に取り込み、己を強化することで不死は常人離れした力を手に入れるのだ。
ソウルを奪われた妖怪の亡骸は光の粒子として宙に消えていく。その様子をぼんやりと眺めながら、不死は立ち上がり後ろを振り返った。
そこには先ほど倒した妖怪と同種のものが三体。血の匂いに誘われてか、それとも仲間の断末魔を聞きつけてこの場に集まったのであろう。嘴の中にはノコギリ状
の牙が並び、不死を食い殺さんと迫る。
数の優位は相手にあるが、一対多の戦闘などロードランでは日常茶飯事だ。決して臆すことはなく、かといって油断することもなくロングソードを両手持ちに変える。
まず狙うは目先の一体。大きく踏み込み、敵との距離を詰める。先ほどの彼よりも格段に動きが良くなっている。この地の生物のソウルを吸収したことにより、体が自動的にこの地での戦闘に最も適した状態へと変換されたのだ。
ロングソードの刃を腰の辺りから思い切り頭上に振り上げる。目にも止まらぬ早業だ。難なく妖怪の首を一撃で切り落とした。
────これは。
続く二体からの反撃を背後に大きく跳躍しながら躱す。そんな中で、不死は自分の体に起こった異変について考えていた。
ロードランに居た頃とは比べるべくもないほど余りにも急激な力の変化だ。あの大きさの敵の首を一撃で切り落とすなど、彼の筋力をもってしても不可能に近かった。さらには先ほどの跳躍。5メートルは飛んだだろうか。いくらなんでも、人間離れしすぎている。
一つ心当たりがあるとするならば、先ほど倒した妖怪から奪ったソウルだ。今まで感じたことがないほど禍々しく、それでいて力の結晶とでもいうかのような。
────なるほどな。
つまり妖怪のソウルは、不死の体と尋常ではないほど相性が良すぎるのだろう。嬉しい誤算だ。
丸太のような妖怪の腕を、剣の腹で受け止め、弾く。返す刃で一閃。首の頚動脈に深々と刻まれた斬撃により、妖怪は為すすべなく命を失った。
残りの一体が、不利を悟り逃走に走った。翼を大きくはためかせ、鈍重な動きではあるものの空を飛ぶ。
不死はそれを見て、己のソウルからタリスマンを取り出した。太陽好きの友人から教わった奇跡、雷の槍を右手に宿す。バチバチと雷が音を立て、魔を切り裂く神の槍が投擲された。
空に飛び、人では追ってこれまいと安心していた妖怪の背中に雷の槍が突き刺さった。内臓ごと貫通し、嘴から槍の先端が飛び出す。それだけでは終わらず、雷から発せられる電気が妖怪の体の中を焼き尽くす。爆裂音と共に、空に真紅の花が咲いた。
妖怪の死骸の中から、黒く光る結晶────人間性を見つけ出した。妖怪たちの犇めく深い森に、わざわざ彼が足を伸ばしたのはこれを手に入れるためである。人にしか存在しないはずの人間性、それをこの妖怪が持っているということは、人を食ったということだ。
先の人里の騒ぎで、流石に亡者状態のままではまずいと思った彼ではあるが、不運なことに人間性のストックがなかった。生者に戻るためには人間性を一つ消費する。人間性を割れば、その人間性の本来の持ち主の生前の感情や怨念が自分の体に流れ込んでくるため、あまり気分のよいものではない。
あとは篝火に戻り、生者へと復活すればまた人里へと下りることが出来るであろう。あの時、故意ではないにせよ、巻き込んでしまった少女への謝罪も兼ねて。
出来る事ならば、彼女とも友好的な関係を築きたいものだ────そう思考していた彼の頭上から、件の少女ではない、別の少女の声がした。
「ようやく見つけたわよ、ゾンビ野郎。知っていることを全部話したら、半殺しくらいで許してあげてもいいわ」
そんな巫女服の少女の言葉を他人事のように聞きながら、少女には聞こえないように小さく溜息をついた。