落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 番外編まとめ 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「……」
意識が淡く覚醒し、重い瞼を開けるだけでも苦労する。朝起きてすぐの感覚の感覚の最悪のような気分。全身から伝わるのは優しさと温もりで、危険はないのはわかる。体は重く、わずかに動かすだけでも辛い。
でもそれは私には慣れたもの。
力が入らなくて、身体は重い。そういう時はとりあえず回復を待つ。私みたいな肉体的にか弱い少女にはそれくらいしかない。
しばらく時間をおいて、最低限回復して、
「っ……」
なんとか起き上がる。
動いた拍子に一際辛い頭痛。いや、頭痛だけではなくて思いつくかぎりの体調不良がある。体の中をナニカが蹂躙する感覚。これまで感じてきたのは少し毛色が違うので微妙に辛い。
辛い身体で周囲を見回せば見慣れた保健室だ。
「起きましたか、カレン先輩」
「……サク、ラ」
現れたのは紫髪の白衣の少女。マスターの体調管理担当NPCの間桐桜。なぜか自分のことを先輩などと呼ぶのでたまに訪れて支給品を貰ったり、面白おかしく弄ってあげたりしている。
そんな彼女が目の前に心配そうな趣でいて、私の体に軽く触れ、
「先輩の毒は私の方で治療させていただきます。イチイの毒……自然界で採れるものとしては極めて強悪なものですね。一通りの治療は終えていますけど、気を付けてくださいね」
少しずつ体の辛さが消えていく。性格では頼りない彼女だがさすがは上級AI、腕は信用できるし頼るべきだろう。それでもまだ完全に不調が回復しないのはそれだけあのアーチャーの毒は強力なのだろう。
「すまない、マスター」
アサシンが現れる。
「完全に俺の失態だよ。油断したつもりも慢心した気もなかったがそれでも隙があったようだ。本当に、すまなかった」
また初めて見るような殊勝な顔で謝ってくる。その顔そのものはしばらく眺めていたいと思うけれど、
「気にすることないわアサシン。貴方だけの責任ではない。私も貴方に任せておけばいい、という想いがあった。何が悪かったというならば私たち二人が悪かった」
だから――、
「次に生かしましょう。私も貴方も生きている。ならばまだ終わっていない……そうよね?」
「……あぁ!」
アサシンの顔に笑みが戻る。
なんというか、これまで見た彼の笑みとは違って子供っぽい笑みだった。
と、保健室に誰か入って来た。
「お客さんでしょうか」
知っている人物だった。
ブラックモア卿だ。
「……」
身構えようとするが体の動きは悪い。だがすぐにアサシンが警戒するように一歩前に。ブラックモア卿に戦意はないが、サーヴァントはアレなのだ。警戒は必要だ。
なのに彼の言葉はこちらの予想をはるかに上回った。
「イチイの矢の元になった宝具を破却した。宝具が消滅した時点でイチイの毒は消え去るだろう。身勝手な言い分だが、これを謝罪とさせてほしい」
宝具を破却。
何を言っているのか一瞬理解できなかった。隣のアサシンも一緒だ。宝具というのは英霊にとって象徴的なもので、聖杯戦争では実質的な切り札なのだ。それを謝罪代わりに破却なんてありなえない。
こちらの驚愕にはダンは構わず背後に現れていたアーチャーへと言葉を向ける
「そして失望したぞ。校内で仕掛けるばかりか毒の矢まで用いるとは。この戦場は公正なルールが敷かれている。それを破ることは人としての誇りを貶めることだ。これは国と国の戦いではない。人と人との戦いだ。畜生に落ちる必要は、もうないのだ」
静かにしかし確かな意思を以てブラックモア卿は言う。
アーチャーの行動自体はルールから外れているわけではない。むしろ決戦前に相手マスターやサーヴァントを倒せるに越したことはないのだ。当然、一回戦でもそうして勝ち上がってきたマスターもいるだろう。
それでもブラックモア卿はそれを選ばない。
「アーチャーよ。汝のマスター、ダン・ブラックモアが令呪を以て命ずる。学園側での敵マスターへの
令呪。それはマスターがマスターである証。遍くマスターは全員がそれを持っているし、私の手の甲にも存在する。単なる証ではなく三度の絶対命令権をも意味するこれは場合によってはサーヴァントの超強化に使えるいわば切り札だ。
それをこんなタイミングで使うなんて。
「はぁ!? 旦那、正気かよ……! 負けられない戦いじゃなかったのか!?」
「無論だ。わしは負けぬ。わし自身に掛けて。絶対に、当然に、勝つ。その覚悟を以てここにいる。だがアーチャーよ。貴君にまで強制するつもりはない。わしとお前の戦いは別のものだ。何言於いても勝利、などと言わん。わしは負けられぬが、貴君にとってはそうではないのだ」
「……」
諭すようなブラックモア卿の言葉にアーチャーは何も言わない。
令呪を用いてまで彼は言う。
正々堂々と戦えと。
それにアーチャーは言葉を返すことはなく霊体化して姿を消す。それを見届けてブラックモア卿は私たちへと視線を動かし、
「私のあずかり知らぬところとはいえ、君には無礼なことをした。オルテンシア嬢。君とは決戦場で正々堂々戦えることを願っている。すまなかった」
そう言って彼は去っていく。背を向けた彼は自らの従僕の宝具を使用不可にしたというにも関わらず後悔も迷いもなかった。さっき言ったように彼は自分の敗北を疑っていない。宝具の使用を禁じても、正々堂々であっても勝てると信じている。
それに彼はアリーナでの使用を禁じなかった。つまりそれは然るべき時であれば容赦なく戦うということ。
一気に色々ありすぎて困る。宝具の破却が効果を得だしたのか不調はかなり良くなった来た。
「すげぇなあの爺さん」
ぽつりとアサシンが言う。
「宝具使うの禁じて、おまけに名前まで言ってたぜ? 馬鹿だろ、狂ってる。キチガイだよキチガイ。奇襲得意の毒使いにそんなこと言うとか頭おかしいぜ」
そうやって言葉では批判しながら、アサシンは愉しそうだ。
「あぁ、愉しいね。笑えるぜ。騎士道、武士道。言い方はなんでもいいけどな、そういうのは俺は大好きなんだよ。漢の戦場ってやつだ。戦争だからそんなのは難しいと思ってけど、まさかあんなマスターがいるとはなぁ、気を付けよう主殿。宝具禁じて名前バレしても向こうは負ける気はないし、ああいう輩は逆境をものともせずに目的を達成するぜ」
言うまでもない。
もとよりこちらに有利なことはほとんどない。アサシンの固有スキルの分だけこちらが有利と言えるだろうが、マスターの性能としては圧倒的に負けている。
それにあのアーチャーだってあの毒だけが全てなわけがないだろう。
「しかし……
「そう。だったら」
言いかけて端末が鳴る。二階層にトリガーが設置されたのだ。それを確認して、
「生きに行きましょうアサシン。これから先へと進むために」
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