01 影に溺れる者は藁を掴む
・・・
「ぷはっ!?溺れる!?」
液体に落ちる感覚の後、俺は突然の溺れる感覚に、パニックになり、そして少しでも体を持ち上げようともがく。
唐突なそれは正に寝耳に水といった状態であり、全身を覆う液体は俺の動揺を誘うには充分だった。
とはいえ自分から水に落ちた訳でも突き落とされた訳でもない。
まるでテレポートでもしたかのように突然溺れたのだ。
(どうしてこうなった!?)
完全に沈んでしまった俺は必死にもがきながら、頭を回転させる。
そう、こういった突然な事態には落ち着いた状況分析と、説明が必要なのだ。
そうだ落ち着いて事態を客観視しよう・・・
落ち着いて・・・
慌てずに・・・
(いや溺れてるんだった!)
多少急ぐことにしよう。
限られた時間の中で、俺は事態の再確認を行うことに決めた。
・・・
…まずはここに至る経緯から思い出していくことにする。
数十分前、俺は「ユグドラシル」というゲームを久しぶりに始めた。
神ゲーだったことは確かで俺も珍しくはまったゲームだったが、栄枯必衰か時代の流れという奴でやめてしまった。
ギルドなんかにも所属していたのだが、職業柄ろくに挨拶もできずにやめてしまった…今思えば人付き合いが苦手な俺が、唯一交流ができたギルドだったと思う。
そんな事を思い出しながらゲームにログインした俺は、今日がサービス終了だということに驚きつつもギルドが元あった場所に向かうことにした。もしかしたら過去の仲間たちがお別れ会なんかをしているかもしれないと思ったからだ。
サービス終了時刻は24時、俺がログインしたのが23時40分…そして俺は当時の仕事の関係上ギルドから世界レベルの距離を離れていた。
俺は急いでギルドに向かったのだが…大体あと1kmというところで間に合わずに、24時になってしまって視界が真っ暗に暗転した。
そして溺れた。
(いや意味わかんないよ!?最後の一行の違和感だよ!!)
今までゲームのサービス終了というのに立ち会ったことはないが…普通メニューに戻されるとかのはずだ。溺れるなんて話聞いた事がない。
可能性としては…運営のミスでうまくマップを落とせずに、湖だけのマップになってしまって溺れてしまうことになった…とかだろうか?
なら待っていればそのうちメニューに戻されるのかもしれない。
しかし今はそんなことを言っていられない問題があった。
俺の水の感じ方が「
確かにユグドラシルでも溺れるというエフェクトはあった。…しかしここまで現実味を帯びていない。
体を包む水の冷たさも、掻き分けると腕の横を通りぬける水の柔らかさも、総て現実だった。
そして何より呼吸ができないことへのとても大きな「苦しみ」があった。
ユグドラシルには…いやフルダイブ系のゲームにはこんなリアルな痛みは実装されていない。子供の頃、泳げなくて少しの合間溺れた事を俺は思い出す。
それが俺の「これはゲーム」という意識を薄め、パニックにさせていた。
(というよりこれホントに水か!?)
そしてもう一つ疑問がある。
それは今まで溺れていたこの液体が本当に水かということ。
今まで溺れていたこの水…いやこの液体は水の性質のそれと大きく異なっている。
そう…一言で表現するならコールタールだろう。
この液体は水より明らかに昏く、重い。そして身体にまとわりつくと水底に運んでいこうとする。
今まで澄んだ水の中を人間がジタバタもがいているのをイメージしていたかもしれないが大間違いだ。底が見えないコールタールの湖の中でなにかが動いている、というのが正解だろう。
…そして、せっかくだからここで状況描写をいれておこうと思う。
端的に言うと「一筋の光」である。
周りが暗い分だけ、俺には水面から差し込んでくる一条の光が眩しく映った。
それは何もないこの冷たい液体の中での唯一温めてくれる希望であり、それにすがるより他がない。
そしてだから俺は頑張れるし諦めることはなくなってしまった。。
…水面の話ばかりしてしまっていたから「水底」の話をしよう。
しかしコレは説明が難しい。
正確には水底というのは「見えない」からだ。
…自分の腕すら見えない暗さで「見えない」というのは当たり前かもしれない。
だが言い知れぬ不安が去来する…底なんてないんじゃないかと。
まるで吸い込まれるように噛みつかれるように飲み込まれそうに、底なし沼に足を踏み入れてしまったような不安な気持ちになるのだ。
因みに、さっきから俺が全く浮かべてない理由はここにある。
液体の粘度がとても高く、普通の水のように搔けないのだ。
そもそも液体自体が重いためゆっくりとしか動けず、まともに動くこともままならない。
ちなみにコールタールと表現したが匂いはしない…あれ?液体の中って匂い嗅げたっけ?
だからこの液体に溺れている俺はどうあがいたって、もがいたって浮かべれていなかった。
(いや浮かべれなかったらダメだよね!?…でもそろそろ息が…)
溺れてから早3分。俺はずっと息を止めて、見えすらしない自分の腕でもがいていた。
…しかし人の肺活量には限界がある。いや逆に俺が三分もったのがおかしいくらいだ。
繰り返すが、結局俺は水面に上がることはできなかった。
暗い水の中で唯一希望であった水面の光は遠く、絶望の水底に沈んでいく。
(ここで死ぬ…)
俺は抵抗をやめるとゆっくりと沈んでいった。
呼吸は限界だし、もう泳いでも無駄という事実が俺の気力を奪っていた。
(頭痛いなぁ…)
酸素不足による頭痛を最後に感じて、俺は意識を手放した。
・・・
「普通に呼吸できたわ」
俺は液体の中、割とリラックスした状態で揺蕩っていた。
揺蕩った状態で腕を組み、未だ順応できない闇の中でどうしたものかと思案し、首を前後に揺らしていた。
そうすることで周りの液体が循環し、頭全体に抵抗を感じれた。
(生きてるよな…?)
さっきまで本気で呼吸が出来ずに死ぬと思ったし、なんなら走馬燈すら見えた。
故にさっきは一瞬だけ意識を失いもしたが、その拍子に口が開いて普通に呼吸が出来た事を悟った。
…その一瞬に死んで、あの世は実はこのコールタールのような液体で一杯というのなら話は別だが、感覚がリアルに残っているしそれはないだろう。
しかし呼吸できたのだ!この空気など一切含んでいなさそうな液体の中で!
普通、中で呼吸できる液体などない。それは人間世界の当たり前、覆せはしないだろう。
ならばあの世か?とも思えるが、直前にしていた事を思いだせばこれはゲームの中で、その中に呼吸できる液体があってもおかしくはないという発想に至る事は容易だろう。
だから俺の仮説はこうだ。
一に、運営がマップを閉じる時ミスって「呼吸できる液体(コールタール?)がパンパンに詰まったマップ」にしてしまったという仮説。
そうであれば突然に溺れるというのは納得できるし…納得できるだろうか?
いや、納得も理解も出来ないが、逆にそれ以外に立てられる仮説というものが無かった。
…じゃあ呼吸困難はなんだったか?
これについては関連づいた二つの理由を思いついた。
一つ目はあまりにも液体の感覚がリアルすぎたということ。
…詳しいことは解らないがゲーム自体のそういう感度もぶっ壊れたんじゃないだろうか。
俺はまるで現実の液体に触れたみたいに思ったのだ。
そして二つ目は俺の思い込みが強すぎたことだ。
プラシーボ効果?に似たものだと思うが、俺は液体に落ちた瞬間にここは「液体の中」だと認識した。
すると勿論液体の中だと呼吸はできないのだと思い、息を止める。
そして呼吸ができないと思う空間のなかで普通人間は呼吸しようとしない。
だから普通に呼吸ができるということに気が付かなかったのだ。
…普通に陸地で呼吸止めていたのと同じだ。
つまりあれもこれもどれもそれも全部運営のせい!(思考放棄)
(こんなところか…?)
俺は一度必要なことの確認を終える。
そして落ち着くことにした。
「いやー…死の淵を見たけど結局運営のせいだって解ったし…(解ってない)これからどうしよう?」
因みに状況はさほど変わっていない。
相変わらず俺は液体の中だし、どんどん沈んでしまっている。
良かった点は呼吸ができるようになって、あとコールタールに順応して逆に居心地が良くなったくらいだ。
好転もしてないが悪化もしていない。
因みに水面は未だにわかる。水面と思われるところから光が差し込んでいるのだ。
それが液体の動きに合わせてか、ユラユラと揺れていた。
そして俺は重要なことに気が付いた。
(ん?つまりそれって水の上があるってことだよな?)
光があるということは水の上があるということ。
そして水の上があるということは陸地があるってことなんじゃないだろうか?
(どんな陸地なんだろ…)
気になる…単純な好奇心で水の上にどんな景色があるか気になる。
運営がミスを犯している以上バグだらけのマップという可能性もあるが…それはそれで面白そうだ。
――あ、いやダメだ。俺ここから動けなかったんだった。
泳ぎ方が分かった訳でもないし特に何かできるという訳でもない。
つまり俺は運営の対応待ちなのであった。
・・・
「ん…目が慣れてきたな…」
運営を待ち始めてから大体1分後、俺は周りの暗闇が少し薄くなったことに気が付いた。
さっきよりも良く見えるし、何より視界が広がったみたいで気分が良かった。
そしてせっかくだから水面と水底を確認する。
水面は相変わらず遠く光しか見えなかった。
水底も相変わらず虚無のように吸い込まれるように暗くて底が見えない。
「まぁ見えるようになっても状況は変わらんか…」
正直、俺はこの状況に飽き始めていた。
流石に運営は対応しているだろうが後何分したら問題は解決するだろうか…?
(せめて動き回れたらなぁ…!)
俺は液体の中、腕を前に伸ばしてグッとストレッチした。
そしてそのまま頭の後ろに腕を組んだ。
「ん?」
しかしそこで何かが視界に映った。
それは…この液体より暗い黒い、影のようなもの。
今のは何だったのだろう?俺はもう一度見ようと辺りを見渡す。
「いない…!?」
しかし周りにはそれらしい影の影はなかった。
モンスターか他のプレイヤーであるならば話すなり何なりしたかったのだが。
(あ、いや…?)
俺は何か思いだしそうになる。何か気になる。
そして思い出した。
(そうだ…!俺の自機…!)
思えばこの液体もそうだ、ユグドラシルをしていた時は見慣れたものだったじゃないか!
俺は思い出す。
そしてゆっくりと自らの手をかざし見た。
「やっぱりユグドラシルの…!」
そこにはやはり
・・・
「いやまぁおかしな話じゃないか」
影のような液体の中、人の形をした液体状の影の化け物が一人ゆっくりと沈んでいた。
「元ユグドラシルだし…あ、あとこの液体っぽいのすっかり忘れてたなぁ」
ユグドラシル時代の俺の職業は「
元々俺はスライム系統のモンスターだった。
完全にエンジョイ勢の俺はスライム職で盗賊系のレベルをとり、その状態で闇系の魔法と物理制御なんてものをとった。
ガチ構成には入り込む隙の無く、環境には全然あっていなかったが、しかしそこでこの「液体粘状の影」という職業を手に入れた。
出現条件は自分ですらわからなかったが、掲示板にも載っていない珍しい職業だった。
とはいえ種族的に強かったわけではない。
確かに盗賊の中ではかなり上位の方だったが、純粋戦闘力で言えば中の上くらいだったろう。
…立ち回りと職業の切り札で1対1なら結構勝率高かったが。
そして俺が溺れていたこの液体は正確には俺の一部だ。
「液体粘状の影」の基本スキルに、影に入ることが出来るというのがある。
…というより俺にとって総ての影は液体なのだが。
確かに、影の中に入ると底なし沼のようなこの液体にいつも潜っていた。
(あー段々思い出してきたな)
そしてユグドラシルで俺はこの液体を用いて潜伏したり、移動したりしていた。
(じゃあこれ溺れた理由は…キャラ→人間の感覚で溺れたってことか)
単純に言えばどっかのマップのテキトーな影に落ちた訳なんだろうが…それでも今まで「沈む」なんてこともシステム的に無かったわけだし…
それに液体の感覚もゲームの時より現実味があった。
俺は悩む、液体の中でくるくると回りながら悩む。
(お?)
その時水面からの光が目に入った。
「ちょっと感覚おかしいけどここに異常はないんだよなぁ…じゃあ水面はどうなってる?」
今までマップだと思っていた液体が俺の能力である以上、マップはどうなっているのだろうか…自らの液体は少し上下がおかしいが、マップには含まれていないのだ。
しかも俺の能力が半ば正常に作動している以上、マップも正常に作動している可能性は高い。
疑問は尽きない。
(…まぁどちらにしても上がってみたらわかるか)
そう、水面にあがって辺りを見渡せばいいのだ。それだけで済む話だ。
それだけで済む話なのだがーー
(これどうやってあがるの?)
――あがりかたが未だにわからなかった。
(普通に泳ぐんじゃ上がれないのはさっきと同じだし…)
影の手でも影は掻けない、それはさっきと変わらない。
ユグドラシルの時は隠れたり縦横に移動したりするだけで、必殺技ぐらいでしか自由に沈んだりは出来なかった。
それに影の中では、縦横移動も浮かぶようなスッーという人間的ではない動きなので、俺にはとても再現できない。
いや…だってそもそもユグドラシルの時のこの液体に上と下に動く機能はなかったからできるはずはないのだが。
(いやでもできるか?)
なんの理論的根拠はなかったが…感性って奴だろうか?本能的な物を感じた。
「んー…」
俺は意識を集中させると、自分が水面に浮かんでいくのをイメージする。
そしてすぐに効果は出た。
頭にかすかに水の流れを感じると、俺はゆっくりと浮上し始めた。
「おおお…」
俺は浮かんだことに若干感動しながら水面に浮かんでいった。
(でもちょっと遅いな)
もうちょっと早く…俺はまたイメージを集中させる。
「ってうぉ!?」
どうやら早くなり過ぎたようだ、とてつもない勢いで水面に俺の体は浮かんで…いや突っ込んでいった。
「ストッ!?ストップ!?」
俺は勢いを緩めようとするが…まだ体がなれない。
そして俺はそのままの勢いで水面に突っ込んでいったのだった・・・
お気に入り登録、感想、乾燥、高評価お願いします。
Twitterアカウント[@sannkoro193]
ぜひお気軽にー。