OVER SHADOW !   作:みころ(鹿)

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つーわけで茶濁し回のお時間ですゴラァ!

過度な期待はあなたの精神崩壊を引き起こす恐れがございます!画面からそこそこの距離をとってご覧ください。

絶望しない為には希望しなければ良いのだから(キリッ)


 16 穴あけエモーション

・・・

 

 

 

「…持って行くんですか?」

 

「え、あーうん。一応何かに使えるかもしれないし」

 

「汚くはないんでしょうか?」

 

「うーん…足元に感覚は無いからなー」

 

 

山頂。

はらりはらりと雪が降るここは、標高が高く、それに合わせて気温も低い。

辺りには雪が積もり、あるいはそれすらも凍りつき、氷塊となって地面の上を転がっていた。

 

そしてそんな雪原の上に、既に腐り始めた獣の死体が一つ。

 

巨大な四肢と翼のついた死体は額から一筋の血を流し、切り傷のつけられた左前脚から噴き出した血と合流し、血溜まりを作っていた。

…血の量自体はその巨体相応のものであり、真っ白に積もった雪を赤黒く濡らしていた。

 

 

しかしその血はもう既に腐敗が始まっていた。

 

 

空気に触れた血は鉄臭さもさることながら、瞬間的に腐臭を発し、もうこれ以上濃くなる事は無いにしても堪えられない臭いが周囲には漂っていた。

龍の肉体の方も生物では考えられない程早く腐敗が始まっており、一部は溶け落ちていた。

…もしここが雪山でなければすぐにでも蛆が湧き、もっと凄惨な状況になっていた事だろう。

 

…まぁ今でも十分に汚いのだが。

 

 

――故にサナは、龍を収納しようとするサンコに尋ねたのだろう。

 

 

「それよりサナ、そこ汚れちゃうよ」

 

「!」

 

 

見れば既に血だまりがサナの靴の近くにまで広がってきており、染みるように足元の雪を赤色にしていた。

サンコの指摘に気がついたサナは、半歩程足を引いた。

 

 

「サナの靴も汚れちゃうかもしれないし、早いとこしまうか」

 

 

サンコがパチンと両手を叩く。

 

するとサンコの足元から黒色の液体が滲み出た。

雫が垂れるように徐々に大きく放射状に広がっていくそれは、円形に大きくなっていくと、粘度の高さ故に雪を押しつぶしていく。

それは雪に染み込むでもなく覆いかぶさるように広がっていくと、未だに広がる血液の上にも乗った。

 

そして死体を範囲に入れるまでに円が広がる。

 

その中には死体もそうだがサナも含まれていた。

黒い液体はサナの靴の縁を流れるように広がり、浅い川底に靴を入れたようにその僅かな水流を変えていた。

 

 

そして巨大な水たまりのようなそれは最後に完全な弧を描き、繋がると、一切の波紋なくその流れを止めた。

 

 

「ほい」

 

 

液体が広がりきったことを確認したサンコが再び手を叩く。

 

すると広がった液体が瞬時に沸き立つと、死体が()()()()()

まるで底なし沼のように本来無い空間に龍の身体が沈んでいくと、濡れるように濡らすようにズブズブと薄く張った液体にその身体を隠していった。

とっかかりの無い、というかとっかかる意思のない死体は何の抵抗も無く落ちていく。

 

 

「ほほい」

 

 

そしてその身体が半分ほど沈んだ時、サンコが三度目手を打つ。

 

すると、薄く張った影の液体から腕が一本伸びた。

 

細く生えたその腕は、そのまま距離を伸ばしていくと龍の身体に巻き付く。

締め付けるようにしっかりと固定された腕は龍の沈下を防ぎ、その身体の半分ほどを沈めたまま水面に浮上した。

 

 

そして液体の全てが巻き込むようにして、サンコの元へ戻っていった。

 

 

まるで逆再生のようにそれは広がった液体が風呂敷を畳むように、サンコの足元に収納されていく。

…そしてそれは収納される液体に手で固定された死体も。

 

巨大で重いはずの死体は引きずられるように徐々に引っ張られていき、水面の上に乗った木の葉のように流れていく。

そして龍の死体は喰らうように、水道の空いた穴に流れていくようにサンコの足元へ落ちていった。

 

――全てが収納された後のそこには何もない雪原が、まるで龍なんていなかったかのように広がっていた。

 

 

「…雪はいらないか」

 

 

サンコはぼんやりと足元の雪を眺めた後、隣に立ったサナに視線を移す。

そして上から下まで眺めると、尋ねた。

 

 

「怪我はしてない?」

 

「はい、勿論です」

 

 

そう言って頷いたサナの姿は、先程まで龍と戦っていた後すぐの姿そのままだ。

とはいえその服は一切乱れていないし、激しい動きだったのにも関わらず髪留めもほどけていなかった。

 

…唯一その頬には血のかかった跡があり、袖にも血がついてしまっていたが、サナ自身には怪我は無いようだった。

 

 

「それは良かったー…だけど、その頬はあれだな…臭そう」

 

 

龍の身体は生きている頃から腐敗していたらしい…そして腐るのも早い。

死後急速に腐り、汚臭を放ち始めたそれはサナの頬の血も例外ではなく、とても生物には耐えられない臭いを漂わせていた。

サナは相変わらずも無表情だったが臭いが解らない訳では無いので、実際はとても堪えているだろう。

 

 

…サンコはその手をサナの頬に添える。

 

 

「…はい、とれた」

 

「感謝します、主よ」

 

 

サンコの手が離れるとサナの頬は元のように綺麗な肌に戻っていた。

液体状の身体は吸着するようにサナの肌に広がると、付着した血のみを吸い取る。

一滴も残さないそれは臭いの元を取り、心なしかサナの顔も楽になっているような気がした。

 

 

「袖も」

 

「はい」

 

 

サンコは次にサナの袖をつまんだ。

すると指先から液体が滲みだし、赤く染まった服を黒色に染め直す。

…そして液体が引き始めると、同時に汚れも無くなって行った。

 

これでサナの身体は戦闘前となんら変わりのないものとなり、一切の痕跡を感じさせなくなったのだった。サンコの望むとおりに。

 

――サンコは手をひらひらと振ると、背を向けたサナに命令する。

 

 

「じゃあ俺ちょっとやりたいことあるから、サナはルプスレギナとシズの方見てきて」

 

「…それはなぜですか?」

 

「……それでは御身の安全がー、じゃなくて?」

 

 

ピクリと止まったサンコはサナを振り返り見ると、逆に尋ねる。

あまり優しさの存在しないその視線にサナは若干たじろいだが、頭を下げた。

 

 

「申し訳ございません、主への忠義を言葉にするのを忘れていました。…しかし、主がそう命令するということは、主の身の安全は保障されているものと…」

 

「…!」

 

 

サナの返答にサンコは驚愕の表情を浮かべる。

それは液体状の顔をもってしても大きく、解りやすいもので、例え人間にしても解るぐらいに単純な感情だった。

 

そしてサンコはポツリと呟く。

 

 

「いやー…嬉しいけど随分また唐突だなー…」

 

「…?」

 

「あぁいや別に娘の突然の成長にびっくりしただけだから…」

 

 

小声に首を傾げたサナに、サンコは言い訳がましくごにょごにょと何かを口にする…が、それはサナには聞こえず、理解も出来なかったようだ。

 

サンコは少し声を大きくして、無かったことにする。

 

 

「それで?なぜって何故?」

 

 

尋ねたサンコにサナは頷くと、答えた。

 

 

「はい、私を遠ざけたいからか、あの二人が危険だからのどちらか。それともそれ以外なのかを…」

 

 

――しかしその言葉の途中で、サナが固まる。

 

 

そして彼女にしては珍しく冷静な態度を崩すと、悩み始めた。

 

そんな彼女の様子に少し嬉しく思ったサンコは、ニコリと笑みを浮かべると最後まで言い切られなかった質問に答えた。

 

 

「…まぁあえて言うなら前者かな。情報漏洩の可能性は減らしたいわけだし…って言っても、ばれてどうこうはあんまりないけど…」

 

「!…主の前でありながら、大変な粗相を!申し訳ありません!!」

 

「いんや、そこまで気にしてないよ」

 

 

若干意識の飛んでいたサナは我に返ると慌てて頭を下げる。

到底それは至高の存在の前ではありえない態度であり、無礼な行為であった。

 

 

(むしろ良い兆候なんだよなぁ…俺なんもしてないけど)

 

 

サンコは内心暖かい気持ちになりながら、そんなことを思う。

彼女に何が起きたかは解らないが、自発的に質問するのは彼女の自意識の形成や自己肯定感…つまり成長の表れであることは明らかであった。

…何が起きて成長できたか解らないというのは問題だとは思うが。

 

サンコは苦笑すると、少し離れた位置に寝かされたルプスレギナとシズを指さした。

 

 

「ほらあそこで待ってな、すぐ呼ぶから」

 

「かしこまりました…」

 

 

改めて頷き、自分へ背を向けて歩き始めたサナを確認したサンコは軽く息を吐き出した。

…疲れではなく、感心の溜息を。

 

 

(…まぁ、いっか)

 

 

一瞬何故彼女が成長したのか、を真剣に考え始めたサンコだったが、すぐにそれを打ち消した…なんにせよプラスになっている事だけは確かなのだから。

 

 

 

――サンコはおもむろに跪くと、自らの人差し指で地面に円形の影を創る。

 

 

 

「…設置っと」

 

 

サンコが人差し指を離すとそこにはこぶし大の小さな、何の変哲もない影があった。

…否、影だけがあった。

 

それはつまり宿主を持っていないという事であり、穴が開いたかのようにただ黒くて薄い影だけが落ちていた。

 

 

「よっと…」

 

 

サンコはそこに無造作に手を突っ込む…が、当たるという事はなくそのまま貫通し、サンコの腕の四分の一ほどが浸かった。

 

 

 

スキル――影の座標。

 

 

 

それは液体粘上の影基本スキルであり、最も液体粘状の影らしい能力と言えるだろう。

 

 

その効果はつまり――「影の世界の中での目印」だ。

 

 

…足元の影の世界には液体状の影しか存在しない。

ほとんど別世界と言っても差支えの無い影の中にある世界には、邪魔になるものがないため楽に移動したり、移動させたりができる。

 

しかし、それはつまり目立つものがないという事を意味する。

 

完全に潜航する場合、水面上の、地上の場所と言った様子は確認できない。

故に潜っている合間はどこに進めばいいかという事が解らないのだ。

勿論サンコはどこからでも頭を出すことは出来るが、たまたまそこに敵がいた場合攻撃されてしまうだろう。

…ユグドラシルの時は視界の大幅制限だけで、マップに専用マーカーを置けるだけの便利機能にしか過ぎなかったのだが。

 

しかし何メートルも下に潜行して何キロも移動する場合、どこを目指していいか解らないというのは命取りだ。逃げる時以外は。

 

 

そして影の座標はその名前通り座標だ。

 

 

影の中で泳いでいる液体粘状の影にはそれがとても明るく見え、無意識にその場所が解る。

意図的に設置されたそれは解除しない限り半永久的に空き、目印となる。

影の世界を使えるのが液体粘状の影しかいない以上、これ以上までに液体粘状の影らしいスキルも無いだろう。

 

――そして中継地点としてこの山の頂上にマーカーを設置できるのは悪くない判断だろう。

 

 

「…よし」

 

 

手を突っ込み、ちゃんとマーカーとしての機能が働いているかを確認したサンコは頷くと、立ち上がる。

そして今度は今まで登ってきたほうと反対側…つまり、法国領に体を向けた。

 

 

――向こう側を見渡すとそこは雲海だった。

 

 

落ちる夕暮れが雲海の水平線の彼方に沈み、ありとあらゆるものを橙色に染めていた。

 

下の様子を確認しようとしていたサンコは美しい光景に魅了され、それにぼんやりと意識を削がれる。

 

…肉体的な疲れは無いが、やはり一般人の分際にしては異世界というのは精神的に疲れた。

環境の変化で体調を崩す人というのがいるが、世界ごと自分ごと変わってしまったら恐らくそれ以上なのだろう。

肉体も精神構造も既に過去の自分のものとは異なるし、人間でもなくなってしまったのだが。

 

元々の性格上柔軟には対応は出来ているはずだし、こんな体験できるものではないと頼もうとしている節はある。

…が、多少の疲れを感じてしまうのは仕方のないことであった。

 

 

「うー…」

 

 

サンコは習慣的なモノで伸びをすると、伸びもしない身体が揺らいだ。

 

 

(サナに膝枕とかしてもらえば…いややめとくかー)

 

 

精神的な疲れを癒すには平穏な日常と娯楽が最適だろう。

サナに膝枕をしてもらい、俗に「ばぶみ」と呼ばれるものを補給すれば大分癒えるだろうが、娘に膝枕をしてもらう父親というのもなかなか絵面としていかがなものか…と思ってしまった。

 

 

(まぁまだ大丈夫だろう)

 

 

サンコは伸びをやめると、息を吐き出す。

そして精神的な疲れも、まだ危険な域には達していないだろうと考えると振り返った。

 

 

「…ここで野営かー」

 

 

頂上は寒く、もうすぐやってくる夜になれば更に寒くなるだろう。

しかし防寒効果のある装備を身に着けた四人にはそれは苦にならないだろうし、火を焚けばそれなりに暖も取れるだろう。

 

 

(久しぶりに寝てみるか)

 

 

そう決めたサンコは野営の準備をするために、足元から携帯野営セットを取り出すのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

(なぜ私はあんな無礼を…?)

 

 

夕暮れが橙に染める雪の上を歩きながらサナは自分の足元を眺めていた。

 

…浅い雪は踏むたびにザッザッと音を立て、靴の形の足跡を作る。

靴の縁に白い汚れのようにこびりつく雪は少しうっとおしく、サナは歩きながら脚を軽く振り、それを落としていっていた。

サナであればこの程度の薄い雪はなんの行動阻害にもならないが、今のサナの脚は重く、その歩みは落ち込んだものだった。

 

その理由は――自らの言葉。

 

…主は尋ねる事を許したし、違和感があれば気兼ねなく報告する事も許した。

しかしシモベとしては至高の御方の言葉に従ってさえいれば良いわけで、尋ねる必要は無く、万能である至高の御方であれば気づいているであろう違和感を確認するというのもおかしな話だ。

だからサナは質問などする必要などないと思っていたし、違和感の報告などする意味は無いと思っていた。

 

それに――知らない事を尋ねるというのとも違う。

 

例えば一昨日、知らないことをルプスレギナに尋ねた。

それは友達という概念は何だという質問だったのだが、知識として知らないことを主の命令を遂行するために友達は何か?という事を尋ねた。

 

…しかしそれには心が無いと言い換えれるかもしれない。

ただ必要に応じて尋ねる事になど、感情未満の小さき無意識ぐらいでしか介在出来ないのだから。

そしてサナは質問をするにしてもそんな最低限の、必要に応じて行われる質問しかしてこなかった。

 

 

――故に自分のやってしまった事の不可解さに困惑していた。

 

 

先程の自分は完全に「必要のない事」を「特に理由も無く」尋ねていた。

 

 

…まず質問の意味があったのかということだが、そんなものは確実に無い。

主の命令を遂行すれば万事うまくいくのだから、そこに私の感情の入り込む隙間は無く、また入り込ませる必要が無かった。

故にサナは主からの命令に対し質問しなければいけない状況以外質問したことなど無かった。

 

そしてそれには理由がない。

 

当たり前だ、必要の無い事をする理由などシモベには無いのだから。

 

 

それを言いかけたサナは途中でそれに気がつき、言葉を止めた。

不敬ではあると思ったのだが、自らの変化にサナは動けなくなり、思考は止めることが出来なかった。

…そして更に不敬を重ねてしまった。

 

 

――ではなぜそんな思考を、言葉を口にしてしまったのか?

 

 

「…」

 

 

結論から言って、解らない。

今までのサナを構成する要素からはあんな軽はずみな言葉は出るはずが無い。

シモベである彼女に質問をする必要など意味など無いのだから。

 

では――自分が変わった?

 

 

「ぅ…」

 

 

サナの思考がプスプスときな臭い煙を上げてショートする。

 

…元々思考は得意な方では無いし、苦手だ。

難しいことを考えるのはかなりの苦痛だし、実際に頭が痛くなるような気さえする。

 

サナは一度立ち止まり、自分の頭を片手で抑えると若干呻いた。

そして頭の痛みが引くのを待つと、あまり難しい事は考えないようにすることに決めた。

 

 

(だけど…)

 

 

サナははたと足を止めると、美しい橙色の空を見上げ――

 

 

 

(もし私がシモベじゃなくなったら私は…?)

 

 

 

 

――手に入れた感情は彼女の心に小さな穴を開けていた。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

「シズ」

 

「…サナ」

 

 

雪の上に敷かれたマットの横に、シズはちょこんと正座していた。

鉄製の足甲は軋み、冷たそうであったがシズはそれを全く表情には出していなかった。

 

そしてマットの上に寝かされたルプスレギナの看病をしていた。

 

 

「ルプスレギナの容態は?」

 

「…ダメ」

 

 

マットの上に寝かされたルプスレギナは青い顔をしており、辛そうな表情を浮かべていた。

 

先程の腐龍の欠伸…というか、漏らした息は周囲に汚臭を放った。

それは鼻の利くルプスレギナにかなりのダメージを与え、吐くまでに至らせた。

…そして消臭治療を施した。

 

しかし内部に残ったダメージは…。

 

 

「そう…ここでお別れなのね」

 

「…えぇ…せめて最期の時まで一緒に…」

 

「いやただ具合悪いだけなんすけどぉ…!?」

 

 

ルプスレギナはむくりと上体を起こすと、辛そうな顔でツッコミをいれる。

…その様子はとてもじゃないがすぐ死にそうなくらい意識混迷とか、余命宣告をされるほど衰弱しているとかでは無かった。

 

とはいえその顔は青い事に変わりなく、健康とは程遠いものだった。

…精神的なダメージはなかなか癒すのは難しいのだから。

 

 

「うー…つら」

 

 

起き上がり、無理矢理笑顔を見せようとしたルプスレギナだったがすぐにボスンと身体をマットの上に落とした。

そして右手で額に浮かんだ汗を拭うと、口を大きく開けて唸る。

 

サナはそんな様子に――疑問を感じた。

 

 

「具体的にどんなところが辛いの?」

 

「…えー…何かすーごい気持ち悪いのと頭痛がするっすね…」

 

「…あなたの風邪はどこから?」

 

「…私は頭から、っすかねぇ…」

 

 

気持ちが悪い、という感覚が解らないサナは首を傾げる。

 

そして再びルプスレギナに訊こうと――止めた。

 

…またも自分の知らぬうちに抱いた感情に一瞬だけ足が竦んだから。

 

 

「…ルプー、寒い?」

 

「いや、それは大丈夫っす…」

 

「…そう」

 

 

シズが尋ねるがそれは要らぬ心配だったらしい。

ルプスレギナが手を横に振ると、シズは無表情のまま頷いた。

 

…そして再び動き始めた感情を元に、サナは再び尋ねる。

 

 

「何か私にできる事はある?」

 

 

今度はシズに向けられた視線は若干の迷いをはらんだものであった。

…シズは少し考えるかのようにルプスレギナを見、首を横に振る。

 

 

「…今できることは無い。自然回復を待つのがいい」

 

 

毛ほども親切心から言ったわけでは無いサナは答えを知れて満足し、頷いた。

…が、それをサナに視線を向けたルプスレギナが邪魔をする。

 

 

「…いや待つっす。サナちゃんにしかできないことがあるっす」

 

「何かしら?」

 

 

サナは更に興味を抱くと、尋ねる。

…するとルプスレギナは朧気ながらににやりと笑った。

 

 

「それはっすねぇ…膝枕」

 

「…サナ、苦しそうだからとどめを」

 

「えぇ、シズがそう言うなら…」

 

「ちょっ冗談じゃないっすか!?」

 

 

刀に手を当てたサナを見て、ルプスレギナは慌てて止める。

そして若干疲れた笑みを浮かべると、気だるげに体重をマットに預けた。

 

それを見たシズは瞳を閉じると、まるでため息のようにフーと息を吐き出した。

 

 

「…まぁ冗談が言えるくらいには元気だということは解った」

 

「無理してる感じはあるっすけどねー…あ、それと」

 

 

ルプスレギナは顔をシズに向ける。

 

 

「水もらえないっすか?何か飲んでおきたいんすよね…」

 

「…解った」

 

 

頷いたシズは自らの行軍バッグの中身を漁る。

バッグの中には飯盒用の鍋や、折り畳み式のテントなどがあり着替えの服なども折りたたまれていた。

 

そして二人の見る中シズはピンク色の可愛らしい水筒を取り出すと、振り返る。

 

 

「…はい」

 

「あーありがとうっす」

 

 

シズから手渡された水筒を受け取ったルプスレギナはその蓋を開け、直接飲み始めた。

少しずつ飲んでいるためか小さく喉が鳴り、それに合わせて少し頭も揺れていた。

 

 

「サナー」

 

 

とその時、サンコがサナを呼んだ。

…反射的に振り返ったサナは、自らの主の姿を探す。

 

するとサナの視界に、火のついた薪と何個かの木と布でできた椅子、そして赤い十字の描かれたテントが映った。

そしてその椅子の一つに座ったサンコが手を振り、呼び掛けているのが見えた。

 

 

「シズと協力してルプスレギナ運んできてー」

 

「かしこまりました!」

 

 

サンコにも聞こえるようにサナは珍しく大声を出すと、頭を下げる。

そして振り返ると、シズに呼び掛けた。

 

 

「聞こえていたわね?」

 

「…」

 

 

無言で頷いたシズの様子を了承と受け取ったサナは、ルプスレギナの寝ているマットの頭側に移動する。

そしてそれに合わせるかのようにシズは立ち上がると、反対のルプスレギナの足側に移動した。

 

 

「え、何するんすか」

 

 

いまいち状況を掴めていないルプスレギナを尻目に、サナとシズの二人はマットの片端を掴んだ。

 

そして同時に持ち上げようと――

 

 

「えー?」

 

 

――ルプスレギナが空を飛んだ。

 

 

理由は絶望的に合っていなかったタイミングと力加減のせいだ。

サナは思いのほか力を入れ過ぎたせいでか早くマットを持ち上げすぎ、反対にシズはそこまで力をいれずに、ゆっくりとマットを持ち上げようとした。

 

予定としては「担架」のように運ぶ予定だったそれは瞬く間に「射出装置」に早変わりし、ルプスレギナを彼方へと吹き飛ばそうとした。

 

 

「何でー!?」

 

 

ルプスレギナが悲痛な悲鳴を上げる。

…がその身体は柔らかいものに包まれた。

 

 

「…ほぇ?サナちゃん助けに来てくれたんすか?」

 

「命令は絶対だもの」

 

 

ルプスレギナを飛ばしてしまった瞬間にサナは跳躍し、空中でルプスレギナの身体を受け止めていた。

そしてくるりと一回転することで勢いを殺し、真下に降りる。

 

勢いを完全に殺した着地はサナ、ひいてはルプスレギナに一切の衝撃を与えない。

しかし降りた場所は先程登ってきた崖ギリギリと位置であり、パラリと小石が何個か落ちていった。

 

サナに抱き着いたままのルプスレギナは落ちていった小石を見送り、サナに更に強く抱き着いた。

 

 

「サナちゃんの臭いはぁはぁ」

 

「落とすわよ?」

 

 

サナは首筋に回されたルプスレギナの手を取ると、軽く嘯いてみせる。

…ルプスレギナはニコリと笑うと肩をすくめた。

 

 

「それは困るっすねぇー…」

 

 

やはりどこか疲れた様子の彼女にサナは少し目を見開くと、すぐ平静を取り戻す。

そして軽い身体をひょいと担ぐと、歩き始めた。

 

 

「おお、おんぶ…少し恥ずかしいっすかね…」

 

「…?」

 

 

揺らさないように最大限注意を払っているサナは背中にいるルプスレギナの言葉を割と近く感じた。

横を見ればルプスレギナの顔がすぐ近くにあり、密着した身体からは体温が鼓動と共に伝わってきた。

 

 

「大丈夫?」

 

「え、うーん…特にはないっすかねぇ…」

 

 

先には薪の灯りと、サンコとシズの姿が見えた。

シズは昨夜のように机に向かっており、サンコは木組みの椅子を揺らしながらルプスレギナを背負いながら歩くサナの姿を見ていた。

 

 

「サナちゃん…変わったっすね」

 

「…!」

 

 

ルプスレギナがポツリと呟く。

 

足元は暗く、大分暗くなっていたが星は近く、月明かりが辺りを照らしていた。

周囲は昼間では考えられない程急激に冷え込み、息も白くなっていたがそれは二人には関係なく、凍える事も無く歩けていた。

 

――驚いたサナは尋ねる。

 

 

「どうして解るの?」

 

「どうしてって…」

 

 

うー、と唸ったルプスレギナは瞳を閉じる。

感情に支配されたサナは止まることなく、その「疑問」という視線をルプスレギナに向けた。

 

…ルプスレギナは瞳を開けると、答える。

 

 

「…単純に質問の量が多いってのと…」

 

「それと?」

 

「質問の質、っすかね。」

 

「質問の質?」

 

 

改めて尋ねたサナにルプスレギナは頷く。

 

 

「なんていうんすかねー…良い質問するようになったんすよー」

 

「…?」

 

「いや、でも思考力が上がってるわけじゃないっぽいっすし…うーん…?」

 

 

何やら考え始めたルプスレギナだったが、いつものようにはいかないらしく気だるげな表情を浮かべるのみとなった。

サナは少し焦ると、ルプスレギナに再び尋ねる。

 

 

「その…質問の質?というか、なぜこうなってしまったのか…」

 

 

拙い言葉ではあったが、サナはかなり必死だった。

…もしかしたら自分がシモベではなくなってしまったのかもしれないのだから。

 

 

「…」

 

「…ルプスレギナ?」

 

 

見ればルプスレギナは完全にその瞳を閉じていた。

その息に合わせて上下する上体を見ればそれが眠っているという事は一目でわかるだろう。

 

そしてそれに気がつたサナは少しの脱力感を覚える。

 

 

「…どうすれば?」

 

 

 

――誰に宛てられるでもない言葉は夜闇に吸い込まれた。

 

 

 

・・・

 




そう考えた時に百合ってスゲーよな最後までチョコたっぷりだもん。

あとまたも補足ですがシズちゃんはサナとルプスレギナがジャンプしていた時に一人でマットだけ持ってサンコの元に向かいました。

いや書けよ?と思うかもしれませんが今の私の(深夜)能力ではどこにいれてもテンポが悪くなってしまった、申し訳ない。
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