OVER SHADOW !   作:みころ(鹿)

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怒涛の18556字+本編構成=一日遅れ。

あと18556字は削った結果だよ…しかも削った結果ハイペースだしね!

本編始まります!


旅路 編
 09 支配者としての資質


・・・

 

 

「ねぇー…サナ」

 

「はい、なんでしょうか主」

 

 

サンコは自室の布団の上でポテチを食べながら、脇に控えていたサナに声をかける。

 

 

「今日はどこ行こうかー…まだ行ってない場所あったっけー…」

 

 

サンコは頭を掻くと、布団の上でゴロゴロとだらけていた。

 

ユグドラシルからこちらに来て、約一週間。

サンコはかなり自堕落…もとい、身体を慣らすことを目標に日々を過ごしている。

 

一例として挙げるならば、今のように一般メイド達によって整えられた柔らかいベッドの上で、人型を保つのもめんどくさく液体の身体を伸ばしながら、ポテチをかじってぼんやりと英気を養っているのだ。

あーニートニート。

 

 

とはいえ、ただ料理長に作らせたポテチをつまんでいた訳では無い。

 

 

この一週間。サンコはナザリック内の施設を見て回り、シモベ達の能力や性格についての知識を深めていた。

対象は階層守護者から始まり、一番下の者、果ては一般メイド達とも会話した。

 

そしてその際、シモベ一人一人に好きな物や好きなこと、嫌いな物嫌いなこと。それと「人間についてどう思うか?」という質問をした。

 

回答はこうだ。

好きな物好きなこと、嫌いな物嫌いなことは…まぁ、多少個人差はあった。

 

 

だが、やはり人間については否定的な意見が多かった。

 

 

一般メイド達は「怖い」という理由が多かったが、それ以外のシモベ達はハッキリと「ゴミ」や「下等生物」という見下した意見が多かった。

 

曰く、汚く矮小で驕るなんの利用価値すら見いだせない数が多いだけの礼儀の解らない生物(食料)…らしい。

 

 

確かにただ殲滅する、それが目的ならばなんの問題もない。

逆に憎悪を持って叩き潰せばいいだろう。

 

 

しかし主であるアインズの目標は「世界征服」だ。

 

 

それは「支配」とも言い換えられる。

 

そして支配は憎悪を持っては成り立たない。

 

サンコはカルネ村でシモベ達がこういう感情を持っていることに気がつき、こちらでのサブ目標として「支配ができるくらいには人間に対するシモベ達の感情をかえる」ということを考え始めていた。

 

…まぁ具体的な案は全く思いついていないが。

 

 

というか、それを考える為にもまずはシモベ達に対する理解を深めないといけない、だからこそサンコは様々なシモベに会い、隅々までナザリックを見て回ることに決めたのだった。

 

 

 

サナは茶机の上に置いてあった書類を手に取ると、パラパラと目を通す。

そしてサンコの問いに回答した。

 

 

「いえ、この前行った第一階層及び地表付近が最後です」

 

「え~…?まじか~…?…マジか!?」

 

サンコは微睡んでいた意識を覚醒させると、ポテチを飲み込みガバッと身体を持ち上げた。

そして慌てて人型を形作ると、確認する。

 

「シモベ全員と会ったと?」

 

「…アインズ様と共に行動しているナーベラルガンマ等、外に行っているシモベの数人とは会ってはいませんが…」

 

「うん、それは切り捨てていい」

 

サンコは手をひらひらと動かす。

サナは意図を汲んでお辞儀をすると、書類を茶机の上に戻した。

 

 

そして報告を聞いたサンコは、ナザリックの全てを見たと判断し、判断材料を吟味し少し考える。

 

シモベ達の意識を変えるにはどうすればいいか、ナザリックに問題はあったか、それ以外に考えるべきことはあるか考えるのだ。

 

サンコは暫く考え…そして、笑った。

 

 

「…ナザリック、良いなぁ…特に問題は無かったし。問題があるとしたら…自分自身かな?」

 

 

サンコの出した結論は「まず自分を変えなければいけない」というもの。

 

 

確かにシモベ達は「支配者としての資質」は持っていない。

無関心では支配はできない。

憎悪では支配はできない。

人心を理解できなければ人間の支配など出来ない。

 

――しかしそれはサンコも同じなのだ。

 

元が人間である以上「無関心」でも「憎悪」を持っている訳では無い。

 

だが、人間を支配できるほどの「支配者としての資質」を持ち合わせているかというと圧倒的に経験が足りない。

 

…そういう意味で言えばアインズはかなり早い段階でそれに気がつき、実践していたと言える。サスガ、アインズサマー。

単純に立場から逃げたかったんだとか…そう影で言われたのはここだけの秘密。

 

 

まぁつまり、「シモベ達の意識を変える為」にも「支配者の資質を手に入れること」が必要なのだ。

 

 

それに…一週間だけとはいえ、この身体にも大分慣れてきた。

 

 

(そろそろ次に移るのがいいよな)

 

 

なら次は――人間社会で暮らし、経験値を積むことが必要になるだろう。

 

 

サンコは前から考えていたことながら、予想通り過ぎて苦笑する。

 

そして再び寝転がると、天井を眺め始めた。

 

 

 

「それはいい、問題は…どこに行くかだよなー」

 

 

 

サンコはベッドの上、自らの思考を呟きながら整理する。

 

アインズさんのように外に出て何かしら行動する。

それは悪くない。

 

 

問題は何処に行くか。

 

 

条件としては「周辺国家であること」と「被ることを避けるために王国以外」が好ましい。

 

そしてさらにこの上に、安全性、メリット、デメリット、リスク、最終目的、etc…と判定基準は多い。

 

しかし選択肢はそこまでないのも事実だ。

 

 

…サンコは少し前にアインズさんに「地図」を買うように頼んだ。

結果は――粗悪品が一枚。

 

 

そもそもこの世界には測量という技術すらないらしく、地図が売っていなかった。

そこで仕方なく懇意になったギルド長に描いてもらったらしい…のだが、大まかな位置関係しか解らない雑な地図を描かれたんだとか。

 

…まぁ…国名と特徴さえ解ればこの際いいし、なんら問題はないのだが…。

 

しかしこの世界大丈夫なんだろうかと案じてしまうのも確かだ。

いや、わざとさせていないという可能性こそある…?判断材料ないなー。

 

 

それはさておき、とりあえずサンコはサナに命令する。

 

 

「サーナちゃん」

 

「なんでしょうか?」

 

「あの雑な地図出―して」

 

「かしこまりました」

 

サナは無表情に頭を下げる。

 

そして命令に従い、数歩移動すると茶机の引き出しを開けた。

美しい花の装飾がなされた茶机はなんの抵抗もなく、スッーと開かれる。

 

茶机の中には羊皮紙が収められていた。

 

サナは美しい指で慎重にそれを取り上げると、また元の位置に歩き戻る。

 

「どうぞ」

 

「はい、ありがとう」

 

サナから差し出された地図を受け取ると、サンコはベッドの上にそれを広げる。

そしてうつ伏せに「世界中」を眺めながらどこに行くか決め始めるのだった。

 

 

・・・

 

 

まず真ん中に大きく「王国」がある。

 

流石に王国のギルド長が書いたからか各都市の名前が他より詳しく書かれていた。

国土は…まぁそれなりに大きく、ナザリック地下大墳墓もその領地内にある。

 

ナザリックの場所は大体国全体の南側にあり、一番近くの都市はエ・ランテルというらしい。

だがここはアインズさんが作戦行動中だ、情報収集効率を考えた場合避けた方がいいだろう。

 

 

 

次は「帝国」だ。

 

王国の隣にあるこの国は、王国とは上半分を山で隔てており、もう半分はカッチェ平原という平野で繋がっていた。

 

 

そして特徴と言えるかは解らないが、国土は王国より僅かに狭い…しかし王国より遥かに発展しているらしい。

王国が「数」ならば、帝国は「質」…王国とは違い、兵を育成する設備に力を入れているらしいのだ。

 

 

それ以外にも経済面、技術面、魔法面、様々な面で帝国は勝っており、国力は増え続けている。

それに最近「帝」になった男と言うのがなかなかの切れ者らしく、更なる発展が期待できるそうだ。

 

 

しかし、行くかどうかは…まぁ保留だろうか?

疑問形なのはシモベ達の一部が帝国で行動していることと、なにかと王国との関係が多いそうなのでアインズさんが行く可能性が大きいことがあるからだ。

確かに兵力に重きを置いている点では評価すべきかもしれないが…そこまで魅力は感じない。

 

 

 

次は「聖王国」だ。

 

場所は王国の南西。

陸路はほとんどが山で阻まれており、唯一海岸線を通るルートがあるが山と海からの魔物を相手にしなければならず危険が伴う。

 

しかし海路は非常に快適だ。

 

王国の西には海が広がっており、聖王国の北の海岸線に繋がっている。

それに近海にはほとんどモンスターが出ないので、比較的船旅は安全らしい。

 

それに両国の関係は非常に良好で、貿易が盛んだ。

交通の便は良いだろう。

 

特徴としてはやはり海国で、貿易が盛んということか。

その為、世界中から様々な物資が集まり…情報も集まりやすい。

 

 

行くかどうかは…あまり乗り気でない。

前述の通り、情報が集まりやすいのは魅力だし、液体の種族としては海は嫌いじゃない。

 

 

だがあそこにはデミウルゴスがいる

 

 

頭脳明晰超作戦立案&遂行見敵必殺森羅万象を無に還すデミウルゴス先輩がいるのだ…。

 

つまり関わったが最後深読みされて爆発した後に死ぬ…そして死んだ後に死体が爆発する。

死んだあとにもう一度殺されるのだ、流石デミウルゴス先輩。

 

 

…冗談はさておき。このまま聖王国に行くと、デミウルゴスが仕事を全て完璧以上にこなしてしまい「使えない上司」のレッテルを張られそうで恐ろしい…もとい、何もできなくなってしまい経験が積めない。それはこの旅の目標そのものを侵しかねないし、今後にも影響が出てしまうかもしれない。

という理由からここは避けた方が良いだろう。

 

何ならそのまま海ルートで海外に行ってもいいのかもしれないが…。

……冗談だ。

 

 

 

次は…「評議国」だ。

 

…情報としては……

 

王国の北にあるらしい。

竜が治めているらしい。

 

という情報しかない。

 

何故ないかと言うと理由は…王国とは半ば断絶状態にあり、情報が全く漏れ出ないらしいのだ。

 

…命令でも行きたくない。

 

確かにこの世界での竜というのに興味が無いわけじゃない。

 

しかしそれ以外の要因はBAD…。

 

流石に地雷が埋まっているかもしれない方向に全力疾走する馬鹿はいない。

情報があまりにも少なすぎる危険地帯に行くのは「旅」ではなく「冒険」だ。

 

…そして俺はどちらかというと「旅人」だ。

 

アインズさんがこれからなにか持ってきてくれるかもしれないが、思い立ったが吉日…物を待つだけの雛になりたくはない。

 

 

…論外、と言わざるをえないだろう。

 

 

 

そして最後に「法国」だ。

 

場所は王国の南東、東西に大きく広がる「ドラゴンズスパイン山脈」を超えるとすぐに法国の領地に入ることができる。

そこから南に向かって歩きに歩くと首都が見えてくるらしい。

 

特徴としては「人類の守り手」を担っているということ。

 

そして各員、各国ではなく、人類国家全体の安寧の為に行動しているらしい。

地球人類ならばあり得ない話だが、亜人という共通の敵がいるこの世界ならば可能なのかもしれない。

 

…あとは六大神というのを信仰しているらしいのだが、他の国は違い四大神を信仰しているらしい。

 

 

そして国力は周辺国家の中で「最大規模」らしい。

 

 

とはいえこの前アインズさんが戦った工作員というのは雑魚だったらしいが、それでも亜人種と闘うために他の国とは比較にならないぐらいの兵力を有しているらしいのだ。

 

そしてシモベ達をここには潜入させているという話は聞いていない。

 

 

 

「ここ良くね!?」

 

 

 

国力が最大、そして人類全体に貢献している。

すぐに手中に収められるとは思わないが、もし手に入れられればかなり人類支配が進むだろう。悪くないメリットだ。

 

デメリット、リスクはアインズさんの一件で高が知れているし、戦闘目的でない「潜入」なので危険性はかなり低い。

 

最終目的はやはり「法国の支配」ということになるが、行って少しでも情報収集をするのでも今は良い。

 

 

 

「ここ良くね!?…いや違うな……」

 

 

 

サンコは先走りそうになった自分を諫め、良く考える。

全てを振り返り、本当にここでいいのか、法国が行くに値する国かどうか精査する。

 

サンコは腕を組むと、地図を睨みながら今までを振り返る。

 

 

そしてとある結論に辿り着く。

 

 

(これ今までが酷過ぎただけなんじゃ…)

 

確かに法国は潜入場所としては悪くはない。

リスク少ないしメリット多いし楽しそうだし。

 

つまり、石ころの中からダイヤモンドを見つけた時の感動もひとしおという訳だ。

 

 

「まー…決定でいいかな?」

 

 

サンコは胡坐を掻くと法国を見渡す。

 

周囲には山が多く、真ん中にはとても大きな川が流れている。

首都はその川の近くにあり国力は最大、どこでもいいのかもしれないが支配者としての資質を磨く場所としては充分だろう。

 

サンコは影の指でゆっくりと法国の国境をなぞると、国土全体に新しい玩具をもらった子供のような興味津々といった視線を向けた。

 

サンコは地図をなぞりながら、早速頭の中で必要な物をリストアップしていく。

 

 

(…まぁ現地調達でいい部分はあるな)

 

とりあえず必要な物を考え尽くすと、サンコは再び地図に目を落とした。.

そしてなぞる指を見ながら、その他必要なことを考え始める。

 

そして後は誰と行くか、それを決めてアインズさんに報告――

 

「…?」

 

――すればいい。

しかし地図をなぞる指を止めた先に、サンコの視線は固まってしまった。

 

「…なんで?」

 

サンコが指さした先。

それは法国の首都がある首都…その近くを流れる大河の「対岸」。

 

そこには――「首都」があった。

 

丸く囲まれた国境線の中に、首都を意味する三角マークがハッキリ書かれ、それが書き間違いではないことを覗わせた。

 

…川を挟んで「首都」が二つ。

それに見つけた方は法国の国境線内にある、それにその首都を囲むようにまた更に国境線があった。

一つの国に首都は二つも無いはずだし、だとしても国境を意味する刻線がわざわざ書かれている時点で「それ」がどういう意味かは解るはずだ。

 

 

 

ここから導き出されることはつまり――「法国」の中に「もう一つ国がある」ということだった。

 

 

 

・・・

 

 

「ほう、行かれるんですね」

 

「いえす」

 

サンコはアインズに「伝言」を開き、法国に向かう旨を伝えていた。

 

とはいえすぐに開いたわけでは無く、現在王国でアインズに付き従っているナーベラルガンマを経由したため、急な伝言でも安全性は保障されていた。

 

「驚かないんですか?」

 

「まぁある程度予想はしてましたからね」

 

「って言ったら、アインズさんがそれを言うって予想してた」

 

「なんですかそれ…」

 

サンコは根拠ない嘲笑いをすると、会話を続ける。

 

「それでアインズさんから見た問題とかありますか?」

 

「…」

 

アインズは少し考えると、骨をカチリと鳴らして答えた。

 

「特には…潜入と情報収集が目的なんですよね?」

 

「まぁ暫くは慎重に行きますかね」

 

「でしたら問題ありません、専門分野ですしね」

 

「まぁそれを練習しにも行くんですけどね」

 

「なるほど、そういう理由もあるんですね…あぁそれと誰を連れていくか、でしたっけ?」

 

「はい、そうですね」

 

「誰にするかとかあるんですか?」

 

「サナは確定として…後プレアデスからちょっと」

 

 

アインズ・ウール・ゴウン戦闘メイド達「プレアデス」。

メイド達の中でも戦闘ができる彼女らを選ぶ理由は「人の形」をしているということ。

 

人外が多いナザリックで、外に連れていけるシモベとなると驚くほどその数は少ない。

その中でも戦闘ができるプレアデスは最適と言えるだろう。

 

現にアインズは王国に向かうのにナーベラルガンマを起用したわけだし、良い選択だ。

 

 

(…まぁそれだけじゃないんだけどね)

 

 

サンコは視線を逸らすと夢想する。

問題が少なかったシモベ達の中で唯一「問題児」であった彼女の姿を。

 

 

「プレアデスの誰です?」

 

アインズが尋ねてくる。

それにサンコは迷わず答えた。

 

「ルプーとシズー」

 

「…ルプスレギナとシズですか?」

 

 

ルプスレギナ・ベータとシズ・デルタ。

 

…人狼と人形。

 

常に笑顔を張り付けた狂者と、何者も想わない瞳。

 

 

対称的な彼女達だが、共通点はある。

 

 

それは「人間」の感情が解らないということ。

 

 

確かに全シモベ達も似たような物だ…だが、彼女達はそんな中でも特に酷い。

 

なぜなら彼女達はそれを「隠してしまっている」からだ。

解りづらいし、処置がしづらい。

 

恐らく鈍感なアインズさんはそれに気がつかずに使い、失敗するだろう。

 

ならば同行させ、「調整する」…なに、一人が三人に増えようが大差はない。

 

今回の旅の三個目の目標だ。

 

 

…まぁそれはアインズさんには教えないけど。

 

 

「なぜその二人なんです?」

 

 

だから俺はその質問にはこう答えよう。

 

俺は声を作ると言った。

 

 

「俺の趣味だ!」

 

 

――アインズが啞然とする音を聞いた気がした。

 

 

・・・

 

 

「ふぅ…」

 

「お疲れですか、主?」

 

サンコは「伝言」を終えると、溜息を吐く。

それを見かねてか、サナが声をかけてきた。

 

「いや、ただ自分でも思ったより緊張してて…ビックリしたんだよね」

 

「…?」

 

サナはもはや癖なのか首を傾げる。

真意は伝わなかったようだ。

 

 

今回の旅の件、アインズは全面的に肯定してくれた。

 

ルプスレギナとシズを連れていくことを快諾し、物資の提供も惜しまないと言っていた。

趣味だと言い切った後も細かい事を相談できたし、アインズ・ウール・ゴウンの事が知られないように、とか身の安全とか心配された。

 

だがやはりこういうプレゼンテーションとは緊張するものだ…まぁ緊張の理由はそれだけじゃないがそれでも緊張した。

 

 

サンコはブルリと震えると、ベッドの上から降りる。

そして絨毯の上を歩いて、ドアに向かった。

 

サナはサンコが部屋を出ようとしていることを察し、先にドアに辿り着くと開けた。

 

「うん」

 

サンコは開けてくれたドアをくぐり抜けると廊下に出た。

 

時刻は昼頃だろうが、地下墳墓には関係ない。

釣り下げられたシャンデリアが廊下全体の光量を確保していた。

 

…自室から出たタイミングで、丁度廊下を移動していた眼鏡をかけた一般メイドがこちらに気づき、お辞儀をする。

そして顔を上げると挨拶をした。

 

「サンコ様、本日もお変わりなく…」

 

「変わらないよー…あ、それと部屋汚しちゃったかもだから掃除頑張ってね」

 

「はい!」

 

メイドは一礼の後、顔をあげ、これ以上の幸福はないという顔で掃除道具を取りに走り去る。

…部屋掃除というのは原則めんどくさいものだが、彼女達にとっては至高の御方に限り部屋掃除も至福の域らしい。

 

因みにアインズなどは部屋を全くと言っていいほど汚さないが、サンコはかなり汚してしまうタイプなので「やりごたえ」があって「良い」と人気だったりした。

 

 

サンコは廊下を歩きながら、ついてくるサナにそのことを尋ねる

 

 

「…そいやサナって掃除できんの?」

 

 

「いえ、全く」

 

「メイド…?」

 

疑い始めるサンコにサナは必死にアピールする。

 

「…!…ゴミ掃除(物理)なら出来ますので…!」

 

「物理!?」

 

「サンコ様の前にある生ごみは私が…!」

 

「仕事(の)人じゃないですかやだー」

 

 

サンコは苦笑すると、サナは掃除ができないと記憶しておく。

そして今度はサナから尋ねられる。

 

 

「ところでどちらに?」

 

「ん、回収」

 

「…?」

 

「あー…食堂」

 

「かしこまりました」

 

 

そういえばサナには何の説明もしていなかった。

 

どうせ従ってくれるだろうと思ってしまい、何もしなかったのだ。

だが、それは調整後には非効率な結果を招きかねない…。

 

…気をつけよう。

 

 

なんて考えているうちに割と早くに食堂のある廊下に辿りついていた。

 

 

「よし、サナ」

 

「なんでしょう主」

 

 

流石にここまで来ると一般メイドが多い。

それに今は昼時だし、お昼ご飯を食べにくるメイドが大半だろう。

 

そしてサンコがそこに突っ込むのは申し訳ないというか…。

 

恐らく全員総立ちでお辞儀するだろう。

食事中にそれはさせたくは無い…。

 

 

「ルプスレギナちゃんとシズちゃんを連れてきてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 

だからこそサナを行かせる。

騒ぎは起こらないだろうし、問題も…起こさないだろう。

 

 

「では行ってまいります」

 

「頑張ってなー」

 

 

サナはお辞儀すると、くるりと振り返って食堂に向かって歩いていく。

サンコは初めてのお使いに行く我が子を見守るように錯覚しながら、これ以上一般メイド達に見られないように水上に目だけを出して潜った。

 

 

…サナは迷いなく歩き、食堂前に辿り着く。

 

そして食堂から出てくるメイドに当たらないように待つと、頭だけ出して中の様子を伺った。

どうやらどこにいるか確認してから入るようだが…?

 

 

――しかしサナは急に方向転換すると、すぐに戻ってきてしまう。

 

 

「ん!?」

 

サンコは慌てて身体を出すと、戻ってくるサナを待つ。

 

「主!」

 

サナは珍しく慌てた声音で、自分を呼ぶ。

サンコもそれに釣られて慌ててしまう。

 

 

「まさかいなかったとか!?それとも――

 

「ルプスレギナとシズの容姿が解りません!」

 

「あっ、そうだよねー」

 

 

威勢よく行ったのは良いが、そもそもルプスレギナとシズの外見を憶えていなかったらしい。

会ったはずなんだが…。

 

とはいえサナが解らないとなると…「奥の手」を使わざるをえない。

 

「サナ」

 

「はい、首をお斬りください」

 

「いいって別に!…それより改めて言うぞ……サナ!」

 

「なんでしょう主」

 

 

「これより食堂に…潜入する!」

 

 

・・・

 

 

サナは再び食堂の入り口に近づく。

 

もう食べ終わったメイド達は仕事に戻るらしく、断続的に一定数のメイドが食堂の入り口からセコセコと出て行っていた。

 

出入り口はそれなりに広いが、横になって出ていくメイドが多いので、不慣れなサナは気を付けないと当たってしまうだろう。

サナはそれに気を付けながら、出入り口のヘリの部分からさっきのように頭を出して、中の様子を覗き込む。

 

 

一言で言うならば…「女子高の食堂(スマホ禁)」だ。

 

中には長机があり、何十人ものメイドが机に向かって食事をとっていた。

 

メイド達のとはいえ木で作られた机は実用性抜群で、滅多なことでは壊れない。

 

机の向こう側にはかなりのスペースがあり、そしてその向こうにはカウンターが設置されていた。

 

並んでいるメイドを見る限りそこに盆を持っていけば料理をくれるようだった。

 

何人かのメイドが列になり、カウンターの奥にいるキノコの化け物…料理長から配給を盆に受け取り、各自好きな席に座って食事をとる。

 

そしてどうやらグループがあるらしく、楽し気にお喋りをしていた。

人間と同じだ。

食堂全体は楽し気な雰囲気に包まれ、絶え間なく笑い声も聞こえてくる。

とはいえ決して下品な笑い方ではなく、聞いていて思わず微笑んでしまうような澄んだ笑い声がしていた。

その様子はさながらお嬢様学校のようであり、侵してはならない花園の様であった。

 

 

それを見たサナは頭に乗っている「モノ」が落ちていないか確認すると、改めて入ることを決意する。

 

そしてゴクリと生唾を飲み込むと、半歩踏み出して中に踏み入った。

 

 

――視線が少し集まるのを感じた。

 

 

確かにサナのメイド服は一般メイドのそれと大きくかけ離れている。

注目が集まっても仕方ないとも言える。

 

だがその視線は驚きというより困惑といった類のものだった。

 

基本サナはサンコにつきっきりで、他のシモベとの付き合いなどない。

…まぁ一言で言えば友達がいないのだ。

 

だが知名度は相当なもので、サンコの専属メイドという立場には羨望の的として彼女達の会話にも良く上がっている。

 

しかし彼女一人で食堂に来たことなどないので…必然的に困惑が広まるのは当然の結果なのかもしれなかった。

 

 

そしてその困惑の視線の中、サナはゆっくりと食堂の中を歩いていった。

 

 

「…ん?どこだ?」

 

 

と、頭の上から小さい声が聞こえる。

サナはその声に少し落ち着くと、「主」が良く見えるように更に姿勢を正した。

 

 

現在サナの頭の上にはサンコが乗っている。

 

 

とはいえ元の大きさで乗るわけではなく、手のひらサイズにまで小さくなっていた。

 

方法は簡単で、自分の一部を切り離し、残った本体はサナの影に収納…液体還元?する。

ちゃんと意識はあるので会話もできるし、移動もできる。

 

それに小さいので発見されにくく、今回のような潜入に適している。

 

…まぁ人型にはなれないので、スライムのような球体に目がついているだけの姿になってしまうが。

 

 

そしてルプスレギナとシズの容姿が解らないサナの代わりに、目立たないように頭の上からルプスレギナとシズを探しているという訳だった。

 

 

「あれ…?思ったより多い…ちょっとサナ止まって」

 

「はい、主」

 

 

サナは命令に従い丁度長机の中腹辺りで立ち止まると、凛と立つ。

それにメイド達の視線も集まり、少しずつざわめき始めた。

 

 

「サナ」

 

「なんでしょう、主」

 

「ルプスレギナがどこにいるか聞いてみて」

 

「かしこまりました」

 

 

どうやらサンコには見つけられなかったらしい

そしてサナに処理を頼む。最初からそれで良かったのではという気はするが、それは見つけられると思い込んでいたサンコの驕りだ、仕方ない。

 

サナは辺りを見渡し、座ったままこちらに視線を向けていた一番近い緑髪のメイドに決めた。

 

「…?」

 

だが、ここからどうすればいいんだろう。

ルプスレギナとシズの場所を尋ねろという命令をされたが、

 

…しかし悩んでもいられない。

サナは至極単純に、単刀直入に「そのまま」言うことにする。

 

「ルプスレギナとシズの居場所を…教え…なさい?」

 

「は、はい!?」

 

サナはこれでいいかと疑心暗鬼になり、途切れ途切れに質問をしてしまう。

 

…とはいえ正解だったようだ。

 

声をかけられるとは思っていなかったのだろうメイドは飛び跳ねると、驚きと疑問が入り混じった顔をする。反応があるということは、伝わったということだ。

サナは少し安心した。

 

しかしそのメイドは意外にすぐ冷静になると逆に聞き返してくる。

 

「ルプスレギナさんとシズさんがどこにいるか知りたいんですか?」

 

「…えぇ」

 

「何でですか?」

 

「…え?」

 

サナの安心は一瞬で瓦解する。

まさかここで聞き返してくるとは思わなかったし、理由を尋ねられるとも思わなかった。

 

しかし回答は簡単だ。

…理由は主が命令したから、だ。

それが全てであり、それ以上も以下もない。

 

サナはそう答えようとして止まる。

 

 

――そもそも主がなぜそう命令したかの理由を聞かれているのか?

 

 

一介のメイドでありながら、主のお考えの理由を求めるのは不敬であり「必要」無いことだ。

 

誅殺か?

サナは腰に手を回し野太刀に手をかけようと――

 

――止まった。

 

…自分も主の考えていることが解らないという事に気がついたからだ。

 

しかしそもそもそれは考えてはいけないことだし、考える必要もない…はずだ。

 

気になる、なんてことは決してないが…ならなぜ私のこの手は止まったのだろう。

 

…解らない。

 

 

サナは自分の行動の矛盾に困惑する、それは表にも出てしまったようで、緑髪のメイドにも伝わってしまった。

 

 

しかしそれで良かったのだ。

メイドは眉根をあげると頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい、違うんです!ただルプスレギナさんはここにいるのでなんで聞いたのかなって…!」

 

 

メイドは頭を上げると、手で「隣に座っていた赤髪のメイド」を指さした。

そのメイドは振り返らず、ただ黙々と自らの昼食を食べていた。

 

…つまり彼女が「ルプスレギナ・ベータ」だ。

 

灯台下暗し、近すぎて気がつかず。

そして緑髪のメイドはそれに「気がついていない」ことに「気が付かなかった」、だからあんな質問をしたのだ。

そしてそれがたまたまサナにとって違う意味とも取れてしまう質問だった。

 

――ようは勘違いである。

 

サナはそれが解るとホッとした反面、先ほどの自分の思考に浅い疑念を持つ…何だったのだろう、と。

…サナはとりあえずそれを胸の内に仕舞っておく、そして気分を一新すると意識を切り替えた。

 

 

「…ルプスレギナさん、用があるって人が来てますよ…」

 

 

そして見れば緑髪のメイドがルプスレギナに声をかけていた。

しかしルプスレギナの箸は全く止まらず、一心不乱に食べ続けていた。

 

「甘味…ッ!甘ままままーー!!」

 

ルプスレギナの盆の上は他のメイドのそれと違い、ぶつ切りにされたチョコレートが山盛りになっていた、そしてそれを食べるのに必死だからか緑髪のメイドのかける声にも聞く耳を持っていなかった。

 

…どうやら相当に甘党らしい。

 

話は変わるが犬も甘党らしい…そして犬は狼を祖先に持つ。

まぁ犬はチョコレートを食べられないという矛盾は生じるが。

 

…何の話だ。

 

 

「ルプスレギナさん!」

 

「ん?なんすか?」

 

 

緑髪のメイドが一際大きく呼びかけると、流石のルプスレギナもそれに反応した。

そしてチョコレートを頬張りながら振り返った。

 

「用がある人が来てますよ!」

 

「え…?誰っすか?」

 

「…」

 

「うわ!なんて黒髪巨乳美人!ふぁー!?」

 

振り返ったルプスレギナはサナを見るやいなや、オーバーリアクションをとって驚く。

そして笑顔を貼り付けると、尋ねてきた。

 

「で…貴女が私に用があるっすか?」

 

「…えぇ、ついてきてください」

 

「うわー何だろうなー」

 

サナは振り返ると食堂の出口に向かう。

ルプスレギナは立ち上がると笑いながら付いてくる。

 

「じゃあねー!」

 

手を振りながら一般メイド達に挨拶する様は正に「ピエロ」…常に笑顔で、おちゃらけていて、不真面目で、常に楽しい。

 

サナは…戸惑う。

 

何故そんな言動をするのか、する必要があるのか、何故…自分はこんな風に思うのだろう?

どうにも私には経験が足りない、サナはそれを痛感しながら、サンコの元に戻っていったのだった。

 

 

・・・

 

 

「んで、シズちゃんはどこ?」

 

「あ、はい…」

 

食堂から随分離れた廊下の一角。

 

サンコは本来の大きさに戻ると、ルプスレギナの前に立っていた。

流石にルプスレギナも要件がサンコからだったとは思わなかったのか、完全に萎縮してしまっており、先ほどまでの威勢はどこへやら、真面目な顔で頷いていた。

 

「いつもは一緒に食堂にいるよね?」

 

「はい、そうっすね…」

 

そもそもサンコは無計画にルプスレギナとシズを探しに来たわけでは無い。

ちゃんとした確証を持って食堂にやってきた。

ちなみにどうやって知ったかは…個人の尊厳を守るため言えない。

 

しかし今日、食堂にシズの姿は無かった。

 

 

サンコの問いにルプスレギナは答える。

 

 

「えと今日は射撃場に行ってからって言ってたんすけど…随分遅くて」

 

「…俺のストーキングに不備があっただと…?」

 

「い、いえそんn…ん…?」

 

「あ、いや何でもない。そっかー射撃場かー」

 

 

サンコは(話を逸らすためにも)腕を頭の後ろに組んで天井のシャンデリアを仰ぎ見た。

 

ルプスレギナは思わず呆れた視線を送りながら、また笑顔を取り繕った。

 

「えっーと、サンコ様!」

 

「なんぞ?」

 

そして快活な声でサンコの名前を呼ぶと、一番笑顔が眩しい角度をサンコに向けた。

…褐色の肌に、垣間見える白い歯が良く映える。

 

「私とシズちゃんに用があるんっすよね?」

 

「そうだ」

 

「でしたら私がご案内するっすよ!」

 

そして返事も聞かずに、クルリと振り返ると先を歩き始めた。

 

「どうしました?行くっすよ~!レッツゴー!!」

 

首だけ振り返り最高の笑顔を見せると、上機嫌に片腕を振り上げた。

サンコは苦笑するとそれについていく。勿論サナも付き従う。

 

そして三人は射撃場に向かったのだった。

 

 

・・・

 

 

「ここっす!」

 

階層は変わらず第九階層。

食堂から大分歩いた先に人気が全く無い廊下があった。

 

掃除こそ行き届いているが、他の廊下にはある「使われている物の温かみ」というか、余り使われない物の哀愁が出ていた。

 

そしてその廊下の最奥。

 

そこには味気ない字で「射撃場」と書かれたネームプレートがかかっていた。

だがそのプラスチックのネームプレートはやけに現代風で、扉も木造ではなく病院によくある押すタイプの扉だった。

 

 

その扉の前、サンコ、サナ、ルプスレギナの三人はいた。

 

 

「ここかー」

 

確か視察の時に来ていたはずだが、中にまでは入らなかった。

中にシモベが勤務していないというのが主な理由で、チラッと見ただけで次の場所に移ってしまった。

 

…こんな面白そうな場所を見過ごすとは一生の不覚だろう。

 

それに暫く旅になるだろうし…あ、マジで不覚だこれ、はぁー…。

 

サンコはため息混じりに苦笑すると、諦める。

 

 

(…でも少しくらい……?いや、やめとこう)

 

 

少しでもしてしまうと、そのままズルズルと後ろ髪を引かれてしまうだろう…それはいけない。

さっと行って、さっとシズちゃんを回収。そして頬ずりしてブリーフィング、そのまま射撃場のことは頭から追い出して出発…法国に向かおう。

 

 

「お開けします」

 

「あ、うん。よろしく」

 

 

そしてルートはどうしようか…山の合間を縫って行くのがセオリーのようだが、せっかくだから山越えをしてみようか。

そちらの方が強い敵が出てきそうだし、良いだろう。

 

サンコは考え事をしながら、サナの開けた射撃場の扉を通った。

 

――そして驚愕する。

 

「は、はわわ…」

 

そこは所謂「休憩室」だった。

奥にある扉の先の射撃場に持って行く銃を選んだり、メンテナンスしたり、ベンチで休憩ができる場所だ。

 

そして無数の銃が、壁や引き出しに設置されていた。

 

 

――つまり男の子ならば喜ぶ「銃の楽園」だった。

 

 

サンコの理性が吹っ飛ぶ。

 

「すっげえええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

即座に壁に掛けてあったFA-MAS –に飛びつくと構える。

 

「おおこの重みィ!FAMAS先輩じゃないっすか!いつもお世話になっております!ヒャッホォォォォイ!!!」

 

そしてサイトを覗き込んだり撫でくり回したりして遊び始める。

 

だが――

 

「…主……?」

 

「ハッ!オレハナニヲ…?」

 

――サナの本気で心配する視線が刺さり、何とか正気を取り戻す。

 

 

そしてサンコは(FAMASは持ったまま)咳払いすると、射撃場の扉の方を向いた。

そして何事も無かったかのように確認を始める。

 

 

「ごほん、ルプスレギナ君!この向こうにシズ君がいると見て間違いないかね!?」

 

「イエス!サー!!現在も射撃場にて銃の鍛錬を行っているものと思われます!サー!」

 

「報告ご苦労!…あと、そういうノリの良さは割と好きだ!」

 

「ありがとうございますっす!」

 

 

恐らくシズは射撃場の中にいる。

なら後は中に入って命令の旨を説明すれば良いだろう。

 

「…それじゃ行くよー」

 

サンコはドアノブに手をかけると、開ける。

そして中に入ると、それに従いサナとルプスレギナも中に入った。

 

 

内装は現代風のコンクリートで作られていた。

 

床は素のコンクリートで、壁は緑色に塗られてこそいるが材質は同じだ。

射撃スペースがそれなりに確保されており、隣は見えないようにプラスチック板が設置されていた。

そして射撃スペースの奥には人の絵が描かれた的があり、頭と胸には赤い円が描かれていた。

 

特に特徴といった物はないが、この鉄と油の臭いが独特の雰囲気を醸し出していた。

 

 

――そして射撃スペースの一番奥。

投げ出された足と、それにかかるピンクの髪。

散らばる薬莢と、敷かれたマット。

 

そこに彼女はいた。

 

今まで人気が無さ過ぎたことが原因だろうが、そこだけ異様なほどに生活感がして…落ち着いていた。

 

 

「先行ってくるっすね!」

 

「あっ、ちょっ」

 

 

いることを確認したルプスレギナが、また勝手に駆け出す。

サンコは止めようとするが、特に止める理由が無いことにも気がつく。

 

そのままルプスレギナは射撃スペースの最奥まで辿り着くと、中を覗き込んだ。

 

「シーズちゃん!」

 

「…」

 

 

そこにシズ・デルタはいた。

 

 

彼女が構えているのはスナイパーライフル。

コンクリートの床にマットを敷き、そこにうつ伏せになってスナイパーライフルを構えていた。

 

耳には鼓膜がおかしくならないようにヘッドフォンをつけており、スナイパーライフルの発射音にも堪えられるようにしていた。

そして眼帯をつけていない澄んだ右目でサイトを覗き込んでいた。

 

「あれ…シズちゃーん!」

 

「…」

 

どうやら相当集中しているらしい。ヘッドフォンを着けているとはいえ聞こえるはずのルプスレギナの呼び掛けに、シズは全く反応しなかった。

見れば「的」は遥か彼方にあり、シズ程の使い手でも難しいであろう距離が設定されていた。

 

これは彼女にとっても「挑戦」であったし、昼食を忘れてでも没頭するに値することなのは明白だった。

 

そしてシズはゆっくりと引き金に指をかけると、的の頭を撃ちぬこうと――

 

「シーーーズちゃん♪」

 

「…!」

 

だからこそサイトの中に姉妹の顔が出てきてほしくなどなかった。

 

ルプスレギナはスナイパーライフルの銃身をまたぐように立ち、股の合間からサイトを覗き込んでいた。

…体前屈のそれである。

 

 

「……ルプー…」

 

 

普通、サイトの中に急に人が出てきたら驚きそうなものだが、シズは無表情のまま座りなおした。

ヘッドフォンを外すと、マットの上に放り投げる。

そしてサイトを覗き込んでいたのと同じ無感情な瞳をルプスレギナに向けると、尋ねた。

 

「…何の用?」

 

「えへへー…私が用があるわけじゃなくってすねー…」

 

ルプスレギナは銃身をまたいだまま振り返る。

そしてニヤニヤとした笑みを見せると、シズの背中を指さした。

 

「…後ろ?」

 

シズが振り返るとそこには――

 

「シーッズちゃん!!!」

 

――サンコがいた。

 

 

シズは驚きもせず、反射的に膝まずく。

 

 

「サンコ様…何か御用でしょうか?」

 

 

そして澄んだ瞳で真っすぐにサンコを見上げると、要件を尋ねた。

 

…真に無感情な人間というものはいない。

元人間であるサンコとしては少しその差異に動揺する…可能性はある。

人というものは相手に対し、意識していてもしていなくとも、何かしら感情を読み取っているものだ。

 

しかしシズの瞳には何の色も無く、何もない…何も読み取れない。

 

その違和感は相当なものだろう。

…不快感こそあるかもしれない。

 

(これも穴かなぁー)

 

とはいえサンコはそれに全く不快感などは感じずに、考える。

だが今は関係ないと切り捨てるとシズを見た。

 

そして要件を簡潔に、とりあえず一言で言った。

 

「命令がある」

 

「…はい、なんでしょう」

 

「あ、それ私も気になるっす!」

 

「…」

 

と、ルプスレギナもそれに割り込んでくる。

それにサナも耳を傾けているようだ。

 

まぁ確かに今まで伝えていなかったから当たり前か。

 

「…ルプー、サンコ様にその口の利き方は…」

 

「あー…でもサンコ様は優しいっすから!」

 

シズはルプスレギナの口調を諫める…が余り気にしていないようだ。

…まぁ実際問題あると思うが。

 

 

それに先程からルプスレギナにサナが殺気を出していた。

 

 

「度重なる主への不敬、誅殺である!」

 

「はっ!?早まるのは早いっすよ!?」

 

 

サナが野太刀を引きぬこうとするのを見てルプスレギナは表面上焦る。

そしてサンコの助けを求めた。

 

 

「サンコ様からも何か言ってほしいっす!」

 

「お前ら仲イイナー。これなら旅しても問題ないな」

 

「そうじゃないっす!…ん?旅?」

 

「成敗!」

 

「危なッ!?」

 

サナの野太刀の薙ぎ払いをルプスレギナは屈んで躱す。

そしてその後の振り下ろしを転がって逃げると、そのまま走り出した。

 

「首置イテケ」

 

…そしてサナはそれを野太刀を構えたまま追いかけていった。

 

 

それを見送るサンコにシズが近づく。

 

 

「…今回の命令…旅、ですか?」

 

シズは迷彩色のスカーフに口元を隠しながら尋ねてくる。

サンコは軽く答えた。

 

「そうよー」

 

「…どこにでしょうか?」

 

「全員揃ったらブリーフィングするつもりだったんだけど…」

 

…サンコは追いかけっこしているルプスレギナとサナに視線を送る。

微笑ましい。それが例え追いかける側が鬼気迫る表情で、逃げている側が殺されかけていても。

 

「…お呼びしましょうか?」

 

「んー…どこでブリーフィングしようかなー…え?あぁまぁ楽しそうだし放置でもいいんじゃない?」

 

「…かしこまりました」

 

「というかいい場所知らない?」

 

「……私は特に」

 

「そっかー…いや待て俺のFAMASで遊ぶ計画上休憩室で…」

 

そしてサナは…うん、そっちの方が面白いかもしれない。

 

 

しかしその時(割と必死な)ルプスレギナの悲鳴が聞こえた。

 

 

「サンコ様ァァァァァ!助けてほしいっすゥゥゥゥゥ!!」

 

「誅殺!」

 

見ればルプスレギナに馬乗りになったサナが、ルプスレギナに頭を押さえつけて首をはねようとしていた。

サナの殺気は充分…ルプスレギナもそれを感じているのか狼狽した表情をしていた。

 

「サナ、ステイ」

 

「畏まりました」

 

流石に止めると、サナもそれに従いスッと立ち上がった。

先程までの殺気も嘘のように霧散しており、いつも通りの無表情に戻っていた。

 

「はーっ…冗談キツイっす…サナちゃん」

 

ルプスレギナはゴホゴホと咳をすると立ち上がり、また笑顔を貼り付けた。

そしてサンコの方を向くと、尋ねた。

 

「それで…旅なんすよね?」

 

「うん」

 

「どこにっすか?」

 

「二回目…まとめてブリーフィングするから、そこで」

 

そしてサンコは射撃場の出口を指さす。

ルプスレギナはそれの意味を察すると頷いた。

 

「つまり休憩室でやるっすか?」

 

「そうよー」

 

サンコは先に歩き始めると、休憩室のドアを開けると中に入った。

 

 

・・・

 

 

休憩室の真ん中のベンチ。

そこにサナ、ルプスレギナ、シズの三人が座り、その前にサンコが一人だけ立っていた。

あつらえ向きなホワイトボードも置いてあり、サンコも白衣に眼鏡でどこか講義の様であった。

 

…ブリーフィングの開始である。

 

 

「じゃあ説明するぞー」

 

 

「…」

 

「はーい!」

 

「…」

 

「あれ…?…私だけっすか…?」

 

「今回の旅の行き先は法国。メンバーはこの四人だけだ…目的は情報収集!!」

 

サンコはホワイトボードの上の方に法国と書く。

 

「…」

 

「…」

 

「…サンコ様、質問よろしいでしょうか?」

 

他の二人が頷くなか、シズが手を挙げる。

その手の上げ方は二の腕がぴっちりと耳に当たっており、美しいものだった。

 

「なんぞ?」

 

「…ありがとうございます。この三人の選定基準をお教えいただけますか?」

 

「なるほど、良い質問だ」

 

サンコは頷くと、ホワイトボードに向き直る。

そして「潜入」の二文字を入れた。

 

「今回の旅の大きな目的は情報収集だ、その為の方法として今回は潜入を選択する…その為には小隊規模の人数での行動が好ましい」

 

「…?」

 

「…?」

 

「…」

 

シズは頷いたが、サナとルプスレギナは揃って首を傾げていた。

サンコは苦笑すると、かみ砕いて説明する。

 

「人数が多いとその分だけ溶け込むのが難しくなるから、少ない人数の方が良いんだ」

 

「…?」

 

「なるほどっす!」

 

「サナェ…まぁ後で説明するわ。それで選定基準だけど…」

 

サンコは次にホワイトボードにシズ、ルプスレギナ、サナ、サンコの順に名前を書き込んでいく。

 

「えーっと、潜入とはいえ戦闘が起こらないとも限らない以上バランスの良いパーティであるのが好ましい…で、俺なりに考えたんだけど…」

 

 

そしてそれぞれの名前の下に四角を作ると「役割」を書いていく。

 

 

「まずシズちゃんは後衛…銃でサポートしてくれ」

 

「…かしこまりました」

 

「それと事務関係のことを補助してくれ、報告書とか」

 

「…かしこまりました」

 

 

それと彼女には「切り札」的意味合いが強い。

今説明するのは憚れるが「技術」とは結構高価なのだ。

 

 

「んじゃ次ルプちゃんね」

 

「私っす!」

 

「索敵と回復板、以上」

 

「え~…簡潔っすね~…」

 

「仲間がダメージ喰らってたら回復。後ろに回り込まれてたら索敵。それ以外にも前衛と一緒に敵にちょっかいかけたり、伝令役として飛び回ったり…やったねルプちゃん一番大変な役割だよ!」

 

「げー…かしこまりましたっす」

 

「次、サナ」

 

「はい」

 

「前衛としてガンガン殺せ」

 

「かしこまりました」

 

「…何気恐ろしい会話っすねー」

 

「そうか?…んで最後俺だが」

 

「…!主に何かあったら…」

 

サナがガタッと立ち上がる。

サンコは手を横に振ると落ち着けというそぶりを見せた。

 

「安心しろ…俺の役割は司令官と逃亡板だから」

 

サンコは振り返るとホワイトの自分の四角に「司令官」と「逃亡板」と書く。

 

「基本的に戦闘は回避したいし、こちらから仕掛ける以外はまず逃亡するべきだ…俺の中に入って潜航すれば逃亡は余裕だけどそれまでの時間を稼いでもらいたいんだよね」

 

「…」

 

サナは納得したのかベンチに座りなおした。

 

「以上かな…他に質問は?」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

サンコは質問が無いのを確認すると、頷く。

 

「うん、それじゃ確認する。今回の旅の目標は法国での情報収集。それはつまり人間社会に溶け込むことを意味する!未知数であり、現地判断が多くはなるが、人間は基本殺さず、話題にならず、情報のみを手に入れることが理想だ…そのため、勝手な行動は慎むように!」

 

「「「かしこまりました」」」

 

「そして必然的にこの四人での作戦行動が長くなる…仲が険悪だと支障がでるので問題がある場合は修復…いや、ここは簡潔に仲良くするように!」

 

「「「かしこまりました」」」

 

「よろしい、出発は明日の早朝。日の出と共に出発する。ルートはこちらで用意しておくので各員戦闘ができるように装備の点検をするように!それまで解散!」

 

「「「サンコ様の御心のままに」」」

 

三人はベンチから地に伏し、頭を下げると服従の姿勢をとった。

サンコはとりあえずこれでいいかなと、気を緩めた。

 

「あとおやつは五十円までです!」

 

「はい!先生!」

 

「はい!なんですかルプスレギナ君!」

 

「バナナはおやつに含まれますか!?」

 

「含まれます!ちなみに一本16円と換算します!」

 

「三本までっすか!?…なんてこったっす…甘味が…」

 

ルプスレギナはあからさまにがっかりとした。

するとシズが声をかけた。

 

「…ルプー。私の五十円あげる…」

 

「マジっすか!流石シズちゃん!できる女っす!」

 

ルプスレギナの表情がパァーと明るくなると、シズに感謝の意味か褒め始めた。

しかしシズは首を傾げるだけだった。

 

「…あんまり褒められても嬉しくない」

 

「くっー!私の御世辞スキルが足りないっすか?」

 

「…そうね…ドブみたいなお世辞ね…」

 

「辛辣っす!?」

 

コントのような会話をしながら二人は立ち上がった。

 

 

その様子を見ながらサンコは本当に仲が良いなと素直に感心していた。

そうあれと願われたかは知らないが、サンコには仲の良い姉妹という風にしか見えなかった。

 

そして、だからこそサナを預けてみようという気になる。

 

 

「ループちゃん」

 

「ん?何っすかサンコ様?」

 

既に休憩室から出ていこうとしていたルプスレギナとシズに声をかける。

それに二人とも振り返る。

 

サンコはニッコリと笑うと自分の近くに立っていたサナを指さした。

 

「この子と仲良くしてくれないか?」

 

「ん…?…いいっすよ!よろしくっすサナちゃん!」

 

「シズちゃんは?」

 

「…構いません」

 

「主、何を…?」

 

サナはサンコの突然の行動に驚き、理由を尋ねる。

 

 

しかしサンコはそれを無視すると、次の言葉を繋いだ。

 

 

 

「じゃあ…この子といっしょにお風呂に入ってくれるかな?」

 

 

 




はー…謎多き今回!
ほんと人間じゃないものの心情書くって大変だわ!
欠落してるってだけでここまで大変とか…小説って難しいなぁ…練習練習ゥ!

ていうかお疲れ様でした!ほんとすこ
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