落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 番外編まとめ 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
そうして二回目の決戦が始まる。
ダン・ブラックモアとアーチャー――ロビン・フットとの互いの命を懸けた戦いが。
準備は済ませた。法衣を纏い、魂の改竄を行いアサシンのスキルを一つ取戻し、購買部では回復アイテムを買い込み、マイルームでは共に真名を解き明かし策を練った。トリガーもそろっている。
だからあとは心の準備だ。
カレン・オルテンシアがダン・ブラックモアを殺す覚悟がいるのだ。それは本来聖職者としてはあるまじき考えだろう。誰かのために施すのではなく、自らの為に他人を蹴落とすなど。不浄の聖女と呼ばれても仕方がないと思えるような浅ましい考えだ。
それでも私はまだ死にたくない。
死が怖いわけではない。
それでも――まだ自分は生きる理由も、戦う意味も得ていない。
それがないにもかかわらず何も為せずに死ぬのは怖い。殉教の覚悟はある、それでも犬死は嫌だ。私という存在がそんなにもとるに足りないものだなんて思いたくはない。まだ何もないから、だからそれを得たいと思う。
例え他人を殺しても。
後ろ指を指されようとも。
落ちこぼれである私はこの程度のどうしようもない願いしかないから。
「主殿、たとえアンタの願いがなんであろうと俺はアンタの味方だぜ」
そう言ってくれる従僕がいる。
だから――
「勝ちましょう、アサシン」
「もちろんだぜ主殿」
●
「来たかねカレン・オルテンシア。では――」
「フィッシュ」
何やら前口上は垂れ流し始めたダニ神父をマグダラの聖骸布で締めあげて放り棄てる。なにやら悟ったような顔をしたアサシンを連れてトリガーをはめ込んでエレベーターに乗り込む。既にブラックモア卿とアーチャーはいる。私たちが入ったと同時に動き始める。
「……」
「……」
言葉はない。元々ブラックモア卿も私も好んで話す性質ではないのだ。しばらくエレベーターの駆動音だけが響いく。
だからだろう、
「よぉ、そっちは調子どうだい落ちこぼれ?」
「絶好調だよ引きこもり。というかなんだよ、そんなに沈黙嫌いか? ぼっちマスターのアンタだったら慣れてるもんだろう」
アーチャーとアサシンが率先して言葉を交わしていた。
「オタクに言われたくないねぇマジで。俺は周囲に人がいなかっただけで、オタクはただのコミュ障だろ……って、あーそうじゃなくてたな。下につくまで暇なんだよねこれが。うちの旦那はまじめすぎて茶飲み話一つできねぇし。そっちのマスターはどうだい?」
「あーやめといた方がいいぞ。心に傷を負う」
「まじかー」
「アサシン」
「あ、すいません」
「よわっ!」
「いいんだよ、主従なんてこんなもんだよ。つかそっちなんか完全に逆だろ。役割変えてから出直して来い」
「まぁな、そうだったら楽だったよマジで。うちの旦那は潔すぎていけねぇ。英霊らしからぬ俺からしちゃあ困りもんだよ」
「漢の戦場だよ解れよ。そういうことだろう、サー・ブラックモア?」
アサシンが言葉の矛先をブラックモア卿に向ける。突然だったがそれでも驚くことなく彼は一度頷いて、
「随分と楽しそうだなアーチャーよ」
自らの従僕に視線を向ける。
「おや、そう見えますかい?」
「あぁ。戦いを前に控えながら倒すべき相手の人となりを愉しんでいる。そういう風に見えるな」
ブラックモア卿の言葉に苦笑して、
「ご明察。お喋りなのは大目に見ていただければと。なにしろ敵と話すこと自体珍しんで、ついね」
「気遣いはありがたいが今は不要だよ」
「かっー、全く旦那は潤いが足りねぇな」
交わされる二人の言葉は変わらず平行線だ。
騎士道を、戦の誉を重要視するブラックモア卿とこのアーチャーは相克している。
ロビンフットはそんなものとは無縁の存在なのだ。ロビン・フットという英霊は実在せずあるのはかつてその名を襲名してきた、その名を担って己の土地を守って来た者たちだ。そして常に劣勢にあった彼らには騎士道など皆無。
戦って勝つのではなく戦わずに勝つ。
彼らの戦いは戦う前から始まっていた。罠を張る。偽の情報を流す。毒を盛る。自ら森の足を踏み入れようとする者たちを彼は、彼らはそうやって退けてきた。だから彼は反英霊なのだ。
それでも、
「それでもアーチャーよ。今回は私の流儀に付き合ってもらうぞ」
「げ、やっぱり今回もッスか」
告げられた流儀はアーチャーのそれとは程遠いのに彼の笑みは消えない。口ではなんというとも彼から笑みは消えない。まるで焦がれるように。ブラックモア卿の在り方を笑い飛ばしながら決してないがしろにはしない。
だからこそこの二人は怖い。かみ合っていないようででかみ合っている。別方向に向か合う歯車のように。
「――けどなぁ、誰でも自分の人生を誇りを持てるわけじゃねぇって、そろそろ解ってほしんだけどねぇ……」
●
決戦場は荒廃したコロセウムのような場所だった。暗い日の当たらぬ深い海。その中央で二騎のサーヴァントは向かい合い、マスターたちは背後に控える。
「ここで決めるぞアーチャー」
「おうよ! あんな落ちこぼれコンビなんか負けるかよ!」
「否定はしないわ。だからアサシン足掻きましょう。そして」
「あぁ、勝とうぜマスター。アンタをこんなところで終わらせてたまるかよ」
交わされるは戦の前の儀式のようなもの。極限にまで空気は張りつめ、
「では戦の時間だ」
ブラックモア卿の一言で二騎は同時に動いた。
アーチャーは自らの弓に矢を番え、驚くべき速度で連射していく。毒の使用を無視して、数を重視している。それに対し、
「我が道理に反するもの遍く認めぬ……!」
アサシンの全身に蒼い光が宿る。それは包み込んだ一瞬で消失し、何も起こらない。飛来する矢は止まることない。それでもアサシンは迷わず突っ込んだ。加速し、疾走する直線軌道であるから矢を全て避けるのは不可能だ。案の定アーチャーが放ったほぼ全ての矢が命中し、
ほんのわずかな体力を削るだけでアサシンの動きを止めることはできない。
「なっ!?」
「耐久を上げたか」
その通りだ。
『瑠璃神之守護』。それは二回戦が開始してすぐに取得した彼のスキル。効果として単純な耐久強化だ。それでもだからこそ強力だ。元々魔力や状態異常に対しては強い態勢を持つアサシンが高い耐久を得る。
つまり、
「せこっ!」
「お前が言うなよ!」
アサシンの拳をアーチャーがマントで自らの体を覆うように防御する。すぐさま返しの一矢が来たが今のアサシンには雀の涙だ。
「鏡花水月!」
「がはっ!」
アサシンの掌底がアーチャーの心臓部に叩き込まれる。弾き飛ばされ追いかけ、
「アサシン!」
「っ!」
足元から棘が突出し回避させる。咄嗟の指示でアサシンは後方へ飛んだが、
「旦那……!」
「やるがいい」
さらに棘は生まれる。アサシンが着地するであろう候補をアーチャーは予測しそれに応えるためにブラックモア卿は魔力を発揮する。それによって生じたのは棘の森だ。一つ一つが鋭い刃のようで、触れれば巻き付いていく魔の棘。それが私の前やアサシンの下方に張り巡らされている。そこに落ちれば耐久を上げたとはいえ大ダメージは必須。
何をするべきか判断に刹那迷い、
「マスター!」
「っ!」
アサシンの叫びに間髪入れずに魔力を送り込んだ。確信があったわけではない。それでも相棒たる彼が名を呼んでくれた。ならばそれを信じるのだ。
そしてその信頼通り、
「宙弾き……!」
アサシンは中空を蹴って棘の森を回避する。
「なんのスキルだよそりゃ!」
「いや、アレは体術だな。敵ながら天晴」
「褒めてる場合ですか!」
棘の森を回避したアサシンへとアーチャーが弓を射るが先ほどと同じで効果は薄い。おまけに毒も使えないのだから彼らにはそれしかない。
「あぁまったく! 慣れないことをするもんじゃねぇな!」
「そういう割には顔が笑っているぞ顔のない王よ。貴殿の力はまだまだであろう」
「そうかい……んじゃまぁ」
ブラックモア卿から再び魔力が溢れだしアーチャーが自らのマントで己を包み込む。なにかしらのスキルを使う前兆だ。アサシンを飛ばし食い止めさせるが、
「無貌の王――参る」
「!?」
アーチャーの姿が消えた。
辺りを見回してもいるのは不敵に笑うブラックモア卿だけ。私には見えないだけでアサシンを見えるが彼も周囲に視線を張り巡らしているが補足できていない。
「完全透明化だ! 気配音呼吸殺気殺意、なにもかも全部消えやがった!」
透明化。つまり見えないのか。消えて、見えない。居なくなったわけではない。
だったら――!
「アサシン!」
「委細承知!」
どこからともなく飛来する矢がアサシンの体力を削る。それに構わずアサシンは左足を振り上げた。頭上にまで高く掲げ
「蒼の一撃第五番」
力の限り振り下ろす!
「支蒼滅裂ーーッッ!!」
莫大な衝撃波が決戦場を震わした。巨大な地震が起こったかのような振動。
先の『瑠璃神之守護』を習得してから二回戦の間は魂の改竄を全て筋力に振り続けた。それによってつい昨日取り戻した彼の新たなスキルだ。
『支蒼滅裂』、いわゆらない震脚。ただ強く地面を踏みしめるという行為を必殺の域にまで高めた奥義。それはマスターである私を例外として周囲を等しく蹂躙し、
「ぐうううううううう!」
「アーチャー!」
ブラックモア卿を守護したアーチャーへとぶち込まれる。なんとかガードしたようだがそれでもダメージは少なからずある。同時に透明化も消え去っていた。
「あぁ、クソ。毒使えない俺じゃあ……! 負けらんねぇっていうのに……!」
「アーチャー……? 何を……」
「あぁ? 決まってんでしょ旦那! 負けらんねぇって、アンタが言ったんじゃないか。だったら、俺はアンタのサーヴァントとして負けるわけにはいかねぇ……!」
「アサシン、畳みかけなさい!」
ブラックモア卿とアーチャーの会話を遮るようにアサシンを前に出す。漠然とした勘が、彼らに会話を続けさせてはならないと思う。状況は私たちの有利であり、相手の宝具もほぼ完封し矢もアサシンならば対処できる。それなのに悪寒が止まらない。あの主従相手に手心を加えればその瞬間に私たちの敗北が決まってしまうという確信がある……!
「勘違いすんなよ旦那! 俺は俺の目的があって、アンタにはアンタの目的がある! 何が何でも叶える必要はねぇ!? 違うね! 俺は何が何でも旦那に勝利を捧げたいんだよ……!」
それはそれまでの軽薄な青年の姿ではない。かつて、愛するもののために己を殺し、敵を殺し、何もかも犠牲にして守り続けてきた一人の英霊の姿に他ならない。血反吐を吐きながらアサシンの猛攻に耐え、時に反撃しながら、それでも諦めることなく泥にまみれながら輝く英雄。
その姿にダン・ブラックモアは目を見張る。
「……あぁ、意固地になっていたのはどちらだったのか」
静かに呟いた。
「礼を言おうロビン・フット。貴殿は紛れもなく英雄だ。だからこそ私も貴殿に勝利を捧げよう」
「はっ、いいんですかい? 騎士道から全然外れますぜ!?」
「貴殿がそれを知っているというのならば最早構うことはない」
瞬間――決戦場の地形が変形する。
「な……!?」
「主殿!」
アサシンが戻ってくる。そのわずかの間に決戦場は形を変えていく。
『ロビン・フッドはシャーウッドで立ち上がり
Robin Hood in Sherwood stood,
ずきんをかぶり、憎み、殺し、靴を履き
hooded & hated and hosed and shod.
24本の矢を手に持つ
Four and twenty arrows he bore in his hands.』
ロビン・フットの詠唱共に生まれたのは森だ。鬱蒼と茂る黒い森。私たちを囲み決戦場を完全に覆っていく。巨木が生じ一本が私の腕の周りよりも太い。頭上は木々の葉で覆い隠され周囲は暗く染まる。
『
静かな、そして厳かなダン・ブラックモアの宣誓と共にそれは完成した。
「これは……シャーウッドの森!?」
視界は完全封じられ、周囲数メートル見えない。
「拙い、さっきみたいに消えるんじゃない。完全にアイツとこの森の気配が同化してやがる……!」
「補足は?」
『無理だよお嬢ちゃん。これを発動した以上は絶対に捕まえられねぇ』
響いてくるのはアーチャーの声。
続いて、
『
『アンタらを殺すには十分だよなーー!』
叫びと共に上空から矢が飛来してくる。
「チィ!」
アサシンが私を背負いそれらを回避する。森の中で、走りにくいだろうがそれでもアサシンの動きは衰えずに真上から振る矢の範囲から抜け、
避けた先からも矢が飛んできた。
「――ああ!」
強引にアサシンが動かした。抱きかかえられていた私を庇って肩にハリネズミのように突き刺さる。
「アサシン!」
「罠、か……!」
『御名答。オタクの固有スキルも大したもんだけど、こっちだって捨てたもんじゃないぜ』
ロビン・フットの固有スキル。
対魔力D、単独行動A――そして破壊工作A。
それは罠作成の達人の証だ。戦う前勝つという彼の最後の真骨頂!
『頑張れよ拳士最強。こっちは容赦なくお前さんのマスターを狙うぜ』
「つかまってろマスター!」
アーチャーのマスターに構わずアサシンは走り出す。すぐに周囲から矢が飛んでくる。一歩踏み出すごとに各方向から数十本の矢が一度に飛んでくる。先ほどまでは対したダメージでもなかったそれらは森の発生によって威力を増し、瞬く間にアサシンの体力を奪っていく。
「回復を……!」
エーテルの欠片をぶつけて回復させるが一歩毎に迫る矢群の前には雀の涙だ。蒼い衣は既に血で真っ赤に染まり、身体はいたるところに矢が刺さっている。彼の体力が尽きるのも最早時間の問題で、
死の足音が近づいてくる。
このままでは確実に自分たちが負けて――死んでしまう。
「あ……」
嫌だと思うも、打開策が得られない。こういう時にどうすればいいのか理解できず恐怖で思考が止まる。感じるのは荒いアサシンの息と彼の血の熱。
どうしようもない恐怖が私を襲い、
「諦めるな、カレン」
「……え?」
「諦めたらそこで終わりだ。だから、なにがあっても諦めちゃダメなんだよ」
「アサシン……?」
「まだ終わっていない。まだ死んでない。まだ負けていない――諦める理由なんてどこにもない。勝てるよ俺たちは。俺一人じゃ無理だ。カレンだけでも無理さ。でも――俺とカレンなら勝てる」
その顔は、声は、彼の言う通りこれっぽちも諦めていなくて、
「力を貸してくれ、カレン・オルテンシア。俺のマスター」
だからその言葉に私は迷いなく頷いていたのだ。
同時にありったけの魔力を奮い立たせアサシンへと送る。動きを止めた彼が迫る矢の全てを無視し、残り三割を切った体力にも構わず左足を振り上げる。
「アサシン!」
「あぁ!」
それで想いは届く。
同時に振り下ろし――決戦場が震える。
『なにを――』
森の大地に亀裂が入る。しかしそれだけではこの決着術式を破ることは不可能だ。
だから続けて放つ。
「第二……!」
続けて地面へと両の拳でありったけの連打。先の震脚と負けず劣らずの威力であり、亀裂を広げ、
「第三……!」
地面へと暴走特急の如く射出した蹴りを叩き付ける。
亀裂が、広がっていく。
「第四……!」
手刀横一文字。風穴ができていく森に刻まれる切創。それを広げるために放たれた回転からの一突き。
『いかん!!』
「もう遅い――風穴開きやがれ」
崩れる。決着術式そのものは健在だ。代わりのコロセウム状の決戦場の中央に巨大な穴が開く。スキル五つをフルで用いたアサシンの連撃。彼の奥義と言えるものは基本十三種あったらしい。スキルとして使用できるのは限りがあるために単純な筋力ダメージのものを全てまとめて同じ扱いしているのだ。
たとえそれだけでも決着術式たるシャーウッドの森は残っている。
だがそれでも――確かな亀裂が入った。
「お願い……!」
「極めて諒解……!」
「なーー!?」
亀裂が入りわずかに効果が薄れた瞬間をアサシンは見逃さない。森そのものは距離という概念が崩れていたがそれでも今この綻びの一瞬ならば距離概念は復活し、
その距離をアサシンは一瞬で詰め、
「――すまねぇな、旦那」
「乾坤一蒼ォォッッーー!」
直前のスキル五連発。それによって現在発揮できる最大威力を以て放たれた一撃がアーチャーの胸をぶち抜いた。
●
「我々の負けか……」
森が消え去り、巨大な風穴を残したままの決戦場に静かなブラックモア卿の声が響く。
「旦那……すまねぇ。俺はアンタの信念曲げさせて、森まで使わせたのに……。なんで俺は押し負けた……!? 何やってんだよ俺は……!」
ふらつきながら、アーチャーはブラックモア卿の下へ。しかしそんな彼に構うことはなくセラフは無情にも勝者と敗者を分け隔てる。
オレンジ壁の向こうで体の端々をノイズに蝕まれながら、
「いや、そうだったな。わしもまだまだ未熟だったようだ。最後の最後で、自分の心を見誤った。意志の強さではない。意志の質こそがここでは勝利のカギとなる」
それはまさしく彼の遺言だった。
「私は軍人であったことに疑問はなかったが……後悔はあった。それが今更になって亡くした妻を甦らせようなどと。なんと愚かな勘違いをしていたものか。わしはわしの生を軍に捧げ、軍人として生きてきてた。それなのに……今の間際だけ己の願いに固執したのだ。今回だけは騎士の誇りを以て、一人の男として戦うと――」
自らの行いに悔やみながらしかし彼は今この瞬間己の在り方に気付いた。己の愚かさに、己の未熟さに。これまで目を背けていたものを見据え、彼は独白する。
「本当に愚かだ。私は最後に亡くしたものを取り戻したかった。それが――妻なのかそれとも誇りなのか……最早解りはしない」
「馬鹿だなアンタは。それで迷うから駄目だったんだ」
アサシンは言う。血に塗れ、いまだ全身傷だらけの彼は悲しそうに言う老騎士へと。
「そこが違ったんだ、そこが勘違いだよ。どっちかじゃない。男が自分の女を守るなんてのは当たり前さ。なぁ、ダン・ブラックモア。アンタはもっと馬鹿になるべきだったんだよ。一人の男らしく、自分の女の為に戦うって胸張って言えばよかったんだ」
「……そうか。君が言うと含蓄があるよ」
そして私を見て、
「しかし意外だ。最後の一撃に君に迷いはなかった。オルテンシア嬢。君にも譲れぬものがあったのだろう。わしのような――そう死人の夢ではなく。生の喜びにあふれた願いが」
ダン・ブラックモアはカレン・オルテンシアをまっすぐに見つめる。アサシンを除いて、これほどまでに真っ直ぐ私を見てくれた人は彼が初めてだった。
「迷いながら生きるがいい若者よ。その迷いは、いずれ敵を穿つための意志になる。努々忘れぬことだ」
ノイズは広がっていく。彼の死はもうすぐそこだ。それでも彼はおびえた様子もなく私に語りかけてくる。涙を見せず、憤りもせず、ただ己の死を受け入れている。
私には――到底届かない在り方だった。
「さて、最後に無様を晒したが、敗北というのも悪くない。はは、初めて……新しい世の者たちへの礎になれた。実に意義ある戦いだった」
彼は笑う。自分は愚かで、馬鹿、間違っていたけれど。その戦いは悪くなかったと。軍人としての厳格さも、騎士としての高潔さも最早なく、孫を愛でるような温かさで満ちていた。
「すまねぇ旦那。アンタを勝たせることができなかった。正攻法はダメで、森使ってもらったていうのに。情けない、他のサーヴァントなら旦那にこんなオチをつけなかったていうのに」
アーチャーは本当に申し訳なさそうだった。幾度となく戦法でぶつかり合いながら最後は自らにとって最も得意な戦い方で戦ったにもかかわらず負けてしまったのだ。
「いいや、ロビン・フット。貴殿は最高のサーヴァントだったよ。貴殿はわしの流儀に無理やり付き合わせた。すまなかったよ」
「謝んなよ……言っただろ。俺はアンタに勝ってほしかった。それ……まぁ騎士の真似事も少しくらいなら悪くなかったさ。俺は戦いなんて上等なもんできなかったから。だから……悪くない。俺と旦那の戦いは恥じるところなんて一つもない」
言ってアーチャーは照れるように俯いて、
「あぁ、悪くなかったさ。昔から一度くらいは格好つけたかったんだよ、俺も。富も名声も友情も平和もたいていのもんはてにいれたけど……それだけは手に入れらることができなかった」
ノイズはもうアーチャーのほぼ全身を覆っている。それでも彼は、ロビンフットは。
かつて無貌の王として泥にまみれ敵を狩り、殺し続けてきた彼は。安らかに笑って、
「……最後に、どうしても手に入らなかったものを、掴ませてもらったさ――」
そう言い残して彼はこの世界から消え去る。
ただ守りたいものがあってそれを守るために名を失った彼はそうやって消えていった。彼は笑っていた。朗らかに、すがすがしく、晴れやかに。それはきっと生涯において影を歩いてきた彼がやっとつかめた光だったと信じたい。
消え去ったアーチャーにブラックモア卿は感謝の言葉を呟き、
「オルテンシア嬢。最後に年寄り戯言を聞いてほしい」
彼もまた黒いノイズに全身覆われながら私へと言葉を紡ぐ。
「これから先……誰を敵に迎えようとも、誰を敵として討つ事になろうとも……。必ずその結果を受け入れてほしい。迷いも喰いも消えないのなら消さずともいい。ただ結果を拒むことだけはしてはならない。全て糧にして進め。覚悟とは、そういうものだ」
ブラックモア卿の体が消えていく。それでも彼は言葉を続け、
「そして可能であるのなら、戦いに意味を見出してほしい。戦う理由を。生きる意味を。それこそが最も大事なことだろうから。そして、勝利敗北、それらに自分なりの答えを模索し――勝利を掴みとった責務を、果たすのだ。オルテンシア嬢、君の生にはきっと苦悩に塗れていただろう。それでも、未来ある若者よ……それだけは……忘れるな……」
「……えぇ、必ず。貴方の言葉、胸刻みます」
そしてブラックモア卿は空を仰ぎ、微笑みながら口を開く。
「さて……ようやく……会えそうだ。長かったな、アン、ヌ……」
誰かの、きっと亡くした妻の名を口にしてダン・ブラックモアは永久に消え去る。
「――AMEN」
そうして、聖杯戦争第二回戦は終わる。
ブラックモア卿はまじ泣ける。緑茶もあかん。
珍しく原作に近い形で書きました。