落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 番外編まとめ 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
包帯を巻いていた手の動きを止める。
歌が、風と共に夜の武蔵に響き渡っていた。
もう、何度も聞いているはずなのに、何故か懐かしく感じてしまうのは何故だろう。
歌っているのはホライゾンだから、というのは些か単純すぎるだろうか。
三河における姫ホライゾン奪還は俺たち武蔵側の成功にて一旦の終わりを迎えた。
俺が宗茂を倒したあと、トーリがホライゾンに告りながら世界征服宣言やらなんやらして、彼女を取り戻し、三河から脱出という大雑把にいってこんな感じだった。まぁ、聖連の栄光丸に“悲嘆の怠惰”でぶち抜いたりと他にも色々あったけど。
まぁ、無事に我らが王様は姫に告って彼女の為に世界征服へと一歩進んだわけだ。
悪役みたいとか思ったりしていない。
「ふぅ……」
お茶を淹れておいた水筒を傾ける。
今いるのは青雷亭の屋根の上。結構傾斜があるが問題ない程度。背を向けているが、少し場所をずらせば、眼下で騒いでいる馬鹿共の声が聞こえてくる。
あれだけの激戦を繰り広げたにも関わらず、いや、だからこそなのかにぎやかだ。
つーか往来の真中でエロゲ談議するな。いや、でもいつも通りといえばいつも通りだが。
もちろん、いつも通りでも無いこともあった。
「…………」
耳に残る歌の余韻。それはこの十年感じなかったことだ。
うん、やっぱり懐かしい。
「と」
お茶飲んでいたせいで緩んでしまった包帯を巻きなおす。
頬にはいくつもの絆創膏、額にも巻かれた包帯。制服の上を脱いで半裸状態だが、やはり胴にも包帯ぐるぐる巻きだ。宗茂との相対により俺の身体は満身創痍だった。傷が無い所が一つもない。そんな状態で“悲嘆の怠惰”届けるために爆走したりしたから結構ボロボロだ。三河離脱してすぐに治癒術式掛けてもらったがさすがに全部治るわけもなく。
こうやって一人、地味に包帯巻いてるわけだ。
完治するまで定期的に巻き直さないと気持ち悪いし。
「けどまぁ中々上手くいかないのが俺だよなぁ」
まぁ当然といえば当然で。
“
いや班ごとかはどうでもよくて。
とりあえず、上手く包帯巻くなんて俺には無理という事だ。
生傷は絶えないから巻けない事もないけど、どうにも下手ということだ。
「我ながらままならない……」
「だったら貸しなさいよ」
「は?」
背後から手が伸びてきた。
誰の手か、誰の声か。なんて迷う事はない。
「喜美……?」
そう、喜美だ。
何時の間にここまで来たのか、まったく気が付かなかった。包帯巻くのに四苦八苦していたとはいえ、些か情けない。というかカッコ悪い。
いやいや、そういうことではなくて。
「全く。愚弟でさえできることができないなんてやっぱり愚弟以下ねぇ」
確かにトーリこういうの得意だったけど。案外アイツ家事とか上手いのだ。
いやいや、そういうことでもなくて。
何時の間に現れたこの女。
「…………」
俺が混乱している間にも喜美は横に座って、俺から奪った包帯を腕に巻き直し始めた。
流石というか上手い。
ただ巻くだけでは無くて、巻いた後に動きやすくなるような巻き方だ。俺が適当に巻いていたのとはわけが違う。
すげえなぁと、正直に思う。
ありがたいとも。
だが、同時に、
「…………ぬぬぬ」
気まずい。
いや、気まずいと言うかなんというか。
あれだけ派手に、というか全国中継で世界に向けてこの女に告る為に世界に喧嘩売っちゃったわけだけど。惚れた女泣かせられない男になりたくないとか、世界一いい男になって世界一いい女に告白したいたどか。
実際に喜美に向けて言ったわけでもないし、名指ししたわけでもないけど、喜美に向けて言ったというのは否定できないし、するつもりもない。
喜美に俺が惚れたというのは事実だ。
那須蒼一は葵・喜美に惚れている。
それはこんな俺でも、どうしようのない屑で落ちこぼれな俺でも胸を張って言えることだ。
それが、今の俺の生きる意味で、戦う理由なのだから。
だからそれはいいのだ。
いいのだけれど、
「…………」
この女はそこらへんどう思ってるのだろうか。
…………。
うわやばい、なんか変な汗かいてきた。
「ん? 顔青いわよ。痛かったかしら?」
「あ、ああ。いや、大丈夫だ」
「……そう。ほら、そっちの腕も貸しなさい」
「J,Jud.」
綺麗に巻いてくれた腕とは逆の腕を差し出し、巻き直し始めてもらう。
いや、しかし。どうなっているか今の状況。何時の間に来たのかという疑問もあるけど、なんで俺がここにいること気付いたんだよ。けっこうこっそりここに来たはずなんだが。男連中にはエロゲ撒いて、女連中には飯撒いといて気を逸らしたのだけど。うちの女衆は結構大食漢だからわりかしそれでイケるのだ。
イケると思っていたのだが。
なんぞここにいるのを気付かれたのか。
トーリとホライゾンはどうした。
「愚弟とホライゾンならもう寝てるわよ」
「…………そ、そうか」
なにこの女怖い。なんで人の考え読めるんだ。もう俺顔真っ青だよ。鋭すぎる。滝のような冷や汗が流れてるよ。
そんなに俺はわかりやすいのだろうか。そうでないと信じたいなぁ。
いやいやいやいやそうでもなくて。
あの俺の宣言どう思ってんだろうなぁ。
いやもうホントこれが一番アレじゃね? アレがドレとかコレとか明言しにくいけどアレじゃね?
なんか“フッ”とか笑ってたけどあの笑みはなんだったんだというか。いや、すげー気になるけど、やっぱ聞くのは怖いというかなんというか聞いてもいい物なのだろかということもよくわからんし。
困った、いやほんと困った。マジでホントに屑とか言われても否定できんし、へタレが追加されそうだ。
「…………ぐぬぅ」
なんて、目をぐるぐる回して混乱していた俺だったが、
「はい、終わりよ」
「……………………ありがとう、な」
混乱は抜けず、とりあえず礼の言葉だけ絞り出す。
綺麗に巻かれた両腕の包帯を見て、軽く動かしながら手を握ったり開いたり。
思った通り、かなり動かしやすい。俺には到底無理な巻き方だ。
と、そうやって手の感じを確認していたら、ふと強い視線を感じる。
誰か、なんてのは当然喜美で。
「…………」
「…………」
傾斜のある屋根の上で、膝を両腕で抱きながらこちらに視線を向けてくる。
なんというか、品定めするような。そんな、視線だった。
「あんた、さ」
「な、なんだよ」
「体、どうなの?」
「ん……」
問いに、思わず答えれなかった。
体、というのはまず間違いなく単なる傷のことじゃないんだろう。
“気”の負荷。俺自身の生命力を糧とした俺の力について彼女は言っているだ。
正直に言えば、
全く大丈夫じゃない。
十年ぶりくらいに使ったからか、かなり負担があったらしい。今この瞬間も胸に鈍い痛みは感じているし、口の中にはさっき吐き出したの血の味が残っている。顔が青いのだって喜美にビビってるだけじゃなくて、そういう理由もあるのだ。
だから、
「――全然余裕だぜ」
笑って言う。
これ以外になんて答えればいいんだよ。
余計なこといって心配なんかかけたくないし。
確かに俺は喜美に泣いてほしいし、喜美が泣いてくれるような男になりたいけど、その涙は嬉し泣きじゃないとダメなんだ。悲しさや苦しさで泣いてほしくない。
もちろん不安や心配も然りだ。
俺なんかの身体のせいで心配なんか掛けたくない。
だから、笑う。
そんな俺の笑みをどう思ったのか、
「…………」
抱いた腕の中に顔を埋める。なんか、変というか。いつもハイテンションなのに、落ちついていてやり難い。くすぐったいというか。
「……はぁ」
喜美が溜息を吐く。立ち上がって、
「はぁ」
もう一回。いや、そんな落胆の色見せられても。
「聞きなさい、この屑男」
ビシッ、と人さし指を俺へと突き出し、
「一度しか言わないし、忘れたら許さないし、他言も無用よ」
言う。
「そりゃ高嶺の華は下手に手を出す無粋には触れてほしくはないわよ。花を千切ろうする下衆なんか見向きもしたくない。いつか届くであろう馬鹿を待って、その時まで咲き誇るのよね」
でも、
「誰も見てくれない花には意味は無い」
ただ咲いているだけでは意味が無いから。それはただの独り善がりだ。唯々咲いているだけで、それだけ。それを喜美は望んでいな。惚れた馬鹿以外を届かせないのは、惚れた馬鹿には届いてほしいと願っているから。
ああ、そりゃそうだ。誰も届かない場所に寂しいに決まってる。
その寂しさは、知っている。
かつて俺が味わって、味あわせてきたものだから。
彼女にはそんな思いさせたくない。
「ああ、そうだな」
立ち上がる。
結局俺の想いもまた一人善がりの自己満足なのだろう。勝手俺が思い込んでるだけかもしれない。喜美は俺みたいな屑じゃなくて最高にいい女だし、彼女は昔の
彼女の目を真っ直ぐに見て、目を合わしながら、口の端を歪めて、
「……いつか、いつかそう遠くない内に。世界一いい男の馬鹿が世界一いい女の高嶺の華摘みに行くから……楽しみしとけよ。その花だけを見る馬鹿が行くから」
境界線上を疾走して。
その場所に行っていいのかとは問わない。
その場所に行こうと、そう決めたのだから。
「そう」
彼女は、そう言って。
少しだけ笑って、
「なら、ちょっとだけ期待して待ってましょうか」