OVER SHADOW !   作:みころ(鹿)

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ギルガメッシュにしようとしたらゲオルギウスだった状態。



 15 腐らないモノ

・・・

 

 

「-♪」

 

 

サンコは座り、威嚇し、咆哮と共に世界を揺らすドラゴンの目の前で楽しそうに揺れていた。

その様はどこか嬉しそうな子供の様子と酷似しており、上機嫌に見える。

 

しかし、実際楽しかったのかもしれない。

安堵とは時に楽しいという感情と取り違える事もあるし、問題に正解すれば素直に嬉しいのだから。

 

 

…あの死体が落ちてきた時、いや、あの死体が落ちてきた後。

 

 

サンコはシズに命令して、空を調べさせた。それはひとえにそれを落とした奴がまだいるかもしれないと思ったからだ。

 

――しかし死体を落としたであろう()()()は確認できなかった。

 

空は透き通るように青く、高い。

そこには死体を落とすような輩どころか何も確認できなかった。

 

 

…確認できないものは仕方ないと思い、そこを割り切ったサンコは次に死体を調べる。

 

 

全身腐りきったその身体は腐臭を放ち、自然のものでは無かった。

それに死体の腹に出来た傷は明らかに「作為的」につけられたものであり、魔法によってつけられたものでは無かった。

それは魔術痕を調べれば解るものであるし、何より傷のつき具合からして「獣」の牙とかそう言った物の類だった。

 

 

…しかし死体にはそれ以外の「魔術痕」が発見できた。

 

 

死体全体にかけられていたその魔法名は「不可視化(インビシブル)」。

 

 

…幻覚による誤情報を握らせる不可視でもなく、光の屈折による不可視でもない純粋な「不可視化」は、なまじそれ以外のプロセスが無い分強い。

 

例えば相手に幻覚をかけて不可視状態になったとしても、幻覚耐性の装備をつけられてしまえばその効果は半減してしまうし、精神的な変調に気づいてしまった相手が警戒し始めてしまうことは十全にあり得る。

 

しかし自分にだけかける「不可視化」なら、相手の装備がよっぽど不可視を見破るモノでない限りは相手に気づかれる心配は無い。自分の中でその魔法は完結しているのだから。

 

 

――今回のように死体に()()()()()()()()()()()()()なんて時は特にだ。

 

 

…人間や、獣の話をしよう。

もし山道を歩いていて、突然巨大生物の死体が降ってきたら。

それは例え上空を監視していても解らず、当たってから初めてその死体が「あったことが」解るという不可思議な状況。

 

当たったら即死は免れないだろう。

 

この質量の物体の落下をまともに受けて無事ですむ人間はおらず、その衝撃は相当なものになる。

上空から落とされたそれは速度が伴うと、凶器にも似た殺人的な威力を持つというのは言わずもがなであろうか。

 

だがそんな不可視の落下物を奇跡的に避けれたとしよう。

 

回避方法はこの際どうでもいい、ただ避けたという過程と、死体が落ちた結論のみを求めよう。

 

 

…まずは恐怖するだろうか。

音と衝撃は鼓膜を揺らし、地を揺らす。

それだけで人は驚けるし、恐怖することが出来る。それが日常でもない限りは。

 

 

そしてそれを乗り越え、後に残った物を見れたとしよう。

 

 

後に残ったモノ…それは、「死体」と「腐臭」。

 

 

それは人が嫌悪し、疎み、恐怖するもの。

吐き気を催すそれは人を避けさせ、また、人が避ける。

辺りにまき散らされたそれから人は目が離せなくなり、本能的にたじろぐ。

 

 

――そうしたなら人はもうその山を登ろうとは思わないだろう。

 

 

不気味がって、恐れて、嫌悪して…山に登ろうとする気力何て無くなってしまう。それに、近づこうという意思すら折られてしまうだろう。

危険を回避しようとするのは生物として当たり前の原理であり、落ちてくる死体にはその危機を回避させる本能的な恐怖を内包していた。

例え相手が死なずとも人の足を遠のかせるのにここまで効率的な方法は無い。

 

――そしてそれは「警告」という意味を持つんじゃないだろうか?

 

というか…それ以外にやる意味が無い。

仮想敵、つまり死体を落としてきた相手。それが死体を落としてきた理由を考えてみよう。

 

まず前提として敵が「敵」であるという事は良い。

相手に対し腐った死体を落とし、殺しかけるという行為は友好的とは程遠いし、矮小な人間からしたら攻撃と取られてもおかしくは無い行為だろう。

 

しかし攻撃にしてはお粗末すぎる。

真に敵と認識し、完全に不覚をとれる状況なら、相手に気づかれる前に自分に出せる最大の攻撃を相手に叩きこむというのはアンブッシュの常識であり、最も一般的かつ原始的な兵法と言えるだろう。

それにそうすれば敵の動揺を誘えるし、何より先手をとることの有利を確保できる。

 

ではなぜそうしなかったのか?

 

 

それは――相手が戦闘を避ける獣だから。

 

 

…この「死体が落ちてきた」時点でサンコは、相手が「獣」だと判断していた。

 

 

獣は縄張りに入ってきた侵入者にどう接するか。

侵入者の力量によっては逃げたり、隠れたりするだろうが、大体は「敵対」する。

自分の住処に見知らぬ人がいたら警戒するし、追い出そうとするのは当たり前であって自然の摂理だ。

 

しかしそれは直接的な行為に発展する事は少ない。

お互いの力量にほとんど差がなく、運命の歯車がぴたりとはまってしまった時に両社が相対し始めて、「縄張り争い」という事態が発生する。

 

では間接的な行為とは何か?

 

 

…端的に言って嫌がらせだ。

 

 

相手の付けたマーキングの上から悉く臭いの上書きをする。

餌を独占する。巣を荒らす。

相手の家族を殺すというのも良い。

つまり、相手がここに居たくないという思いを限界にさせたら間接的な行為での「縄張り争い」は勝ちなのだ。

 

 

そしてそれは巨大な獣の腐った死体を落とすことも含まれる。

間接的な「警告」としての意味を持つ、「嫌がらせ」。

 

 

一つは力の示威。

自分はこれだけ巨大な獣を狩れるのだぞというアピールと、それを落とすことのできる力を持っているのだと相手に教える。

 

もう一つは、臭い。

感覚の鈍い人間でも耐え切れない臭いを、人間より感覚の鋭い獣が好くはずがない。

事実ルプスレギナはそれにやられたし、ほとんどの臭いの解る獣はこの刺激臭に耐えることはできないだろう。

 

実に効率的で、効果的な嫌がらせは獣にも人にも効く。

 

正に「山の主」的な存在であろうし、それなりの上位種であることは間違いが無かった。

だが所詮縄張りに入ってきたものを威嚇するだけの獣だ、大したことはないとサンコは高を括っていた。

 

…しかし、ルプスレギナの違和感の報告で若干見る目を変えたのは事実だ。

 

――()()()()()()()

否、獣がいた痕跡がないという報告。

付近にマーキングされた痕跡の一切が無く、同時に獣の存在も確認できないというのはおかしいと思ったルプスレギナは迷わずその事を報告してくれた。

 

しかし何故山に居るであろう獣がいないのか。

 

普通に考えれば山の主に追い出されたと考えるのが妥当だ。

元々いた獣たちはそいつに追い出され、あるいは頭上に死体を落とされるなどして殺されたのだろう。

プライド、というか縄張り意識の強い奴だなと思う反面、山に住んでいたすべての獣を追い出せるだけの力を持ちなおかつ維持するのはかなり自然界での能力が突出しているからだという事を匂わせていた。

流石に臭いと運搬能力だけでは山の主にはなれないのだから。

 

 

だが事実上の強さの警戒レベルが僅かに上がったところでそれは誤差にしか過ぎない。

強ければ無視する、弱くて倒す理由があれば殺すだけなのだから。

 

 

 

―――だから問題は「法国の目」だけだった。

 

 

 

サンコは()()()()()()という話を疑っていた。

 

確かに「表」の理由での「人類未踏の山」というのは理解できる。

村人が移動してくるには辛すぎる距離と環境だし、駆け出し冒険者が旅できるほど出あうモンスターは弱くは無かった。

故に世間一般では人類が踏破するには難しい山…つまり人類未踏の山と噂されるのは当たり前の事だろう。

 

だが「裏」の理由ではどうか。

仮にも法国領内に書かれたこの山脈は王国との国境線でもある。

法国としてはこの山を越えてくる猛者…あるいは密入国者を監視したいと思うのではないだろうか?それに自国領内で監視の届かない場所を作るのは恐怖ではあるまいか?

 

…そう考えた時に法国がここを「人類未踏の山」にしておく理由が無い。

 

そしてそれが事実だった場合、法国の連中が監視しているかもしれないという可能性が非常に高い。

隠密作戦という作戦上、というか、ナザリック地下大墳墓の存在がまだ明るみにでていないこの状況で少しでも不穏な噂を立てられるのは避けたいし、悟られるなどというのは言語道断だ…侵略者に良い顔をする国など無いのだから。

 

 

…とはいえ生身の人間が常日頃監視しているというのは考えづらいし、やはり魔法で監視しているというのが最適だろう。

遠見の魔法か何かは知らないが、監視カメラのような何かしら魔法の方法でこの山を監視していると考えて然るべきだ…もししていると言うのなら。

 

 

今まで散々垂れ流してきたが、あくまでこれらは物理的な可能性にしかすぎない。

「石橋は叩いて渡れ」…というか、「鉄橋を叩いてやはり壊れないか」というぐらい低い可能性ではあるのだ。

…人類未踏の山は伊達では無い。

危険な事は確かだし、気が遠くなるほど高い山を登ってまで法国に侵入したい奴がそもそもいない。

 

つまり相手が妥協して、わざわざこの山々を監視する意味が無いと決めつけている。

物理的には可能だが、精神的にそんな山を登って侵入してくる酔狂な馬鹿はいないだろうと考える。

そしてそんな低い可能性の為に割く人員は必要ないと考えるのが人間だ。

…とりわけそれが大きな馬鹿であった場合は特に。

 

しかしサンコはそんな低い可能性の為に鉄橋を叩いた。

もしかしたら鉄橋が崩れるかもしれないと信じて。

 

ある意味それも人間らしいのかもしれない。

かもしれないの為に動くではなくて、万全を期して望んだ方が安心できるからと。

 

 

…故にサンコはここまで魔力の探知をシズと共にやってきた。

あるかもしれない魔法(監視カメラ)の為に。

 

 

索敵はサナとシズに任せ、安心して行えた魔力検知は主に魔力の有無だけを測り…一切を検知できなかった。

正しく人類未踏の名にふさわしく。

 

ということは「監視は行われていない?」とは思ったサンコだったがその時点ではまだ山の中腹であり、せめて頂上に行かないと判断は出来ないと考えたし、何より辞めるつもりも無かった。

 

…それに山の主はプライドが高いようだし、それなりにはレベルが高いのだとしたら法国の魔法を打ち砕きもできるだろうし、そもそも魔法設置を置く事を許さないだろうとも考えた。

 

 

そして頂上付近。

ついにサナが敵の索敵に成功した。

敵の情報は少ないが、少なくともそこにいるというという情報にサンコは安堵した。

 

そして魔力痕跡の調査。

今までやってきた通りにシズは調べ、そして何も検出されなかった。

 

崖を登り切ったあとは氷塊の向こうに敵がいると解り、通らざるを得ない頂上は魔法が置かれている可能性が一番高い場所でもあった。

だがシズをのこのこ出して、敵に見つかるのも危険性が高い。

 

故に隠密ができるサンコだけが潜った。

一応見ればサンコでも魔術の痕跡は解るからだ。

 

 

一目で魔術はおろか魔力痕跡など無い事を悟った。

 

 

広く深く雪の積もった頂上には何も、人の痕跡も魔術の痕跡も一切が無く、人類未踏の山という話が「表」でも「裏」でも嘘偽りのない話なのだと解った。

そうなればここに()()()()()()を作る事もできるし、多少だが気が楽になった。

 

 

しかしサンコには山の主がおらず、どこにも見えなかった。

サナの直観は疑うべくは無いはずだし、巨大なという事は見落とせる事も出来ないはずだった。

 

サンコはそれを何故だと考え始め――

 

 

――山の主が起き上がると共に()()するのを見て納得した。

 

 

瞬間見えたその姿は所謂「ドラゴン」というもの。

その皮膚は腐り堕ち、全身がチカチカと点滅し、半分ほど消えていた。

死体に「不可視化」を施したと考えれば、自分にもその魔法をかけて姿をかけて姿を隠すことも容易いだろう。

実際は目の前に居たというのに、不可視化によって姿が見えなかったというのも頷ける。

と、同時に「死体を落とした奴」と「コイツ」が同一であるというのも特定できた。

 

 

そしてサンコは驚きこそしたが、安堵していた。

 

 

何故ならそれは…弱者であったからだ。

ドラゴンとは基本的には最強と言われる種族ではある。

高い攻撃力と体力に裏付けられた地力の強さと、ブレスによる範囲攻撃に翼による空中移動が合わさった攻撃は何物も寄せ付けない純粋な力を内包している。

 

…しかしそのレベル差は絶対的で、絶望的な開きを見せていた。

 

レベルにして60程…悪くは無いが良くも無い。

ルプスレギナやシズが単騎で相対すると言った場合は辛いが、サナならば一対一でも問題ない。

それに何よりこちらはパーティだ。万に一つも負ける可能性は無かった。

 

そして気づかれていないため、今度はこちらから不意をとれるというのも勝率を格段に跳ね上げていた。

 

サンコは確実に殺せるように、また一度戻る為に潜航したまま方向転換しようと――

 

 

――しかし、その時ルプスレギナが吐いた。

 

 

断続的に続いた水音、異質なその音に気がついたドラゴンは一瞬だけそちらに目をやると、寝起きでか見え隠れしていた姿を完全に消した。

そして口を開き、出てくるように述べた。

 

…すると案の定というか、サナが出てきてしまった。

 

大方サンコの身を案じての行動だろうし、何よりもう既に存在を気がつかれていたので時間の問題ではあったのだが、急に矢面に立たれるというのはサンコには不安だった。

 

 

――しかし踏み込んだサナは視界には見えていないであろうドラゴンに切りかかると、その不可視の反撃を避けて見せた。

 

 

完全に安心できたサンコは揺れていた。…そして余計なことも考えていた。

このドラゴンとは戦わなくてはならなくなったが、そもそも戦う理由はあるのかと。

 

コイツを殺した場合のメリット、デメリットを焦る必要のなくなった思考でゆっくりと考え…そして――

 

――それは一つはシンプルな理由だった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「でさーサナ」

 

「はい、何でしょう主」

 

「一人で頼める?色々としなきゃならないこともあるしー」

 

「かしこまりました。ですが改めてご命令を」

 

 

唸るドラゴンの目の前。

完全に油断しきったサンコは極めて軽い口調でサナに喋りかけていた。

サンコの様子は、というか集中は既に半分以上ドラゴンから離れており、興味を失ってしまった子供の様にのんびりとしたものだった。

 

…それは強者の余裕とも、万策尽くした故の怠慢ともとれるかもしれない。

サンコとしてはもうこのドラゴンは脅威ではなくなっていたし、魔法による監視などの心配もなくなった今となっては恐れるものなど精々片手で数えるほどしかなかった。

それゆえに油断できたし、油断しても良かったのかもしれない…全ては予定の範囲内で、最大限の注意をしてきたのだから。

 

 

「貴様ッ!我を前に戯言が過ぎるぞ、雑魚が!」

 

 

しかしそんな様子は「氷獄の腐道竜王」の逆鱗を逆撫でしていた。

それもそうだ。目の前で自分を倒す算段をさも容易く、しかも自分より劣った存在が語っていれば、いくらほら話だと思っていても多少は怒りの感情を抱くはずだ。

それにプライドの高いモノは特にその傾向が強いと言えるだろう。

 

そして氷獄の腐道竜王もその例に漏れず、憤怒していた。

 

その燃えるような怒りを宿した黄褐色の瞳はこちらを睨みつけたままギラつき、光り輝いていた。

唸っているのか、腹を揺らす重低音が辺りには重く響き渡り、剥き出しになった顎の隙間からは腐食の息が漏れ出ていた。

貧乏ゆすりのように前足に付いた鋭爪を小刻みに揺らし、得物に飛びかかる前の肉食獣が如く前傾姿勢をとっていた。

 

正しくそれは「捕食者」のそれであり、放たれる殺気は溢れ出る力の奔流のようで、山一帯を氾濫させていった。

 

 

…だが龍はその殺意を一瞬で、意図的に切ると、鼻で笑う。

戦闘時ではありえないその気の抜き方は正しく「強者の余裕」であり、強者故に見せられる油断であった。

意趣返しにしてもそれをして良いのは勿論片方だけなのだが。

 

そして龍はその視線をサナに向ける。

 

 

「それにその小娘一人に何ができる。…せっかくの余興だ。貴様ら二人でかかってこい。我を楽しませて見せよ」

 

 

龍が笑う。

轟音が地を揺らし、天を戦慄かせた。

最初は小さかったそれは段々と大爆笑に変わり、まるで爆発のように辺りに衝撃をもたらした。

人が聞けば恐怖し、獣であれば尻尾を巻いて逃げ出すそれは高く山全体に木霊し、地の果てにまで届きそうだった。

 

強大なモノの笑いは全てを震わせた。

 

 

…それをサンコは冷めた目で流すと、無視してサナの耳元に口を寄せた。

 

 

「至高の者、サンコとして我が従僕、サナに命ずる。かの氷獄の腐道竜王を斬殺せしめろ」

 

「サンコの様の御心のままに…!」

 

「あ、怪我しないでよー?」

 

 

苦笑したサンコにサナは力強くうなずくと…顔には出さないがどこか嬉しそうに野太刀を握りなおした。

 

そして全てを言い終わったサンコは龍に背を向ける。

サンコにはもうここに居る意味も無かったし、他に行く理由があったからだ。

 

しかしそれは龍の怒りを再燃させるには充分だった。

大爆笑していた龍は去ろうとしているサンコの背中を見つけると、再び殺気を漲らせる。

そして吼えると同時にその双翼が羽ばたき、生み出された強風がまるで打ち付けるようにのたくった。

 

 

「決めたぞ!まずは貴様から屠ってくれるわ!!」

 

 

龍はその強靭な四肢に力を込めると、一切の倦怠無くそれを解き放つ。

完璧な前傾からの飛びかかるような前方への動きに龍の殺気が追従し、気迫となって周囲の大気を巻き込んでいた。

貯められた力は解放されるとともに爆発し、慣性となってその巨躯からは考えられない程の俊敏さで龍の身体を前に運ぶ。

その顎は生物のモノとは思えない程開き、鋭利な牙と爪を一秒でも早く自らの敵に届かせようと前に突き出していた。

 

純粋な力の暴風は既に天災と言っていいほどであり、人の身であっては止めれない。

その力の全てを集約させた牙と爪はあらゆるものを切り裂き、かのアダマンタイトすら容易く砕くであろう。

、重い一撃はそのものの宿敵を一振りの元に殺し、生態系の頂点に君臨する「龍」にのみ許された攻撃は荒々しくも美しい自然の理不尽さを体現していた。

 

そしてその凶撃はサンコを捉え、その横に伸びた牙はサンコの身を貫かんと迫っていた。

 

 

だが――その巨躯は不意に動きを止める。

 

 

空中で急制動した龍は飛びかかるような状態で一瞬、その機敏な動きを止めた。

しかし敵を葬る為の牙は未だ振りかざされ、その爪は限界まで開いており、更なる加速の為にその巨翼は大きく風を蓄えていた。

 

…ただその敵を睨む黄褐色の瞳だけが、睨みつけていた液体粘状の背中とは違うものを見ていた。

 

 

(何だ…?)

 

 

半ば中空にいた龍はサンコに飛びかかる為、それ以外を頭に入れていなかった。

頭にあるのはいかにして牙と爪をその背中に届かせるかであって、それ以外の、些細な攻撃ならば受けても大丈夫だろうと高をくくっていた。

 

故に、それ以上のもの…異様な物を視界に納めた時、反射的にその身を止めてしまった。

 

それは「小娘」。

丁度見下ろすような場所に居る人間の女は身の丈もある刀を持っており、それを正眼に構えていた。

得物に飛びかかる為にはその横を通り抜けなくてはならず、また、武器をもったそれを龍は無視した…例え攻撃されても大したダメージにはならないだろうと。

その見かけは先程とは変わっておらず、龍が動き始めてもピクリとも動かなかった。

 

 

だが、その気配は変わっていた。

 

 

一目で解るほどその雰囲気は変わっており、また見逃すことができないほど異質なものになっていた。

それはまるで中身が丸ごと変わってしまったように異質で、化けの皮を辛うじて被っているが感があった。その中には臓物ではなく、異界のモノが詰まっているが如く存在そのものの概念が変わっているかのようだった。

 

 

そしてその横を抜けようとした龍もそれに気がつく。

 

 

…未知とは、恐ろしいものなのだから。

 

龍はその異様さに目が離せなくなると、自らの胸のざわつきに気がつく。

それは自分の知らないモノであり、またそれを与えてきたであろう女を反射的に観てしまっていた。

 

目を閉じている女の様子は平静そのものであり、その刀の切っ先は一切揺らいでいなかった。

両足は肩幅程度に開き、右足は少し前に出していた。背中はすらりと伸び、ゆっくりと吐き出す呼吸に合わせてその肩は上下していた。

 

気配こそすれ殺意の一切の無いそれは恐れるに値せず、また、脚を止めるほどのものでは無かった。

 

 

 

だが――

 

 

「ハァッッ!!!!」

 

「!?」

 

 

――サナは目を開け、気迫と共に吼える。

 

 

 

龍は驚愕すると共に、咄嗟にその翼を反対方向にはばたかせる。

その様はあたかも水面に捕まりかけた小鳥の様ではあったが、それとは生み出す風量が桁違いであり、そこら一帯に暴風を巻き起こした。

サナの服もそれに当たり、バタバタとはためく。

 

飛び立った龍はそのままの勢いで先程までいた場所まで戻ると、強すぎる勢いを殺すためにそのかぎ爪を山肌に突き立て、巨大な痕跡を残しながら止まった。

そして改めてサナを睨むとウゥ…と唸り、威嚇を始める。

龍の視界の中、未だ目と鼻の先にいる女は一歩も動いてこそいないが、その眼には光が宿り、刀は黒刀であるにも関わらず光り輝いているように見えた。

全身から妖しく、洗練された気が立ち昇っているが如く感じた龍は思わず顔をしかめると、その警戒をより一層強くした。

 

今までの異質すら塗りつぶしたそれは…いや、今までの異質な雰囲気と合わさったその気配は、統合することで今まで感じさせていた違和感を無くし、昇華されたそれは正しく「殺気」だった。

 

 

刃のような殺気は形を持ち、ただ満ち満ちていた龍の殺気を切り裂いた。

洪水の様に氾濫していたそれを二つに分けた殺気はただ龍にのみ向いており、龍の殺気によって淀んでいた空気は浄化されたかのように澄み渡った。

それは美しさと同時に容易く命を刈り取られそうな危険性を持っており、正しく「刀」そのものを体現したかのようだった。

 

 

龍の退避行動は常人の目で見れば燕返しとほぼ変わらず、ほとんど時間のロスなく後退したように見えていた。

その動きを止めたのは刹那の合間だけであり、超高速の動体視力の中で視界の隅に捉えた瞬間的なサナの様子に気がつき若干その動きが遅くなっただけと考えても良いのかもしれない。

 

そしてサナの「殺気」が放たれたのも一瞬だった。

 

…殺気とは相手を殺すイメージである。

目を閉じ、感性を研ぎ澄ましたサナは意識の集中と共に、この目の前の敵をいかに殺すかのイメージトレーニングをしていた。

 

そして目を開け、裂帛の気合と共に放った殺気は空気を伝達し、相手を恐怖させる。

当たり前だ。自分が殺されるイメージが流れ込んでくるのだから。

…とはいえそれを自覚するかは、そのイメージの強さや実力によっても左右してくるが。

 

 

(何だったんだ…あれは…?)

 

 

龍はサナの横を通り抜けた際の殺意を警戒し…困惑していた。

 

 

その困惑の理由――なぜ自分が()()()()()()()()()無傷なのかが疑問で仕方なかった。

 

 

龍は恐れていない。

サナの斬撃も、サナから向けられた背筋が凍るような殺気も。

例え攻撃されても大したダメージにはならないと今でも思っているし、殺気などは半ば感じてすらいなかった。

 

…だがサナの横を通り過ぎた時。

龍は自分の胴が斬りつけられた、と感じた。

焼けつくような刃の感覚と共に自らの血が流れ、まき散らされた鮮血が真っ白な雪を濡らす。

異物が身体の中に入っていく感覚は気持ちが悪く、冷たかった。

 

そしてサナの野太刀が降りきられると、身体が両断される。

 

虚無感にも似た、片腕を無くしたような喪失感は今まで経験したことが無く、経験できないものだった。

そして二つに切り裂かれた身体は地に落ち、自分は死に――?

 

龍はそれを鮮明で、明瞭で、実際に体験したはずだった。

だから龍は突然の感覚に驚き…まだ自分の身体が無事であるという事にも驚きつつも必死になって退避行動を行った。

今となっては、もうあと数センチ前に出ていれば実際にそうなっていただろうという確信程度でしかないそれではあるが、その時には確実に体験したかと思わせるほどにイメージしていた。

 

 

…それはサナの殺意による、イメージの押し付け。

 

 

想いというものは強かれ少なかれ伝播し、相手にも伝わる。

それは表情とか仕草といった物でも解るが、人はそれによって相手が何かを考えているかを受け取る。

 

しかし殺意は「押し付ける」。

強制的に、半ば精神攻撃が如く刺さるそれは実に勝手気ままなものだ。

雰囲気に作用する殺意は、見ずとも、聞かずとも強引に相手に伝わり、理解させ、イメージさせる。

その結果サナが殺意を抱いた相手にはサナの「殺すイメージ」が伝わり、今回のように実力差が開いていれば自分が「死ぬイメージ」を抱くこともままあるだろう。

 

しかしやはりというか、この殺意も強者にしか伝えることはできない。

 

確信的な自分自身への自信。

確実に相手を殺せるという自信。

 

その()()()()()()()()()()というのがそもそもの強者たる所以なのだから。

 

 

 

そして一定以上の強者の殺意は――形を持つ。

 

 

 

・・・

 

 

 

主に命令されたサナは目を閉じた。

 

瞼の裏にははっきりと自らの刃がイメージできる。

黒刃は光らず、ただ切れ味の身を追求したその形は私の信念そのものだった。

 

…殺すイメージはすぐにできた。

 

私の刃があの龍の腹を裂く。

腕を切り落とし、翼を傷つける。

足の無くなった龍はその身体を地に落とし、苦悶の表情を浮かべる。

そしてその身体は両断された。

 

容易なそれは特に考えるまでも無く頭の中で実行され、何の問題も無いことをサナに教えてくれていた。

 

 

――だがこんなイメージなど、想定など不要だ。

 

 

主がそうしろと命令した。

 

そうであれば勝つことのイメージなど抱く必要が無い…それがある意味での「事実」になるのだから。

そして私がどうなろうとそれが事実なのだから、私はその事実を遂行するために行動しなくてはならない。

 

…例え死んでも。

 

だが条件をつけられたからにはそれも遂行しなくてはならない。

故に私は「無傷であの龍を殺さなくてはならない」というシナリオを遂行する。

 

それが当たり前で…倒錯した「事実」だ。

 

 

私はもう一度だけ、息を吐き出すと、目を開いた。

 

 

 

・・・

 

 

 

脚に力を込めると、足元の氷と岩が割れる。

半身を前に出すように踏み出すと重心が前に傾き、一瞬の動きの空白が生まれた。

しかしそれは高速移動の為の前準備に過ぎず、またそれは揺らいだように瞬間的なモノであった。

 

 

「ッ!?」

 

 

残像が残った。

バランスを崩したような姿勢の女の「一瞬」だけを捉えてしまっていた龍は、気づけば自分の足元移動してきていた女に対応が遅れた。

 

女は刀を下段に構えると、その高速のまま斬りあげる。

 

どんな体幹をしているか解らないが、ほぼ地面と平行になった女の斬りあげは龍の左前足…ひいてはその先にある心臓を狙っていた。

 

そして先程の殺意を思い出した龍は避けようとする。

 

しかし頭では解っていても、身体では反応できない。

脚の付け根を狙われたその攻撃は避けようとしても時間と速さが足りなかったし、同じ理由でもう片方の足の爪でガードなどという事も出来なかった。

…肉体的な回避や、防御は不可能だった。

 

 

(こうするしか…!)

 

 

龍の口から魔力が漏れる。

 

…氷壁が生えた、と形容するべきか。

魔力を受けた地面が僅かに震えると、龍とサナの合間に氷壁が地面から伸びる。

厚さ50cmはあろうかという氷の壁は全て硬い絶氷で創られており、その硬さは鉄すら弾きそうであった。

 

 

(第五位魔法・絶氷の防壁(アイシクル・ウォール)…これなら…!)

 

 

龍の出せる中で最大の防御魔法。

今まで相手をしてきた獣や、人間はこれを出せばひとまずほとんどの攻撃が出来なくなった。

その硬さにそもそも攻撃が弾かれるモノや、付与される凍結状態に屈するものなどしかいなかったからだ。

 

しかし――

 

 

「何だと!?」

 

 

――まるでそんなもの存在しないかの如くサナの刃が、氷壁を振り抜く。

 

 

何の抵抗も無く切られた氷壁の一部が地面に落ちた。

 

一切の失速が無い刃に龍は驚き、動きを止めた龍の脚の付け根に入っていく。

 

焼けつくような痛みが走る。

鮮血がほとばしり、勢いよく地面の雪に飛び散った。

しかしその血が地面に落ちるより先に、サナの野太刀が進む。

 

そして骨に到達する。

 

龍の異様に太い骨はサナにして太く、硬い。

 

 

()()()()()()()()サナは、骨を砕いた。

 

 

…しかしその時点で刀の動きが止まってしまう。

ただ力任せに振るってしまった刀は骨を折ってしまったせいで骨ごと切れず、切断には至らなかった。

 

 

自分の失敗に気がついたサナはあくまで冷静に、返すようにして龍の足に半分ほど切り込んでいた刀を引き抜いた。

 

 

サナの顔に血がつくと同時に、龍は斬られた足をかばうようにして翼をはためかせ後ずさった。

またも翼から風が吹き荒れ、その場に残ったサナの髪を揺らした。

 

…サナは刀に付いた血を指で払うと、自らの顔にかかった鮮血を指で拭った。

 

 

(…)

 

 

もしかしたら、血を浴びたのは初めてかもしれない。

――今回がサナにとっての初陣なのだから。

 

それをサナは特に気にすることなく、視線を龍にやる。

もうミスを犯すことはないと直感して。

 

 

 

・・・

 

 

 

後ずさりながら龍は、斬られた足に「回復(ヒール)」をかけていた。

 

囁くようなそれには魔力が込められ、斬られた足が再生していく。

 

とはいえ骨まで折れたそれは回復専門では無い龍には難しく、大分時間がかかってしまいそうだった。

 

 

そしてそんな隙をサナが見逃すはずもないし、サナの攻撃はまだ終わっていなかった。

 

 

今度は大上段。

同じ空中に居る彼女は、龍よりも高い位置に跳び、刀を上に構えていた。

 

 

(頭を…!?)

 

 

このまま振り下ろしたら。

サナの刃は頭にぶち当たり、今度はちゃんと一刀両断するだろう。

恐らく頭に入った刃先は先程の氷のように何の抵抗も無く進み、顔が二つに裂ける。

そして巨大な野太刀は重く、鋭く、死そのもを象っていた。

 

そうなったら当たり前だが龍は死ぬ。

 

そしてそれは龍にも野生の勘で解っていた。

 

 

 

龍は腹の底から熱いものがこみ上げてくるのを感じ――

 

――「龍の吐息(ドラゴンブレス)」を解き放った。

 

 

 

龍の吐息は全てを溶かす勢いでサナに直撃した。

先程とは違い距離があり、なおかつ口の前に居たのが幸いし、ブレスは当たる。

 

紫色の霧のようなそれはサナの身体を一瞬で隠すと、未だ衰えぬ勢いで辺り一帯に腐臭と腐食をもたらしていた。

 

広かった雪原はすっかりと紫色の吐息で充満し、視界は無いに等しくなっていた。

 

 

龍は足早にそこから空へ飛びたつ…自分の皮膚が溶ける前に。

通常の自分の吐息に加えてスキルを併用したそれは正に王の一撃と呼ぶにふさわしいものであり、大体の中型生物は即死したし、大型生物もじわじわと溶かされ、死んでいった。

今までこの攻撃に倒れなかったものはいなかったし、龍もこの攻撃に全幅の信頼を置いていた。

 

 

(死んだか…?)

 

 

見下ろした雪原は全てが腐食していた。

溶けるジュウゥ…というような小さい音が絶え間なく響き、あの巨大な氷塊も空気に接している面から溶け落ちていっていた。

 

そこはとても生物の生きることのできる環境では無いし、龍でさえも多少の耐性があるとはいえ長い間その吐息の中にいれば自らの皮膚がただれてしまうだろう。

 

そしてサナはそれに直撃していた。

 

目と鼻の先にいたサナに龍の吐息はサナの身体に当たると全身を覆い、当たる事で気流が乱れた。

紫色の霧に隠されたサナの姿は一瞬で見えなくなり、その身を龍の吐息で覆った。

 

 

そうであればサナの皮膚は溶ける。

 

 

腐食属性のついた吐息は全てを溶かす。

アダマンタイトを着こんだ重戦士といえど、直撃すれば数秒と待たずに装備ごと溶かせるだろう、それが柔肌であればなおさら。

それに吐息という特性状隙間から入り込むということも可能だ、隙間の無い鎧など無いのだから。

 

見たところサナの装備は何の効果のない洋服のように見えたし、龍にはその肌が露出しているように見えた。

…吐息は皮膚を焼き、痛みを与え、腐らせる。

腐り溶けた皮膚が筋肉の上を滴り落ち、今度は守るものが無くなった筋肉が腐り始める。

そして次第に骨も腐り始め、後には血と肉が混じった液体が水たまりを作るだろう。

 

 

龍は滞空しながら抜け目なく、腐り続ける雪原を見渡し続けた。

 

 

…龍は今でも、サナに切り裂かれた今でも恐怖していない。

傷をつけられたのも何かの偶然だと思っているし、自分が死ぬなんてことも考えてすらいなかった。

 

――だがその偶然が起きるという事がそもそも龍には新しい事だった。

 

故に龍はサナに対し「偶然すら生み出せない敵」から「偶然を生み出す敵」に認識を改める。

それは警戒する、ということであり慢心が無くなったという事であった。

…今更なのだが。

 

 

 

――霧が、切り裂かれる。

 

 

 

(!?)

 

 

それ以外に表現する術がない。

 

溜まった霧が突如として十字に裂かれる。

剣圧と言うべきか、金属音のする風は膜を裂くように吹き荒れ、空を飛ぶ龍にも当たった。

紫色の吐息の無くなった空間は腐ってはおらず、またそこから切り裂かれたが為に戻る事すらままならなかった。

切り裂かれた霧はほどけるかのようにドンドン薄くなっていき、終いには無くなって行った。

 

 

しかし霧が完全に消え去る前に龍は見た――

 

――その十字の中心でサナが刀を構え、こちらを見上げているのを。

 

 

 

サナがゆっくりと踏み込む。

 

(なっ…!?)

 

 

今度の動きは龍には反応できなかった。

 

サナの姿が掻き消えると、まるで瞬間移動のように次の瞬間には龍の鼻の上に乗っていた。

空中にいる龍の鼻先に乗ったその跳躍力もさることながら、その俊敏性は人の目はおろか龍にすら見えず残像すら見させない物であった。

 

そしてその殺気のみなぎったその雰囲気には迷いは無く、恐怖は無い。

 

サナは刀を右手だけで持ち、まるで狙いでも定めるかのように左手を刀に添えていた。

刀は真っすぐに龍の眉間を狙っており、曲げた右腕と、その視線を見れば突きを放つのだろうという事は誰にでも解るだろう。

 

 

龍は一切の反応が出来ずに、異様にスローになった視界からサナを見ていた。

 

 

右腕が限界まで引き絞られ、腰も右側に回っている。

体重を載せやすくするためか脚はそこまで踏ん張らず、上体は少し浮かしたくらいにしていた。

そしてその顔には…一切の特殊な感傷や感情と言った物が感じられない、というか恐ろしいくらいに平静としていた。

その刃先は先程龍を切った血液と、見た事も無い()()()()()で濡れており、数滴の飛沫が宙を舞っていた。

 

 

最期を直観した龍はふと疑問を口にしようと――

 

 

――急に視界が暗転した。

 

 

否、サナが視界がスローになっても尚動きを捉えきれない程の突きが龍の眉間に叩きこまれていた。

今度は力加減を間違えなかったサナの野太刀は何の抵抗も無く頭蓋骨を貫通し、その刀身の中腹まで龍の眉間に突き刺さっていた。

 

…即死である。

 

龍の脳にまで達したそれは一瞬で龍の意識を奪うと、死に至らしめた。

高速なそれは龍に痛みを与える暇なく、また自分が死んだという事を気づかせなかった可能性すらあった。

 

 

…空中で死んだ身体は脱力し、滞空をやめる。

 

 

ぐらりと揺れた龍の身体はまるで撃たれた鷹のように落ちていく。

大質量のモノが落ちる様は恐怖でもあったが、死んでいることを解らせる脱力感や虚無感には哀しさすらあった。

 

龍の鼻先に乗っていたサナは焦らず、刀を引き抜くと軽く跳んだ。

 

 

…そして地面に着陸し、刀に付いた血液を振って払うと、少し遅れて龍の身体が地面に衝突する。

ドゴンという音を伴ったそれは地響きを起し、鼓膜を揺らした。

 

 

任務達成、サンコの命令を守れたサナは安堵すると、氷塊の向こうにいるであろうサンコの元へ――

 

 

「…なぜだ…?」

 

 

 

――しかし、龍が()()()()()

 

 

 

サナは振り返ると、だらりと活力を無くした身体と虚ろな目、そして地面に落ちた巨大な頭を見る。

そして()()()()()()()()()を確認すると、首を傾げた。

 

 

…龍の生命力は強い。

それはどんな大怪我でも最低で三日あれば直るくらいの治癒力と、寿命を聞けば想像できるだろう。

とはいえ神器級武器で頭を完全に貫かれて生きていられる程ではない…事実その心臓はゆっくりと活動を停止していた。

 

 

それは――簡潔に言って「生前に発信された信号が今頃になって実行された」に過ぎない。

 

 

つまり持ち前の生命力と、タイミングによって死ぬ直前に言おうとしていた言葉が奇跡的に出てきた、というだけの事だった。

 

 

 

――そして死体は尋ねる。

 

 

 

 

「…なぜ腐食の吐息を浴びて腐らなかったのか……?」

 

 

 

 

龍だったものは、ほとんど口を動かさず、唸るように言葉を出した。

かすれたそれは小さく、朦朧としていて意識などあるわけも無かったが、真に疑問に感じているということを自然に伺わせていた。

 

 

 

 

…首を傾げたサナはさも不思議そうにそれを見る。

その目はじっと地面に落ちているそれを見ており、落ち着いていた。

 

 

だがその目には疑問という感情が――

 

 

 

 

 

 

――サナは首を傾げたまま答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「影は腐らないでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

返答を受け取った死体は、今度こそ喋らなかった。

 

 

 

 




ー(適当に)補足ー

1、龍はサンコ達、特にサナを人間だと勘違いしていた。故の慢心だったかもしれない。
2、首を落とされても数秒だったら人間も意識あるらしいし多少はね?
3、当初龍を結構強めなポジションにしてサナと激闘させるつもりだったけど、強敵だったら戦う必要なくね?って思って弱体化した。
4、龍は氷系の魔法と、不可視化の魔法、そして腐食の息を使い、これを組み合わせた「不可視コンボ」を決めるつもりだったのだが、それを出す間もなく殺されたorz.
5、影は腐らないけど液体なら腐んじゃね?…あくまで液体状の影だから主成分影だし腐りません。

ではではー
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