何故か部屋にやってきた女性は領主!?
そして脅される!?
趣きのあるレンガ作りの城の一室。ロウソクの明かりしかなく、視界が悪い中で二人の女性がベッドの上で抱き合っていた。
「ねえ、セレス」
「はい、何でしょうか」
抱き合っている、正確には組み敷いている───その鮮やかな金髪の下に豊満な胸を持ち、その出で立ち(いでだち)は周囲の者を魅了するために生まれてきたのかと思わせる女性が、組み敷いている軽くウェーブのかかった長い黒髪を持つ女性へと話しかける。
「あなた、今日は大丈夫でしょうね……?」
顔を近づけ、紫色のその瞳を見つめながら言う。その声音には怒気が少々含まれていた。
「だ、大丈夫なはず、です……」
対する黒髪の女性の返答は震え声であり、明らかに怯えの感情が含まれていた。
その返答を聞き、不満そうな顔をしながらも納得したのか、金髪の女性、アリスはその腕を女性の胸へと持って行く。
「ひぅ……っ!!」
「……続けるわよ」
「ど、どうぞ」
手のひらで胸全体を押しつぶすように、それでいて痛みを相手に与えないような優しい手つきで胸を揉む。
しばらくそのまま、胸をしばらく揉み続けた後に左手を毛も何もない、綺麗な丘へと向かわせ……。
「あっ……」
触れる。
さあ、ここからだ。とばかりに動こうとした左手は、触れるだけにとどまる。
「……はぁ、このまま襲ってあげようかしら」
「まあいいわ、時間ならある」
最後に一回、とセレスの安産型のお尻を撫でて、アリスもセレスの隣に音を立てないように移って目を瞑り、静かに寝息を立て始めた。
◇◆◇◆◇
彼は貧しかった。日雇いの職、いつ死ぬかわからない生活。いっその事死んだほうが楽なのではないのかと思えるほど貧しかった。しかし、そんな彼の生活はとある商人に出会うことで一転した。
────性転換薬
それは貴族の中で取り扱われる、流通量が少ないが需要も少ないというマイナーな物だ。彼は僅かながらに貯めておいた金でそのマイナーな薬を商人から譲ってもらったの。
手に持っていた僅かな金は失った。姿もどのような姿に変わるのかわからない。しかし、働き口ならある。いや、出来る。この街は女性に優しいともいえる仕組みになっているのだ。
この街の領主、アリス・スタンフィーア
彼女は、女性でありながらもこの土地を任され、維持してきた才女で、彼女が作り出したこの街のシステムは今日の分の食費は稼げる、俗に言う日雇いの仕事しかなかった。
男性には。
彼女は何を考えたのか、女性を保護し始めた。保護、といってもメイドなどの女性にしかできない職を斡旋する程度の物でしかなかったが、その姿は男性にとってどのように写っただろう。住み込みで働くため、宿がある。それだけでも良い生活と言えるのだ。少なくとも良くは写っていないであろう。だがしかし、それでも毎日生きていける事が出来る。前の領主よりはマシだ。そう自分に言い聞かせて男性は耐えてきた。
性転換薬は服用して、効果が出るまでに時間がかかる。彼は自分が住居にしている安い部屋で仮眠を取った。
なぜ性転換薬は需要が少ないのか。それには理由がある。性転換をする、ということは身体をつくりかえることである。人間の身体は、そもそも変えられるような作りではない。声帯から血管の配置、果ては骨格まで違う。これらの位置比率を変化させるにはどうすればいいだろうか。そう、無理やり──力技で変えるのだ。つまり、変化に痛みは付きもの、ということである。
彼は痛みに悶えた。血管に熱した鉄が流されるような熱さ、音を立てて配置が変わってゆく骨格、金的を何回も何回も食らったかのような痛みを感じる股間。悶え苦しんだ果てにあるのは、領主からいただける余裕のある暮らし。その為であるのなら、と彼は耐えた。しばらく経つと、痛みがゆっくりと引いていった。
音も立てずに、ベッドから立ち上がる。しかし、立ち上がった後は何もせずに直立不動の体制に入った。いや、正確に言うと、微細だが動いている。
彼──彼女が何をしているのかと言うと、身体の調子を掴んでいるのだ。前記した通り、男と女、その身体の差は筋肉や骨、脳の構造まで違う。その変化した感覚に慣れるために、彼女は直立不動という体制を選んだのだ。しかし、ただの直立不動だと侮るなかれ。人間は動かない方が神経を使う。
実際、彼女は困惑しつつその動かない女性の身体に慣れつつあった。ならば次は、と動く女性の身体に慣れるために狭い部屋の中、前に1歩踏み出……そうとしたら、バランスを崩してしまい、背後にあるベッドへと身体を倒してしまった。ベッド、というからには寝具なりの施しをしてあるのだが、それは表面だけ。言ってしまえば木の箱の上に布地を敷いて寝ているようなものだ。何が言いたいのかというと、倒れた場合とても痛い。
「いっつつつ……」
頭を
「起き上がることはできるのになんで歩くことはできないんだ……?」
そのままベッドの縁に座って考える。一体何が歩くことを邪魔しているのか。何故歩けないのか。何度考えてもわからない。
実際のところ、歩けない理由は重心管理にある。男性の場合、胸部や臀部には何もなく、言ってしまえばストレートなまま歩ける一方、女性には胸とお尻がある。それらの重量はおよそ数kg。直立不動の場合は文字通り不動、動かないため何ともないが、歩こうとすると胸が揺れて重心が一気にブレてしまう。
しかし、そんなことなど思いつかず、彼女はただただ考える。しかし、彼女はあまり頭がよいわけではない。そんな彼女でも歩きたいと考えてしまった。
ならばどうするか。考えるまでもない、できるまで挑戦し続けるのだ。
ベッドの縁に座った状態から少しずつ、ゆっくりと立ち上がる。ここまでは先ほどもできた。その次、転けないように気をつけながら右足を上げる。
瞬間、今度は身体が前に傾いた。
──衝撃。今度は布地も何もなく、ベッドよりも床のほうが位置的に言うと下にあるため、より大きな傷みが彼女を襲う。
「~~~~ッ!?」
倒れた際に打った鼻の痛みに悶え苦しみ部屋の床を音を立てて転げまわる。その姿は、誰が見ても変人でしかない。
「……はぁ、はぁ……なんで歩けないんだ」
白く、細い腕を使い、身体を支えて立とうとしながら考える。しかし、先ほどと同じように、答えなど得られない。
腕の力が弱くなり立ち上がれない彼女は、立ち上がろうとすることを断念して、這いずりながらベッドへと近づく。そして、ベッドへと這いずり上がり、天井を見上げながら呟く。
「こういう時に貴族サマは使用人なんかに手伝ってもらうんだろうなぁ」
事実である。性別を変え、動けなくなった貴族は使用人の助力を得て始めて普通の生活を送ることができるようになるのである。
「使用人なんか雇えないし……どうしようか」
再び、天井を見上げながらなんとなしに呟く。やがて、彼女は限界を迎えたのか、眠りについた。
◇◆◇◆◇
昼、とあるレンガ作りの城の中で、この辺りの地域では珍しい金色の髪を持った女性が机に座り、山のように積まれた書類を素早く処理していた。
彼女の名前はアリス・スタンフィーア、領主だ。
「よし。仕事も終わったことだし、散歩にでも出かけましょうかね」
処理するべき仕事を終わらせ、その後に何かと気が向いたことをするように彼女は心に決めている。そして、今日は散歩の気分なのか顔を隠すことができる灰色のフードを被り、自分が管理する街へと繰り出した。
城から出てしばらく歩くと市場が見える。様々な野菜、天井に吊られた肉塊、そして珍しい事に魚まである。この街は、海や河川から少しばかり離れているため、魚などの姿を見ることは珍しい。
「なあ、店主よ。この魚はどうしたんだ?」
「魚ぁ? ああ、さっき商人が持ってきてなぁ」
「それにしては活きの良いようだが……」
「なんでもその商人は貴族お使えだったようで。でもその貴族の家から追い出されたらしい」
貴族お使えの商人の中には、
「その商人が今どこにいるか分かるか?」
「さあ、な。これから死にに行くみたいに、身につけていたもの全部そこら辺の奴に二束三文で売っぱらっちまってたよ」
「そうか……最後はどの辺りで見かけた?」
「最後? そうだな、最後に見たのは……ああ、ガキが話しかけて路地裏に連れて行ってたな」
「ガキ……? そうか、情報提供感謝する」
その商人が生きているのであるならば、是非とも我が城専属の商人になってもらいたい。その一心で商人を探すアリス。しかし、情報は中々手に入れることが叶わない。
やがて、聞きこみをしているうちに、商人を路地裏へと連れて行った者の正体がわかってきた。
本名はアジーレ・コントログラフィ。どこにでもいるような青年で、特徴があるとするならば、人見知りだ。とのこと。貴族へと物を運んでいた商人と繋がることができたならば、街の復興に少しでも役に立つであろう。その事実を大義名分として、
部屋の中には美しい黒髪の女性がベッドで寝ていた。
「……コントログラフィはいないのか」
「ん、んんぅ……」
「しかし、この女性は……?」
情報によると、アジーレには女性関係が見当たらないとのこと。しかし、目の前にいるのは女性だ。
一体どういうことだ。
「それにしても、美しいな……」
つい、と枝毛も見当たらない美しい髪の毛を手櫛で梳く。それが引き鉄となったのか、彼女が起きてしまった。
「……誰だ」
「おっと、これは失礼。私の名前は……セレス・コニジュアだ」
「セレス・コニジュア……? 聞いたことのない名だな。なんのようだ」
水気のある魅力的な唇から発せられる鈴の音のような声は、荒い口調でもなんら違和感を感じない。
「この部屋の主、アジーレ・コントログラフィを探していてな。行方を知らないか?」
「ああ、それは俺だ」
「何? コントログラフィは青年との話を聞いたが……」
「……あ」
◇◆◇◆◇
不味い。
どれもこれも寝ている最中に現れたこの女が悪いんだ。その思いを目で訴えるかのように
「……もう一度聞く。お前は誰だ」
「先ほども言っただろう。寝ぼけて忘れたか?」
「名前だけしか聞いていない。素性を明かせ、この侵入者が」
「ふむ、侵入者という点は否定出来ないな。だが安心しろ、鍵なら持ってる」
そう言って指に垂らした鍵を目の前に持ってくる。だが、それでも信用ならない。寝ていた間に鍵を複製したのかもしれない。大家のおばさんから無理矢理奪ってきたのかもしれない。
「それだけじゃ信用ならないな」
「むぅ……困ったな。これ以上安心させることなんてできないぞ」
「……目的を言え」
頬を少しだけふくらませるその姿に一瞬目を奪われたが、気合で立てなおして目的を聞く。
「それも先ほど言ったが……名前を覚えているということはこれも覚えているんじゃないのか?」
……思い出した。それと同時に顔が熱くなってくる。
「おや、少し顔が赤いようだが、大丈夫か?」
「なんでもないっ、忘れろっ!」
「おお怖い怖い、そこまで言うのならば忘れてあげよう」
「ああ、それでいい……」
「それで、本題だ。アジーレ・コントログラフィの行方を探しているんだ。知っているのなら教えてほしい……と言っても、既に見当はついたが」
「くっ……」
完全にミスをした。これでは居場所を知っているどころの話ではない、知られている。更に悪いことに、いま俺はまともに歩くこともできない、寝たきり老人のような存在だ。
「さあ、教えてもらおうか、なぁ?
◇◆◇◆◇
安宿の一室、部屋の中央に置かれた机で2人の女性が向き合って話をしていた。
「……ほんとに歩けないのか」
「…………」
黒髪の女性──アジーレは少しだけ頬を膨らませながら明後日の方向を向いていた。ちなみに彼女の中ではこの行動の意味は「話すことなど何も無い」という意味なのだが、目の前の金髪の女性──
「いい加減話してくれないかな? あなたに性転換薬を渡した商人はどこに行ったの?」
「…………」
正体が判明した後、話し合いをするには机でしたい。といったアジーレの要望を受け取り、セレスは先に席についた。その後、壁伝い──壁に手を付きながら机へと近づき、席へついた彼女へと質問を投げかけたのだが、それからも
「だいたい貴方が話し合いをすると言ったから席に着いたのにこれじゃ……話し合いも何も無いじゃないか」
「…………」
「ねぇ、いい加減答えてくれないか? 別に商人を殺そうってわけじゃ無いんだ」
「……条件がある」
口を開いた。
「職を斡旋するところを紹介して欲しい」
「職を斡旋……? ああ、もしかしてそんな理由で性転換薬を服用したのか?」
「そんな理由……? お前はこの街の男の生活を知らないのか!?」
「な、なんだ。知ってるに決まってるじゃないか」
「知ってて“そんな理由”と言ったのか!?」
憤り。
セレスは目の前の
「その日暮らしの生活、明日の飯は保証されても生活は分からない不安、分かるか?」
「……わからない。が、とりあえず職は紹介してあげよう。だから商人の居場所を教えてくれ」
「……近くの湖だろう。もしかしたらもう死んでいるかもしれない」
眉を潜めながらアジーレはそう言う。
「……殺したの?」
商人が死んでいるかもしれないという事は、市場の者の話からある程度予想していたとはいえ、まさか目の前の
「バカ言え、なぜ俺が殺さなくてはいけない。自殺だ自殺」
「そう……最後はなんと言っていたの?」
「“何もかも嫌になった”だとさ」
「何もかも嫌になった……そうね」
顔を伏せ、考え込むセレス。その雰囲気を読んでか、アジーレは腕を組み目を閉じた。
しばらく経つと、セレスが口を開く。
「……まぁ、いいわ。出来れば確保したかっただけですし」
「……口調が変わってないか?」
「これが私の素よ。ところで貴方、文字を読めるかしら」
「読めるっちゃ読めるが……」
「そう、読めるのね。それじゃ、料理なんかは?」
「出来る」
セレスは口元に手を当てて考え込んだ。そして、結論が出たのか、古風にも右手で左の手のひらをポンッと打った。
「あなたの就職先だけども、私が買うわ」
「買う?」
「ええ、“買う”よ。誤解のないように言っておくけれども、鎖で繋ぐとかじゃないわ。制限付きだけども、自由も保証しましょう」
「いや、飼うの意味を聞いているんじゃなくて……ええっと……」
「簡単に言うと、貴方を一生養ってあげるから私に一生付き添いなさい。ってことよ」
「一生養う……」
男女の関係で言うところのプロポーズであろう内容だが、アジーレはまさか女同士でプロポーズなどするはずもないだろう、と正確な考えようとせず、一生養うという言葉に惹かれていた。
「どう? 三食昼寝付きよ?」
「他にする事はあるのか?」
「軽食を作ってもらえると嬉しかったりするわ」
「……決めた。俺を買ってくれ」
質問の意は確認。アジーレは既にセレスの元に行く事を決めていた。
「ふふっ、それじゃ、買取り人の正しい名前を教えておかなくちゃね」
「正しい名前……?」
「ええ、正しい名前よ。ごめんね、セレスは偽名だったの。」
「……そうか。で、正しい名前とやらは?」
片手を広げ、片手を胸に当てて、堂々たる態度で
「私の名前はアリス・スタンフィーア。しがない領主よ」
◇◆◇◆◇
「手配はしたわ。直に迎えが来るそうよ」
伝書鳩。
それは、一定以上の立場の者が持つ笛を吹くことによって近づいてくる躾けられた鳥のことであり、決まって足には巻かれた紙が括りつけてある。
「そうか、それなら、ここから出て行く準備をしなきゃいけないな」
「ああ、それは大丈夫よ。あとから来た者にさせるわ」
「……なんでも任せてすまないな」
「いえいえ、後で
その言い様に疑問を抱くアジーレだけれども、深くは考えないようにした。これから世話になる人を疑っていたらなにもできない。その考えが底にあった。
「それよりも……名前を変えなきゃいけないわね」
「名前ぇ?」
拍子が外れたのか、素っ頓狂な声を上げ、
「そう、名前よ。考えても見なさい、アジーレなんて男の名前じゃないの」
「いや、確かにそうだが……いきなり名前を変えろなんて言われても……」
「セレス」
「え?」
「私がさっき名乗ってたセレスって名前にしましょう。私この名前を気に入ってたのよ?」
「え、いや、そもそも名前を変えろという事自体が」
「私の言うことを聞かなかったら就職先、娼婦館に変えちゃおうかしら」
人差し指を唇に当てて、薄く笑いながらそう言う。
「…………」
「ちなみにさっき言ったけど私が領主だから、ここで逃げてもいずれ会うことになるわよ」
その当たりの店などに就職しようものなら男の慰みものになるだろうと想像しているアジーレは、酸欠の魚のように口を開閉しながら固まった。
「ね、私の言うこと、聞くよね?
「……クソッ」
小声で悪態をつく。
「んー? なにか言った?」
圧倒的な立場にいるアリスからすればその小声などなんでもない。むしろ相手を煽るための着火剤とも言えよう。
「いや……なんでもない」
「あ、そうだわ。口調も直しましょう?」
一転攻勢。
先程までは商人の居場所を聞くために下手に出ていたアリスであるが、商人が死んだであろうことがわかったいま、下手に出る必要もない。容赦なく
「待ってくれ、流石に口調はどうにもならないんじゃ」
「大丈夫、一人称を私にして、少しやわらかい話し方をすると違和感は持たれないから」
「いや、でも」
「やりなさい。少なくとも私以外に性別を変えたことをバレたくなかったら」
「……わかった」
流石に性転換薬を服用して性別を変えたことを言いふらしたくはないだろう。しぶしぶながら引き下がった。
えっちぃのは嫌いです(大嘘)
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