落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 番外編まとめ 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
シャーロック・ホームズを始めとしたイ・ウーとの戦争から数週間。まだまだ真夏の最中のこと、何とか取り戻したいつも通りの日常の中である日レキが変なモノを持ってきた。
「フルダイブ、なぁ」
俺、那須蒼一は手にした鈍い鉄色のヘッドギアを胡散臭げに眺める。思ったよりは結構軽いが、人の頭をすっぽり覆うサイズなので結構物々しい。
これがフルダイブ、バーチャルリアリティ技術を実現したものらしい。まるっきりSFだ。
すっげーふしぎ。
「信じられませんか、蒼一さん」
「まぁ、眉つばではあるよな」
机を挟んだ正面には制服姿のレキがいて、俺は部屋着である着流しだった。それに俺たちだけではなく、
「ゲームの中だけかと思ってたよ」
「ふうん? そんなにすごいのコレ?」
ルームメイトである遠山キンジに神崎・H・アリアもソファで二人も一緒にいる。そしているのは、この二人だけでは無くて。
「
俺の妹である那須遙歌もまた、取り戻したこの日常にいた。俺の横に座り、人さし指でちょんちょんとヘッドギアをつつく。
「ええ、さすが遙歌さん。その通りですよ」
「えへへ」
レキが褒めて遙歌がおもっきり照れていた。嫁と妹が仲良くて何よりだ。
「
「ええ、まぁ」
アリアの言葉に軽くレキが軽くお茶を濁した。
「私のファ……追っか……ス……ともあれ後輩がそれ関係でですね」
「お前なに言おうとした」
ス、って。ストーカーとでも言おうとしたんじゃないだろうな。あとさりげなくファンとか追っかけとか言うなよ。
「フルダイブ技術の試作品が出来たという話しを聞いたので巻きあ……げたんです」
「そこは言い直せよ!」
「あはは……」
巻きあげたって。軽く強奪じゃないのか。大丈夫か、捕まったりしないよな? 遙歌も若干引き気味だった。
「まぁ彼女は人生掛けた大勝負に負けた時に私のこと思いだすくらいなので大丈夫でしょう」
「お前電波通り越して外道キャラだぞ」
「うわぁ……」
一体コイツはどこをめざしているのだろうか。遙歌が普通に引いている。
「というわけで、せっかく巻きあげたのでどうぞ蒼一さん」
「え、いいのか? 哀れな後輩から巻きあげた可哀そうな最先端技術を俺が使って」
「言い方は気になりますけど構いませんよ」
レキがいい笑顔で言った。
恐ろしく嫌な予感。
バッ、とキンジとアリアに顔を向ける。だが、
「ちょ、キンジっ」
「いいから、巻き込まれるとめんどくさいぞ」
逃げられた! さっきから無言だと思っていたら逃げられた!
「実はこれ、あくまで試作品でですね。まぁさすがにいきなり完成品という無理な話です。最先端技術――物理学や化学、電子工学エトセトラ。各分野の最新にして最高に技術を使っていて、その中には量子力学も僅かにあってですね」
「ふむふむ」
「――ぶっちゃけ使ったらなにがどうなるかわからないんですよ」
「ふむふ――え?」
今コイツ凄いこと言わなかっただろうか。
「……」
最早遙歌が絶句していた。
「まぁ一応出力リミッター押さえているらしいし、あの子も私ほどではないにしろかなりデキル子なので大丈夫でしょうが、万が一のこともあるようで」
「……それを俺が試すのか?」
「はい。……だって蒼一さん、最先端技術無理矢理巻きあげたんですから、せめて試験使用くらいはしないと申し訳ないじゃないですか」
「まったく正論だけどお前が言うなよ!」
「えっと……なんなら私がやりましょうか?
「なに言ってんだ俺が妹にそんなことさせるわけないだろー」
「うん全く似てない俺のモノマネはヤメロよ? あとそれは俺が言うべきことだからな?」
まぁまったく似てないけど、言ってる事はまったく間違っていない。
「まぁ、そういうことだなうん。しかたないけどなぁ」
「それでこそ蒼一さん、さすがです」
「……」
なんだろうコイツ。
何故こうまでもはっちゃけているのだろうか。
●
「リンクスタート」
そんな一言で確かに世界は一変した。
話によると内臓されていた電脳世界の風景は草原だったらしい。中に入って適当に動き回れることとか感覚に確認をすればいいことだった。
まぁ、言ってもレキのことだから身の危険をないだろうと思う。いくら外道ヒロインにシフトチェンジしてもそこらへんは大丈夫だろう。多分。そうだといいな。
ちなみに電脳世界内で再構成される身体は俺にイメージありきらしい。変な格好にならないことを祈る。
そして――仮想の、ポリゴンで構成された目を開け、目にした世界は。
「――――は?」
まず驚愕に目を奪われ、自分の認識を疑った。
まず目を奪われたのは視界いっぱいに広がる巨大な樹。大樹という言葉では足りないほどのだ。直径何百メートルあるだろうか。目算ではよくわからない。高さにしても蒼天を思いきりぶち抜いていて頂点は遥か彼方。幻想的、と言ってもいいだろう。
まずこれが一つ。
二つ目は目の前の光景。
一時期現代人が戦国時代などにトリップするような話が流行った。ある日白昼夢に襲われ気づいたら何百年前の世界。目の前にはぶつかり合う鎧武者たちに交わされる刀と弓矢。怪しい奴と思われて、そこを過去の偉人に救われる。お約束とまではいわなくてもよく見るだろう。
そして今目の前で同じようなことが起こっていた。
戦国時代というよりはファンタジー世界。ゴツい装飾が施された鎧を纏った連中が目の前で戦っていた。だだっ広い五十人近くは集まれる広場の中央、奥に巨大な扉を控えたそこは戦場だった。
「ーーっ!」
「ああーー!」
叫びが広場の端にいる俺にまで聞こえてきた。オマケにどういうわけかファンタジー風ではなくガッツリファンタジーで、鎧の背中から半透明の翼が生えていたり、手から火の玉を打ち出している。まるで妖精のようだった。
これが二つ目。
そして、最後の三つ目。
――その男はまるで死んでいるかのようだった。
血のような真紅の髪。世界観ぶち壊しでは無いと思う黒緑の軍服。見憶えがある。イ・ウーの時にレキがノリでコスプレしていたやつとは細部が異なるがドイツの軍服に間違いないだろう。歳は俺のいくつか上だろうか。
目に当たりが覆面――いやデスマスクとでもいうのか、それに覆われて見えない。僅かに見える肌は赤銅色だった。色も相まってまるで錆びて、朽ちかけの機械を連想させる。
何よりも、誰よりも、巨大な樹よりも、妖精めいた騎士たちよりも。俺が目を奪われたのはこの男だった。
「――――」
どうやら妖精の騎士たちは全員この男へと向かっているらしい。彼らは全員で十人以上はいるだろう。数的に見れば、男の方が圧倒的に不利だ。
男が足を一歩踏み出す。
そして―――刹那、妖精たちの首が一人残らず刈り飛ばされた。
「……おいおい」
本当に刹那。男が足を踏み出した次の瞬間には全ての妖精たちは頭と体を分離させられていたのだ。同時男は妖精全員を通り過ぎていた。
なにがあったのかは単純だろう。一歩踏み出し、加速し、手刀を首に叩きこむ。
それだけ。それだけであろうが――行われた速度がふざけいてる。俺の目にもほとんど見えなかった。いや、ただ速いと言うよりも無駄が無い。首を落とすという行為を極限にまで付きつめた最適行動。
背筋凍る。悪寒が走る。怖気が止まらない。
動きがどうこうではなく、そんな行為を実現してしまう男への本能的な恐怖が湧きあがる。
首を無くしたポリゴンの肉体が砕け、赤い炎となって広場に浮遊していた。
電脳世界なのは確からしい。首を落とされても血が吹き出ずに全身消失しているのだ。フルダイブして実は全く別世界というわけではないらしい。
だが、そんなことに安心する間もなく。
「……あ」
男に目があった。いやデスマスクで覆われているから目が合うというのはおかしいが確実に認識され、
「**、******」
「は?」
聞きとる事の出来ない音の羅列に驚くと同時に、
「*、*****」
俺の首に男の手刀が叩き込まれた。
●
「ッッーーーーー!!」
ソレを回避できたのは奇跡だった。直前に妖精どもの首が断たれていたのを見ていなかったら絶対に避けれなかった。俺自身見切りが得意だったというのもあっただろう。無様な、回避行動と言うよりもただ転倒に等しい動きだったが、
それでも、奇跡的に断頭の一閃を回避した。即殺の一撃を受けずに済んだ。
鳥肌が立ちまくり、冷や汗が止まらないが、構わずに距離を取る。広場の真ん中まで一足飛びで後退し、自分の首に手を当てる。避けたとはいえ、一瞬自分の首が断たれるヴィジョンを幻想した。それほどの殺気と殺意、断頭の理。
「なんだっ、お前!」
その姿にも、その在り方にも、この現状にも。意味不明すぎる。草原行くはずがなんでこんなのに殺されかけてんだ。
だが、
「***、**」
聞き取れない。ノイズにしか聞こえない。俺に何かを聞いているという雰囲気はわかるがしかし、理解できない。言葉から意思疎通という概念が消え去っている。
それはつまり、言葉の意味を為していない。
それはつまり、コミュニケーション不可能ということだ。
「まじかー」
コレは拙い。何が拙いって、目の前の男は、
「***************? ……***** **********」
勝手に自己完結し、自嘲するようになにか言っているが殺意を失わせていない。
だから、
「やられるままってわけにはいかねぇよな」
拳を握る。
右拳は顔の前に、左拳は腰だめに。両足を腰を落として軽く沈ませる。一番単純な構えだが、最も慣れ親しんだモノだ。
息を吸い、吐く。意識を戦闘に切り替える。
この男がどういうつもりかはわからないが、それでも一瞬でも気を抜けば首を落とされる事は間違いない。
「だからと言って殺されるつもりもないぜ」
全身に気を浸透させ、筋肉がギチリギチリと音を立てて強化されていくのを感じる。シャーロックとの相対を経て、通常の気の強化も効率はかなり上がっている。纏うのではなく、全身にしみ込ませる。かつては瑠璃神モードにならなければできなかった芸当を素で行うのだ。
今さっき回避中に気付いたが、身に纏うのは武偵高の制服でも、直前に来ていた部屋着でもない。
蒼の着流しと袴。胸の十字傷を露出させた俺の戦装束。なるほど自らのイメージが反映されるというのは納得だ。
すなわち万全。ここがどこであろうと、拳を構え敵がいる以上やることは変わらない。
「『拳士最強』那須蒼一。推して、参るッ!」
「*、*****」
●
瞬発は同時だった。先ほどは不意を突かれ出遅れたが、今度は違う。真正面から相対すらなら遅れを取るつもりはない。五十人が優に集まれる広場の半分を俺もコイツも一瞬で距離を詰めた。
拳を放つ――のではなく。首に叩きこまれる手刀を捌きに行く。コイツが首を落とすのに異常な執着があるのは明らかだ。確かに殺人術としてなら首を落とすならば最適であり最速だろうが、ここまで執拗に狙ってくるのだから多分趣味かなにかだろう。
高速の手刀だが、
終着点が分っていれば捌くのは容易い。
手刀の振り始めと同時に頭を下げ、振られた手刀には真下から俺の拳を当てて軌道をずらす。そうして懐に潜り込み、
「っ!」
倍以上の速度の逆の手刀が刺突となって首へぶち込まれた。
もうこれは呪いかなにかで制約がないんだったら絶対趣味だろ。
ともあれ焦らない。
だからさらに沈む。地面に這いつくばるように身体を沈め、地面に手を付け、それを支点とし、
「疾ッ」
スライディングキック。男の足首を狙ったが、軽い跳躍の動きで回避される。
地面を滑る俺と中空で停滞する男と一瞬、デスマスク越しに目が合い。
男の右蹴りが俺の首へ。
蹴撃ではなく足刀。ムカつく事に長い足が宙空であるのにも関わらず馬鹿げた速度で振られる。
「もうやだなにこの妖怪」
体勢が悪過ぎて避けられなかった。
右腕でガードするが、
「グッーー!」
耐えきれずにぶっ飛んだ。
●
なんだコイツは。
今しがた蹴り飛ばし何度も地面をバンウドして吹き飛んだ少年を見て最上明広は疑問を抱く。吹き飛ばされ少年は土煙から復帰してこない。デスマスクに覆われているとはいえ聖遺物の使途としては視界の有無はさほど関係がなかった。
世界樹の番人として、来るべき戦友を待つために世界樹の前を陣取っていた彼には当然ながら、ALOの各領地から偵察隊が送られていた。だが、彼の目的のためにも通すわけにはいかず、全ての首を落としていたら突然現れたのがこの真っ青な少年だった。
人のことを言えないが、西洋ファンタジー風のALOにおいてそぐわぬ純和風のいでたち。髪や瞳は僅かに蒼いがウンディーネという訳でもないだろう。
「……NPCか?」
いや、それもまた違う。
言語はどいうわけか別世界のもののように通じないが、しかし身ぶりからは人間身が伝わってくる。
それに魂の輝きを見れば分る。
この蒼い少年は
だから人間なのは間違いないだろうが、単なるALOプレイヤーでもないだろう。僅か数手であってもその体術レベルかこれまで首を落としてきた他のプレイヤーからかけ離れていることがわかる。ALOのトッププレイヤーだとしても、何の力も使わずに素の能力で首を立てる。
だが、一刀目は回避され、二刀目はあまつさえ懐に潜り込まれた。
三撃目の刺突も――活動を発動したにもかかわらず対処され、反撃された。
軽く見積もってもベイ以上マキナ以下。見た目通りの年齢ならば驚異的な練度。SAO時代のキリトは軽く超越している。
『永劫破壊』を宿しているようにも、なんらかの聖遺物を持っているわけでもないだろう。
端的に言って未知だった。
おかしい。あり得ない。SAOから未だ終わらぬ茶番劇の幕を引くためにこのALOで他ならぬ明広が台本を描いた。慣れぬし、柄じゃないと分っていたが、それでも台本通りにことは進んでいる。明後日には戦友たる黒の少年は辿りつくだろう。
だがこの蒼の少年のことは知らない。この妖精郷において彼のような役は配置していない。
ならば、
「メルクリウス……」
あの水銀の王の仕業か。あの詐欺師めいた男がなにを企んでいるかは明広でも読めない。先読みするだけで無駄だ。
「……結局お前が何であろうと同じ事だ」
そう、やることは変わらない。やらねばならぬことがある。
ここは誰も通さない。
「だから死ね」
土煙りが晴れ、それでも未だ健在であり拳を構える蒼に言い放った。
「――――」
その両拳に宿る光に驚愕を滲ませても。
●
「―――」
男が何かに、確実に動揺した。ソレは奴にとっては隙であり、俺にとっては好機だ。
全身に回す気を強める。それだけではなく。那須蒼一に宿る瑠璃色金の力もだ。
イロカネ。心と繋がる金属。かつてシャーロックはそういった。つまりはフィジカル面だけではなくメンタル面からでも引き出せる力を増すことができる。
「あぁ、そうだ。アンタがなんであろうと、ここがどこであろうと」
言葉は俺が気付かぬうちに男と被っていた。
俺は負けない、俺は強い。この身の求道に曇りはない。互いに素手同士、『拳士最強』として負けは許されない。想いを、誇りを、矜持を、意志を強める。
ただ生命力だけを運動エネルギーに変えるのではなく、心の力を現実のモノとして行く。肉体に浸透させ、全身が微かに淡く、蒼く発光している。
「スゥーハァー」
息を吸い吐く。
そして、
「ッーー!」
行く。
速度は音速。男の驚愕により生じた僅かな意識の隙を狙う。
ぶち込む。
音速の加速を乗せた一撃。
だが、
「――!」
「だよなぁ!」
避けられた。集中線のドど真ん中、鳩尾当たりへと右拳を叩きこんだがアホみたいな反応速度で後退していた。
咄嗟の動きだった。迎撃するのでも防御するのでもなくまず回避を選んだのならそれだけこの拳は脅威だったということ。
「おおッーー!」
だから畳みかける。
地面のを砕きながら、震脚を連続し拳の射出と連動させる。小細工は無し。そんなものはコイツには通じない。
だから、拳を振りかぶり、射出し、ぶち抜く。
ただそれだけの基本の動きをひたすらに繰り返す。。
「**ーー」
それでもこの真紅の男には決定打になりえない。俺の拳撃を全て回避するか、手刀で捌ききっている。敵ながら見事と言うほかない。俺の知っている限りでもシャーロックか握拳裂くらいだ。
つまりは人外クラス。
欠片の隙が致命を生む。僅かでもしくじれば首が飛ぶ。気とイロカネによる強化を全開にしても真紅の処刑人と同等がやっと。まだ隠しているものもあるだろう。
ああ、つまり。
「何時も通り、だなァーー!」
相手が自分よりも強いとか、劣勢とか俺にとっては当たり前のこと。落ちこぼれは伊達じゃない。
「ーーッ」
ぶち込んだ拳は最早音速を超えている。
「オォッーー!」
そしてこれまで最速の一撃を男の胸へと叩き込む。手刀の迎撃も回避も間に合わせない。
取った、とそう確信し、
「――**」
なにかの言葉共に男の手が動く。
「な……!」」
時間の感覚が狂う。確実に俺の拳の方が速いにも関わらず、男の手が顔の延びるほうが早い。デスマスクに触れ、
目元が露わになるも、真紅の髪ではっきりとは見えない。
だが、それだけで、
「――――」
時間が止まった。
●
比喩でもなんでもなく時間が止まる。
「ク、ガ、アッ」
那須蒼一という存在の時間が切り刻まれ、凍らされていく。まず止まったの拳を放った右腕。次いで左腕。さらには胴へと下がっていく。
「ん、なろォ……!」
足はまだ動いた。だから、
「こなくそぉーー!」
空間に固定された上半身を棄てて、無理矢理振りあげた。悪あがき。攻撃とも言えない動き。無様で、我ながら情けない蹴りだ。力もなにもない。こんなもの当たってもなにも起きない。そんな程度なのに、
「――え?」
ピシリと、何かに亀裂が入った。音の出所は無様に蹴りあげた足が当たった男の腹。常人でさえ受け止められそうな蹴りであるにも関わらず男の肉体には亀裂が生まれていた。
しかしそれを、
真紅はまったく顧みず、いつの間にか手にしてた刀を首へと振っていた。
「――――」
停止の波動は無くならない。むしろさらに強まり、全身を凍らせ、首まで上がってきている。
いや、刀でも剣もない。これは鎌だ。斬首の処刑刃。命を、首を狩る事に特化したデスサイス。見るだけで本能的な恐怖感と嫌悪感が湧き上がった。
それが叩き込まれる。
――でも俺にはそんなことはどうでもよくて。
処刑刃が振られる中で、始めてこの男の目を見た。
それは見憶えのある目だった。
嫌というほど知っている目だった。
俺が何よりも嫌いな目だった。
「*、*****」
そして、斬首の宣告と共に。
処刑刃が――
「!?」
空振りした。
●
目があった瞬間には、俺の身体は変生を終了させていた。
超強化された身体能力にて断頭の一閃をくぐり抜ける。
黒かった髪は蒼く染まり、肩まで伸びていく。露出した上半身には幾何学的な蒼い模様がはしり、胸の十字傷も蒼く染まる。瞳はさらに爛々と輝く蒼に。あらゆる気もイロカネの強化も最早燐光とはならず、刺青として顕現し、体内で一切の無駄なく循環させる。
「――『瑠璃神之通理』」
瑠璃色金の護り手、イロカネの巫女のと心を通わせた守護者。森羅万象あらゆる災厄より巫女を護る益荒男。
緋緋色金が司るのは激しさと不条理であり、この瑠璃色金は――静かさと道理を司る。
――俺は俺とレキが共にいられない道理なんて認めない。
それが俺の願い、祈り、渇望。それを元に発現する力はあらゆる異能の無効化。
普通、特別、異常、過負荷、悪平等、言葉遣い。なんであろうと関係ない。立ちふさがる全てを認めない。
それはこの真紅の処刑人とて変わらない。
あぁ、そしてそれ以上に、
「その目が、気に食わない。それは俺が一番嫌いなんだよ」
刃をくぐり抜け、そのまま距離を取り向き直る。大体十メートル、俺とコイツならば刹那あれば縮められる距離。
だが、敢えて拳を握らず棒立ちのまま、
「お前死ぬ気どころじゃない。自分が死ぬ前提だろう」
最初見た時、まるで死にかけているように見えた。でもそれは誤りだったのだ。
コイツは掛け値なしに死にかけだ。あんな無様な蹴りで亀裂が入ったのがいい証拠。
何より、目だ。
握拳裂やシャーロック・ホームズとまったく同じ目。かつての那須遙歌良く似た目。
その目のせいで、今日初めて会った縁もゆかりもない男の魂がわかる。
わかってしまう。
「後に繋ごう。新世界は任せた。これは始まりに過ぎぬから、俺を殺さなければ前に進めないから。だから殺せ。疾走しろ。魂を燃焼させ、この身をいつかへの礎にしろ」
なぁ、そうだろう。
握拳裂は俺とレキに、シャーロック・ホームズはキンジとアリアに。そう求めて、ぶつかり合った。殺し合った。
遙歌は化け物と言われたその身が恨めしくて、悲しくて、苦しくて、居場所がなくて死にたがった。自分を殺せば兄はもっと強くなれると信じて。
お前もそうだろう。かつて殴り合った握拳裂とシャーロックと同じだ。
行き先は俺の知らない誰かだろうけど、きっと自分の命を投げ捨てても信じ預けられる戦友がいて、なにがあっても成し遂げたい、成し遂げなければならないことがあるのだろう。
それだけの意思、狂気の域にまで至った愛。
それは誰にも穢すことに出来ない輝き、それに疑問を持つ事も悔む事も、託された側には出来ない。
なぜならばそれが繋げてくれた先人を穢すことに他ならないから。
でも――
「なんでだっ……! 死んだら悲しいんだよ、苦しいんだよ、泣きたく、なるんだよ……!」
それでも言わずにはいられない。かつてレキに誓った。何があっても俺が俺であるように戦うと。
だから言う。どうせ今日初めてあった奴だ。お互いの物語においてエキストラでしかない。何千、何万、何億分の一の確立で交叉したのだ。
言ってみれば無関係。今後繋がるとも思えない。
だから好き勝手言わせてもらう。これが子供染みたガキの我が儘だとしても。
死にぞこないどころではない、生き損なっている男に。
「ふざけやがって、残される奴も考えろよ! 自分から断崖走りだてんじゃねぇぞ!」
●
「……」
目の前の蒼がなにを言っているのかは解らない。
それでも理解はできる。その魂の叫びが明広には見えていた。
怒りと、そして悲しみ。まるで子供のような叫び。
どうして始めて出逢った彼が自分に対して、そんな感情を抱いているのかはわからない。なにせ、この少年は全くの未知だ。名前も、言葉も。人生も、生き様もなにもわからない。
でもその魂は本物だ。輝いてる。
だから明広も、通じないと分っていても言葉を吐く。
「俺が気にいらないか? そうだろうな。自分でも今の俺は柄じゃないという自覚はある。だが、どうした。やらなければならないことがある、だから命を掛けるそれだけのことだ。悪いが配役すらない者には退場願おう」
そうして、言葉と共に明広の背から八枚の刃の翼が生まれる。刹那の残滓ではなく明広自身に遺された力だ。先ほどは必殺を期すために思わず刹那の残滓を使ってしまったが、アレはもう使えない。だから使うのはこの身。死にかけに、死ぬことを前提とした身体。
広がる刃根に特殊な力はないが、その威力は破格を誇る。
●
「――来いよエキストラ! その魂の輝きを俺に見せてみろ!」
「――黙れよ生き損ない! 絶対止めてやるから生きやがれ!」
●
「オオッーー!!」
先に動きたのは蒼一だった。
明広が刹那の残滓を使わない以上、超音速で疾走する蒼一に速度のアドバンテージはある。全身を怒りに燃やしてるが、それで動きや判断力が鈍るわけではない。むしろそれらの感情も全てイロカネが蒼一の肉体の強化を施す。
だが、
「舞えよ――」
明広の刃根が鳴動し、主の命を受け羽ばたく。空気を切り裂きながら蒼一へと疾走する。それにはもう停止の理は無いにしろ、斬首のソレは健在だ。首に離れたら、いかにイロカネで強化されようと、あらゆる異能を無効化しようとその断頭の呪いは避けるころはできない。
一本一本が自在に伸縮し、複雑怪奇に乱れ合うギロチンに対し
「――――」
全てを紙一重で回避する。薄皮一枚、間一髪。攻撃判定ギリギリの所で避けきる。
瑠璃神モードの恩恵である見切りだ。空気の流れ、直感、相手の動き、視線。それら全てを使って限界スレスレで見切り回避するソレは最早限定的な未来予知に等しい。
「――――乾坤一蒼」
刃根の全てを回避しきり、その動きすらも加速への連動とし放ったのは那須蒼一の奥義。その第一。ただ加速しぶん殴るというそれだけの行為。
それゆえに強力だ。
音の壁を破壊し、完全に置き去りにした一撃。
それを、
「その程度か」
何時の間にか引き戻していた刃根を楯にすることで防ぐ。八枚の内五枚は破壊した。二枚にも亀裂が入っている。だがそれでも最後の一枚は残っているし、明広本人は無傷だ。
「だったらぁッ!」
逆の拳を叩きこむ、加速が無くとも亀裂の入った残りには十分だ。
砕けた、だが。
「遅いな」
「なッーー!」
先に砕いたはず五枚が再生していた。いやそれだけではなく、今砕いた二枚も即座に修復している。
「ほうら、これならどうだ?」
刃根が瞬発し、大地へと突きささる。
「なにを……」
「咲き誇れ――」
瞬間、膨大な量に増加した刃根が地面から湧き上がった。明広の言葉通り、世界樹前の広場にギロチンの華が咲く。
「そんなのアリかーー!」
蒼一にできる事は跳躍のみ。事前動作無しの大跳躍にて一気に数十メートルを跳ぶ。世界樹の表皮へ跳ぶが、
「逃がすと思うか?」
刃根はさらに伸縮し、蒼一を追う。百本近い赤銅の刃。空中に逃げ道など無く、ALOプレイヤーでもない蒼一に飛行はできない。
だから、
「――――天蒼行空」
上半身の捻じりを遣い、足場の無い空中にて暴風を纏った張り手をぶちまける。大質量の風の塊が刃根の尽くを破壊していく。
「なにっ……!」
さすがの明広も目をむく。ギロチンの咲き誇りも対処されると思ったがしかし全て破壊されるのは想定外だ。
そして破壊された刃根の断片が空を覆い、
それらを目隠しにした蒼一が明広の懐に入り込んでいた。
「ッ――――!」
驚愕の息が漏れる。
いくら目隠しを受けたとはいえ、それに弱体化しているとはいえまったく気付けなかったというのはあり得ない。
――強さには二種類ある。
派手な強さと静かな強さ。分りやすい強さと分り難い強さ。見れば分る強さと見ても分らない強さ。明広は前者であり、蒼一は後者だ。
極限まで収斂された蒼一の気、そして心意は体外には僅かも漏らすことが無い。
故に一度視界から外れ、自ら気配を消した。だからこその隠行。
真紅と瑠璃の影が重なり、
「――――蒼和雷同」
蒼一の手が伸びて明広の胸倉を掴み、
「オオッ!!」
ぶん投げる。
「グ……!」
一息で世界樹の広場から飛ばされた。数十メートル吹き飛びアルンの市街地へと落ちるも、地面と激突する前にギロチンを地面や家屋に突き刺すことで衝撃を殺して着地する。
「やるッ……!」
今のは完全に明広の油断だった。まだまだ未熟と内心苦笑しながらも、
「ならば――いいだろう」
浮かんだ笑みは己の不覚さ笑うものではなく、むき出しの口角が釣り上がった好戦的な笑み。
「アイツらに使う前に試させてもらう」
ギロチンが再び地面に突き刺さり、次々と湧き上がる。数は先ほどの比では無く、アルンの半分をも占めていた。
「ッーー!」
だが、一度見た。例え規模が跳ねあがっても、現象そのものは変わらない。だから停止と加速を繰り返し、ギロチンから逃れる。だがそれを追うように湧き出る刃は数を増やし、それだけではなく、
「The Killer og Giant―――」
巨人殺しよ―――
紡がれたのはただの言葉ではなく詠唱、祝詞だった。その事に気付くが、蒼一の逃げ場は変わらず空のみ。だから、周囲のギロチンを砕きながら跳躍する。
だが、
「Killer of Goliath the Sling of David―――」
ゴリアテ殺し、ダビデの投石
ギロチンが大地を砕き巨大な岩塊となって吹きあがる。刹那の残滓を用いておらず岩塊に停止の概念を付与しているわけではないがそれでも巨大な岩塊はそれだけで決殺の凶器だ。
「ハッ! こういうのは経験済みなんだよ!」
わずかでも足を踏み外せばミンチになるのにも関わらず、迫る岩塊を足場として跳躍する。かつて那須遙歌との兄妹喧嘩の時も崩壊した豪華客船を足場にした経験があるから、この程度容易い。
「だろうな、この程度で終わられても興ざめだ」
故に明広はさらなるギロチンを繰り出す。岩塊を足場に大地へと戻っている蒼一、その真下に。一度地面に突き刺し数を増やすことによって串刺しを狙う。
「上等」
それに対し蒼一は加速をした、岩塊が崩壊するほどの力で蹴り、時には空中すら蹴って加速の糧とする。
真下には蒼一を串刺しにせんとするギロチンがあるが――――
「――――支蒼滅裂」
超加速プラス重力による大震脚で纏めて破壊しつくした。いやそれだけではなく、大震脚により局地的な地震が起き、残っていたアルンの建造物を破壊し尽くす。もうすでにアルンは廃都でありノーマルプレイヤーはすでにゲーム的な死を迎えている。
だが今さら二人がそんなことに構うわけがない。
「おおおおおお!!」
「はあああああ!!」
崩壊した大地を駆ける。ALOにて最盛と栄華を誇った都市は面影もなく、真紅と瑠璃の戦場にすぎない。どちらも崩れた瓦礫に足を取られるような愚は犯さない、足を取られ前に粉砕して全身する。
「舞え、死の風よーー!」
ギロチンが振われ、斬撃が数千にまで分岐していく。そして生じるのは死の颶風。蒼一を中心に空間ごと切り刻むように斬撃の結界が展開されていく。
広範囲に及ぶそれを回避することはできない。実にこれまでの戦闘にて始めてのまともな当たり。どちらもガードするか捌いていたから、諸に喰らったのはコレが始めてだ。
蒼一の着流しを微塵にし、身体を切り刻むが、
「お前よりは、マシだろぉ!」
いくら肉体を切り刻まれても、今にも崩壊してもおかしくない明広よりもマシだ。
だから怯むことなく斬撃の結界を疾走して脱出し、
「――――蒼刀開眼」
鋭く、鋭く、鋭く、ただ鋭く研ぎ澄まされた手刀を明広へと放ち、
「ハァァッッ!」
処刑刀と拮抗する。
同時、
「――――翠蒼縛鎖」
「奔れ、狂いの刃」
蒼一は明広の間接を破壊しようとする貫手、明広は全身をひき肉にしようとするギロチンの奔流。
どちらも技後硬直を狙った攻撃であり、しかし同じ狙いであるが故に
「――――!」
蒼一は爪が砕け、明広は八刀が全て砕ける。相撃ちだ。
「フ、ハハハハ! あぁ、いいぞ、やるな。どうだ、まだ行けるだろう?」
「笑ってんじゃねーーッ!」
明広の顔には笑みが浮かび、蒼一の顔には怒りが滲む。
「ざけんな! 死にかけて笑うとかマゾかてめぇ!」
「やっぱ策考えるよりもこうやって殴り合う方が楽しいよなぁーー!」
八本のギロチンと二本の腕と二本の足。八対四であり、真っ向からぶつかり合えば当然ながら数が劣る蒼一の方が不利だ。事実蒼一はギロチンは砕けても明広には傷を与えておらず、蒼一自身は裂傷が次々に増えている。
「それでも、お前の方が死にかけじゃねえか……!」
「輝いてるなぁお前! いいなぁ、やっぱ生きてるってのはいいなぁ!」
蒼一が前蹴りを放つ、大気をぶち抜く超音速のそれを明広はギロチンの全てで防御する。全てが砕けるが、即座に修復させ、
「なんだよお前、なんでこんなに強いのに……なんで諦めてんだよ!」
「なんだよお前、どっから出てきたんだよ、もっと早く顔出しとけよ!」
明広がギロチンを格子上に刃を振れば、蒼一がクロスさせて両腕、否十爪を振り抜く。
「惚れた女いねぇのかよ……! 抱きしめたい、一緒に生きていきたいって思う女は! 肩を並べられる戦友は、同じ所目指してる仲間は!」
「あぁ、いい男だなおい。なぁ、お前にはいるか? 惚れた女は、戦友は、仲間はよォ!」
八枚のギロチンが束ねられる。長大な一刀となりながらも横一文字に振われ、蒼一が全身を回転させた回し蹴りが砕く。右足を砕かれた破片が傷つけるが、
「いるよなぁ! 死んでも後を託せるやつがいるんだから! ――ならなんで一緒に生きようとしないんだ!」
「いるよな? 分るよ。大事なモノをお前は知っているだろう、命の尊さを、生の儚さを――魂が輝くことの意味を」
蒼一が加速しかけ、止まる。フェイントを掛けながら停止し一回転。振り向きざまに手刀を放ち、さらに本命の貫手を射出する。五枚のギロチンが貫かれるが、三枚の刃が巻き付き腕を引き裂く。
「死ねばカッコイイとか思うな! 死に様で魅せようとするな! 生き恥晒してでも生きろよ!」
「お前みたいなのいるならば悪くない。きっとアイツらも、輝けるはずだ」
ギロチンが蒼一を中心に展開される。ギロチンの檻。それは明広が手を握り絞めると同時に集束していくが蒼一は無理矢理身体をぶつけることで破壊した。
「辛いんだよ、残された方は……っ。そりゃあ、背負っていかないけどさぁ、胸張って前進まなきゃいけないって分ってるけど……辛いものは辛いんだ……!」
「ハハハ……礼を言うよ。正直不安だったんだ。こういう裏工作はどうにも性に合わないからな。来ると分かっていても、アイツら自身がどうなるのかは、さ」
突然蒼一の足元からギロチンが生える。数が増殖しているわけではないが、それゆえに明広の意思をそのまま受けているから鋭さは段違い。だが、だからこそ、蒼一はその流れを読み切り、己のモノとしてカウンターで粉砕する。
「なんで分んないんだよォーーーー!」
「もう憂いはない。あとはアイツら次第であり、俺を超越してくれると信じているから」
拳を叩きつける。一回ではなく連続で。僅か一瞬に両腕を連続させ拳撃の瀑布とする。一撃一撃がギロチンを砕くが、すぐに修復されていく。だから、届かない。
「くそ、くそ、くっそおおおおお!」
「は、はは、ははははははははっ!」
決して――二人は想いは噛みあわない。当然だ。身振りや表情、魂を見ても大雑把にしか伝わらない。
蒼一は自分の言葉が届かないことしかわからない。
明広はそんな蒼一の輝きに満足している。
分っていた。蒼一と明広の間に縁はない。だからどれだけ叫んでも、咆えても、例え言葉と通じても届かない。明広に言葉を届ける役目を持つのは彼と繋がる誰かなのだ。
所詮は泡沫の夢、夢幻の邂逅。刹那交わってしまっただけにすぎない。
それでも、それでも諦めきれないのが那須蒼一だ。
それでも、そんな足掻きを愛おしく思うのが最上明広だ。
「華の命は散るからこそ美しいんだぜ。分るか?」
「だから何言ってるかわかんねぇンだよォーー!」
そして――――刹那に終焉がもたらせる。
蒼一は右の拳を腰だめに構える。
明広は処刑刃を眼前の構える。
蒼一のそれは無謬の拳撃。ただ拳撃という概念を極限にまで突き詰めた一撃。
明広のそれは無謬の斬首。ただ斬首という概念を極限にまで突き詰めた一閃。
それは放たれたら確実に当たる。
それは当たれば確実に斬首する。
「――――真・天下無蒼」
「首、置いていけ」
●
拳と刃が交叉する。どちらが当たっても、どちらも致命の一撃。斬首の呪いは言うまでもなく、零拍子の拳は今の明広では確実に死ぬ。
「――あぁ、すまない」
極限状態の中突然明広が蒼一に謝った。言葉は通じていない、だがしかし、謝罪という気配は伝わってくる。
その事にほんのわずかな疑問を持ったと同時に、
「ここではまだ、終われないんだ」
「――――ッ」
蒼一の時が止められた。光速以上の攻防の中で発動した刹那の残滓。無論それはホンの僅かな、断片にすぎないし、『瑠璃神之道理』を発動している蒼一にはそれこそ刹那の束縛にしかならない。
――――だが、この領域においてはそれは十分に勝敗を決定づけるのに足るものだった。
「くっそ……!」
本来なら光速にまで高められ、放ったと同時に終わっている拳撃も一瞬でも止められたのなら、その一瞬の遅れを取る。
故に、
「――俺の勝ちだ」
断頭の処刑刃は蒼の一撃を超え、
「次は、負けない……!」
「次があったらな」
あっさりと、最上明広の刃は那須蒼一の首を断ちきった。
●
「――――」
目を開けた。目に入るのは見慣れた天井だが、やたら黒い。いや、目をバイザーかなんかで覆ってるのかとか、ぼんやりと思い、
「っーーーー!」
「っ!」
「ひゃ!」
跳ね起きた。聞きなれた、しかし妙に慌てた声が気がするが、まずする事は、
「く、く、くくくびくびびびび」
首と胴体が繋がっているかを確認する。両手で自分の首をなんでも摩り、繋がっていることを確認する。
「ちょ、兄さん!?」
「これは……まさか万が一が起きましたか……?」
「……あ、ああ、いや大丈夫だよ、うん」
息を荒げながらも、心配げな声に応えながらヘッドギアを外した。
僅かに視界が霞むが、それでもこの二人の姿を見間違える事はない。
レキと遙歌、恋人と妹。
「大丈夫ですか、兄さん……?」
「ああ、まあな。大丈夫だって、ちょっと変な感じというか違和感がするだけで」
「ほん、とうですか?」
僅かにシュンとしたレキが不安げに聞いてくる。さすがに跳び起きていきなり首触りだした心配になるか。
「大丈夫だって、信じろよ」
「はい……」
頭をなでる。それで不安が解消されればいいと思うし、何気に俺も癒される。
「……そ、それで、どうだったんですか? フルダイブ」
「あー……」
「あ、ちょ、蒼一さん」
撫でてたら物足りなくなったので抱きしめておく。若干の抵抗があったが正直気にしてられない。
「そうだな、失敗だと思うぞ」
「はぁ……」
「なんか妖怪と遭遇して首飛ばされた」
「はぁ!?」
遙歌が声を張り上げてるが、まぁそれは置いておいて抱きしめたレキの首筋に顔を埋める。
「んっ……やはりなにかありましたか?」
「別にぃ、ちょっと妖怪に遭遇しただけだって」
「それちょっとですか?」
確かに、尋常のことでは無かっただろう。
明らかにおかしいことばかりだった。
草原と聞いていたのに、気付いたらファンタジー世界だった。
そんな世界で軍服の妖怪に遭遇した。
妖怪は首フェチだった。
やたら痛みとか流血表現がリアルだった。
妖怪は首落とすのが趣味だった。
妖怪首置いていけだった。
「……蒼一さん? な、なんだか震えてますよ」
「……大丈夫だって、うん。でもちょっとこのままで頼むよ」
「それは構いませんが」
レキの温もりをしっかりと味わいながら思うのはあの真紅の男。終ぞ言葉は通じず、名前も分らなかった。
結局アイツはどうなったのだろう。
アイツ自身の望み通り死んで、誰かに何かを託したのだろうか。
わからない。
俺とアイツの接触はあくまでも夢幻の邂逅だ。この先再び出逢えるとも思えない。あの生き損ないの末路を確かめる術は俺には無い。
ただそれでも。
生きてくれればいいと、思うのだ。
「次会ったらあのすかした女顔ぶん殴ってやる」
●
「……」
荒廃したアルンにて明広は一人歩みを進めていた。すでに処刑刃は手に無く、背の刃根も消えている。目元もデスマスクが再び覆われていた。
瓦礫の道を進む足取りはかなりおぼつかない。先ほどまで、一つの都市を壊滅させた男の片割れとは思えない危なさだった。
「っ……」
瓦礫に足を取られてバランスを崩した。ホンの数分前までは躓く瓦礫ごと破壊してたが、今はあっけなく転びかけ、
「随分楽しそうだったね、最上君」
「……先輩」
いつの間にか現れた少女が明広の身体を支えていた。
白い巫女装束にセミロングの銀髪のスレンダーな少女。デスマスクで視界が封じられているとはいえ、間違えようもない、
明広の学生時代の先輩である氷室玲愛だ。
支えるというよりも、半ば抱きしめながら、
「どうするのコレ、街崩壊しちゃってるけど。遊佐君たち来るのまちきれなくなっちゃった?」
「ははは……すいません。街はとりあえずシュピーネさんになんとかしてもらいますよ……ただ」
「ただ?」
「面白いやつに出会えました」
「へぇ」
玲愛の抱擁から抜けだし、自分の足で立つ。玲愛が不満そうにしているのは見て見ぬふり。
「全然知らないし、どういうわけか言葉も通じなかったけど……輝いてるやつでしたよ」
「……ふうん。ねぇ、それって」
「いや、アレは関係ないと思いますよ。それをまず最初に考えましたけど、何の意味もないですし」
いや、本当はあの詐欺師の手引きかもしれないがあの蒼い少年からは、アレに介入されたもの独特の毒を感じなかった。完全に無関係とは言いきれないが、基本的には無関係だろう。多分。
「でも、ま。いい経験になりましたよ……って、なんですかその目は」
「別に」
玲愛の目がかなり冷たかった。半目で据わっている。
「……ほんと男の子って嫌になるね。言葉も通じなくて、始めて会ったのに分り合えるとか。ねぇ、君。やっぱりアレなの? ウホなの? オホモダチ募集してるの? こんな超絶美少女放っておいて」
「んなわけないですよ……それに分り合ってませんし。平行線、でした」
「あっそ」
明らかに不機嫌だった。正直結構力使って消耗したので支えてくれると嬉しかったのだが。自分からはとてもじゃないか言えないし。
「ほら、早く戻るよ。遊佐君や例の男の子、チンピラ中尉倒して頑固頭引き連れるらしいし」
「はいはい……」
――――そして。この二日後に最上明広は落命し、それを機に現行ALO史上最大にして最後の戦いが、怒りの日その前哨戦の幕が上がるのだ。