落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 番外編まとめ 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
チンッ、というう音が鳴り、エレベーターが校舎に到着したことを教えてくれる。
慣れない音だ。けれど慣れてはいけない音だろう。この音を聞いたのはこれまでで合計五回。それはつまり、私が人を殺した数と同じだ。慣れることができるわけがない。その意味は絶対に忘れてはならないのだから。
「大丈夫か?」
声に頷き返すが、心配げに声を掛けてくるアサシンにも力はない。
今回の戦いはこれまでで最も大変だった。危ないといえば、一時とはいえサーヴァントの支配権を奪われた四回戦のアーカードたちとの戦いも最悪だったと言えるだろう。アサシンの宝具や心意の存在がなければ――もっと言えば、あまり口に出すのもどうかと思うが彼が私に惚れなければ――あの死の河を打ち砕くことはできなかっただろう。
それでも今回の相手は一線を画していた。決戦前にも思ったが殺意の質が違ったのだ。暗殺者の面目躍如というべきか完全に殺しに来ていた。
勝てたのが奇跡とは言えない。果たして武人として極まっていたアサシンがいなければどうなっていたのだろう。
解らない。解らないが、勝ったのは私たちで、また明日から別の相手と殺し合わなければならない。
それは避けられない事実で、そのためにはまず休まなければならないなぁと思ってエレベーターから出て、
「――」
ざわりと、得体のしれないしれない何かが全身を駆け巡った。
前回のように奇襲されて、特別な空間に飛ばされたわけでもない。私の足は確かに校舎の足を踏んでいた。自らの魔力が回復されるが感覚があったし、アサシンの体力や魔力も全開しただろう。けれど確かに何か形容しがたいなにかが私へと叩き付けられ、
「ユリウス・ベルギスク・ハーウェイは僕の兄でした」
レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイはいた。
●
「兄弟といっても異母兄で兄さんの母は所謂庶子というやつで、ハーウェイの家督の相続権も与えられていなかった」
唐突に彼は話し始めた。
いつも通りの彼に見えた。世を照らす太陽のように柔らかい微笑みもその赤い改造制服も。背後にガウェインの姿はないが霊体化して彼の背後にいるのだろう。それはいつだったか西欧財閥の理想を語った時と同じ構図だ。
「だからでしょう。兄さんは僕の裏方に徹していた。僕から頼んだわけではないけれど、西欧財閥の敵になる相手を暗殺し、塵処理屋など呼ばれ、泥にまみれ、僕という太陽の影として背後に在り続けていた」
彼は誇るようにユリウスのことを話し始めた。
弟が兄のことを誇るようなそれはありきたりすぎる光景のようにも見えた。
「兄さんの仕事は常に完璧だった。魔術師として超一流とは言えなかったけれど、それでも十分に一流であり、先も言った暗殺に関しては正しく超一流でした。えぇ、間違いなくそれに関しては西欧財閥一だったでしょう。常に無駄なく、最低限の労力で最高の結果を紡ぎあげてくれていました」
戦いを愉しむ趣味はない。確かにモラトリアムの最中にユリウスはそう言ってた。四回戦の奇襲も、アサシンの『无二打』によるモラトリアム中のアサシンの魔術回路の破壊も。その行動の全てに遊びはなかった。ロビン・フッドの精神に近い。
「そう。それがユリウス・ベルギスク・ハーウェイという人間でした。彼は決して僕にことを愛していたわけでもなく、全ては仕事だった」
そして、
「ユリウス・ベルギスク・ハーウェイは僕の兄でした」
同じことを再び言う。違ったのは、それに続いた言葉でm
「――その兄を貴方は殺した」
「……っ」
瞬間、全身を包む違和感が何なのか気づいた。
怒りだ。
レオから発せられる言葉で言い表せないような激怒。ここまでの明確な怒りを私は感じたことはない。いや、どころかこの少年にそんな感情があること自体が驚きだった。レオという少年は怒りという感情があるような者ではなかった。
正真正銘の救世主。己が世を救うと心から信じ、それが当然の者としていた。西欧財閥の後継者として聖杯を地上へと持ち帰る自らの勝利を見定めていた。実際にレオは間違いなく優勝候補筆頭だ。それも他と隔絶した差を持ち、太陽の騎士を従えた最強魔術師であった。
私程度なんか全く視界に入れていなかった。これまで数度言葉を交わした時に彼は完全に私を見下していた。見下していたというか私ですら庇護する相手とし見ず、相手とも見ていなかったはずだ。
けれど今、確かにレオは私へと明確な怒りと敵意を私へと向けていた。
「そうです。カレン・オルテンシア。貴女は明確な僕の敵となった。次の六回戦で負けないでくださいね? 貴女を殺すのはこの僕だ」
むき出しの隠す気のない殺意。天照す日輪が、私だけを焼き尽くす灼熱となってその熱が向けられていた。兄を殺されたという点で考えればそれは至極真っ当で、私にそれを否定することはできない。けれど、どうしても不自然だ。レオという少年はこんな感情を抱く様な人間ではなかったのに。そういう個人感情を排した、徹底した王というものがレオではなかったのか。
「確かにこの聖杯戦争で誰かの命が失われるのは当然のことです。それが今回兄さんだった。ただそれだけのこと。例え兄さんが貴女に勝利して、僕と戦うことになってもあの人は自ら敗北したでしょう。だから結果的に言えば何も変わっていない。どころか戦う必要が生まれた以上は聖杯戦争として正しい物になりました」
そう判断するのが僕の理想の王だと、彼は言う。
「――ですが、人間レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイとしてはどうなのでしょうか?」
王としてではなく人間として。
彼は自らに問うていた。視線は私からアサシンへと動き、
「貴方は人間とはどうあるべきなのか、僕に語ってくれましたね。人間とは降って湧いてくる力を無視しする、ただ自分らしくあるのが人間であると。あのランサー……アーカードも素晴らしいと称した。僕も考えました。ガウェインと語り合い、兄さんとも話し合いました。まぁ兄さんは下らないと一蹴されましたが、僕は僕なりに」
それは――私も同じだ。
彼という誰よりも人間らしくある存在を共に在って、その意味を考え、考え続けている。
けれどそれを未だ理解できていない。そんな簡単なものではないのだ。
それはレオも同じだったようで苦笑し、
「えぇ、僕にもそうです。難しい。ここまで難しい問題は初めてだ。僕はこれまで与えられたものを受け入れ飲み込み続けてきただけだったから。話し合っても語り合っても、中々に出てこない。本音を言えば途方に暮れていていましたが――この胸にある感情がそれを教えてくれている。もう少しでその答えに手が届きつつある」
胸に手を置いて言う。
「兄を失った悲しみと貴女に対する怒り――そして僕自身を始められる喜びで一杯です。三つの感情でめちゃくちゃになりそうだ。恥ずかしながら愉しみを知った子供のようだ。この痛みと悲しみと苦しみの果てにきっと僕は人間として始められる。王としてではなく、人間として」
「……それがアンタの王の在り方か」
「さぁどうなのでしょう。これなのか、人としての在り方の先に王があるのか。それは今の僕には解らないですが、きっと意味があるでしょう?」
「さぁ? 俺はお前じゃないんだ、だから」
「えぇ、自分で探しますよ」
「……こりゃあ要らないこと言ったなぁマジで」
小さい声のアサシンの呟きだった。全くだ。
これまでのレオの方が可愛げがあっただろう。彼は既に完成された王の器だった。でもそれはつまりもう成長することは無かったはずだ。なのに今の彼は違う。
人間としての彼はまだ始まってすらいないのだ。
「そのためにはカレン・オルテンシアとアサ……いえ、那須蒼一。貴方たちを倒さなければならない。もう一度言いましょう。貴女は明確な僕の敵となった。次の六回戦で負けないでくださいね? 貴女を殺すのはこの僕だ」
そう告げ、レオは背を向けた。言うべきことは言ったと言わんばかりに去っていく。遠ざかっていく背中が消え去って、
「……はぁぁぁぁぁぁ」
恐ろしく長い息を吐く。全身の硬直した筋肉が弛緩していく。あのレオの敵意を諸に浴びたのだからしょうがないだろう。
「大丈夫か?」
「……大丈夫に見える?」
「見えないなぁ」
自分でもそう思う。言い方は悪いが、これまで戦ってきた相手は目じゃない。本当に太陽にでも焼き尽くされるかのようだった。あのレオがここからさらに成長するなんて考えたくもない。一体どれだけの強度を持つというのか。
「……それでも」
「あぁ」
負けない。
負けたくない。
ここまできて負けたくなんかない。
もう、死にたくないだけじゃないから。時代は間違えても、私の想いは間違いなんかじゃなかったと信じたいから。
彼もそう信じてくれるからこそ――、
「負けないわ」
「勝とうな」
そう、二人で誓ったのだ。
そして五回戦が終わり、
――溺れる夜が始まる。
Go For the Cursed Cutting Crater――
そして月の裏側へ――。
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