落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 番外編まとめ 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
目覚めはどうしようもなく静かだ。これがムーンセルによる演出なのか、それともマスターたちが自らの城に籠っているのかは知らないが校舎は静寂が支配されている。
廊下にも。
階段にも。
運動場にも。
マスターもNPCもいない。購買部には例外的に販売員のNPCいて、一階の決戦場への扉にはダニ神父がいる。そしてもう一つ。例外的な場所がある。教会だ。
「決戦当日にも改竄か。マメというか図太いというか」
「ま、いいんじゃない? 頑張ってねぇ」
蒼崎姉妹はこの日でも変わらない。姉は興味なさそうに、妹は気楽そうに。改竄を行う。二日掛けてオーバーワーク気味に経験値を稼いでレベルを上げたことによってアサシンは新たなスキルを取り戻した。それまでのスキルよりもかなりピーキーで使いどころに困るがそれでも使いこなさなければ勝利はない。
負ければ死ぬ。
勝てば生き残れる。
だから勝つ。
どうしようもなく救いがない。
そしてありすはきっとその運命を解っていない。彼女はあくまでも遊びで、愉しい夢を見ているに過ぎないのだ。それをキャスターは護ろうとしてる。
それはきっと美して、儚くて、そして残酷だ。まさしく童話の如く。どこかの物書きが喜びそうな物語。
でも、そう、だからこそ――。
●
決戦場へと至る道を落ちていく。その道のりは黄泉路へと続く風穴だ。最底まで行けばそこは地獄の戦場であり、戦いどちらかが生き残るまで戦うしかない。
カレン・オルテンシアか。
ありすか。
どちらかが生き残って、先に進む。さながら蠱毒のように。七つの勝利の果てにある万能の願望器を得るために戦う。そういう意味では、今回の戦いは異質だった。私もありすも聖杯に望む願いなんてない。
私はただ生きたいだけでありすはただ遊びたいだけなのだ。
落ちていくエレベーターの中で、二つに区切られた空間で少女たちは向かい合うように笑い合う。
「今日もまた遊べるね!」
「今日は何して遊ぶの? かくれんぼ? オニごっこ? おままごと?」
問われて、答えに迷う。生まれてこの方かくれんぼもオニごっこもおままごともやったことはないのだ。どれが面白いのかよくわからないし、まずこんなところでできるはずもない。第一、こんなところで話す内容としても相応しくないのに彼女たちは笑う。
「あたしはおままごとがいいな。おとうさんやおかあさんがいると楽しいもの」
「じゃああたしがおとうさんで、あたしがおかあさんね」
「うん。あたしがおかあさんであたしがおとうさんね」
くるくる。
くるくる。
二人の少女は狭いエレベーターの中を回り続ける。それはまるで閉じられた円環のように。二人で一人の主従。ありすとキャスター――ナーサリー・ライム。彼女は終わらない夢を見続ける為に。彼女はその夢を守り続ける為に。互いが互いを生かし合っている。ナーサリー・ライムはありすがもう死んでいることに気付いているのだろう。彼女に先はない。それでも子供の夢を守ることが存在意義である彼女にはそれでもその在り方を変えられない。
「お姉ちゃんはどうする?」
ありすが私のことを言う。そこにはなにもない。彼女は私がどういう存在なのかこの期に及んで把握していないのだ。ただ単に一緒に遊んでくれる人としか思っていない。
「お姉ちゃんは……わるものかなぁ?」
だからそこにキャスターが意志を注ぎ込む。
悪意と殺意、そして排斥の意志。初めから真っ白なありすとは違ってキャスターはこれまで何度も無垢な仮面の下でこちらを殺しに来た。そして今はマスターを誘導して、純粋無垢な心に明確な敵を作り出す。
「わるもの?」
「うん、わるもの。じゃまものかも」
「あたしとあたしがしあわせにくらしているのをじゃまするの?」
「うん。きっとそう。わりこんで、じゃまして、ぜんぶめちゃくちゃにしちゃうの」
そう、その通り。私は貴方の夢に割り込んで、邪魔をして、滅茶苦茶にするのだ。跡形もなく、完全に終わらせてしまうのだ。
「じゃまなものはイヤ。しあわせがなくなっちゃうのはイヤ」
そう、それもその通り。誰だってそうだろう。私もアサシンもきっとそうだ。
「じゃあどうしよう……?」
「わるものは首をちょんぎっておしまい! って女王さまは言ってたよ」
私たちも同じ答えだ。その答えに行き着いたことは寧ろ当然で、それ以外の答えは存在しない。すでにそうやって何十人ものマスターが命を落としている。
「……ちょんぎっちゃったら危なくない?」
「だいじょうぶだよ。だってごっこ遊びだもん。壊れちゃったらお医者さんごっこすればいいよ」
「そっか、そうだね。ごっこ遊びならだいじょうぶだよね」
大丈夫じゃない。でもそれをありすを理解していない。首をちょん切るという行為にありすは疑問を覚えたけれど、キャスターの言葉を完全に信じている。というよりも疑うという概念自体知らないのだ。
ありすはアリス。一蓮托生。二人で一人。
そんな二人に嘘はない。
だから、口を挟もうと思っても、
「じゃましないでよ。お姉ちゃんとは話してないよ」
「ええ、あたしはあたしと話しているのだもの」
「そうだよ、あたしはあたしとだけ話すの。せっかくおなじだとおもったのに。ようやくおなじひとだとおもったのに。やっちやっと、さみしくなくなるとおもったのに! わたしのことを嫌うならお姉ちゃんなんていらないの」
「そうよ。あたしはあたしだけいればいいの。だってあたしはあたしだけのあたしだもの」
「お姉ちゃんはあたしだけのあたしじゃない。お姉ちゃんなんかもういらないの」
「もうじゃまなの」
訥々と少女たちは言う。言葉を重ねる。もう私を見ていない。私たちのことは言葉通りにただ邪魔な存在としか見ていない。
くるくるくるくる。
閉じきった円環のように。二人はどうしようもなく終わっている。
「そう、どうしようもないんだ」
アサシンは言う。二人を見ながら悲しそうに、あるいは何かに憤るように。
「終わっている、止まっている、行き着いてる。先がない。一歩先は断崖しかない。完結して完了している。もうどうにもならない最終。どうしようもなくどうしようもなくどうしようもない。あぁカレン、これはあくまで俺の意見だけど。それでも」
こんなのは間違っている、とアサシンは言う。
「ただ痛々しいだけで、見ていて哀れなだけだ。死を理解していなくて、受け入れなくて、こんなところまで来て亡霊になって彷徨っている。……同族嫌悪って言われればそれまでだけどな。なぁ、カレン。だからこそ――」
それに続く言葉を私は理解していた。
きっとそれが私の役目だ。私だからこそできることだと思うから。
エレベーターは停止する。そこから見える世界は氷の城。城門の前の広場か何か。広い円形の周囲にはいくつもの氷塊が浮かんでいる。天から漏れる光が優しく残酷に世界を照らす。
そこで向かい合う。私たちのどちらも殺す覚悟はない。ただ今この刹那の為にしかない。
それでも負けたくないから。
「アサシン」
「あぁ」
アサシンが前に出る。キャスターも同じように。にらみ合うサーヴァントはこれまでの決闘と同じように覇気と闘気、そして殺意。しかしそれはこのサーヴァントにはこれまで感じなかったこと。最早キャスターは何か待っていない。ここで確実に私たちを殺す気なのだ。
「あたしはあたしを守りたいだけなの。あなたならわかるでしょう? だって私たちは」
「あぁ、俺たちはきっと一緒だぜナーサリー・ライム。守りたい、護りたい、なにがなんでも。だから俺たちは相容れないんだ。俺とアンタの護りたいものは違うから」
「……そう、ならいいわ」
ナーサリー・ライムは一瞬だけ目を伏せてから両手を広げる。そして無邪気な、だからこそ害意に満ちた笑みをで、
「あわれで可愛いトミーサム、いろいろここまでご苦労さま。でもぼうけんはおしまいよ、だってもうじき夢の中。夜のとばりは落ちきった。アナタの首も、ポトンと落ちる」
キャスターは謳う。
「さぁ――嘘みたいに殺してあげる。ページを閉じてさよならね!」
初めて発した殺害宣言。刹那、二騎のサーヴァントは動く。お互いのマスターから魔力を受ける。
『あたしはあたしだけいればいいの』
まず響いたのはキャスターの詠唱だ。目だった変化はないということはすなわち自己改変のスキル。同時に放たれたのはいくつもの光弾。初めて名無しの森を展開した時に使っていたものだ。
キャスターの放った光弾の数は十数もあり、速度も遅くはない。それでも
「効かないんだよぉーー!」
固有スキル『異能無効』。Bランク以下のあらゆる異能を無効化するが故に、
キャスターの通常攻撃ではアサシンを傷つけることはできない。
それはキャスターもすぐに悟り、
『兎を追って鏡の国へ!』
魔術を発動する。瞬間、アサシンの足元から巨大な氷柱が出現する。それは氷の棺。一瞬でアサシンを捉え氷漬けにする。それがアサシンの体力を削る。――それでも、
「っああ!」
内側からアサシンから強引に動き、氷柱を破壊する。キャスターの魔術は確かにアサシンの体力を削った。それでも異能無効のスキルが健在であるためにダメージは極めて軽微だ。
「アサシン!」
「応!」
砕いた氷柱の中で大きいのは足場として、小さいのは目くらましにする。
「……!」
キャスターの顔に焦りが浮かぶ。
『豚になったほうが幸せっていう子もいるの!』
生まれたのは身を裂く烈風だ。風の刃は散った氷を巻き込んで吹雪となってアサシンへ。それらは確かに彼の体を切り裂くがそれだけだ。決定的なダメージにはならない。アサシンは構わず前に出て、キャスターは必至に魔術で足止めをして距離を稼ぐ。
距離を無くしたらキャスターに勝ちはない。
彼は武の英霊だ。剣術でも槍術でも騎乗術でも弓術でも魔術でもなく理性を手放すことはなく。本来ならば暗殺からも外れた正真正銘の武。個人戦闘における究極の一。完全状態で、一対一の近接格闘ならばどんなサーヴァントにも負けないと豪語する彼の業は例えステータスが弱体化していても健在だ。
故に戦う英霊ではないナーサリー・ライムでは絶対に勝てない。
風の刃も氷の檻も光の球体も。キャスターは必至の想いで放ってくる。アサシンの体力は確かに削り、足止めをすることでなんとか距離を稼いでいる。
それでも、均衡が崩れれば、
「苦しいのはいや……!」
少女は悲痛の声を上げるしかない。
それでも――
「悪い夢は終わらせるべきよ」
例え、それによって泣いてしまう少女がいたとしても。
それで終わらない悪夢が終わるのなら。
「――アサシン」
名前を呼ぶ。それだけで想いは伝わる。同時に魔力を送り込み、
「蒼の一撃第五番――『支蒼滅裂』!」
氷の大地をアサシンの震脚が揺るがす。亀裂が走り、衝撃波が周囲の風刃や氷の破片を吹き飛ばす。
道が開いた。
距離を詰める。
「――あ」
「終わりだ」
アサシンが手の平を大きく振りかぶる。それはスキルの始動。送り込んだ魔力はさらなるスキルに繋げてキャスターを打倒できることが可能であり、叩きこまれればそれで勝利は決まっていたはずだった。
「――な、に」
「な……!?」
だからこそ私とアサシンに驚愕が襲った。今にも放たれようとしてアサシンのスキル。彼の必殺技が止められていた。キャスターの魔術ではない。ありすのコードキャストでもない。
それは矢だった。
元々が赤い矢であり、血に濡れて尚色を増している。
それがアサシンのスキルを止めていた。
同時に、
「ぐ、っ!?」
「アサシン!?」
彼の顔が痛みで歪んだ。見れば彼の両足が獣でも噛みつかれたのかのように喰い千切れられている。判断は一瞬だった。即座に魔力を送り込み、耐久上昇のスキルを発動させ、
「■■■■ーーーー!!」
アリーナを震わせる叫びが轟く。それはキャスターの背後、彼女を包み込むように現れた赤き魔人。その姿を認識するよりも早く、
「■■■……!」
剛腕が振るわれる。
「防御!」
指示はぎりぎり間に合った。クロスしたアサシンの両腕のガードに暴風を纏った一撃が叩き込まれる。一撃でアサシンの体力が目に見えて削れた。吹き飛んだ彼は空中で姿勢を立て直して私の下に帰ってくる。傷ついた体にアイテムを使用しながら見たものは。
「■■■■■!!」
吠えるジャバウォック――だけではない。時計を持った白兎。帽子を被った男。ニヤニヤとした笑みを浮かべた猫。頭の上に藁を巻いた兎。ハートを模したような衣装の女とそれに従う兵隊たち。チェスの駒のような赤と白の二人の女。そっくりの双子。手足の生えた卵。ほかにもウミガメやグリフォン、鳥やトカゲ、ユニコーン。統一性のないそれらの動物や人間たちが群れを成して現れている。
いや、共通点は二つ。
不思議の国のアリスの登場人物たちであり、
「あはははははは! みんなみーんなあたしのお友達!」
そう、彼らは例外無くありすの友人たち。ジャバウォックはサーヴァントではない。だからあれらも全てサーヴァントではなくただ少し強いだけのエネミーでしかない。しかし彼らはキャスターの宝具でしかない身でありながら友達のために己の意志で顕現していた。莫大な魔力が必要なはずだ。それこそ脳みそが焼き付いてもおかしくないくらいに。
それでも――彼女は終わっているから。
だから、
「さぁ、みんな! もうじきお茶会だから、それまで頑張って!」
ありすの友人たちは動く。動物たちは爪と牙を、人間たちはそれぞれの武器を携えてアサシンへと迫る。先陣は言うまでもなく、
『
キャスターの魔術だ。ジャバウォックたちが来たことによって距離を気にする必要はない。ともに主を守る戦友たちがいるから、ためらうことなく詠唱を行う。それまでよりも長く正確に唱えられることによって威力は格段に上がっているからこそ、
「ぐ……!」
風の刃が今度こそアサシンを切り裂く。
「■■■■!!」
続くのはジャバウォックの咆哮。先に対戦したときほど圧力があるわけではない。事実、アサシンが放ったローキックや貫手の痕跡は残っていて、完全な状態でないのだ。
それでも魔人は立つ。
友のために。
「っ……!」
アサシンの顔が歪む。弱体化したジャバウォック一人ならばアサシンの敵ではなかった。しかし今ヴォーパルの剣はなく、ジャバウォックは一体ではない。
「アサシン……!」
降り注ぐ赤と黒の矢。威力は低くとも動きが停滞する魔術。駆け抜け様に肉を喰らう獣たち。それらが全て同時にアサシンへと迫る。
「こ、の……!」
拳を振るう。手刀も足刀も。四肢を万遍なく用い捌こうするが数が多すぎる。ダメージを与え行動不能にさせても更なる獣や人間たちが襲い掛かってくる。
『
同時に放たれるキャスターの魔術。
隙間を見つけて回復アイテムをぶつけ、耐久を上昇させるがそれでも徐々にアサシンの体力は削れていく。
なのに、それなのに。
「あぁ。くそ」
アサシンの口端には笑みが浮かんでいた。
「友達の為、か。愛と絆、まったく眩しいなぁおい」
「アサシン……?」
彼らの在り方が何よりも尊いというように。懐かしいなぁと目を細めて笑っていた。
そしてその笑みを崩さぬままに、
「でも、負けられないんだよ。俺が負けたのはアイツらの絆だ。お前たちじゃない。だから負けない――マスター」
彼の言葉の意味は解らない。きっと彼なりに思うところがあったのだろう。しかし今それを問う暇はなく、思いは伝わった。彼に魔力を渡して、
アサシンが構えを解いた。
両腕がだらりと下がり、目に見えて力が抜ける。一見諦めただけのようにも見えるその様子に周囲の獣たちが迫る。獅子が一角獣が、巨大な虫が。それぞれ同時に迫り、
「蒼刀・錻――『無空抜拳』」
ほぼ同時にアサシンの拳が叩き潰す。
「■■■……!?」
焦りと共にジャバウォックが拳を放つ。それに対してアサシンはまたもや構えることなく、
「――――!」
予備動作なしで放たれたアサシンの拳とジャバウォックの拳が激突する。弾かれ合いジャバウォックは大きく態勢を崩し、アサシンは自然体のままだ。
『無空抜拳』という。
それは彼の固有スキルの一端。『蒼刀・錻』と名付けられたそれは彼がありとあらゆる武術を修めた証だ。つまりこれは単なる技術。無謬の修練の果てに得た
無拍子、無意識、無殺意。
だからこそ連撃の合間に生じる隙は極限にまで減らされていく。
『
ばら撒かれるキャスターの風の弾丸。それすらも無拍子の拳を弾幕のように重ねることで被弾を極限にまで薄くする。もとよりキャスターの魔術の効果は薄い。威力は上がっているが、これまで戦ってきたライダーライダーやアーチャーの通常攻撃程度でしかない。だからこそ、
「■■■■ーーー!!」
生まれた隙をジャバウォックたちは逃さない。例えアサシンの無拍子に無拍子の拳があろうとも単純な物量は脅威だ。それを理性のないバーサーカー染みたジャバウォックでさえ解る。
「ならば、当然私にだって解るわよ」
生憎と木偶ではない。間桐慎二やブラックモア卿や数々のエネミーで得た経験値は無意味ではない。無拍子の拳を大量に放ったから生まれた隙ならば、
更なる拳を放つことによってその隙を埋めればいい。
明らかに無茶振りな、素人考えだけれど、
「できるわね?」
「無論」
拳士最強はその無茶振りに当然のように答える。絶え間なく放たれた拳はジャバウォックを穿ち、他の獣たちにも風穴を開ける。少女の夢の
『――越えて越えて虹色草原、白黒マス目の王様ゲーム』
それを夢の主は、夢の護り手は許さない。謳われた詩のようなそれは大魔術の詠唱だ。ジャバウォックも他の友人たちも時間稼ぎ。全ては彼女たちがソレを発動すれば負けないという絶対の信頼……!
『走って走って鏡の迷宮、みじめなウサギはサヨナラね♪』
完成する。それこそがキャスターの真の宝具。真の固有結界。少女の夢を守るための大魔術。完成と共に莫大な魔力が生じ、それがアサシンに叩き付けられて体力を大きく削る。吹き飛ばされながら見たものはそれまで彼がつけた傷を修復させていくジャバウォックたち。ありすの全ての友達は完全に傷を癒し、完全な状態で立ち上がっていた。
「ようこそ、ありすのお茶会へ!」
「フフフ……フッフフフ……ウフフフ!」
ありすとキャスターの笑い声。二人は、キャスターは自分たちの勝利を確信している。これで勝てる、これで少女の夢を壊さずに済むと――
「主殿」
「えぇ。塵は塵に。灰は灰に。死者ならば死者らしく天国の階段へ。悪夢の時間はもう終わり。――使いなさいアサシン」
「委細承知」
残っていた魔力を全てアサシンへと渡す。魔力消費による脱力感があり、アサシンは復活したレギオンの前に立つ。
「行くぜ兄弟、ロリの相手はお前の役目だろうが……!」
魔力を受け取ったアサシンがスキルを発動する。それはこれまでの彼のスキルとは全く違っていた。蒼かった髪や瞳は緋色に染まり、着流しの下の全身に桜の花弁のような刺青が生じる。視覚化されるほどの巨大な緋色のオーラ。静かな強さを体現したアサシンは消え去り、
「っおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
決戦場を轟かす絶叫。完全体なジャバウォックすら上回る暴力的な存在感。それこそが今朝習得したばかりのアサシンのスキル。
「『緋々之不条理』……!」
「っ! みんな!」
その変生にキャスターが指示を飛ばす。ジャバウォックや友人たちに攻撃を促し、その上さらに、
『
己自身も魔術は発動する。風の刃。寸分の狂いもなく急所めがけて放たれた陣風の刃。それは違わずアサシンにぶち込まれ、
「だからどうしたぁああああ!」
絶叫と共にアサシンは構わずに進む。ダメージがなかったわけではない。キャスターの魔術は確かにアサシンの体力を削っている。だが、それもほんの僅かだ。異能無効の時の軽減された威力よりも尚少ないし、何よりアサシンは全くのけぞることなく、時間稼ぎにも攪乱になることもなく前に出た。
キャスターに動揺が浮かぶ。しかし彼女は止まらない。
「なんで邪魔するの!」
夢見る少女が泣いてしまうから。
『|どこにも指が見つからない《フーズ・フィンガー・クドウ・ノー・ウェア・ビー・ファウンド》。
魔術だけではなくジャバウォックたちも動いた。魔人は再び絶叫と共に右の拳を振るい、先と同じようにアサシンの拳と激突し、
ジャバウォックの腕が吹き飛んだ。
「■■■ーー!?」
「退け」
腕が消滅したことによってがら空きとなった胴へアサシンがけりを叩き込む。乱暴な、それまでの技術はまるで感じさせないにも関わらずジャバウォックの巨体は吹き飛び、氷の城に激突し消滅する。
『
動揺と驚愕の濃くしながらもキャスターの魔術は止まらない。風の刃も氷の礫も、さらには炎や雷、剣や槍が飛来すし、他のありすの友人たちが攻撃する。その上でアサシンは傷つきながら、しかしひるむことなくキャスターへと迫る。
『緋々之不条理』。
それは擬似的な狂化スキルだ。普段の理性をいくらか失い、スキル全てを封印することにとって得られるのは筋力と耐久の強化、そしてのけ反り無効――いわゆるスーパーアーマー。
だからこそ今のアサシンはあらゆる攻撃に構わずに前に進む。
『|男の手足はバラバラ《ヒー・ハド・レフト・ヒズ・レッグス・アンド・アームズ》!
データで表示されるアサシンの体力はもはや三割を切ってレッドゾーンだった。いくら耐久が普段より上がっていても度重なるダメージはアイテムだけでは防げない。荒ぶる彼はキャスターたちから見れば悪鬼羅刹の類に等しい。それでも止まらない。鏡の国の友人たちは少女を守るのに必死で、それでも――。
アサシンが間合いにキャスターを捉えた。
「あぁ……終っちゃうの……?」
「あぁ、終わりだよ」
交わされた言葉は一瞬。同時に小さな体に緋色の一撃が叩き込まれる。
そして、キャスターの体力はその一撃でゼロになっていた。
「――老若男女、容赦なしだ」
その彼の言葉が戦いの終了を告げていた。
『緋々神之不条理』を解いて戻って来たアサシンはボロボロだった。
異能無効や『緋々神之不条理』でも防ぎきれないダメージは甚大だった。全身に裂傷や凍傷、ジャバウォックに殴られた傷や獣に喰い千切れらものも。蒼い着流しの色はもう色がなんなのかよくわからない。
それでも彼はこれまでと同じように。
「終わったぜ、主殿」
言う。その在り方になぜか安心してしまう。息を長く吐き、
「えぇ、お疲れ様」
我ながらそっけないとしか思えないようなことを言ってしまった。まぁ、私たちならばこれくらいがちょうどいいだろう。それはアサシンも思ったのか苦笑していた。
同時に世界が割れた。
私たちのいる勝者の領域とありすがいる敗者の領域。
オレンジ色の壁で分けられた向こう側でありすたちの体には端々に黒いノイズが生じていた。消えゆく体でキャスターはありすの手を取る。ありすは自分の体を蝕むノイズを眺め、
「あれ……消えていくよ……?」
茫然と呟きながらも、すぐに納得したように目を伏せて、
「そうか、もう……終わりなんだね」
消えかけていく手を握り締め合いながらありすは仄かに笑みを浮かべ、アリスは悲痛な声を上げる。
「なんで……」
守るために英霊だった。少女の夢の為にあるのがナーサリー・ライムだった。けれど大切なものはもう壊れ始めて、崩壊は止められない。
「あたしはずっと一人で。だれも見てくれなくて。居場所がなく。寂しくて。ずっと、ずっと」
「やっと見つけたのに。あたしだけのあたしを。居場所を。幸せを。それだけでよかったのに。ずっとこのままで、ずっと、ずっと、それだけでよかったのに。……なんで終わっちゃうの? どうして――こんな小さな幸せも持ってられないの?」
「つらいよなぁ」
それはアサシンの言葉だった。
「誰かが死んだり、いなくなったら悲しいよな。苦しいよな。きついよな……泣きたくなるよなぁ。でもそれでも前に進んでいかなければならない。受け継いだ想いを胸に刻んで――大切な人の死を、なかったことにはできないから」
どうなのだろう。私は彼女たちの死をそういう風に思えるのだろうか。
死をただの現象ではなく、悼んで、偲んで、自らの魂に刻み付けらることができるのだろうか。ありすだけではなく、間桐慎二もブラックモア卿も。私は彼らの何を自らに刻んでいるんだろう。
「いいんだよ、これで」
ありすは儚げに笑う。
「あたしはわかってたよ。きっと……全部なくなっちゃうって。だって、よく覚えていないけれど……あたしはもう死んでいる者。あのびょういんにあたしのからだはないの。ここにいるあたしはぬけがらで……さいしょからなにもなかったんだ。あのびょういんにいたころからずっとそうだった。あたしはひとりだった。だれもあたしを見てくれなかった。いたかった」
ありすの言葉は続く。
「だれもあたしを人間として扱ってくれなかった。ふしぎなくに《ワンダーランド》に来てもずっと同じ……あたしは一人で、さびしくて。だからわかってた。あたしも……居場所も……きっとすぐになくなっちゃうって」
――ありすは初めから解っていた。きっと細かい理屈では白知に等しかっただろうけど、大事なところを彼女は理解していたのだ。いつか全てを失うということを。知ることすらやめたのだ。
無知は罪ではないけど、無知であろうとすることは罪だ。
それでも彼女は、この夢を続けることを願った。少女らしく。子供のように。
子供なのだからそれは誰にも責められない。
「ねぇ、お姉ちゃんは、あたしのこと見ててくれた?」
「……えぇ。もちろん……見ていましたよ。不思議の国のありす。貴方の旅路に幸多からんことを――エイメン」
消えゆく彼女にそう告げ――もう、透けて見えるほどのなったありすはそれでも笑っていた。
「お姉ちゃんはおなじだけど、ありすとは違うんだね。ありがとう、今までありすのことを見ていてくれて」
消える、消える――消えていく。
「ごめんね、あたし。本当はもう少し遊びたかったけど――バイバイ」
そうして夢見る少女の夢は終わり、少女は消滅する。
それをアリスは見届けて、
「アリスはありすの見ている夢」
彼女の体は崩壊寸前だった。元々マスターの願いによって形作っているのだからマスターが消えた以上は形を保っていられない。
「アリスはありすが見ている夢だから。夢が終わればアリスは消えてしまう。次の聖杯戦争があってもありすの夢じゃないアリスはアリスじゃない。ありすのアリスで私は幸せだったのに。いつもあたしは誰かの夢。本当のアリスは誰も知らない。あぁ……それでも私は幸せだった」
留めなく流れる涙。それを眺めながら。本当を誰にも知ってもらえないというアリスは幸せだった残して消滅する。
それでも、あぁ。私は思う。
――その涙こそが貴方の本当ではなかったのではないかと。
私は、そう思いたい。
ありすの感謝を。
アリスの涙を。
私は胸に刻みたいと思うのだ。
一万二千。こんなの本編でもなかなかない。