OVER SHADOW !   作:みころ(鹿)

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なぁんで普通に書いてたはずなのに二週間もかかってんですかねぇ…?
まぁ二万あるし多少はね?

てか最近一万字って大したことなくね?ってなってきた。これも成長か。

あ、あと今回解りづらいのは仕様です。次回解るから理解できない気持ち悪さと共に逝くがよい!(訳・次回も読んでくださいお願いします)


 14 腐るモノ

・・・

 

 

(主は…?…良かった)

 

 

私はチラチラと後ろを振り返りながら急勾配な山道を歩いていた。

振り返れば少し後ろに主とシズの姿が見え、双方の無事を確認した私はふっと息を吐くと空を見渡した。

 

…一夜明けた空は青く、曇りの一切が無い。

山から吹きおろしてくる風は一握りしかなく、若干肌寒くはあるが、人々の手が入っていない自然の岩々の隙間にできた山道は小石こそ転がっていれど歩きづらくは無かった。

 

魔女の森を抜けた私達は王国と法国の合間に広がる山脈に足を踏み入れていた。

陰鬱な木々の合間の先には急に切り立った何十メートルという高さの崖がそびえており、生身の人間の侵入を阻んでいた。

人間程度では登れない崖は見上げるほど高く、手をかけられる隙間がなく登攀は不可能であった…まぁ私にしてみれば少し高くジャンプすればいいだけの話なのだが。

そしてそこから山道は始まっており、道なりに歩いて来ただけなのだが、確実に頂上に近づいてきているという事を予感させた。

 

 

――ここは人類未踏の地であり、山を越えた先からもう「法国領」の中だ。

目標である法国の首都までは山を下ってからも更に歩かなくてはならないそうだが、国内と言う程だからモンスターは少ないのだろう…代わりに人間は増えるから一層の警戒をしなくてはならない、と主は言っていたが。

 

頂点は未だ遠く、レベル80の私としても十分に高い。

勿論走って行けばそこまで時間はかからないが、主はゆっくりと行くことを命じているし、警戒を緩める事が出来ない以上走って行けば注意力はそれなりに落ちてしまうので、どちらにせよ歩くことが最適だった。

 

 

「ふんふふーん、山道山道はんははーん♪」

 

「…仕事中よ?集中しなさい」

 

「私の歌を聞けっす―!…なんちゃって」

 

 

そして右隣には昨日と同じようにルプスレギナが歩いていた。

陣形、というか、私とルプスレギナが索敵しながら先行し、主とシズが後方からついてくるという形は昨日と変わらなかった。

 

…昨日との相違点があるならばそれは、主との距離が僅かだが狭まったことぐらいだろうか?

 

山は森と違い、見晴らしが良いためわざわざ距離を離れすという事に意味が無い。

というのも森だと例え先行隊が気づかれても後続の主は逃がせるし、サポートあるいは背後を取るという事も出来る。

 

しかし山は見晴らしが良く、先行隊が見つかるくらいなら後続も見つかってしまうだろう。

そうなると各個撃破されやすくなるし、そもそも「逃げる、サポートに回る」という事自体がが機能しづらくなる。

であるならば情報伝達のしやすさと、急なゲリラへの対処のしやすさから変に離れるよりかは近い方が良い。

 

…範囲魔法などによる爆撃は怖いが。

 

 

だがたとえ近くなっても、私が主の身を心配することに変わりない。

私は歩き始めてから何度目かも解らないが振り返った。

 

 

「いやー、振り返るっすねー。仕事中なのに良いんっすか?」

 

「…後ろの索敵」

 

「それは必要無いから前だけ見てろって、サンコ様から言われたような気がするんすけど気のせいっすかね?」

 

「…気のせい」

 

 

ルプスレギナが煽ってきたのを私はプイと顔を逸らして躱すと、ルプスレギナは決して響かないようにだが小さくアハハと笑った。

 

そして私は顔を逸らしたついでに山の稜線に視線を向けながら、敵がいないかを注意深く確認する。

…特に何か見えるという訳ではなく、ただ殺風景な岩山のみが広がっており、頂上付近の高く青い空との境界はどこか朧気で、蜃気楼のように揺らいでいた。

花草の一本も無い岩肌には人の手が入っていないからか下手をすれば二階建ての民家ほどの大きさの巨石がゴロゴロと転がっていた。

 

…一見平和、しかし山というものは化け物が多い。

 

当たり前だ。

山とは本来人の生息する環境ではない…人間は平原を好み、また見晴らしの良い所に住まう。

となると消去法的に、狩られない為にも人の住まわない山に集まるのは当然というものだ。

勿論化け物にも住まう場所の良しあしはあるからして、湿地や森、地下など条件は変わってくるだろうが。

 

つまり「棲み分け」である。

 

平野に人間が多いように、それ以外には化け物が多いという事は当たり前だろう。

 

 

…森より見通しが良い分索敵はしやすいが、それは敵とて同じこと。

そして化け物の数だけ目があるならば、森よりも警戒して進まなければならず、一方的な攻撃をされることは避けなければならない。

 

――同レベル帯なら索敵し、先に敵に気がついた方が勝てるのだから。

 

 

「…いるっすか?」

 

 

そしてそんな私の視線に気がついたのか、ルプスレギナが極めて軽い口調で尋ねてきた。

いないことを確認していた私だったが、念のためもう一度見渡すと答える。

山には化け物が多いのは確かなはずだが山肌は見渡す限り平穏であり、生物を感じさせるものは無かった。

 

 

「いや、いないわね。ルプスレギナは?」

 

「んー、今んところ臭いはしないっすけど風上っすからね…というか逆に何も臭わないのが不思議な位っすけどね」

 

「…どういうこと?」

 

 

私が怪訝そうな顔でルプスレギナに振り返ると、ルプスレギナも歩きながら首を傾げていた。

そして鼻をスンスンと鳴らすと、キョロキョロと辺りを見渡した。

 

 

「…うーん?」

 

「……どういうこと?」

 

「あーサナちゃんって縄張りとマーキングって解るっすか?」

 

「知らない」

 

 

知らない言葉に対し、そのまま答えるとルプスレギナは特に咎めもせずに頷いた。

そして道端に落ちていた小石を軽く蹴とばすと説明してくれた。

 

 

「つまり自分の臭いを擦り付ける事で、自分がここにいるぞ…というのを周りに教えるんすよ。野生生物とかモンスター達もむやみやたらに喧嘩したい訳じゃないっすからその匂いがあったら避けるんすよね」

 

「…?」

 

「勿論ただ擦り付ければ良い訳じゃなくて、臭いの内容とか臭いのついている場所の高さで相手の強さを測るってことも重要になってくるっすね。それに縄張りの確保をすることで安定を図るってのもいいっすけど獣の縄張り何て変わる時はホント変わるっすからね」

 

「…え??」

 

「あー…ようするにこういう山にはいろんな獣が住んでるだろうっすから色んな場所に色んな臭いがするはず何すよ」

 

「…色んな獣の?」

 

「そうっす。獣が何匹も同じ地域にいたら普通マーキングの影響で臭いが氾濫するはずっす。そこから曖昧にっすけど情勢が確認できたり、敵の予測が出来たりするわけっす」

 

「…」

 

「だから獣臭く無い…つまり、マーキングの痕跡が無いっていうのはおかしな話なんすよね。モンスターが多いはずの山で無臭なんて…」

 

「うーん…じゃあ…?」

 

「つまり前提としてのモンスターが多いというのが間違っている可能性が…」

 

 

ルプスレギナは何かに気がついたかのようにスンスンと鼻を鳴らし、ブツブツと独り言を呟いていた。

私は言っている内容の半分も解らなかったが、つまり「この山にはモンスターがいない」という事だけを悟った。

 

 

「…これはサンコ様に報告した方が良いかもっすね。明らかにおかしいっす」

 

「そうね。少しでも違和感があれば報告しろって言われたもの」

 

 

主からは何か気づいたことがあればすぐに報告しても良いという事になっている。

…どんな情報が見つける手掛かりになるか解らないからと。

 

隣のルプスレギナが振り返ると同時に、私も足を止める。

ルプスレギナは軽く飛び跳ねながら腕を振ると、後ろに居るであろう主に合図を送っていた。

…大した距離は離れていない以上あれで主に「何かあったのだ」と伝えることができるはずだ。

 

とはいえその間索敵を怠る事もできないので、私は振り返らずに周囲に目を配っていた。

 

 

…が、気になる。

暫く見ていない今の主の様子が気になり、また、不安になった。

 

最悪見ていなくても気配での索敵も可能だろうと私は高を括ると、チラリと振り返った。

 

 

 

だが――

 

 

「!?」

 

 

――私は振り返ると同時に走り始めた。

 

 

 

…それは風切り音だったのかもしれない。

断続的なヒューッ…という音が辺りに薄く高く響き、まるで空を掻き分けるかのように、赤子が産み落とされるように、()()()()()()()()()()を予感させていた。

 

しかしそれは誰にも聞こえなかった。

余りに()()()()()その微音は高レベル帯…特に索敵に優れたルプスレギナの聴覚にも反応することは無く、何かが落ちてくる予感を音で察知できたものは四人の中にはいなかった。

…それは恐らくルプスレギナが合図を送り、全員の意識がそちらに向いた一瞬で落ちてきた「偶然」だったからというのも助けになったのだろう。

 

 

――だが、サナには何かが落ちてくる予感があった。

故に主の元に走り始めたし、その身を挺して主の身を守ろうとした。

 

…しかし四人のなかで何かが落ちてくるのに気が付けた者は一人もいない。

そして勿論その中にサナもおり、その奇跡のような偶然にはレベル80の動体視力をもってしても気がつくことは無かった。

 

 

「主!」

 

 

 

・・・

 

 

――直観。

サナの直観は本来「戦闘時のみ」発動されるモノであった。

それは使用スキルでは無く、常時スキルとして、またステータスとして効果を発揮していた。

 

その能力は「直観の強さ」に応じた敵の「攻撃の予見」が主だ。

…この範囲が攻撃される、という事が解ったり、具体的にどんな攻撃が来るかも解る時さえある。

まるで心を読めるようだが、ユグドラシルの時のそれは直観の「一部」であり、直観故の欠陥もあった。

 

 

…それは何となくでしか解らないという事。

ゲーム的に言えば「穴あき」。毎回ランダムに技名なり攻撃予測位置が「欠如」する。

 

例えば「第6位階魔法 サラマンダー・ブレス」なんていう名前の架空の範囲魔法があったとしよう。

それを使う相手と直観を持つものが相対し、サラマンダー・ブレスが直観持ちにそれを放った場合。

まず直観持ちの発動判定が行われ、直観の強さによって成否が判定される。

そして成功すると、これまた直観の強さによって解る内容も変わってくる。

 

では直観の強さが初期だとすると…「〇〇〇〇魔法 サ〇〇〇〇―・〇〇ス」ぐらいは解る。

そして攻撃範囲はどこを中心に攻撃されるか、ぐらいは解るんじゃないだろうか。

そんなのじゃ解らない使えない、というのは言わずもがなだろう。

 

次にサナだが…「第六位魔法 サラマン〇ー・ブ〇ス」までは解るだろう。

そして攻撃範囲の六、七割方は解るんじゃないだろうか。

 

 

…これは使()()()が、使()()()()

 

 

というのもつまり「サラマンダー・ブレス」が広く一般的にユグドラシルプレイヤーに知られているならば使える。

 

それはつまり名前が解ればどのような攻撃か来るか解るということ…だが、逆を言えば「名前だけ解ってもどんな攻撃か解らない」時がある。

 

…ユグドラシルは広大だ。

魔法だって基本的なものであればプレイヤーのほとんどが知っているが、中には数人しか知らない魔法だってある。

それに種族スキルや職業スキルを加えれば膨大な数になる。

 

攻撃範囲だって絶対的な物ではないし、例えば炎なのか氷なのかでも対応が変わってくる。

 

 

――つまり「かなり限定的な使用方法」しかできない。

…はまれば強いがそれ以外では全くのレベルの無駄。

一定数の使用者はいつもそれなりにいたが、所謂ガチの構成に入り込むことは無かった。

 

…ただNPCだけは別だ。

確かにPL同士の読み合いではデメリットもあるが、NPCに組み込む分には問題が無い。

サナ並みに直観を強くすれば攻撃範囲がそれなりに解る。

読み合いの必要が無ければ攻撃範囲が解るだけで、NPCは「動ける」。

 

基本的にNPCの動きを良くするためには…INTが必要だ。

INTが高ければPLとも読み合いが出来る程にNPCを育てる事は出来るし、主流はそれだが直観でも「物理的」に、「読み合いなどせず」にNPCの動きを良くすることができる。

…INTと直観は似て非なるものなのだ。

 

 

 

そして「現実」になってからはどうか?

 

 

 

例えばデミウルゴスなどINTは高い。

そして現実になった結果として頭脳明晰…つまりINTが高い分頭が良くなった。

…まぁ元々の設定なども関係してくるだろうが。

 

では直観の強いサナはどうなるのだろうか。

INTが高い訳ではないので頭は良くないし、戦闘面での攻撃範囲の予見や技名の知覚などの能力は変わらない。

 

ならば+α。

 

その「直観」という能力は多方面への、本来の「直観」へと昇華した。

 

 

現実本来の直観。

それは全てが見え、全てを知り、全てを予見して行動する。

…何も知らないというのに。

 

 

――つまり直観とは見ずとも胸がざわめき、()()()()()()()()()()である。

 

 

 

・・・

 

 

 

サナはサンコまでの10mを走る。

脚に力を込め、地を蹴り、慣性を生じさせたそれはサナの身体を前に運び、一秒でも早く辿り着かねばという意思に順じた。

サナの頭の中には主を助けなければという思いしかなく、またどうすれば主を守れるかも直観していた。

 

そしてその総てを走り終わる前にサナは前方に跳ぶ。

地面から離れた瞬間、一際岩道が砕け破片が周辺に落ち、砂埃が起きた。

身体が地から離れ、タックルのように両手は前に伸ばし、サナは吼える。

 

 

「主!危ない!」

 

「あらよっと」

 

 

押し倒すつもりで飛びついたサナだったが、サンコに容易く避けられてしまう。

思い切り跳びついていたサナはサンコに躱されたことで当たる先が無くなり、そのまま頭から地面に突っ込…みはせずに、空中で一回転して姿勢を制御し、地に足をつけるとズガガと地面を削りながら失速した。

 

危険から守るために押し倒す予定だったサナだったが、サンコを押し倒せてはいない。

頭から地面に突っ込むんでしまえばサナといえど再びサンコの身を守ることは出来なかっただろうが上手く受け身が取れた彼女であればもう一度走り出しサンコを押し倒すことぐらいは出来ただろう。

 

…しかしサナはそうはしなかった。

結果として押し倒さずとも「守る」結果にはなったのだから。

 

 

 

――地面に赤い華が咲いた。

 

 

 

否、華などという綺麗なものでは無い。

「それ」が地面に激突した瞬間、かなりの質量であるにも関わらず激突音がほとんどしなかった。

…代わりに水袋が落ち、破裂したかのようなベシャッという不快音と何かが折れる破砕音が叩きつけるように四人の耳に残った。

 

そして同時に腐臭。

不快音と共に鼻を刺すような死臭が辺りには漂い、吐き気を催すような鉄臭い臭いが拡散された。

 

…見かけは赤色と茶色が混ざっていた。

だが全体的に赤いモノの方が配色が多く、周囲を赤黒く濡らしており、そこから特に汚臭が漂っているようだった。

そしてその濁流の上を茶色の細切れや、赤い柔らかそうな塊が幾つも流れており、緩やかな流れの上を下へ下へと揺れていった。

 

 

――それは巨大な獣の死体だった。

 

 

辛うじてそれが獣と解るのは、その頭が狼やそれと近い形をしているからだった。

 

…とはいえ「全て腐っている」。

かつて獣の全身を覆っていたであろう茶色の体毛は残っていた…がその下にある毛皮は半ば液状化しており、一部の毛は中に潜ってしまっていた。

眼や口が合ったところは完全に落ちくぼんでおり、落下した衝撃でずれたのか剥き出しの骨で出来た顎は横にずれてしまっていた。

 

加えて液化した肉体が地面に激突したので当たり前といえばそうだが、辺りに華の如く周辺に飛び散った。

液化した筋肉もそうだが、血液や、まだ完全には腐りきっていない蛆の湧いた肉の欠片、それと砕けた骨などが音を立てて地に落ち、その醜さを知らしめていた。

そしてそれらは総て死体から流れ出る血流に乗り、徐々に流れていた。

 

死体自体はかなり大きく、崩れてなおも大の男が立った身長と同じくらいはあった。

その腹は何かで大きく切り裂かれており、そこからくすんだ朱色の臓物がとめどなく零れ血液の濁流を防波堤のように止めては、溢れ、止めてを繰り返していた。

短い四肢は総て本来のそれと反対の方向にねじ曲がっており、折れた骨が皮膚を貫通し突き出ていた。

 

 

「……うわぁ…」

 

 

サンコが心底嫌そうな顔をして自らにかかった肉片を払いのけたのを見たサナは自分の失敗に気がつく。

というのも何か落ちてくる、という事まではサナは直観で解ったのだがまさかあんな汚れが飛び散るという事までは解らなかった。

サナが飛びついた事で直撃を避ける事は出来たとはいえ死体の落ちたすぐ脇に立っていたサンコへの死体の飛び散り被害は相当であり、腐った肉片や血液などが全身にかかってしまっており、液体状の身体故その体内にも入ってしまっていた。

 

 

「主、ただいま…!」

 

 

サナはハンカチを取り出し、臓物の山を越えるとその汚れを取ろうとする。

 

 

「あー…ありがと」

 

「失礼いたします」

 

 

ぼやきながら自らの身体の中から死体の欠片を取り出していくサンコを尻目に、呟いたサナは躊躇いなくハンカチを持った右手をサンコの身体に突っ込んだ。

すぐに冷たいような、吸い付くような感覚が右手を包み込み、満足感と共に安心感が訪れるが、サナはそれを努めて無視すると、ただただ事務的にサンコの身体の中で揺蕩う肉片や骨の欠片をハンカチでつまんでは身体の中から放り出し、除去していった。

 

…暫く作業した後、肉片は数えるほどの数になっていた。

そしてその最後の数個をまとめて掴んだサンコが身体の外に取り出し、地面に落ちた死体の方に放り投げた後、ルプスレギナが寄ってきた

 

 

「いやァー、怖いっすねェー…何なんすかねェー…」

 

「どしたん、その鼻?」

 

 

溜息をついていたサンコは、ルプスレギナに尋ねる。

その鼻にはなぜかティッシュが詰まっており、さらにその上から金具のような物で止まっていた。

そのせいで声は完全に鼻声になっており…もはや、道化と言われてもおかしくないほど滑稽だった。

 

 

「いやァ…どうしたもこうしたもこの臭いは流石にキツイっすわァ…」

 

 

辺りには落ちてきた死体から漂う、死臭とも腐臭ともとれる臭いが充満しており、普通の人間であれば卒倒するであろうほどの汚臭が漂っていた。

そしてサンコや、大体のナザリックNPCであればこのくらいのただの臭いならば耐えられるだろう。

 

…しかしルプスレギナは違う。

彼女は人狼。耳が良く、鼻が利く。となればキツイ臭いは例え精神力が強くても堪えるだろう。

現に彼女の眼はその匂いに耐え切れなかったのかパシパシとせわしなく上下を繰り返し、泣き腫らしたかのように赤くなっていた。

やめろ死体、その技は彼女に効く。

 

そして彼女は朦朧としているのかサンコに辛そうな視線を送った。

 

 

「…サンコ様は臭いは解らないんっしたっけェ…?」

 

「ん?臭い自体は解るがこのぐらいだったら耐えられるぞい」

 

 

ルプスレギナの問いに軽く答えたサンコに若干膨れたルプスレギナは、次はサナにその視線を向けた。

 

 

「サナちゃんはっすゥ…?」

 

「…主の為なら私はどんな事でも耐えられるわ」

 

「重い」

 

「重いっすゥ…」

 

「え…あ…!?」

 

 

サンコとルプスレギナ二人が同じことを口にしたことに驚いたのかサナは口をパクパクと開き、何か言おうとして声を漏らしていた。

ルプスレギナは初めて少しだけ笑うと、その視線を次は一人静かに天空に向かって双眼鏡を向けていたシズに向けた。

 

 

「シズちゃんはどう思うっすかァ…?」

 

「…重い」

 

「!?」

 

「あァ…そっちじゃなくて臭いの方っす」

 

 

ルプスレギナの質問にシズは双眼鏡を目から外すと、丁寧に自分のリュックサックに括りつけ直した。

そしてルプスレギナに向き直ると、その冷めた黄色の視線をルプスレギナに向ける。

 

 

「…腐臭、死臭……それだけ」

 

「んん…臭いに対してどう思うっすかよォ?」

 

「…どうって…それだけ」

 

「?…あー、まぁそれなら良いんっすかねェ…?」

 

 

至高の御方への返答にこんな曖昧な返事は許されなかっただろうが、幸いにもこれはシモベ同士の対話だ。

サナにはシズの言っている事も解らなかったし、ルプスレギナが何故納得したのかも解らなかったが、違和感だけを感じていた。

そしてサナはその違和感を頼りに、隣に立っているサンコの顔を盗み見る。

するとサンコは深刻そうな微笑ましいような複雑な笑みを浮かべており、サナにはその難解な感情を理解する事は出来なかった。

 

シズはルプスレギナとの会話を終わらせるとサンコの前に移動した。

…そして報告する。

 

 

「…申し訳ございません、確認できませんでした」

 

「うん、偵察ありがとうねーシズちゃん。…あ、付いてるよ」

 

 

頭を下げたシズをサンコは許すと、シズのスカートに唯一付着していた肉片を指でつまみ、とった。

そしてそのまま身体の中からハンカチを取り出すと、スカートに染みついてしまった血を吸った。

 

 

「…申し訳ございません」

 

「はい、とれた」

 

 

シズのスカートから手を離したサンコは他にも汚れが付いていないかを入念に確認する。

そして汚れがそれだけなのを知ると、シズに笑いかけた。

 

 

「言葉遣い間違ってるよ?」

 

「…申し訳ございません……ですが、どこが間違っているか解りませんのでご指摘お願いします」

 

「ありがとうございます」

 

「…?」

 

 

サンコの唐突な一言に、頭を下げていたサナは思わずその視線を上げた。

そしてその波打つ無貌を見つめる。

 

 

「人に何かしてもらったらありがとうございます、ごめんなさいよりありがとうの方がお互い気分が良くなれると思うんだよね」

 

「…お互い…ですか」

 

「うん。強制はできないけど、この意味くらいは考えておいてねーって」

 

「…かしこまりました」

 

 

頷いたシズを確認したサンコは振り返る。

 

――そして見ているだけで吐き気を催す「華」をぼんやりと眺めた。

 

 

「…やっぱりこの傷的に考えて…そう考えるのが妥当か…?」

 

 

そのままブツブツと呟き始め…はせずに、その前に未だ鼻を閉じているルプスレギナに視線をやると考えるのをやめた。

 

 

「…とりあえず歩き始めよっか。行軍開始」

 

 

サンコの号令に従い、サナとルプスレギナが歩き始める。

登り坂には血は下って行かず、またそこには穢れの無い幅広い道が続いていた。

後ろで暫くしてから聞こえたサンコとシズの喋る声は続いていたが、歩き始めていたサナにはその内容までは解らなかった。

そして腐りおちた死体からはとめどなく血が流れ、河をつくり、乾いた岩山を潤していった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「…うー。結局さっきの死体は何だったんすかね」

 

「…何が?」

 

 

トップ。それは頂上。

我が登山隊は半日ちょいに及ぶ登山の末、やっとのことでその頂上(いただき)を見つけていた。

装備は軽く、今までの足取りも軽やかだったが、登山隊は番組始まって以来の危機に瀕していた。

 

それは切り立った1000mにも及ぶ絶壁。

穏やかだった山肌に突如として現れたそれは来る者の侵入を阻むかのように、矮小にそびえ立っていた。

見上げても一番上が見通せないそれは、見るものを萎縮させ、到底登ろうなどという考えを起こさせないだろう。

 

それに高さもさることながらその壁の状態が凶悪であった。

 

高山故に気温は低い…つまり大抵のものが凍る。

幸いアタック当日の今日の天気は暖かく、とてもこの標高とは思えない位いいてんきだったが、それでもなおその絶壁は凍り付いていた。

しかも何層もの氷が張り付いているためか人力での杭を打ち付ける行為などはできず、ツルツルと滑るそれは普通の刃などは受け付けなさそうだった。

 

まさにドラゴンズスパイン…龍の背骨の名前は伊達ではなかった。

しかしこの崖を登り切ってしまえば頂上であり、正しく「最後の難関」と言えるだろう。

万全の準備をしなければ…。

 

 

「だってどう考えても上から死体が落ちてくるっておかしいっすよ?」

 

「…死体……?」

 

 

そして我がグループはそんな絶壁に徒手で張り付いていた…容易く。

勿論人間業ではない。

 

 

「へ?サナちゃん忘れちゃったんっすか!?ほら、臭いとかヤバかったじゃないっすか!」

 

「…あー、うん。そういえばそんなことも…」

 

「もー!私がまだ服に残ってる臭いで苦しんでる合間に忘れるとか酷いっすよお!」

 

 

ルプスレギナはプンプンと怒りながら、両手に持った装飾の施されたナイフの片方を自分より少し高い位置の壁に突き刺した。

ナイフは何の抵抗も無く壁に突き刺さりルプスレギナの身体を支える支点になった。

ルプスレギナは目にも止まらぬ動きでもう片方のナイフも先程のナイフと同じくらいの位置にまで刺すと、そこまで腕力だけで身体を持ち上げた。

 

現在ルプスレギナの身体を支えているのはこの二本のナイフだけであり、その脚はぶらぶらと、まるで子供の様に揺れていた。

サナもほとんど同じ様であったが、ルプスレギナとは違い、自分の得物である野太刀を器用に使い、その一振りだけで登っていた。

高さ的には500mを切ったぐらいだろうか。そしてその合間に出っ張りなどある訳も無いので、二人共ここまで休まずに来たという事だった。

 

 

「で、死体がどうしたんだっけ?」

 

「そうそう…死体が降ってきたんすよ!」

 

「降ってきた?なんで?」

 

「だからそれが解らないって言ってるんすよ!」

 

「…?」

 

 

サナは一度登る手を止めるとルプスレギナの方を向いて首を傾げて見せた。

それを見たルプスレギナはうにゃーと悶絶すると、笑いながら苦悶の表情を受かべるという高難度な技をして見せた。

 

 

「つ・ま・り!自然現象で巨大な獣の腐乱死体が落ちてくるっておかしな話じゃないっすか!」

 

「そうね」

 

「だから何者かがそれを落としてきたってのが考えるのとして妥当だと思うんすよね!」

 

「…そうね」

 

 

ルプスレギナの説明に(一応)納得したサナが首を縦に振るとルプスレギナも満足げに頷き返した。

そして止めていた手を再び動かし始めると、口を開いた。

 

 

「てことは…()()()()()()()()()()ってことじゃないっすか?」

 

「……そうね」

 

 

敵という単語にサナが眉をひそめ、一気に緊張状態になる。

ルプスレギナはそれに一瞥をくれた後、そのままそれを直そうとはせず、続けた。

 

 

「しかもこっちの事を一方的に見つけたうえであんな…嫌がらせ?みたいなことしてくる奴っすよ?しかもサナちゃん以外には気づかれずに」

 

「…かなり強い?」

 

「…うーん。可能性としてしか言えないっすけど、少なくともただの人間にはそんなこと出来ないっすよねぇー…」

 

 

もしかしたらそれなりに強い敵対生物がいて、こちらの事を一方的に知っているという可能性に二人はそれなりに居心地が悪くなり、黙った。

ただ黙々と動かし続ける手の、氷を削るザクザクという音だけが耳を差し、風の通り過ぎる感覚が耳をくすぐって行った。

 

そして暫く後になってルプスレギナが口を開いた。

 

 

「じゃあ…なんでっすかね?」

 

「え?」

 

「いや、サンコ様の事っすよ」

 

 

自らの主の名前が出てきたことでサナは、一瞬だけサンコの事が気になった。

登る手を一度止め、後ろ…いや下を仰ぎ見た。

 

地面は遥か遠く、巨大な岩々が小粒とまでは言わないが小石程度に見え、ごろごろと転がっているのが見えた。

そして「ここ」より僅かに低い絶壁の斜面に黒いものとピンク色のものが張り付いているのが見えた。

 

勿論片方がサンコであり、もう片方はシズだ。

 

シズはルプスレギナと同じようにコンバットナイフを二本使い、崖を登っていたが、サンコは違う。

液体状の身体は絶壁に張り付いており、吸着した…ナメクジのようにヌルヌルと壁を登っていた。

 

 

…サナはそんな主の愛らしい姿を確認すると、後ろ髪を引かれる思いでルプスレギナに視線を戻した。

 

 

「…それで主がどうしたのかしら?」

 

「あー…だってサンコ様だって敵がいるって可能性には気づく訳っすよね?」

 

「当たり前よ。主の思考は海より深いってばっちゃが…」

 

「じゃあ何で()()()()()なんすかね」

 

「……!」

 

 

サナはルプスレギナの言っている事を理解する。

それはサナでも解るぐらい単純で、何よりパターンとして教え込まれた内容だったからだ。

 

…ルプスレギナは続ける。

 

 

「サンコ様は言ってたっすよね?敵がいるかもしれない時は下手に動かず、隠密して索敵に集中する…って」

 

「…えぇ」

 

「じゃあ何で敵性生物がいるかもしれない状況で索敵に努めていないんすかね?…呑気に行軍している場合じゃないと思うんすよ。それに他の獣の痕跡が一切無かったって報告を真に受けるような人じゃないと思うっすし」

 

「…」

 

 

サナが黙ってしまったのを見たルプスレギナは一度その手を止め、深刻そうな顔で呟いた。

 

 

「…もしかしたら忘れてるのかも。私一度行って、尋ねてみるっす…!」

 

「…待って!」

 

 

突き刺したナイフから両手を離そうとしたルプスレギナをサナは片手で制した。

ルプスレギナは若干微笑むと動きを止めたまま尋ねた。

 

 

「…どうしたんすか、サナちゃん?違和感があったらすぐ報告しても良いって言ったのはサンコ様っすよ?」

 

「…でも…!」

 

「それに!何か間違いって可能性もあると思うんすよね!忘れて…いや、新しい意見として重宝してくれるかもしれないっすからね!」

 

「…っ」

 

 

悩み、口を閉ざしたサナだったが、割とすぐに顔を上げた。

…迷いを容易く断ち切ってしまって。

 

 

「何かお考えがあっての事だと思うの」

 

「…何かって何すか?」

 

「…そこまでは解らないけれど…主の事だもの。何かしら考えているに決まっているわ」

 

「…」

 

 

サナの言葉には一切の迷いが無く、根拠が無い。

突ける場所の無い言葉(ふかんぜん)は、今度はルプスレギナを黙らせ、静かに考えさせた。

 

…そして熟考の末、ルプスレギナは答えた。

 

 

「…そこまで言うなら仕方ないっすね!俺の信じるサンコ様を信じろって事を言いたかった訳っすよね?」

 

「え…うん、そう思うんならそうなんだろうなお前の中でな」

 

「うーん…使い方というかタイミングが悪いっすねぇ…」

 

 

カカカと笑ったルプスレギナはもう既に元に戻っており、その笑みも嘘か本当か解らない貼り付けたようなものになっていた。

実際は何も解決していないのだが、今のルプスレギナにはまぁいいかと思えてしまい、サナのいう事を信じてしまえるようなそんな気になっていた。

 

ルプスレギナは絶壁を見上げると、何だかやる気が出てくるような気がして、ナイフを再び突き刺したのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「…!?」

 

「ん、どうしたんすかサナちゃん?」

 

「…上に何かいる?」

 

「え、マジっすか…!?」

 

 

絶壁の縁の目前5mの地点にサナとルプスレギナは相変わらずのように張り付いていた。

先程した会話から馬鹿話をしながら登るうち、時刻はすっかりおやつ時になっており、絶壁も終わりを見せていた。

 

…驚いたルプスレギナは鼻をスンスンと鳴らしたが、顔をしかめて首を振った。

 

 

「…いや、だめっすね。臭すぎて」

 

 

ルプスレギナは道中鼻につけていた臭い防止の為の器具を外しており、普通に鼻が通っていた。

が、先程の死体の腐臭が服に染みついているらしく、またダメージが残り鼻による索敵などは出来なくなってしまったらしい。

 

 

「えーと…何がいるかとかは解るんでしたっけ?」

 

「…いや、ネズミかもしれないし猫かもしれない」

 

「どっちっすか?」

 

「…つまり解らない」

 

「アッハイ」

 

 

サナにしては面倒くさい例えを用いていた…というのはどうでも良く、サナには「いる」ということぐらいしか解らなかった。

そんな曖昧だが使える情報を受け取ったルプスレギナは少し考えると、身体を支えているナイフから片手を離した。

 

 

「少し待っててくださいっす。ここはサンコ様の方が効率良いっす」

 

「…効率?」

 

「いえあ!」

 

 

ルプスレギナはそれだけ言い残すと、ナイフから完全に手を離した。

支えを失った身体は浮力を抱くはずも無く、容易く落ち始める。

そして彼女はその赤い長髪を残して落下していった。

 

…落下するルプスレギナは両手両足を目一杯広げて姿勢を制御する。

そのまま下に張り付いていたサンコの元へと向かう。

そして半ば体当たり気味にサンコにぶつかり、止まった。

 

 

「…俺を…踏み台にッ…?」

 

「…あ…すみませんっす…」

 

 

遠くから聞こえてくるサンコとルプスレギナの会話はサナには割と鮮明に聞こえてきたが、途切れ途切れに聞こえてきていた。

 

 

「上、うえぇ…」

 

「あぁん?パンチラ…?」

 

「のー!…サナちゃんの下着は黒…」

 

「…おいお前何でそれ知ってんだ?」

 

「…情報は常に集めておくもんっすよ」

 

「天から…お塩?」

 

「普通に死ぬ…っすけどぉ!」

 

 

途切れ途切れの会話と、その内容はサナには理解する事は出来ない。

そしてそのままサンコとルプスレギナは二言三言を交わすと、三人共また登り始めた。

サナはサンコが来るという事に少し慌てながら、主の到着を待った。

 

…それからわずか一分後、サナの高さまで三人は登ってきた。

 

 

「主、このような不躾な格好で申し訳ありません」

 

「大丈夫よー…で?頂上に何かいるって?」

 

「はい」

 

 

サンコはその液体状の身体を揺らしながら壁に張り付いており、凍り付いた絶壁に何かを突き刺すでもなく立っていた。

そして人型ではなく、球体として影を落とし、プルプル揺れていた。

 

 

「…うん。確かに一部を分離できる俺が偵察に行くのが一番効率が良いな」

 

 

ルプスレギナをチラリと見たサンコは頷くと何か思案した末に、球体状の身体から片腕だけを生み出すと氷壁に突き刺す。

そして握るように氷を鷲掴むと同時に腕が脈動させ、ポンプのように汲み上げた。

その「中にあるもの」は子供が外の世界に出たがるようにサンコの腕の中で胎動し、砕かれた氷壁の一部を巻き込みながら生まれようとしていた。

 

…そしてその膨らみがバスケットボール大程まで成長すると、不意にサンコの身体から分離された。

それはただの「液体粘状の分身」ではあったが、見かけだけは暗い液体状のそれでは無かった。

 

それには先程サンコが砕いた氷壁の一部が混ぜられ、その外皮は砂糖のように白い雪で覆われていた。

一見すると雪団子のようなそれはこの雪と氷で出来た世界ではかなりのカモフラージュ率を誇っていた。

 

そしてその雪でできた外皮の隙間から本来液体粘状の分身には無い、目にも似た器官がのぞいていた。

だがそれは人間の眼とは大きく異なり、どこか丸っこく、黒目も完全な円であった。

 

 

「じゃあ俺のこのスラちゃん(雪)を使って頂上の偵察してくるわいね」

 

「?…サンコ様の身体の一部なのに名前つけてるんすか?」

 

「細かい事は気にしない!…じゃあ行くぞえ」

 

 

サンコの号令と同時にスラちゃん(雪)が動き始める。

外皮に雪を纏っていてもその吸着力は変わらないらしく、サンコと同じように壁に張り付いたスラちゃんは(スライムだけに)スラスラと壁を登って行った。

 

そして崖の縁まで移動すると、スラちゃん(雪)は単身頂上へ消えた。

 

 

「うーん…?」

 

「どうすかね?」

 

 

サンコがゆっくりと揺れながら唸ったのを見てルプスレギナが尋ねると、サンコは身体を前後させながら答えた。

 

 

「見た感じいない。というかこのまま登ってもすぐには見つからない」

 

「…?」

 

「まぁとりあえず登っても大丈夫ってことよ」

 

 

特に許可も取る必要も無いためサンコは頂上へ壁をスルスルと移動を始める。

残されたシモベ三人もそれに付き従わない理由が無いので、壁に各々の得物を突き立てた。

 

そして崖の縁に張り付いたサンコに合わせるように、止まった。

 

…サンコは縁から頂上を覗き込むと、まだ下に居たシズに小さく命令した。

 

 

「魔術の痕跡がないか確認」

 

「…かしこまりました」

 

 

サンコと同じように縁から頂上を覗き込んだシズの眼がカメラレンズのように瞳孔が開き、狭まる。

 

…縁から見える景色はそこまで広くは無い。

というのも目の前に巨大な氷塊のようなものがあり、視界が大分制限されてしまっていて、その合間には人ふたりが立てるか否かの距離しか開いていなかった。

頂上の気温は麓とは比べ物にならない位寒く、かなりの厚みで出来た雪と氷で覆われていた。

 

とはいえここから氷塊を横に抜ければその先にもっと広い空間があるようではあったが、ここからは氷塊が邪魔をしてそこまでは見えなかった。

 

 

「…確認できません」

 

「はい、お疲れ」

 

 

首をゆっくりと左右に振って周囲を確認していたシズだったが何も見えなかったことをサンコに報告すると、少し長めに瞬きをした。

 

…シズの眼は魔力の痕跡を確認できる。

ただこれは「種族応用」ではなく、ただの種族スキルであり、シズが最初から持ち合わせていたものだった。

能力としては、魔術が使われた跡をじっくりと見るとどんな魔法が使われたのかが詳細に解るというもの。

普通に便利ではあるが、魔術痕を直に見なければいけない上に、詳細に判る為にはじっくりと見なければいけないので、一平方mを調べるだけでも30秒はかかってしまう。

それでは戦闘中には使うにしては余りに長すぎるし、何より魔術痕というのがどこにあるのかも解らない場合あまり使えない。

 

故にただ魔術の痕跡がある無しだけを調べるならば、ルプスレギナの匂いによる判別の方が使い勝手は良いだろう…まぁ先程の汚臭のせいで現在使用できなくなっているのだが。

 

 

「…音と殺気は禁止。頂上に出てからサナは直観で索敵をしてくれ…精度を上げて。それ以外の者で周囲の警戒に当たる。シズは空」

 

「「「かしこまりました」」」

 

「…スタート…!」

 

 

サンコの号令に従い三人は一斉に崖の縁を掴む。

…そして疾風迅雷の動きで身体を崖の上に引き上げると、コンマ単位の動きで位置を調節した。

統一された動きは、訓練されたそれでは無かったが、命令を受けたシモベ特有の共通意識が形成されているようだった。

 

黒い襤褸切れが風に乗り、道端で転がるようになびくように縁から頂上の隙間に乗る。

まるで突風に乗ったようなそれは瞬間的に陣形を組むと、一枚を囲むように辺りを見渡していた。

そしてそれぞれが己の得物を持ち、いつでも敵を迎撃できるように身構え、警戒していた。

 

ルプスレギナは聖刻の刻まれた錫杖を構え、シズはアイアンサイトから空を仰ぎ見、サンコは自らの影を触手のように伸ばす。

そしてそれは守るように中心に立っているサナを囲んでいた。

 

真ん中に立ったサナは目を閉じ、漆黒で出来た野太刀を鞘に入れたまま構えていた。

その顔は真剣そのものであり、何かを探るように感じていた。

 

正しくそれは「直観」の「意図的な」使用であり、「命令」されたそれは普段よりも精度が高く、強い。

そして――

 

 

「確認しました。前方に開けた空間があり、そこに…大きな…?」

 

「…警戒態勢一時解除。気配を悟らせないようにしたまま偵察を行う」

 

 

――サナの言葉と共に出された号令により四人の警戒が解かれた。

…サンコは振り返り、尋ねる。

 

 

「他には?」

 

「いません。この氷塊の向こうに大きな何かがいるだけです」

 

「何か…ね」

 

 

苦笑したサンコは人型になると、顎があった部分を撫でる。

そして数瞬の合間考えた後再び振り返り、命令を下した。

 

 

「シズは引き続き周囲の警戒、死角からの強襲を阻止してくれ。ルプスレギナとサナは俺と一緒に未だ前方に居ると思われる敵性生物を偵察する…気配は消せよ?」

 

「わかりましたっす…!」

 

「…かしこまりました」

 

「了解いたしました」

 

 

サンコが動き始めると同時にルプスレギナとサナも動き始める。

そもそも歩いていないサンコはともかく、サナとルプスレギナは気配を消し、足音を完全に消していた。それに痕跡を残さない為に積もった雪の上に足跡の一切が無かった。

 

そして氷塊の周りを回るように移動していくと尾根が見えた。

先程登ってきた崖がどこまでも続いており、相当遠くですぼまっていた。

だが崖の上はかなり広く、横幅だけでもちょっとした村でも立てれそうなほど広かった。

…そして丁度この氷塊の置いてある場所が頂上のようであり、他の地点の全てを見渡せるようにはなっていた。

 

 

「…」

 

 

そして氷塊の向かい側が見渡せる位置にまで来ると、サンコは自分の足元を指さし、その後に「待て」とばかりに手を振った。

それはつまり「影に潜航する、」という意味であり、それを理解した二人は頷いた…するといつのまにかサンコの背中に出来ていた目が笑ったのか三日月になった。

 

サンコはそのまま何も言わず影に潜る。

潜った後にはただ水たまりのような影が残り、それさえも気を付けてみなければいけない程の大きさまで小さくなった。

…もしこれが雑多な町の中であれば誰にも気がつかれない程度には。

 

そしてその地面に落ちた影そのものが動き始め、何の躊躇いもなく氷塊の向こう側に回った。

 

主が矢面に立つことにサナはとてつもない不安感に駆られるが、主の命令の手前動くことは出来ず、せめて救難の信号が出されたときに咄嗟に動けるようにしておくくらいしかサナには出来なかった。

 

 

「…!」

 

 

なのだが…ルプスレギナは普通に覗こうとしていた。

驚いたサナは氷塊の向こうに手をかけていたルプスレギナの服の裾を引っ張る。

すると振り返ったルプスレギナは周りに聞こえない極めて小さな声で喋りかけてきた。

 

 

(ここで待ってろとは命令されたっすけけど、覗き見ちゃダメとは言ってないっすよね?)

 

 

どやぁと言った感じで笑うルプスレギナにサナは慌てながら、ルプスレギナと同じくらい小さな声で説得を始める。

 

 

(見ていいとも言われて無いでしょ…?)

 

 

必死になって説得したつもりだったサナだが、ルプスレギナはサナに掴まれた裾を振って逃げると、人差し指を立て、サナに顔をずいっと近づけると言い放った。

 

 

(ばれなきゃ犯罪(命令違反)じゃないんっすよ…!)

 

 

そしてそのままニコリと微笑みサナの頭に手を乗せると、ぽんぽんと叩いた。

サナは唖然としたまま、立ち上がり覗きを続行しようとするルプスレギナを見送った。

背中に括りつけた聖刻をモチーフにした錫杖のような斧がルプスレギナの歩みと共にユラユラと揺れ、呆れを通り越した何かの感情を彼女に抱いていた。

 

そしてルプスレギナはゆっくり歩き、後数歩で覗き込めるというところまで――

 

 

 

オォォォォォォォォ!!!!

 

「!?」

 

 

 

――だが、それは最期まで正常に行われない。

 

 

地響きにも似た轟音。

振動によって鼓膜を物理的に裂いてくるそれは、三半規管を壊し、脳を持つ生物ならば耐えきれない程の衝撃を与えた。

山全体が鼓動し、山彦によって反射され、雪煙を落とし、すぐそばにあった氷塊もグラグラと揺れているように感じた。

 

…血が湧き、地が揺れ、身体が震えるそれは正しく恐怖だった。

 

 

それにそれだけではない、「腐臭が溢れ出した」。

 

 

轟音と共に氷塊の向こう側から瘴気にも似た汚臭が叩きつけるように全身を焼き、鼻孔に突き立てられる。

余りの臭いのキツさに舌の根が麻痺を起すようにビリビリと震え、味わったはずも無い腐った死体の味を幻覚させた。

 

そしてそれは昼間の死体を思い出させた。

吐き気を催すような腐乱死体の臭いと色を連想させ、それもまた吐き気を誘った。

 

 

(何が…!?)

 

 

吐く、とかそういった感覚の無いサナはただその轟音と臭いの発生源が何か困惑していた。

 

…瞬間考え付いたのが、氷塊の向こう側で轟音が起こり、そこに主がいたという事実。

そしてそれは主の身が危険という事も示していた。

 

 

(向かわなくては…!)

 

 

サナは氷塊の向こう側に行こうと足を向け、はたと止めた。

…それはサナには許可されていない。

待っていろという命令は解除されていないし、氷塊の向こう側に言っていいという許可が主から出された訳でも無い。

 

――だがこれは考えるまでも無い事だ。

非常事態なのは確定だし、主の身が危険だというのはほぼ確定している…というか、少なくともサナの中では確定事項であった。

 

そうなれば迷わず後者を選ぶのがシモベというものである。

故にサナもそんな迷い込むまでも無い迷いで動きを止めたのはほんの刹那ほどの時間であった。

 

 

――だがそんな一瞬で次の事態は起こってしまっていた。

 

 

「うっぷ…」

 

「あ…!?」

 

 

見ればルプスレギナがぺたりと地面に座り込んでしまっていた。

その顔色は悪く、脂汗が幾つも頬を落ちては雪の上に落ち濡らしていた。

そして片手で口を押え、目を見開き、つらそうな顔をしているのを見れば、吐きそうなのだという事は誰にだって解るだろう。

 

…彼女は良い鼻と、大きな耳を持っている。

普段ならばそれを用いた見なくても解る索敵をし、かなりの精度で敵を発見することが出来ただろう。

 

だが今回限りはその優れた感覚器が仇となった。

良すぎる鼻と大きすぎる耳は120%の強さで轟音と腐臭を伝えてきていた。

それはある程度装備による耐性をもったルプスレギナにダメージを負わせ、先程の死体との相乗効果も相まってルプスレギナに膝をつかせる程弱らせていた。

 

 

そしてサナはそんな「非常事態」に今度こそ足を止める。

 

 

優先順位的に言えばルプスレギナより主の方が高いが、ルプスレギナがここで「音をたてる」のはマズイ。

もしただの偶然的な轟音であった場合、ルプスレギナが吐いたらこちらの事をあの轟音を出したモノに気づかれてしまう事になるし、警戒し始めた場合サンコの危険性が高くなってしまうだろう。

 

…主が既に気づかれていた場合は全く関係は無くなるのだが。

 

 

とはいえその二つを区別できるほどサナは聡くないし、何より時間も無かった。

 

 

「おえぇ…」

 

 

ぴちゃぴちゃという水音が雪の上ではねた。

辺りに胃液のツンとした臭いが漂い、汚臭の中に加わった。

跳ねたそれはルプスレギナを中心にかかり、彼女自身のスカートや足にかかり、垂れた。

飲食不要の指輪をつけているため吐いた物の中に固形物は無く、量も少なかったが音としては充分であり、轟音の後の静寂だった空間にどこか広く響き渡ったようなそんな気がした。

 

 

「ルプスレギナ…!」

 

 

苦しそうな後ろ姿にサナは驚き、「何か」を感じ、手を彼女に伸ばしたまま一歩踏み出す。

それは完全に考え無しの行動であり、ただ彼女が見ていられないという感傷のみで動いてしまっていた。

そしてそのまま夢遊病者のようにルプスレギナの方に歩いて行きそうになる。

 

だが――

 

 

「出てこい」

 

 

――聞いた事のない、轟音のような声が辺りに響き渡った。

それは明らかに氷塊の向こう側から聞こえてきており、先程の轟音を発したものと同じだった。

 

…サナは我に返る。

目の前のルプスレギナは確かに辛そうではあるが、それ以前に主が危ない。

今の出てこいというのは恐らく影に隠れた主へと当てられた言葉だろうし、そうだとしたら標的されるのは異音が聞こえたこちらではなくまず真っ先に主だろう。

 

目的を見失うな、今一番大事な事は「主を守る事」だ。

 

 

サナは氷塊の向こう側に足を踏み出す。

それと同時に引き抜いた野太刀が太陽光を反射せず、その黒色の中に閉じ込めた。

そしてそれを殺気と共に構えると、氷塊の向こう側がついに見えた。

 

 

 

だが――

 

――そこには何も無かった。

 

 

 

他の尾根と同じただ広い空間。

雪が積もったそこは雪原と呼べる程広くは無かったがそれなりに広く、小石程の大きさの小さな氷塊が転がっており、太陽に照らされてキラキラと輝いていた。

手前に少し大きめの影がある程度でそこには何もなく、青空と合わさりただただ美しい景色が広がっているだけであった。

そしてその先を見れば山を下る為の斜面も見え、次の道が見えていた。

 

 

「…!」

 

 

視覚に敵は感知できない。

先程の轟音に巻き起こされたであろう雪煙など「それがいた」痕跡はあるが、肝心の敵が見えない。

 

轟音を出し、腐臭を出した敵がいたはずの場所には何も見えなかった。

 

 

「ふー…」

 

 

普通ならば。ここで勘違いだったのか、と一瞬でも思うだろう。

「いる」と確信した場所に普通見えなければ、自分の考えを疑うのは思考生物の特権であり、考え直すというのは利点でもある。

 

だがその一瞬の迷いが命取りだったりするのだ。

 

 

 

故にサナは刀を握りなおした――訳では無い。

 

 

 

「…主、申し訳ございません」

 

 

 

サナは謝罪の言葉を述べると共に、()()()()()

鋭い踏み込みは縮地のごとく距離を詰め、そのサナの野太刀を最速で目的の場所まで運ぶ。

 

 

――しかしそれは虚空で弾かれた。

 

 

「…」

 

 

攻撃を弾かれたサナは冷静に、そこから行われた()()を冷静に躱す…その()()()()()()を。

 

 

 

大きく後退したサナはいつの間にか人型になっていたサンコの前に立つと守るように刀を構える。

…主はため息をつくと、苦笑まじりにうそぶいて見せた。

 

 

「はー…完全に計算違いだわー…口臭でルプスレギナが吐くのは流石に予想してなかったわー…ってな」

 

「…申し訳ございません。主」

 

「ん?良いのよ良いのよ、()()()()()だしね!」

 

 

極めて軽く自分の謝罪を許したサンコに更に敬意を抱きながら、サナは少なくとも主を守れる位置に立てた事に安心を感じていた。

そしてこんな「非常事態」だと思っていた事が主の想定内なのだという事に驚き、安心し…実にどうでも良くなっていた。

 

 

「いかがしましょう」

 

「勿論、殺す」

 

 

今考えるべきは「()()()()()()敵を如何にして殺し、主を守る」か。

尋ねたサナはニッコリとしたサンコの表情に安心すると、視線を先程切りかかった場所に目を向けた。

 

 

そこは――轟音の根本、腐臭の発生源、そこを中心に雪が舞いあげられた場所。

 

 

そこを見ても何も非ず、耳を立てても何も聞こえなかった。

 

 

 

――だが、居た。

 

 

 

巨大なそれの薄い膜がはがれていくように、その姿が徐々に露わになっていく。

 

白く長い爪、人ひとりは容易く引き裂ける牙、見るものを怯ませる瞳。

巨躯は縦に長く、四肢は捕食者特有のすらりとした筋肉をつけていた。

尻尾はしなやかかつ頑強であらゆるものを砕き、その翼は竜巻の如く風を巻き起こすだろう。

 

そしてその皮膚は()()()()()()()()()()()

 

 

…それは吼える。

 

 

 

 

「警告を無視した貴様らにかける温情などないと知れ!腐りゆきながらこの氷獄ノ腐道竜王(ひょうごくのふどうりゅうおう)の縄張りに入ったことを後悔するがいい!!」

 

 

 

 

――再び放たれた(ドラゴン)の咆哮は、「轟音」と「腐臭」を伴った。

 

 

 

 

 

 

 




不遇レギナ・ベータってそれ一番言われてることだから。

連絡事項としてはちょっと一回一話から修正入れてこうかな?と思ってるんで投稿遅れるかもしれない…っていつもかw(開き直り屑)
それと次回は戦闘回戦闘回!私戦闘回大好き!(書くのが得意とは言ってない)

あとこのこの後の展開とか考えってたらシズが一番難しかったんで強引にフラグぶち込んじまった…違和感仕事しすぎィ!?

いやー臭い回だった。

ではではー
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