落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 番外編まとめ 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
決戦場には芝生のような細かい苔や海草が生えていた。短いそれが足に絡むことはないだろうが、衝撃を和らげるようなものでもないだろう。所々に岩肌も露出している。
そしてその中央。蒼い衣と赤い衣の拳士が向かい合い、その背後に修道女と殺し屋が。
「くはははははははは! 滾る滾る! 血が! 肉が! やはり武とは生き死にあってのもの! 年老い、なにを悟った気になっていたのやら――所詮は俺も、血に飢えた窮奇と同じか! いいぞ、若返るようだ! お主らは強い! ここまでのどの敵よりもな! さぁ力比べだ! 極地のその先を――見せてみろ!」
嬉しくて、愉しくてたまらないというように哄笑を上げる李書文。本来ならば槍兵と呼ばれるはずだった男は、ユリウスという主を得たがためにその肉体だけが在りし日のころに逆行している。しかし、今。その精神すらも老いを忘れこの戦のための若々しく回帰していた。
「いい空気吸ってんなおい! 任せろ『拳士最強』の武威、思う存分に見せてやるさ! 男の戦場ここに在り、思う存分殴り合おうぜ!」
「応! ユリウス、止めてくれるなよ。こやつとは我が絶招を以て決着を付けねば気が済まぬ!」
「……いいだろう。ただし――勝て」
簡潔なユリウスの言葉に李書文は嬉々として頷いた。あるいはこの場合でもユリウスとの食い違いがあればそこを付けるのかとも思ったが、それはなくなった。勝つというのならば構わないと主はいい、だからこそ従僕は笑みを濃くしその命に応える。
だがそれは、
「行こうカレン。俺の全て、アンタに託そう」
「えぇ私も貴方に。共に勝利を」
交わされる言葉は少なくとも、想いは既に通じている。
「行くぜェッ!」
「さて――」
蒼一が飛び出し、アサシンは動かなかった。間にあった十数メートルを蒼一は瞬きよりも早く詰め、
「まずは一撃――ッ!」
李書文の宝具『无二打』が即座に放たれた。
それは単なる拳撃ではない。勿論単純な威力としては申し分なく、決戦場の足場の岩に亀裂を入れたのがそれを物語っている。しかしそれだけではないのだ。
『无二打』。
それは武の神髄の一つ。相手の気を呑み、殺気を凝縮し、それを対象の心臓に叩き込みショック死させる。英霊となった今、最早それは概念的な力を保有しているほどの一撃。単なる奥義が宝具の域にまで至ったという本来ならば在りえざる結果。只の牽制でさえ確実に命を奪う絶殺の一撃は確かに蒼一へと叩き込まれた。
「――!」
蒼一が血の塊を吐いた。ぐらりと一瞬だけ体が揺れ、
「やはり耐えるか」
体力を大幅に削りながらも健在だった。口の端には笑みすらある。
『无二打』。
ショック死の一撃。例え達人でもその魔拳からは逃れられなかったがそれでも、
「――俺は刀だ。一振りの刀剣だ。主を守護する刃だ」
彼は武人であると同時に一本の刀でもある。それは自らを刀に見立てた拳法ならぬ剣法を用いることからもうかがえるし、彼の固有スキルの名は『蒼刀・錻』。
蒼き刀。
「刀がショック死するかよ」
「違いないな!」
瞬発は同時だ。互いに敏捷はAランク。どころかランク内の差異を於いておけばほぼ同値のステータスだ。蒼一の場合は本来ならばもう少し上がるが現状スペック面においては互角。数値的な能力が拮抗しているからこそ、
「ハハ! 世界は広い、こうでなくてはなぁ!」
「武者修行の旅っていうのもいいもんだぜ!」
二人の拳士の武威と、
「遊ぶなアサシン。児戯はどこまで行っても児戯だ」
「進みなさいアサシン。前進を以て疾走へと」
二人のマスターの力量がものを言う。私も、おそらくはユリウスもサーヴァントに対する支持を放棄している。当然だ、敏捷Aランクの英霊同士の戦いなど人間に理解できるはずもない。必然指示とは何を目指しているかということになる。そして目的は当然勝利。そして私もユリウスも正面から戦う人種ではない。
だからこそ、ある意味至極真っ当にサーヴァント同士の戦いがメインとなる。
「どれ!」
アサシンが震脚と共に体を沈め、次の瞬間にはアッパー気味の拳をかちあげていた。いや、拳というよりかは掌底だ。指をまげて手のひらを射出したそれは放たれただけどいうにも轟音を発生させていた。それを受け、蒼一は護ることなどしない。現在は耐久を上げてないし、上げていたとしてもこの一撃を防ぎきれるかは疑問だ。
『二の打ち要らず』というのはなにもあの殺意のショック死の一撃だけでない。単純な一撃でさえ致命だし、この掌底を喰らえば顎から顔面が吹き飛ぶ。
だからこそ、
「『我愛故在』――発動」
躊躇うことなくそのスキルを発動する。
固有スキル『我愛故在』。平行世界の自分との魂を共鳴させることで一時的にほかの自分のスキルを取得するというもの。これまでの概念打撃や心意と呼ばれる肉体強化もそれに当たる。
顎へとかちあげられた一撃を蒼一は避ける。
顎を上げるという動作だけで、だ。一歩間違えれば頭蓋が吹き飛ぶし、掠っただけでも同じことだ。避けきっても風圧でダメージを喰らうことになる。
それらのギリギリの境目で蒼一はアサシンの一撃を回避していた。
「なに――!?」
アサシンの掌底は肘を直角に曲げた一撃だった。顎の前で回避しきったからこそ眼前に拳があり、首の下あたりにアサシンの肘がある。
それを蒼一は右の手の甲で軽く押しのけた。軽く内側に引き込むような動きで肘をずらし、
「おお……!」
開いた隙間に拳をぶち込んだ。
「くっ……!」
咄嗟に背後に引いたとはいえ攻撃直後のわずかな硬直を狙った一撃は到底防ぎきれるものではない。衝撃がアサシンを撃ち抜き背後に飛ばした。
それを蒼一は追撃しなかった。
緩く、長く息を吐きだす。身体からだらりと力を抜いてから両腕を十字に構える。
「人中に呂布、馬中に赤兎――そして天下に我は在り!」
蒼一の背後に一瞬だけ赤い髪と褐色肌の少女の姿が浮かんだ。それはすぐに消え去り、しかしまるで彼女が力を貸したかのように蒼一から発せられる密度が増す。
「飛将か! なんとも挑み甲斐のある男よ!」
「馬鹿な、EXランクの格闘スキルだと!?」
ユリウスのソレは明確な驚愕と動揺だった。
ランクEX。
Aランクで超一流で、それにプラス補正が付く場合があるがそれすらを超越したサーヴァントとして最上位ランク。これまでの敵でいえばエル・ドラゴの『星の開拓者』やナーサリー・ライムの固有結界のような極めて強力かつ稀である能力に与えられるランクだ。蒼一の『我愛故在』も平行世界に干渉できるという理由からそのランクを保有している。
しかし今蒼一が得たスキル『天下ニ我在リ』には希少性は皆無だった。
蒼一の『蒼刀・錻』やアサシンの『中国武術』と同じ物、もっと言えば他の武芸のサーヴァントならば当然持ち得る技術のスキルでしかない。彼らが生前、人として身に着けてきた技術。
ただ蒼一のそれは――人の身にて人の領域を超えたというだけのことだ。
「見事、御見事! この李書文心から讃えよう! よくぞそこまで至った!」
言葉と共にアサシンが右の拳を打ち出す。それは先ほどの一撃よりも尚早く重い拳。震脚だけでもエネミー程度ならば倒せるほどの衝撃を余すことなくつぎ込んだ一撃だ・
それを前にし蒼一は退かない。
前に出た。
迫る剛拳に対して体を半身にし、右足を一歩だけ踏み出すことによって回避。その動作と共に体を沈めながら右の肘を前に出す。ガンッ、という音が鳴る。出所は蒼一の踏み出した右足。踏み出しと同時ではなかった。緩い動きで大地に落ちた足は、刹那の間をおいて一見なんの動きもないにも関わらず大地を粉砕し莫大な膂力を生む。
そしてそれらが肘へと伝導するのと同時に、アサシンの胸へとぶち込まれた。
「なんの……!」
己の胸の中にいる蒼一に対しアサシンは笑みを消さなかった。身体を縮めていた蒼一へと放ったのは挟み込むような掌底。もとより八極拳とは短打、つまりは超近距離や零距離、いわゆる接触戦にてその進化を発揮する武術だ。故に今ふれあっているほどの距離こそが李書文が真骨頂を発揮する距離と言っても過言ではない。
挟み込みの掌打は片方だけでも喰らえば大ダメージは免れないし、もし両方から対になるように同じ個所へと当たれば体内で衝撃が爆発して絶命へと至る。
それよりも早く蒼一は動く。
アサシンの反撃を予想していたかのように、双掌が放たれるよりも早く左腕は動いていた。右の肘を打ち込んだ勢いを殺さず、身体を長して掌底を放った。同時に右肩をアサシンに触れさせ挟み込みをズラしながらだ。
左の掌が先の右ひじが着弾した真下、すなわち鳩尾へとめり込む。
「がはぁ……!」
口から零れたのは膨大な量の血。これまでで一番のクリティカルヒット。胸部と鳩尾への二撃は私自身も驚くほどの威力を有していた。耐久が高くはないとはいえ、今のだけでアサシンの体力を一割以上削っている。アサシンの耐久が高くないとしても、蒼一の攻撃力が異常だった。筋力値が上がっているわけではない。
ただ技術面を完全に極めているのだ。
蒼一も李書文も人間として武の限界までに至った英霊だ。圏境という極地に至り、召喚者がユリウスだったからこそ李書文は若き日の姿として暗殺者の枠にはまってしまった。本来ならば『神槍李』の字通りのランサーか、あるいはバーサーカーになるはずだった。勿論暗殺者としても武芸の
破壊と守護に分かれるが、それこそが拳士である二人の本質だ。
けれど今の蒼一は違う。詳細は聞いていないし、欠けた夢で得た情報は断片でしかない。けれど天下に我在りと乱世に叫んだ蒼一は人の限界を超え、そのさらに先へと至っていた。
それは歴史上彼のみの至った超越の領域だった。
「お主、一体どうやってそこまで行った?」
「隣に天賦の才っていう女がいたからな。その女護るためには色々超えなくちゃ駄目だったんだよ」
「カカ、俺にはわからんものよ」
「遊んでいるなアサシン。本気を出せ」
「気楽に言ってくれる」
そう文句を零しながらもアサシンの顔が曇ることはなかった。一度開けていた距離を再び詰める。活歩などという特殊な歩法と高い敏捷値を用いれた一瞬で詰まる。そして交わされる攻防は熾烈の一言であり、
確実に天秤は蒼一へと傾いていた。
「やはり上手くはいかぬものよ!」
至れる限界にいるアサシンと限界を超えた蒼一。その差は僅かでしかないだろうが、それでも確実に存在し、厳然たる実力差を生んでいた。
アサシンの攻撃も確かに蒼一に当たる。しかしそれは打点をずらされていたり、威力が乗る前であったり、捌かれ掠めることによって威力が損なわれている。それらに相反して蒼一の一撃は全てが決まっていた。動きそのものが複雑怪奇なわけではない。なにか新しい概念を体現しているというわけでもない。ただ単に徹底的に無駄が削ぎ落とされ、一つ一つの動きが連動している。中国拳法とは宇宙の真理を体現しているというが今の蒼一は正しくそれだった。
「中華の神髄はこっちにもあるってことよ」
「いや、参った参った。乱世と泰平の世の違いか。わしももう千七百年ほど早く生まれたかった」
互いの体力が五割を切っていた。蒼一は最初の一撃でそれだけ削られていたし、今の攻防でアサシンも大きく体力を減らしていた。
それでも武威に関しては今の蒼一に絶対的なアドバンテージがある。当然EXランクの武術を体現している以上私自身へとかかる負担は大きい。秒単位で大量の魔力が消えていく。それでもスキルを用いる必要がないからある意味では解りやすい。今のペースならば一度魔力を補給すれば倒し切れることも不可能ではない――、
「っ!」
唐突に脳裏に警鐘が鳴り響き、即座にマグダラの聖骸布を振るった。掌が痺れるほどの衝撃のそれは、
「遊びはここまでだ」
拳銃を構えたユリウスだ。今の衝撃は単なる銃弾ではなかった。おそらくはあれが礼装で、攻撃用のコードキャストだったのだろう。
「ユリウス!」
「文句があるならば俺よりも先にケリを付けろ」
言いながら再び風の弾丸を放つ。蒼一たちの攻防に業を煮やしたということだろうにもかかわず黒衣の暗殺者は冷静だ。最初の一から動くことはなく礼装で遠距離から攻撃するだけ全く近づいてこない。間のサーヴァントたちに構っていない。勝手に二人は避けているのだから気にも留めていないのだろう。間違いなく私のマグダラの聖骸布への対策だ。如何にユリウスとしてもこの聖骸布に捉えられたら身動きが取れなくなる。
そしてそれは、
「全く予想通りね」
透明化していたバレル・レプリカを構えて、引き金を引く。
ユリウスの動きには当然対策していた。近づかれることはなく、攻撃の必要もない以上、こちらは防御だけしていればいい。そのためのマグダラの聖骸布による防御術と、ここ数日でシオンから教えてもらった、
「アトラス院流威嚇射撃!」
なるべくユリウスの頭部や腹部目がけて引き金を引いた。威嚇射撃ってなんだろうとか蒼一と一緒に思ったがアトラス院が言うのならばこれで正しいのだろう。だからこそ気兼ねなく銃弾を放つ。
「ちっ……」
矢鱈めったらに放つ素人の銃ほど面倒なものはない。それはシオンが言っていたことで、ユリウスも忌々しげに防御術式を張って銃弾を防ぐ、使い手が素人とはいえアトラス院の魔術礼装だ。何が込められているか妖しいのでユリウスも防がざるを得ない。
「犬のように死ね」
再び放たれた弾丸も聖骸布で防ぐ。一発を防ぐ毎に魔力を消費するが防ぎきるのは不可能ではない。銃撃の合間にシオンからもらった回復用のポーションを飲み干す。試験官に入れられているから接種は一瞬で終わる。中央でサーヴァント同士が戦っている以上ユリウスも正確に素早い連射を完全にはできていないからこそだ。
「……」
唐突に始まった銃撃は唐突に止んだ。この間にも蒼一とアサシンの攻防は続いていて、蒼一は四割、アサシンは二割も体力を切っていた。
それらの前にして、しかしユリウスは焦ることなく、
懐から人の腕を取り出した。
「令呪三画を以て命ず――損傷の全てを修復しろアサシン」
その腕が光と共に消滅し、
アサシンの体力が完全に回復した。
「な……!」
腕。それに刻まれた令呪。一瞬でその意味を理解する。それはおそらくこれまでの彼の対戦相手から強奪したもの。そして令呪とは即ちサーヴァントに対するブースト装置。それによって二割を切っていたアサシンの体力は万全の状態となり、
「圏境を取り戻せ」
破壊されていたはずの勁脈も修復され、あの圏境もが復活する。
そしてそれだけでは飽き足らず、さらにもう一本の腕を取り出し、
「さらに令呪三画を以て命ず。勝利しろ」
「カッ、余計真似を――」
アサシンから伝わる威圧感が格段に上昇した。圏境の復活に加えて令呪によるブースト。それを得たことでアサシンのステータスは大幅に上昇している。
「さすがに令呪の加護は殴れん」
「そう、宝具は……まだ早いわね」
「あぁ」
蒼一の宝具の使用制限はそれほど難しいものでもないし、魔力を大幅に喰うというわけでもない。条件は二つで一つはあと少しで満たすことが可能だし、もう一つもその気になればすぐに可能だ。けれどどちらも今のタイミングではキツイ。
一つは体力が三割以下で、今が四割切ったところだが令呪でブーストされアサシンにそれは心もとない。その程度一撃で削り切られる可能性がある。
「ま、なんかなるさ」
「なんかする、の間違いでしょう」
言葉と共に回復用のコードキャストを使い蒼一の体力を回復させる。全身の傷が癒されていき、体力も八割がた回復する。さらに回復アイテムを使えば完全に戻すこともできるが、今はもうそんな時間がなかった。
「あがくな」
「我が合理、身を以て知れ!」
再び蒼一とアサシンが激突する。圏境を使ってこなかったのは不可思議だが、その疑問を挟めるような攻防ではい。震脚が響き、アサシンの右腕が引き、
唐突に腕だけではなく全身までもが消え去った。
「な――」
「七孔噴血……撒き死ねぃ!!」
「っインカーネイト!」
命中の寸前、蒼一の背後に水色の髪に狙撃銃を持った少女の姿が一瞬浮かび、
轟音と共に大地が割れ、蒼一の体を真正面から衝撃が貫いた。
虚空から聞こえたアサシンの言葉通りというわけでもないが、蒼一の口から血が飛沫く。恐ろしいことに今の一撃で蒼一の体力が一割にまで削られていた。最初の『无二打』を大きく上回る威力。蒼一が凌いだのは直前に心意による防御が間に合ったからに過ぎない。人間である少女に終焉を願ったが故に、彼女以外には終わらせないという執念染みた想いが彼を生かしていた。
「これも耐えるか、流石よの!」
「が、は……くそったれ……えげつない使い方しやがって」
アサシンは圏境を一瞬だけ使った。攻撃の予備動作の直後であり、実際に攻撃する直前。
蒼一のように極まってしまった存在だからこそ、わずかな初動で動きを予測し、対処するために体は動く。動いてしまう。故に攻撃の直前で姿を消し、別の動きに繋げることで蒼一の虚を突いたのだ。
「アサシン!」
即座に回復のコードキャストを飛ばす。魔力不足など言ってられない。
「まだ、いける……!」
「そうでなくては!」
回復したとはいえ先ほどの威力を前にすれば心もとない。それでも蒼一は退かなかった。『天下ニ我在リ』と『霞隠れ』を併用すれば対抗できないわけではない。圏境自体も令呪によって効果を上げ、蒼一では捉えきれない間隔が増えたがEXランクの武威が不足を危なげであるも補った。
そうして拮抗状態が生まれる。
一撃必殺と突発的に姿を消すアサシンと卓越した武威を誇る蒼一。最初に比べればアサシンは直撃が増え、蒼一は捌き切れずに掠めることが増えていく。交わされる武は最早私の目では追うことは不可能だ。見に徹しても最早何が起きているのか理解できない。ただ結果として徐々に消えていく二騎の英霊の体力を見ていくことしかできない。送る魔力はなんとかまだ余裕がある。
「アサシン……!」
「おお……!」
「ハハ、愉快愉快!」
「……捉えたぞ」
そして一瞬だった。蒼一とアサシンの拳が激突し合い拮抗した瞬間。放たれたのはコードキャスト。アサシンのステータスにデハブが表示されて動きが鈍った。それはコンマ数秒以下の停滞。私にはなにが変わったのか全く理解できなかったし、ユリウスにもそう見えたはずだ。
それでも李書文には十分だった。
「――我が八極は二の打ち要らず」
ゆらりとアサシンの腕が演舞をするかのように揺らめき、全身に炎のような陽炎が生じた。それに対し蒼一は最早言葉を生む余裕もなく全身に蒼い心意光を纏わせ防御態勢を取り、
「噴ッ! 覇ァァァアアアア!」
先の一撃に負けず劣らずの大拳撃が蒼一をぶち抜いた。防御は一瞬で砕かれ、心意光も根こそぎ奪われる。リプレイのように蒼一が血を吐いたのと同時に、
「令呪三画を以て重ねて命ずる。サーヴァントを殺せ」
「全身全勁、陽気を巡らす……!」
さらに取り出した腕の令呪でダメ押しと言わんばかりにアサシンが強化される。
二の打ち要らずと呼ばれたはずの奥義はしかし次の動きへと繋がっていく。アサシンの宝具の直撃によって大きくのけ反り隙が生まれた蒼一へと拳が叩き込まれた。両の拳を突き上げるように脇腹へと。回避も防御もできずに突き刺さり、しかしアサシンは止まらない。両拳を引き戻すのと同時に肘を屈折させ震脚と共にぶち込む。
「が……!」
「まだまだ……!」
蒼一の体がわずかに浮いた。そこまでしてそれでも止まらない。肘を引き戻し、掌を蒼一の胸の軽く添え、
「受けよ我が絶招――猛虎硬爬山ッッ!!」
再度の震脚によって放たれた浸透勁。あまりの威力に蒼一の着流しは吹き飛び、心意による防御が打ち砕かれ、終焉への執念による即死回避によってわずか一ドットを残してなんとか蒼一は生き延びていた。
「我が絶招に耐えたか……!」
「信じられん……だがもうこれで終わりだ」
奥義を完了させ、一度下がったアサシンやユリウスの声が聞こえてきた。
終わり。
一ドットしか残らぬサーヴァントの体力。
消え去った固有スキル。
相手サーヴァントの合計九画の令呪ブースト。
四回戦における窮地を上回る死地。もしこんな状況であったならばあの時私たちが勝利を得ることができたのかは疑問だ。
絶体絶命。どうしようもない戦況。敗北は一歩すぐそこ。これ以上はただの悪あがき。誰が見ても私たちの敗北を確信するこの状況。
あぁ。それはつまり――、
「いつも通りだよなぁ、カレン」
今にも死にそうな蒼一はそれでも笑っていた。けれどそれは私も一緒だった。
「そうね、私たちらしいわ」
これまでだって楽な勝利はなかった。
エル・ドラゴの暴風雨の船も。ロビンフッドの名も無き森も。ナーサリー・ライムの夢の軍団も。アーカードの死の河も。
いつだって私たちは絶体絶命で、一歩間違えれば敗北するしかなくて、常に格上が相手だった。
落ちこぼれのマスターと落ちこぼれのサーヴァントらしく。
どうしようもなくどうしようもなくどうしようもない私はたちは何時だってそうやって戦ってのだ。
だからこそ――臆することはない。
「苦しみはもう終わりだ」
そう告げてくるユリウスに笑みを浮かべられるほど。迫る李書文は存在の点滅を繰り返し止めの一撃を放とうしてくる。
故に私は――己の全てを彼に託すのだ。
「カレン・オルテンシア」
「我が従僕――那須蒼一。勝ちなさい、勝って私たちの未来を」
「委細承知」
刹那――蒼一の姿が変わった。
「宝具か!?」
「止めろ!」
もう遅い。元々発動に時間がかかるものではなく、一瞬で変生は完了する。
全身に幾何学模様が走る。短かった髪は肩まで伸び、そしてさらに背中の半ばまでと。
そして全身に色が生まれる。それは蒼でも瑠璃でもましてや緋色ではない。
儚く、淡く――しかし確かに存在する紫陽花色。
髪が、瞳が、胸の十字傷が、全身の刺青が。雨上がりに咲く花の色へと染まっていく。
「あぁ――アンタこそが俺の生きる意味で、戦う理由だ」
その解放条件は二つ。
一つは体力が三割を切ること。
もう一つは固有スキル『我愛故在』の封印だ。『我愛故在』とは即ち、他の彼の愛を一時的に借りているというものだ。誰かと生まれた絆によって生み出された力を共鳴している。
だからこそ――この宝具は私との、カレン・オルテンシアと共に生み出され絆の証明。
「――瑠璃神之道理・紫陽花」
それはまさしく私と共にある彼の存在証明。記憶にある主ではなく、今共にある私を愛してくれた那須蒼一の魂の発露。その祈り、その渇望。あるいは人間大の固有結界と言ってもいい形で具現化する宝具。
一ドットまで欠損していた体力が瞬時に回復する。ユリウスに掛けられたデハブが消えて、魔力と幸運を除く全てのステータスが大幅に上昇する。
体力回復。デハブ無効。自身への超強化。
そしてそれだけではなく――、
「悪いが、もう当たらない」
「ぬ!?」
その身を変生させた蒼一がアサシンの攻撃を今度こそ完全に回避した。圏境によるフェイントに今度こそ惑わされることなく、欠片も掠らずにギリギリの、紙一重というところで完璧なまでの回避を実現していた。
「心を読んだか……!?」
その通り。
那須蒼一の宝具『瑠璃神之道理・紫陽花』。それは前記の三つだけではなく、完全な見切りあるいは読心だ。もっと正確に言うならば感応能力。戦っている相手の感情に同期し、読み取り、己の身体に何が起きているのかを教えるというもの。
それはまるで私の『被虐霊媒体質』のように。
「馬鹿な、そんな宝具はマトリクスには……」
「あぁ、ないよ。だってこれはカレンがマスターだったからだ。他の誰でもない、カレンがいたからこそ、生まれた俺の宝具だ」
「……!」
原則的にサーヴァントという存在はその在り方を変えない。英霊というのはもうすでに完了しており、完成した存在だ。長く戦えばそれなりの経験を積み重ねることもできるが、魂の改竄を用いて能力値を上げることを除けば不変の存在だ。特に英霊の真骨頂ともいえる宝具が変わることがない。
けれど那須蒼一は例外だ。
本来ならば『瑠璃神之道理』というあらゆる魔力ダメージや相手の強化を無効化するという宝具だったがそれはかつての彼の主との絆が具現化したものだ。李書文の『无二打』のように字や伝承が宝具になったのと同じようなものだ。生涯を魔弾の姫君と共に駆け抜けた瑠璃色の守護者ならばその貴き幻想を担っただろうし、実際四回戦終了までは蒼一の宝具はそれだった。
けれど、もう違う。
「俺はカレン・オルテンシアに惚れているから」
「そして――私もまた那須蒼一を愛しているから」
だからこそその幻想は形を変えたのだ。
愛し愛されることこそが彼の本懐であるから。
だから負けるわけにはいかない。
負けたくなんかない。
この想いは真実である信じているから――、
「っ……!」
私たちを見てユリウスは初めて明確に顔をゆがめた。それは果たして何の感情を抱いたのか。軽蔑か嘲笑か、はたまた劣等感か羨望か。顔を歪め、そしてさらなる、おそらくは最後の一本の腕を取り出して叫ぶ。
「アサシン! 殺せ! こいつらを殺して見せろォォオ!」
初めて聞く感情に塗れた絶叫。込められたものが解らなくてもその強度は解る。ユリウスから放たれた魔力は後先考えないような膨大な物。取り出された腕が消え、さらには自身の手の甲にあった二画すらも消費して己のサーヴァントを強化する。
「ぬおおおおおおおおおおおッッ!!」
アサシンから発せられる覇気は尋常ではない。度重なる令呪のブーストのよって一撃一撃が『无二打』をも上回るだけの威力を内包している。既に何十、何百と行われた震脚によって粉々になっていた足場は瓦礫を通り越して粉塵へと砕かれていく。
それでも、
「終いだ、李書文」
蒼一は全ての一撃を完全に回避しきる。そして彼にとって回避とは反撃と同義。
「蒼一……!」
彼の名を叫ぶと同時にありったけの魔力を送り込む。それでも多分魔力よりも私が彼の勝利を信じることこそが肝要なのだ。私と彼の絆の宝具。故にそれは私の想いで強度を変えるのだから。
でも、だからこそ、
「私が信じる限り、貴方は負けない……!」
「蒼の一撃、終の番……!」
放たれたのは彼の奥義十三種全てだ。
疾走の加速を余すことなく乗せた正拳。瀑布の如き連続拳撃。暴走機関車のような前蹴り。螺旋運動からの刺突。いわゆらない震脚。平手による大気の叩き付け。関節部へと叩き込む貫手。研ぎ澄まされた手刀の一閃。回し蹴りという単純であるがゆえに強力な一撃。十指、否十爪を振りぬく十撃。流星のような体当たり。首を掴み叩き落とす投げ飛ばし。相手の動きに乗ってから自らに乗せるカウンター。
第一番 『乾坤一蒼』。
第二番 『拳蒼発破』。
第三番 『勇蒼邁進』。
第四番 『螺旋蒼黒』。
第五番 『支蒼滅裂』。
第六番 『天蒼行空』。
第七番 『翠蒼鎖縛』。
第八番 『蒼刀開眼』。
第九番 『豪快奔蒼』。
第十番 『蒼風十雨』。
第十一番 『疾風蒼雷』。
第十二番 『蒼和雷同』。
第十三番 『明鏡止蒼』。
全十三種あるそれらを同時に放つ強制混成接続奥義!
「真・天下無蒼――!」
それらは完全に噛み合い、昇華され合いながらアサシンへと叩き込まれる。
「ガハーーッ!?」
それらを避けることはできない。言うまでもなくアサシンの動きを読み切っているからこそ、回避も防御もできない瞬間を完璧なタイミングで打ち込んでいるのだから。令呪のブーストを以てしても防ぎきれるようなものではなかった。事実完全回復し上限すら上げていたアサシンのそれらで瀕死の身体となった。
それでも尚、
「殺せぇえええええ!」
「カカカカカカッッーー! まだだ、まだ我が拳は潰えておらん!」
ユリウスの激情と共に迸る魔力。そして同時に発動したアサシンの最後のスキル。
それもまた彼の逸話が元になったものだと一瞬で理解できた。かつて彼はある立ち合いに於いて先に三撃を打たせて、全て受けてから自分が一撃を放ち相手を絶命させたという。それの再現。いや、今の蒼一の連撃はその三撃など絶対に上回っているはずだ。受けたダメージの分を上乗せにして反撃するというのならば、令呪のブーストと合わせればどれだけの一撃になるのか想像を絶する。
けれど、それでも――
「――叫べ魂。我が求道に曇りは無し――」
その言葉を、李書文の一撃を前にしても欠片も臆することの無い彼を私は信じている。握った拳は固く、紫陽花の色。
それが振るわれる。何が起きたのかは私には解らなかった。拳を振りかぶり、振りぬいただけの動き。それだけの単純な動作。けれどそれこそが遍く彼に共通する魂。いつだって彼は大切な絆を護るためにその拳を握りしめてきたのだから。
李書文の一撃と交叉し――
倒れたのは赤衣の暗殺者だった。
「いや……見事な套路であった……」
崩れ落ちる中で魔拳士は満足気な笑みを浮かべていた。
「……勝った」
「負けた、だと……?」
その言葉と共に決戦場をオレンジの壁が分割する。勝者と敗者を明確に二分する生死の壁。
私と蒼一は生き残り。
ユリウス・B・ハーウェイと李書文はこれから死ぬのだ。
「勝負あった……。いや、真に楽しかったぞ。お主ら主従の絆、確かに見せてもらった!」
満身創痍の身体で、身体の各所をノイズに蝕まなれながらも立ち上がり、腕を組む。そして彼は最後までも変わらず笑みを浮かべていた。結局この武人は最初から最後まで笑っている。おそらくは確たる願いも持たず、強者との戦いだけを求めていたのだろう。
「できるのならば次は槍を持って相対したい。拳士最強と聖女、我が槍で貫けるか否か」
「あぁ、いつかまたやろう。俺もアンタと殴り合うのは楽しかったぜ」
正直言うならば御免蒙る。この英霊には随分とひどい目にあわされてきたのだ。けれでも終始一貫して毒気の無い姿に思わず苦笑して、
「まあ、それも悪くはないでしょう。縁があれば、また」
うむ、と李書文は頷き、ユリウスへと体を向けた。サーヴァント同様に黒いノイズで体を蝕まれた彼は膝をついて蹲っていた。
「ユリウス、詫びは言わんぞ。しかし礼は言おう。久々の娑婆。お主のおかげでこれ以上ないほどに戦えた」
「……」
「さぁ、顔を上げろ」
「……」
令呪が光を放って消えていく。ノイズも広がっていた。ユリウスはそれらに全く反応せず、
ただ私たちを睨みつけていた。
ゾクリ、という悪寒が走る。
「どうした。ユリウス?」
「……俺は……まだ……終れない……」
絞り出したような声が決戦場に響く。私たち三人の誰もが彼へと視線を向け、無視できない。鬱言のようになにかをぶつぶつと呟き――、
「お主、何を――」
「……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
それは絶叫だった。感情の発露ろいうわけではなく単純な激痛に対する肉体の反応。何が起きているのかは解らない。しかし、確実にユリウスは何かを行い、その代償として絶叫するほどの激痛を得いていた。
「俺は! 俺はァァ! 終れ、ない……!!」
言葉と共に激痛でのけ反る。周囲には視覚化できるほどのスパーク。それほどまでに今ユリウスは死を拒んでいた。私も蒼一も李書文ももう口を出すことはできない。
「おおおおおおおおおおーーーーーッッッ!」
絶叫は何度も何度も。耳を覆いたくなるような苦痛と恐怖の光景。開かれたその瞳には最早正気はなく狂気のみが宿っていた。迸るスパークは加速的に激しさを増し――
「っうおおおおおおおおおおおーーーーーッッッ――」
絶叫が臨界点を迎え――消失する。
オレンジの壁も、絶叫するユリウスも、唖然とする李書文も。これまでのようにムーンセルに分解されたわけではなく唐突に消滅していた。
それが意味することが果たして何のなのか。
今の私には理解しきれなかった。
「……蒼一」
「……解らない。ただ」
蒼一の視線は扉が開いたエレベーター。少なくとも私たちが勝者として認識されている。言葉に言い合わらせないような突っかかりを胸に抱えたまま、地上へと帰還する。
最後に振り返った決戦場は、それまでの戦いが嘘のように伽藍堂だった。
NOBLE PHANTASM 瑠璃神之道理・紫陽花:A+
アサシンの本来の宝具がカレン・オルテンシアとの絆によって変化した姿。元々このサーヴァントには所謂宝具というものはなく、己が定め、得た絆の発露の能力が宝具の扱いとなっていた。それ故にカレン・オルテンシアを愛した以上は宝具もその在り方を決めている。
宝具発動時には筋力耐久敏捷大幅上昇、デハブ無効、体力全回復。この抱負を発動するには体力が三割きり、固有スキル『我愛故在』を封印ないし、使用していない状況でなければならない。宝具発動中も『我愛故在』の使用は不可能。
上記の能力に加え、真骨頂は相手サーヴァントに対する感応能力。ある程度の感情を読み、肉体的な事で言えば未来予知に等しいレベルでの先読みを可能とする。カレン・オルテンシアの『被虐霊媒体質』とある意味では似通った力。
以下『我愛故在』にて習得可能スキル
天下ニ我在リ:EX
二つの時代の武人の中で最強の称号を恣にし、武威に於いて人として至れる頂点、そのさらに先に至った証。数世代に一人いるかいないかどころではなく歴史上彼に匹敵する武人は存在しない。
単なる対個人の白兵戦に関しては武器武装関係なく絶対的なアドバンテージを保有している。技術を無視した物量押しでなけれな敗北せず、人海戦術は通用しない。
また宗和の心得、無窮の武練、戦闘続行、見切り、勇猛、心眼(真)等のスキルをAランク相当で習得している。
二律相立:B
互いの攻撃により生ずるダメージを均一化する過負荷。互いの能力差に関係なく同じ分だけの損傷が与えられる。単なるスキルではなく魂に絡みついた異能であるが故に霊的な防御を持たなければ抵抗不可能である。勝つことも負けることもできない過負荷がたった一つの理由の為にだけ勝つための誓い。
悪平等:EX
ただ戦うだけの人外。戦闘行為にだけ特化した存在。霊核が一撃一瞬で滅ぼされない限り拳撃という行為を損なわず、損なえない。その生はそれだけしかできず、それ以外のあらゆることは単なる余分でしかない。また自らが認めた存在以外には絶対にその生を終れない呪いでもある。
現実を変えるほどの域に達した狂気。正負に関係なく強度のみが性能を左右する。世界に対する上書き。彼の場合は「攻撃威力拡張」「装甲強度拡張」「移動能力拡張」として発現する。本来ならば武装にのみ発動できる武装記憶完全開放を限定的に自らの肉体で再現し、回避防御不可能の一撃必殺を体現する。人外として完了した拳撃という概念自体を放っている故である。
高嶺摘:A
高嶺の華へと至りたいという渇望を下にとある彼が習得した術式。自己の意思による概念打撃。同ランク以下の概念を問答無用で破砕できる。彼のスキルにおいては珍しく距離を無効化しているが、実際には距離という概念を打撃し破壊しているのである。
『・――思いを信じて打撃すれば、あらゆるものを打撃する』
というわけで宝具解禁ですねー。
これで五回戦は終了したので、ついにCCC……!
しかし決戦場ではやたらデレるカレンさん(
『天下ニ我在リ』というのはつまりつまりは陽の十一、二くらいですねー(
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