落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 番外編まとめ 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
指を動かす。跳ねる指が叩くのは黒と白の鍵盤だ。私の指がそれを叩く度にピアノ内部のハンバーが動き、弦を鳴らして音が響く。ペダルを踏めば音の伸びが変わり、それほど広くないマイルームの中に木霊する。耳に届く音色はそれほど音質は良くない。
校舎の倉庫に放置されていたのを桜に言って、半ば強引にマイルームに備え付けたもので、最低限のデータ整備しかしていないからだろう。もう少し私に魔術師のスキルがあったのならばもっと質のいいピアノにできるのだろう。
せめてグランドピアノは欲しい。
そんなことを思いながらも鍵盤を叩く。
「……」
背後でアサシンはどこから持ってきたのか壁際に畳を敷き詰めて壁に背を預けながら私の音を聞いている。そういえば彼は常に首にヘッドホンを掛けているが音楽が趣味だったのだろうか。
気になったので聞いてみた。
「ん、いや。人並みだったかな。これはただ付けてるだけさ。ファッションだよファッション。主殿のスカート履かないのと同じだ」
そう、言って。
「もういいのか?」
「ええ」
何が、とは聞かれなかった。聞くまでもないだろう。昨日決戦場に割り込んでシオンを助け出したことだ。今更ながら自分はなにをやったのだろうと思う。昨日のアレはおそらくユリウスのハッキングだったのだろう。なぜ途中で切り上げたのかは解らないが、狙いは解る。ああやって決戦をのぞき見すればサーヴァントの宝具や真名だって容易く判明する。シエルのバーサーカーの真名は解らなかったが、ランサーの宝具と真名は実際に見た私にも判明している。
結局あの後ランサーは、リーズバイフェ・ストリンドヴァリは消滅した。彼女は身を挺して自分の主を守り、一人決戦場で消えていった。その主のシオンはまだ保健室で療養中だ。昨日の時点では桜に聞いた話では精神的肉体的共に疲労が激しい。
サーヴァントを失いながら生きながらえている彼女をムーンセルがどのように扱うかは未だに解らない。
「……解らないことだらけね、私は」
何もかも。生きる理由も戦う意味。聖杯に願う祈りも。彼女を助けてどうするのかも。
アサシンは何も言わない。ただ背後で笑みを浮かべているだけ。アレはどうにも昨日からテンションがおかしい。昨日の私が選んでから。
「さて、なんのことかね。それよりも四回戦の相手発表されてるんだろ? 確認しに行こうぜ。あとシオンの様子も見に行こう」
あからさまにはぐらかされたが、それでも確かに既に四回戦の相手は発表されていた。もう昼過ぎで四回戦は開始されているのだ。アリーナに行って、トリガーを集め、相手の情報を得て――殺す準備をしなければならない。
「……行きましょうか」
「おうよ」
マイルームを出る。
足取りは、重い。
●
『第四回戦対戦者――弓塚さつき
決戦場:四の月想海』
弓塚さつき。
それが四回戦の相手の名前だった。聞いたことの無い名で
『おいおいまじかよ……』
背後アサシンが驚く気配があった。困惑しているというよりも、飽きれているのだろうか。不思議に思って振り返って問おうとしたところで、
「あ、貴方がカレン・オルテンシアさんですか?」
背後から先に声を掛けられた。当然ながらアサシンではない。少女の声だった。振り返っていたのは少女だ。茶髪の東洋人の少女だった。日本人、だろうか。デフォルトの制服のブレザーを脱いで、クリーム色のベストを着ている。カスタマイズというよりは単なるオプションだろう。
「あ、あの、私弓塚さつきです。四回戦の相手、よろしくお願いします」
「え、えぇ」
なんというか。変な少女だった。変わっている、というのは人のこと言えないからもしれないかもしれないけれど、それでも。ありすのように現実味の無い不思議さではなく、むしろやたら所帯染みている。
もっといえば――幸が薄そうな少女だった。
『いや、主殿も人のこと言えねぇだろうけどなぁ』
やかましい、余計なお世話だ。
「えっと、カレンさん?」
「なにかしら?」
「いえいえ、ただ。これからよろしくお願いしますというかお手柔らかにお願いしますというか、まぁそういうことです」
「は、はぁ。こちらこそ」
「あ、それじゃあ私はアリーナ行くので。ではでは」
そう言ってにこやかに去っていく。残されたのは驚きが抜き切らない私。アサシンが実体化した。
「ん、んー? なんか元気だなぁ。元気すぎるという感じだけど……あんなキャラだったけなぁ。いや、それよりも運命の悪戯を呪うべきか……」
「アサシン?」
「いや別に。それで、俺たちはどうするんだ? アリーナかそれともシオンの様子を見に行くか?」
「……そう、ね」
どんな顔をして会えばいいのだろう。無理やりに、勝手に救ったのだ。言い方が悪いかもしれないがあの時彼女の勝利はなかった。それを私とアサシンが決めつけて、横槍を入れたのだ。もしかしたら、彼女なりに勝利の手段があったのかもしれないのに。
罵倒されるなり、殴られ蹴られるなりの覚悟をしていたほうがいいのだろうか。
シオンは怒ったら怖そうだ。
「主殿も負けてないって。とりあえず行ってみればいいさ」
アサシンの言葉を受けて、保健室へと足を運ぶ。
●
「おやカレン。おはようございます」
訪れた保健室では既にシオンは起き上がっていた。ベッドに腰掛けてはいるが、顔色は悪くないし、視線を定まっている。その様子に戸惑う。彼女の体調が良さそうなのは喜ぶべきことだろうが、それよりもその様子がいつも通りすぎた。
「シオン、私は……その」
「あぁ。昨日、私を助けてくれてありがとう。おかげで命拾いしました。あの決闘ではどう計算して私の価値はなかった。私も最善を尽くしたのですがさすがは『弓』のシエル。相手が悪かったとしかいいようがありません」
「――」
礼を言われるとは完全に予想外だった。
「? どうかしました?」
「いや……私は」
貴女に謝ろうと思ったのだ。
「それは違う。貴方が謝る必要はない。令呪二つを使わせて助けられたというのに謝らせるなどとありえません」
それでも私はシオンの戦いに水を指したわけで、決戦を邪魔したのだ。それだけは謝らなければならないだろうに、
「いいえ、必要ありません。礼も謝罪も私が言うべきです。それより聞きたいのは……いえ、これは今はいいですか。ともあれまずはアリーナでしょう? 話はその後で。頑張ってきてください」
シオンに促され部屋を出る。背中に贈られた激励には感情のブレがあったのかもしれないが、それでもシオンは私を送り出した。
がんばれ、と。
「いい友達じゃねぇか」
アサシンが実体化して言う。
「大事にしようぜ。ああいう戦友がいるっていうのはそれだけで強さに変わるものさ。主殿の気分もな」
アサシンの言う通りだ。訪れる前とシオンの顔を見た後では気分が随分と違った。
「さぁアリーナに行こうぜ。帰ってくる理由が増えたんだからな、頑張ろう主殿」
そうしてひどく楽しそうな横顔のアサシンと共にアリーナへと足を進める。
四度目の殺し合いはこうして始まった。
もっと早く出ていればという想いをかみしめるがよい……!