落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 番外編まとめ 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
それはまさしく煉獄に落ちていくように。
無機質に区切られた二つの空間を持った機械の箱は闇の中を落ちていく。ここは熾天の頂に至るための蠱毒。だからこそ、存在するのは二心同体のマスターとサーヴァント。今朝、マイルームから出るときにシオンに見送られたが、もうここに至っては相棒たる彼だけが信頼できる相手。信じて、頼るそれができるのは百二十八人のマスターと百二十八人の英霊がいるのにも関わらず、自らの主従というだけというのはかなしいことなのだろうか。
汝隣人を愛せと主は言う。
しかしここは父なる神が見守ってくれる地上ではなく、機械的に世界を観測する月の海。あるのは自らの従僕と打ち倒す敵のみ。
けれどならば――光あれと私に伝えてきたのは誰なのだろうか。
「カレンさん、いい勝負しようね」
向かい合う少女は変わらず朗らかだ。笑顔を当然のように浮かべ、まるで普通の少女のように彼女は不自然なほどに笑う。そう、明らかに不自然だ。この七日間という短い間しか関わっていないが弓塚さつきという少女が心優しい少女であることは言うまでもない。魔術の徒でもなく、神の代弁者でもない。初めて見た時から一貫して普通に嗤う少女は一貫して無理をしていたと、今なら解る。
「……あ、あはは。無理、か。鋭いねカレンさんは」
別に自分じゃなくても解ることだ。シオンやアサシンも違和感を抱いていたし、それに、
「桜が精神に負荷がかかっているようだって教えてくれたから」
「え、なにそれずるい」
「これもひとえに私の人望よ」
「人望ってなんだろうな」
「吸血鬼に聞くことではないな」
まぁ桜自身も別に贔屓というわけでもなく、ぽつりと漏らしていたことを拾っただけなのだが。マスターの健康管理AIである彼女はさつきのことも随分と心配していたのだ。
「そっかぁ……そんなに解り安かったかなぁ」
さつきの笑みが変わった。それまでの天真爛漫なソレではなく、力なく苦笑するかのようなものに。それに私もアサシンも、そしてランサーも驚かない。一目見れば解る、この脱力した、ある意味達観したような表情が今のさつきの本来にものだと。
「私はねカレンさん、どこにでもいる普通の女の子だったんだ」
そうして語りだされるのは弓塚さつきという少女の過去だった。
「ごく普通に日本の普通にお金がある、普通に幸せな家の生まれだった。両親はたまに喧嘩するけど普通に仲良くて、普通に中流階級の家って感じ。日本は欧州や中東みたいに西欧財閥とかレジスタンスの抗争がそれほど激しくないからね。普通に幼稚園に行って、普通に小学校に入って、普通に中学校、高校って上がっていた」
普通、という言葉をさつきは強調しながら語っていく。
「友達もいた。クラスには中学の時から気になる男の子もいた。頼りになる先輩もいて……すごく普通に幸せな人生を私は歩んできたんだ。きっと中東の人たちからすれば天国みたいな生活だったろうし、私自身西欧財閥やレジスタンスの抗争なんて別の世界のことだと思っていたんだ」
あぁ、確かに。さつきの生活は日本では普通だとして世界的に見れば実に恵まれていただろう。今彼女が言った西欧財閥では、衣食住は完備されているが基本的に自由というものがない管理社会だ。中東ではそれらの束縛がない代わりに食料や寝床などは一から自分たちで手に入れなければならない。
だから弓塚さつきという少女は恵まれているのだろう。恵まれていたのだろう。
「なのに……気づいた時は全部失くしちゃったんだ。私の十八の時の誕生日だった。少しお父さんとお母さんが奮発して街の有名なホテルのレストランを予約した、でも私はその日に熱を出して、お父さんたちだけを送り出したんだよ」
あぁ、聞きたくない。そう思うのと同時に聞かなければならないと思う。この少女にことを知るためには。
「それでその日……ううん、永遠にお父さんとお母さんは帰ってこなかった。後から聞いた話だと、西欧財閥の偉い人が同じホテルにいて、その人を狙ったレジスタンスのテロに巻き込まれたんだって。その偉い人も私のお父さんとお母さんも、他の人たちも皆、みーんな死んじゃったんだ――私を残して」
それは聞き覚えがある気がした。結構最近のことで欧州でもそれなりのニュースになっていた。それでさつきの両親が亡くなっていたとは。
ならば彼女がこの聖杯戦争に参加した理由は――、
「別に復讐とかじゃないよ。考えなかったわけじゃないけど、テロの実行犯なんて解っていないし、ホテルにいた偉い人は死んでる。だったら復讐の相手なんかいない。ただ、ただ……私はもう解らなくなっちゃったんだよ」
生きる理由が解らなくなってしまったと、さつきは言う。
「家族が死んだっていうのに私はなにもできない。できることが一つもない。そして私はのうのうとそのまま生きている。世界は変わらない。悲しんでくれる人もいたけどそれで劇的に何かが変わるわけじゃない。私の両親が世界に残したのは、あの事件の死者数を二つ増やしたってだけなんだよ」
自暴自棄になっているわけでもなく、淡々と、そして泣きそうな顔で彼女は言う。
「……死ぬつもりだったと?」
「……最初はね。でもそれはダメだった。予選の時も一回戦の時もそう思っていたけどやっぱり死ぬのは怖かった。それに死んだら、お父さんとお母さんに申し訳ないよ。だから私は」
「聖杯に蘇生を願うのか?」
口を挟んだのはアサシンだった。死者の蘇生。これまで誰もが願ったであろうこと。実際にブラックモア卿はそう願い聖杯戦争に挑んでいた。私にはそれを否定できないが、しかしアサシンの言葉には確かな糾弾の色が混じっていた。
けれど、
「違うよ。ランサーさんと同じような顔をするね、アサシンさんは。解ってるよ、知ってるよ。死者は甦らしてはいけない。死んだ人は死んだまま安らかに眠らせておくべきだって。だから私はそんなことを祈らないって決めた」
故に、一度全てを無くした少女は願う。
「地上に帰って私はもう一度始めるんだ。私自身を。あの日殺した自分を取り戻すために。もう一度、私が私でいられるために。そのためだったらどうなろうと、なにをしようとも構わないって、そう決めた」
それは彼女の宣誓だった。弓塚さつきという人間の魂の誓い。
私は求め、しかし未だに得ることのできなかった尊い輝き。思わず気圧される。それはアサシンも同じように、眩しげに眼を細めている。
「なるほどなぁ……なんでお前がサーヴァントなんてやってて、しかもさっちんに召喚されたか解ったよ。あぁ……
「だろう? この私をして自滅衝動を抱かずにはいられない。私の知っている貴様が愛した人間と同じだよ。やはり素晴らしい。人間というものは素敵だ。特に、一度折れた者が涙を拭い、再び立ち上がり始まろうとする姿は言葉も出んよ。貴様も、そういう気持ちだったのだろう」
アサシンの苦笑は肯定を現していた。そして目を細め、
「あぁそうだな。同じだよ、困ったな。俺はお前と全然違うっていうのに、なんでこんなとこは共感できるんだろうなぁ。不思議だ。俺とお前の立場が全く逆っていうのも在りえたのかもな」
それでも、とアサシンは私の頭に、正確にいえば帽子の手を置く。乱暴に、しかし優しさがこもった手つきで、
「俺の主はカレンだ。さっちんも眩しいけど、俺は彼女を選んだんだ。だからな吸血鬼、やっぱ俺とお前は相容れないよ」
「あぁ、それでいいさ人間よ。化物を倒すのは何時だって人間だ。そうでなければならない、そうであるべきなのだ」
その言葉と共にエレベーターが止まった。扉が開き決戦場へとつながる。
「無論、貴様かどうかは別だがな」
吸血鬼は言う。自らは人間に倒されなければならないといい、しかし負けるつもりはないという。それもまたランサーの宣誓だった。アサシンは人間だが、そしてそれよりも弓塚さつきという少女こそがこのランサー――吸血鬼アーカードにとって誰よりも人間なのだ。
だから彼は負けないと言う。
立ちふさがる化物はこれ以上なく強大で、事前に攻略法を――攻略法と言っていいのか疑問だが――練っているとして、のどの渇きや震えは止まらない。
正直に言えば怖いのだ。最早言うまでもなくランサーは精神汚染のスキルを保有していて、彼の文字通り精神が汚染され、恐怖に塗れているのだと思う。逃げたいと、思わないでもない。
それでも。だとしても、
「カレン」
修羅場の直前だというのに彼の声は優しい。二心同体。二人きりの孤独。彼がいるなら――戦える。
「行きましょう。私に勝利を」
「極めて諒解」
決戦場は広い岩場だ。視界の端々には大きな岩が転がっていて、周囲の海で魚たちは第二層と変わらず遊泳している。
向かい合い、アサシンは拳を。ランサーは二丁拳銃をそれぞれ構える。
「ではお嬢さん。銃は私が構えよう。照準も私が定めよう。弾を弾装にいれ遊底を引き安全装置も私が外そう。だが殺すのはお前の殺意だ。さぁどうする命令を! あるじよ! 我が主よ! 我が主人弓塚さつきよ! 命令を!」
高らかに、芝居じみた物言いで自らの主へと言い放つランサー。その言葉に、さつきは一度だけ目を閉じ、息を吸い、吐いて。
「――我が下僕、吸血鬼アーカードよ! 命令します! 一木一草尽く我らの敵を赤色に染め上げよ!見敵必殺! 見敵必殺! 総滅せよ、彼らを生かしてこの海から帰すな!」
「――了解、認識した。
毅然とし、堂々と、覇気すら感じさせ、従僕に命ずるその少女にこれまでの普通さはない。自らを始めるために確固たる意志と殺意を以て戦いに臨む人間の姿。
そしてその命に応えるのは、怪異の王だ。
「拘束制御術式零号開放! 帰還を果たせ! 幾千幾万となって帰還を果たせ――謳えッ!」
主の言葉に永く、長く、アーカードは息を吐く。
そして――、
「――私は、ヘルメスの鳥」
「私は自ら羽を喰らい――」
「っあああああああああああああああああああああああああ!!」
私が送り込んだ大量の魔力を以て、アサシンの姿が緋色に染まる。言葉はなかった。意思疎通も必要なかった。宝具の開帳。それの前兆が今のコレだった。それこそがアーカードの攻略法の一端であり、宝具を使わせなければ彼を倒し切るのは不可能だ。だから、遅かれ早かれ出してもらわなければこちらが困っていた。
それでも、何もできずに発動を待つということはできなかった。
アーカードの唄と共に反射的に私の体は魔力をアサシンに送り込み、アサシンもまたそれに逆らうことなく狂化のスキルを発動していた。向かい合っていた距離を一瞬で詰め、拳をぶち込む。技術もなにもない、単純な暴力はそれゆえにアーカードの肉体を一撃で粉砕した。大量の血が飛び散り、臓物や骨が舞う。しかしそれでも、
「飼い、慣らされる……!」
不定形の影からは声が響く。
そして――第四の月想海にて死が起きる。
血が間欠泉の如く吹き上がる。明らかに体積とか容量を無視しているが、そんなことに構っている場合ではない。無尽蔵に湧き上がる鮮血は瞬く間にアリーナ全体を覆っていく。
「チィッーー!」
アサシンが私を抱えて、アリーナの端の限界にある大岩の上に着地する。こことさつきがいる周囲以外はもう完全に血の海となっていた。
いや、これは血の海などと生易しいものではなく、
「これが、死の河……!」
何が起きているのかなんて愚問だ。
死。
死が起きている。
死人が舞い踊る地獄。
ほかの何でもない、絶対的な吸血鬼の死が今この世界を蹂躙していく。
「血は命だ。血は魂だ」
言葉と共に血の海から立ち上がる影がある。
それは戦鍋旗を掲げた兵士。アジア風の軍団。猛る馬に乗り駆ける騎士。白の頭巾を被った殉教者たち。黒の軍服を纏う屍人たち、他にも。他にも他にも他にも――!
「これが私のレギオンだ。血と魂の軍団、私に隷属する、私が吸ってきた者たちだ」
「知ってるぜ、カズィクル・ベイ! 今更言うまでもねぇだろうが!」
吸血鬼アーカード。
その正体はかつて実在したワラキアの王。ウラド・シュペツにして、ブラム・ストーカーが描いたドラキュラ伯爵そのもの。
それが彼の真名。五百年、あるいはそれ以上生き続けた化け物。
それまでの現代風の赤い洋服の青年ではなく、黒銀の甲冑に包まれた中年の男。濃い髭を蓄えた口元はどうしようもなく歪んでいる。
周囲どこを見回して敵兵だらけ。アリーナの限界範囲すらからも血の軍勢は飛び出し増殖を続けている。その数実に千か、万か、十万か、何百万か。一目見るだけで絶望しかないその世界。
「臆するなよ、カレン。これでいいんだ」
「ええ」
そう、これでいい。これこそがこの吸血鬼の攻略法なのだ。
アサシンの記録とムーンセルから送られた情報によってアーカードのマトリクスは完成している。
対魔力A。無辜の怪物EX。精神汚染B。戦闘続行A+。
魔力を用いないアサシンだから対魔力は無関係として、それ以外は自明の理だ。ドラキュラという怪物であり、直視するだけで吐き気がするその在り方。体を吹き飛ばしても修復する。なるほどこれらの固有スキルは通常であればまず打ち倒せない。
「けど、今ならそれは崩れる」
死の河。アーカードの宝具。それは自らが吸った命全てを展開させるということ。それは彼の命のストックが解放されるということであるが故に、
「今なら倒せるぜカレン。この瞬間を他に於いて、あの化物を斃す機はない」
「できるかね?」
「やるんだよ」
岩場からアサシンが跳ぶ。同時に死の軍勢が動く。銃を、槍を、剣を掲げ、アリーナを埋め尽くす屍兵のすべてがアサシンへと迫る。
「せめてもの友誼だ。マスターを狙うなどという興ざめな真似はしない。さぁ、打ち倒してみろ人間よ。貴様が斃すべき人外がここにいるぞ!」
「ああ、あぁ! 解っているよ化物! 待ってろよ、待ちに待った人間様がお前を終わらしてやる!」
血の中に降り立ったアサシンにまずは耐久強化のために魔力を送る。疾走の妨げになるものだけを対処するために、ある程度被弾することを見越していたからだ。耐久を上げ、
「支蒼滅裂ーーッッ!!」
震脚がアリーナを震わす。アサシンの足元の血や、周囲にた屍人たちが吹き飛んでいく。莫大な量の衝撃波が剣や鎧や銃を砕き、人体や馬を動けなくするが、
それらを乗り越えて新たなる兵は迫る。
「かっ、ああああああああああ!!」
アサシンが吠える。同時に迫って来ていた兵たちが倒れていく。『無空抜拳』。無拍子で放つ拳撃は乱戦であるからこそ効果を発揮している。
「くっ……!」
当然ながら常時それを発動するということは大量の魔力が必要となる。それでも弱音を吐いていられる場合でもないし、それは死の河という宝具を発動しているさつきも一緒だ。だからこそ、ためらいなくアサシンへと魔力を送る。
「おお……!」
重鎧の騎士を殴りつける。周囲を巻き込みながら吹き飛び、空いた空間へ前に出る。すぐに新たな兵で埋め尽くされるから、進めるのはわずか数歩分でしかない。それでも、
「止まるかよ……!」
「ははははははっはははは! いいぞ人間! それでこそだ! さぁ来い、進め、足を動かせ!
「やかま、しいーーーッッ!!」
ほんの僅かずつアサシンは進んでいく。確かに前へ。並みいる軍勢をなぎ倒し、薙ぎ払い、叩きのめし、吹き飛ばしながらゆっくりとだが、確実に前に進んでいく。
同時にその体力もみるみる内に減っていく。
それは当然のことだ。これだけの四方八方で敵に抑えられ、フレンドリーファイアを恐れぬ銃弾に槍襖が迫っている。致命傷や霊核だけを護っているが、それ以外は棄てたまま。たった数分もないうちに返り血だけではなくアサシン自身の血で濡れている。それでも回復アイテムを与えるには距離が遠すぎる。今私がいる岩場に攻撃は来ないし、アーカードはマスターに手を出さないと言ったが、自ら動けば話は変わるだろう。そうなればすぐに殺される。
できることがない。
前に出ろという指示は送ったが、しかし細かい動きは完全にアサシンに任せている。素人の私が考えていては追いつかないから。
だからこそ今私はただ魔力を送るしかない。
「くああああああああああああ!!」
アサシンの絶叫。雄叫び。屍兵はサーヴァントではない。三回戦の時のジャバウォックたちと同じエネミー扱いだ。だから一撃一撃では大したダメージはないが、これだけ積み重なればアサシンのHPは瞬く間に減少していく。
既に六割を切った。
「どうする? どうするんだ? 化け物は未だいるぞ人間よ。斃すんだろ? 勝率はいくらだ。千に一つか万に一つか、億か兆かそれとも京か」
「下らねぇ問答してんじゃねぇよ。答えは解りきってるだろうが」
アーカードは笑っていた。
アサシンも口の端を歪めていた。
「あぁそうだな」
「あぁそうだ。那由他の果てであろうと俺には十分すぎる――!」
「よくぞ言った!」
瞬間、河から一際存在感を放つ影がいくつも生じる。
それは巨大な魔犬。それはトランプを弄ぶ伊達男。それはマスケット銃を担ぐ眼鏡の女。それは片腕が影になった女。
「かっ! どいつもこいつもお仲間引っ張り出しやがってッ!」
叫んだと同時に魔犬が吠えながら顎を開き喰らいついて来る。五日目に戦った時よりも大きくなったそれを蹴り飛ばすと同時に、
「が……!」
飛来したトランプの刃が右の二の腕を半ばから断ち切った。骨すらも半分ばかり切り裂いている。すぐに魔力を飛ばし、耐久を強化させる。だが、
「アサシン!」
複雑な軌跡を描いた銃弾が斬られた箇所吹き飛ばした。腕の亀裂が入っていた骨が完全に粉砕され、辛うじて肉だけで繋がっている。思わず悲鳴を上げたが、しかしそれでもアサシンは止まらなかった。止まれなかった。
「てめぇセラス……!」
「お久しぶりです。――では、再開を祝して」
片腕を持たぬ女だったのに、影が腕の代わりになっていた。そして馬鹿げた大きさのライフルをぶっ放す。アーカードの拳銃すらも優に上回る巨大な銃口。そこから吐き出される鉛玉の威力など想像する必要もない。回避する。大きく横に飛び退いたがその分だけアーカードとの距離が空く。最初と比べれば半分ほどまで詰めたというのに、その半ばに彼女らが生み出されたのだ。他の屍とは明らかに格が違う。
「あぁ……糞ッ、俺の、相手は……どいつもっ、こいつも……お仲間たくさんで、嫌になるぜ……!」
軽口を叩く暇ではなかったが、それでも彼としてはそれくらい言っていなければやってられなかった。圧倒的な質量で迫る魔犬。縦横無尽複雑怪奇に駆け巡る紙刃と銃弾。馬鹿げた火力によるダイレクトカノンサポート。それらがアサシンの進撃を止める。未だアーカードにたどり着けず、彼はまだなにもしていないというのに。
「はぁ……はぁ……、かはっ……っあぁ……」
息は荒く、口から大量の血が零れている。着流しは完全に赤く、右腕は辛うじて繋がっているだけに過ぎない。HPは既に四割を切っている。あと少しでレッドゾーン。拙いと思うが、しかしどれだけ考えても打開策がなく、アサシンへと魔力を送ることしかできない。その魔力もそれほど余裕はなかった。少しでも体力の消費を抑えるために、大岩の上で跪いて、両手を重ねる。祈るような姿勢で、しかし顔は上げてアサシンの背中を見据える。
それくらいしか、できない。
「ッ……お、おおおおおおおおお!」
叫び、再び前に出る。前に出て、拳を振るう。しかしその間にも弾丸が肩を抉り、紙刃が脇腹を裂き、砲火が全身を焼く。一秒一秒が凍えるように過ぎていく。時間が刻まれたのかのように、アサシンの体力が一ドットごと減っていくのを感じてしまう。
それでもアサシンは近づけない。あの三人と一体が一人一人だけならばともかく全員で一斉にかかられてはアサシン一人ではどうしようもない。三人とも遠距離であるからこそ、攻撃が決まらないし、魔犬は止めを刺す前に他の三人に止められる。
そうして非情に、無情に、無慈悲に。進展がない攻防が続き、アサシンのHPが三割を切りレッドゾーンへ突入し――
「さて、時間だ」
「――え?」
同時に全ての死の軍勢が血に帰った。大量の血だまりが残り、代わりにアサシンの背後に一人の少女が。姫カットの黒の長髪に毛皮の帽子、コート、マフラー、靴まで全て純白というこの戦場に不釣合いな姿。しかし、その声はあの吸血鬼と全く同じだった。
「なに、を」
「この聖杯戦争というのは実に面倒でな。この死の河であろうとも、ムーンセルが設定した宝具というコマンドの一つに過ぎないのだ。そしてそうであるが故に、実に勝手な仕様が付いている」
背後の少女の言葉にアサシンは動けなかった。背中合わせですぐ近くにいるというのにも関わらずだ。なぜかは明白だった。
周囲の血の河が彼の全身に纏わりついていたから。
「相手サーヴァントのデータ的体力が三割切った場合、この死の河を発動していると――相手サーヴァントをこちらの使い魔として使役できるというものだ」
「な……!?」
驚愕は私とアサシン同時に。それを聞いてアサシンが体を動かそうとしているが、
「もう遅い」
「……! カレ――」
飲み込まれた。ドプン、という音が響き、血の海が完全に飲み込まれる。彼の身の丈の血の塊だけが後に残った。
「……あ、あ……あぁ……」
言葉が出ない。頭が真っ白になる。彼とのこの二十八日間の聖杯戦争が一瞬で駆け巡っていく。
「愚かだったな。私の領地の中で血を流し過ぎだ。……あぁ、少女よ。それほど悲しむな、なに。すぐまた会える」
「え……?」
「ランサーさん!」
「ほうら、出てこい。『ただ戦うだけの人外』よ」
さつきの声を少女は構わなかった。血の塊の中から――アサシンが再び現れた。
けれど、彼は彼ではなかった。
まず背丈が違うそれまでの彼よりも幾分高い。数年分年を重ねているのだろうか。着流しは変わらないが乱雑に伸ばした黒髪を首のあたりで括っている。開いた和装の胸元には、それまでよりも縦の傷が細い十字傷。千切れかけていた腕は修復されていた。
「アサ、シン……?」
零れた声は自分でも驚くくらいにか細い。動揺が一周回って、彼の変貌を明確に感じさせていた。アレは違う。これまで共にあった蒼き英霊ではない。自らを人間であることを何よりも誇った彼は決定的に変わってしまっている――!
「さて、二回戦と三回戦で同じことをした場合一人は泣き叫び、もう一人は自らの従僕を詰って――そのままどちらも自らの僕に殺された。君はどうかね? 時代を間違えた聖女よ。では行け」
「……」
彼は極めて無表情だった。血を浴び、血に濡れ、それに構うことなく少女の言葉通りに進んだ。
私の方へと。
「アサシン!」
「違うな、それはバーサーカーに近い」
バーサーカー。この前彼が言った適正クラスの一つ。自ら危ういと称した狂戦士の姿がこれだというのか。再度名を呼ぶ。しかし彼は答えず、表情を完全に消している。その瞳からは何の感情もうかがえない。
「無駄だぞ。支配権は私のものだ。その程度の呼びかけでは揺らがんよ」
少女の言葉の間にも彼は足を進めてくる。それまで彼が文字通り身を削って、踏破した道のりがなんでもなかったように。
少女は笑みを浮かべ、さつきが呼びかけるが全く気にしていない。
「アサ、シン……」
「……」
彼が私の前にたどり着いた。大岩の上にいるから彼を見下ろす形になり、
前触れなしでその岩を彼は一撃のもとに粉砕した。
思わず短い悲鳴を上げ、粉々になった石の欠片と共にアリーナの床を転がる。すぐに血塗れになった。しかしそれに構っている余裕はなかった。再び振られたアサシンの拳。私を狙ったそれを避けれたのは周囲の夥しいまでの血だった。それに滑り、奇跡的に外れたのだ。
「ははは、中々に往生際が悪いな。さて、これからどうする?」
「ランサーさん、もう……!」
「黙っていろさつき。彼女を見ろ、アレが諦めているように見えるか?」
「え……?」
たった数瞬拳を向けられたというだけなのに、それだけで全身の汗が酷かった。肩で大きく息を吸っている姿は先ほどのアサシンを思い出す。
そう、あれがアサシンだ。
いつもいつもボロボロになって、前を向いて、疾走し、私を守ってくれるのが彼だ。
なのに、今の彼は無表情で、無感情で拳を振るう。
見るに堪えない。これが人外の彼なのか。あぁなるほど、あれだけ人間に焦がれていたのがよくわかる。アサシンにだって色々問題はあるけれど、こんなのより万倍マシだ。
納得は、少しずつ怒りへと変わっていく。
「……あぁ」
大体なんだこいつは。あんなに簡単に相手に乗っ取られるなんて。あれだけ人の背中を後押しして、偉そうなことを言っていたのに。ここまで私を来させたのは間違いなくこの英霊なのに。
それがこの様だなんて。
怒りを通り越して呆れてくる。
私の従僕はこんなものではないのだ。大体、まぐれだとしても彼の拳が二回も外すなんてありえない。
だから。そう思ったから。
気づけば身体が動いていた。
「――『
マグダラの聖骸布が彼の体に絡みつく。しかしその拘束は一瞬だ。元々男性に対して絶対的な拘束を作用を持つが、それでも英霊に対しては一瞬拘束できれば御の字。実際纏わりついた聖骸布を彼は一瞬で吹き飛ばしていた。
けれど、確かな一瞬の隙が生じた。
その一瞬。
体は当然のようにごく自然に動いてくれた。右腕全体を大きく振りかぶって――振りぬく。
「この――駄犬!」
パシン、という甲高い音。振りぬいた手のひらは、彼の頬を打っていた。彼も、さつきも、そして少女でさえも驚き、動きが止まった。
「駄犬の分際で主人に逆らうだなんて。去勢するところだわ、この早漏が」
止まったところを逆の手でもう一度彼の頬を叩く。渇いた音。
「誰が貴方の主か、忘れたとは言わせないわよ。人外だなんて無様晒していないで、今すぐに帰って来なさい。この愚サーヴァントが。貴方が、私に希望を見せたのでしょう……!」
そう、あれは忘れらない。あの時の彼の笑みを。幸せだという彼の笑顔が。自分と同じような呪いを持った彼が、自分の人生を悪くなかったと言えるその彼の姿は私にとって希望だったのだ。
どうしようもなくどうしようもなくどうしようもないこの私が。時代を間違えた紛い物の聖女の生が。いつか本物になれるかもしれないと想えたのだから――。
「最後まで――責任を取りなさい」
そうして体から力が抜けていった。頭のどこかで冷静に分析する自分によれば元々魔力がほぼガス欠だったのに、英霊をビンタするなどという暴挙に出たのだから疲労も当然だった。アーカードの精神汚染というスキルにも晒されていたのだから、今までもっていたのが奇跡と言ってもよかった。それくらいに私は弱いのだから。
そんな弱い私は、無様にも体から力を失い前のめりに倒れていき――、
「あー、くそ。ダメだこりゃ。参ったね、どうにも」
そんな声と共に彼の胸に体が収まった。血の匂いしかしない。けれど確かな温もりが。あぁ、それで安心してしまう自分が腹立たしく、どこか嬉しい。
「……何の話かしら」
「いやぁ、なんというか。もうどうしようもねぇなというか、誇らしいというか、なんというか」
「はっきり言いなさいよ」
「惚れたよ」
一瞬だけ、ぎゅっと抱きしめられた。それは反応する前にすぐに離れたけれど、
「惚れたよカレン・オルテンシア。お前が好きだよ。これ以上ないってくらいに。ここまでさせたんだ、惚れない方がおかしいって話だよなあ。あぁ、そうだ。これが俺だよ、やっぱいいなぁ惚れた女の為に戦うのは。俺はやっぱそういう奴なんだよなぁ。――行ってくるぜ、帰って来たらキスの一つでも頼む」
「ちょ……!」
こちらが何か言う前にアサシンは前に出てしまった。正気に戻ったのはいい。その後のことはあとでじっくり話し合う必要があるが、それにしたって今の彼は体力が三割切っているのだ。なのに回復もしていない今の状況では危険すぎる。
「大丈夫だって」
なのに気楽にアサシンは笑い。
「というわけだ、第二ラウンドだぜ吸血鬼」
少女――の姿をしたアーカードと向かい合う。彼女は既にさつきの元まで戻っていた。アサシンは腕は修復させたとはいえ全身ボロボロのままだ。どうしたって頼りない姿だが、それを見てアーカードは笑みを浮かべる。
「はっ、なんだ意外に早かったな」
「あったりまえだろ。あんないい女放っておけるかよ」
「貴様らしい」
クックッと喉を鳴らして笑い、手袋の魔方陣が光る。
「さて、なにが変わったのか見せてもらおうか」
――そして死が再起した。
それまで単なる血のたまり場だったものが、再び屍人の軍勢となって復活する。今度は初めから伊達男や魔弾の女に、セラスとかいうのもいる。構図は先ほど変わらない。どころかアサシンの体力がない分明らかに不利だった。なのに彼は気楽に笑って、
「祈ってくれカレン」
「え……?」
「俺の勝利を、俺たちの未来を。お前が祈って、信じてくれれば――それは叶うから」
この期に及んでの根性論だった。けれど、最早疑うこともない。その場に跪いて、手を組み――ただ彼の勝利を、私たちの未来を祈る。
そして、
「最終固有スキル――『
アサシンの全身に亀裂が入る。それまでのバーサーカーだという姿が音を立てて砕けて元のアサシンの姿に戻っていたが、しかしそれまでとは異なることが。蒼かった髪と瞳が黒い。バーサーカー時と同じ姿。しかし、それには先ほどの禍々しさはない。
「震えろ魂」
静かな呟きと共に拳を振りかぶる。ゆっくりとした動き。その間にも血の軍勢は迫って来ていた。魔犬も紙刃も弾丸も砲火も槍も剣も銃弾もなにもかも。しかしもうアサシンは焦らない。どころか笑みを浮かべ、
「ぶち抜けぇーー!」
ぶち抜いた。言葉通りに。拳の前の空間に存在していた全ての屍兵が喝采音と共に消滅した。アリーナへの道を拓いた時のことを彷彿させ、アサシンはその空間を駆ける。それまでの彼とは段違いの速度。数十倍にはなっているのではないのだろうかというほどであり、死の河に空いた風穴を即座に抜けていた。
その先にあるのは言うまでもなく、
「アーカード!」
「無論だ、マスター」
さつきと、いつの間にか青年の姿に戻っていたアーカード。白と黒の二丁拳銃の引き金を引く。
「決着付けようぜ吸血鬼ーーー!!」
「復活したとたんに威勢がいいな!」
交叉は一瞬だった。アサシンの肩が抉れ、同時にアーカードの二丁拳銃が粉砕する。それでも二人は止まらない。アサシンは肩に蒼い光を宿し、アーカードは槍のような手刀を以て再びぶつかり合う。
「何という男だ。人の身でよくぞここまで練り上げた。敵よ! 殺してみせろ! この心臓に拳を突き立ててみせろ! 五百年前のように! 百年前のように! 三十年前は叶わなかった! さぁ今こそこの私の夢の狭間を終わらせてみせろ! 愛しき御敵よ!」
「勝手に言ってろォ!」
互いの手刀が激突し、拮抗し――数瞬後のアサシンが打ち勝った。それにより生じた隙を彼は逃さない。逃すわけがない。
「穿て……!」
強烈なボディブロー。アリーナの床が砕け、アーカードが吹き飛ぶ。舞い散る鮮血はこれまでよりもずっと少ない。しかしそれが今アーカードを追い詰めているという証拠。全ての命を放出したのだから、全てのアサシンの攻撃は届いているのだから。
そして、最早アサシンは止まらなかった。
「――終わりだよ人外」
飛ばした先に、既に移動していたアサシンがアーカードを蹴り上げる。跳ね上がったの体を自身も飛び上がってかかと落とし。大地に激突し、アリーナに全域に亀裂が入り――、
「あぁ……素敵だ。やはり人間は素晴らしい」
空中で加速したアサシンの拳が吸血鬼アーカードの心臓へと振り下ろされた。
そして彼は笑みを残し――消滅した。
「……勝った、の?」
絞り出すような声は、恐る恐る口にしたもの。アサシンの一撃はアーカードの心臓を穿ち、消滅させていた。アサシンはもうボロボロで一割すらも切っているような状態で、全身の至る所が抉れ、血塗れだ。彼の満身創痍というのはもう四度目だが、今までで一番酷かっただろうし、相手は間違いなくこれまでで一番の強敵だった。
それでもアサシンは勝利し、私の下へ帰ってきてくれた。
そして、アリーナの中央にオレンジ色の壁が出現した。
「……そっかぁ、負けちゃったかぁ」
壁の向こうでさつきは呆然と呟いた。戦闘開始時の凛としたものではなく、モラトリアムの天真爛漫の笑顔でもなく、エレベーターの中で見せた力ない苦笑でもなく。
ただ、身体の端々を覆う黒いノイズを眺めていた。
「アーカードさんは……?」
「あいつなら、先に満足して行っちまったよ。人外っていうのはいつもそうだ。どいつもこいつも、殺されたのに笑って死にやがる。悪いなぁ、さつき。アレはもうどうしようもないんだよ」
「いいよ。アーカードさんが納得したっていうのなら、それはきっといいことだから。……でも、そっかぁ、これで終わりかぁ」
「……さつき」
「カレンさん」
さつきは儚げな、今にも散りそうな笑みを浮かべていた。柔らかい、優しい微笑だった。お互いに何も言うこともなく壁越しに手を重ねた。
「こういう時、なんていえばいいのかな。お疲れ様? 頑張ったね? これまでありがとう?」
「……詰ればいいのですよ。私のことを。よくもやったなって」
「あはは……無理だよそんなの。私には、誰かを嫌いになるなんて、誰かを恨むなんて無理だもん」
そうだなぁとさつきは苦笑している。その間にも彼女の全身を覆うノイズは広がっていく。もうすでに半身までが浸食されていた。
「じゃあ、一言だけ。最後にお願いがあるんだ」
「……なん、でしょうか」
「カレン・オルテンシアさん」
――私とお友達になってください。そう、彼女は言った。
「あとたった数秒しかないけど、それでも……友達に見送られるっていうのなら案外悪くないと思うから。死ぬのは怖いけど死後の世界とかどうなってるかまったく解んないし、これまで三人も殺しちゃったからきっと私は地獄行きだと思うけど……それでも、大好きな友達が最後まで見てくれるっていうなら、なんとかなる気がするから。だから、私とお友達になってくれますか?」
「……えぇ、えぇ。勿論よ」
「えへへ、ありがと。
そうして彼女は。新しくできたばかりの友達は。無理した笑顔でもなく、力ない苦笑でもなく、茫然とした無表情でもなく――一人の少女らしい、ごく普通の笑顔を浮かべて消えていった。
「……さつき」
呟いた名前は絶対に忘れてはならない。忘れないと心に誓う。この月でできた二人目の友達。私が殺した友達。
「カレン」
後ろからアサシンが緩く抱きしめてくる。振り払う力はなく、言葉で退かそうと思ったのに、
「泣いてるのか」
彼の言葉で自分が泣いているということに気付いた。これまで泣くことなんてなかった私だったのに、今こうして涙を流していた。
「これからはさつきの分まで、笑っていかないとなぁ……だから、さ。今は別に思いっきり泣いてもいいと思うぜ?」
ここには誰もいないから。エレベーターから校舎に戻るまでは彼以外誰もいない。
だから私は。
カレン・オルテンシアは。
生まれて初めて――友達の為に泣いた。
AMEN。私の友達、貴方の旅路に幸多からんことを。
なんか全体的にキャラ崩壊してるけど気にしない!
鯖データは未だ受付中。
今のところ遙歌のリクがあったので、次話でそれ書きます
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