落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 番外編まとめ 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
プロローグ「誰か今にも死にそうな危篤人が運びこれまないかしら……」
空調の効いた保健室の居心地を悪いものではない。天井の冷房から降り注ぐ風が髪や肌を揺らすのは心地いい。外のから入ってくる日差しもちょうどよく気を抜いたら眠ってしまいそうだ。通常の学校よりも大分設備が整ったこの学園ではほぼ全ての部屋に冷暖房システムの類は完備されている。その中でも保健室というのは職員室と並んで最高水準だ。常に清潔だし、お茶や菓子の類も常に揃っている。別に自分が用意しているわけではないが、後輩が用意したものならば自分のものだ。
そして後輩の淹れた珈琲を啜る。
本人は珈琲を淹れるのは得意ではないと言っていたが、普通に喫茶店で飲むよりも美味しいと思う。口を付けたマグカップを机に置き、
「はぁ……、誰か今にも死にそうな危篤人が運びこれまないかしら……」
私は――カレン・オルテンシアはため息を零した。
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「何言ってるんですかセンパイ!?」
叫びをあげたのは私の正面でテーブルに腰かけていた桜だ。無骨な丸椅子にて何やら用紙に記入していた彼女は飛び上がりこちらの言葉に噛みついてきた。翻す白衣は保健委員の備品であるもので、私自身も身に纏っているものだ。制服の上から着て膝下まである長いそれは本来ならば飛び散る血や消毒液から身を護るもののはずなのだが、
「重病人も怪我人も来ないじゃないの」
「なんでそんな残念そうなんですか!」
「だって私が保健委員になったのは運ばれる危篤人が辛さや痛みで顔を歪めるのを見るためだったのよ? なのに来るのはやれ膝を擦りむいたとかやれ風邪を引いたとか、そんな放っておけば治るようなどうでもいいのばっかじゃないの」
「いいじゃないですかそれで! 保健委員なんだからそれで! 大体そんなどうでもいい怪我とかでも消毒液とか滅茶苦茶使って沁みさせて無駄な痛み与えてるじゃないですか!」
「え? それ以外にどうするの?」
「ちゃんと治して上げてください!」
叫んで疲れたのか肩で息をして桜が椅子に座り直す。
「……全く、もうちょっと落ち着いたら?」
「センパイが弄るんじゃないですかぁ!」
「やぁね、もう入学してからずっと同じことをしているじゃない。いい加減慣れたら……」
「そんな簡単に言ったら世話無いですよ……」
項垂れる桜だが、彼女にはその姿が一番輝くのだから仕方ない。桜がに入学し、保健委員となってからの付き合いだが最初から彼女はそういうキャラだったのだから仕方ない。碌な怪我人が運ばれてこなかった一年次で暇を持て余していた時に現れた弄られキャラだ。遊ばない手はない。随分と気が利く子だし、料理も上手だ。現にかなりの頻度で昼食は弁当を都合してもらっているし、今日だって彼女の弁当だった。
そうだから、彼女から入学してから早数か月。いや、それは数週間だった、どうだったか……?
「ん? ……ん」
まぁいい。些細な問題だ。大した話ではないだろう。
そう頷いた瞬間にチャイムが鳴った。昼の予鈴だ。
「時間ね。お弁当美味しかったわ、またお願いね」
「あ、はい。……ってセンパイ!? 白衣は」
「このまま着ていくわ。どうせ放課後も担当だし。それじゃあ」
手を軽く振って保健室から去る。
と、保健室から歩みを進めて階段前で、
「む、オルテンシアか」
「これこれは生徒会長殿」
柳洞一成と遭遇した。風紀委員用の真っ黒の制服を一部の隙もなく着込む眼鏡の生徒会長。同い年ながら生徒会を率いる傑物だ。ちなみに仏教徒というか寺の息子だ。。
「珍しいですね、貴方が五分前に教室にいないというのは」
「今は風紀強化週間だから。昼放課といえど見回りは外せん。まだこれから屋上に行って施錠を確認せねばならん」
「
「うむ。宗教上の都合、その賞賛の想いだけ受け取っておこう。南無」
私は十字を切り、一成は手刀を胸の前に掲げる。色々ごっちゃ混ぜだけど、一学生のやることなのだから気にしなくてもいいだろう。
「ところでオルテンシアよ。少し手を貸してほしいのだが」
「ほう? 珍しいことが続くものですね。聞きましょう」
「今行った通り俺はこれから屋上も行かねばならんのだが、用務員室の鍵を閉め忘れてしまってな。良ければ教室に行く前に代わりに閉めてきてくれないだろうか」
「なぜ私が……と言いたい所ですが、貴方に借りを作るのは悪くない。いいでしょう。任されました。これも神の試練として受けれ入れます」
大げさだな、と一成は苦笑しながら去っていく。屋上へと向かったのだろう。実に勤勉な人間だ。
――機械的と言えなくもない。
「私も行きましょうか」
用務員室はこのまま階段を上がらずに、そのまま突き進んだ先だ。鍵を掛ける程度ならばそれほど時間を掛けることもないだろう。それほど急がなくても午後の授業の始まりにも間に合うはずだ。
授業直前の廊下に人の気配はない。
静かだ。
平穏。あるいは平和。
「……」
変わり映えのない日々、しかしなんの痛みも辛さもなく穏やかな時間が流れている。それは幸せなことで、きっと誰もが望むことのはず。
だからこれでいい。
これでいい――。
と、用務員室にたどり着いた。無骨な扉の用途はそういえばなんだっただろうか。何故か突然入り口などという単語が閃いた。用務員室の入り口という意味ならばおかしくないが、しかしそれは違和感がある。
まぁ時間はないのし、どうせ気のせいだろうから構わず鍵を取り出し、
『それはともかく暇ッスよー。でも寂しくない。暇なときはむさぼるように
「……」
やたら長台詞の調子に乗った声が用務員室の中から響いた。
誰かいた。
確実に中に誰かが。
それもかなり自堕落な雰囲気の声が。
「誰かいるのですか?」
中で随分な騒音が響いた。
『!?』
それは続いていて、中でかなり激しく動いているのが解る。だからドアに手を掛けて、
「入ります」
『ちょ、ま! あと一分、いや三十秒でいいから待ってくださいッス!』
「仕方ないですね」
ノータイムで開けた。
「えぇ!? カウントダウンもなしッスか!? お約束無視ダメ! 何考えてるんスカ!?」
「愉☆悦」
「やだこのどS女!」
中にいたのは女だった。茶の長髪。制服やスーツではなく黄色のシャツに黒のカーディガン。下肢に張り付くズボンは些かパツパツかもしれない。言い方が悪いが全体的に些か太い。ロッカーに入り込もうとしたが背を向いた尻は大きいし、果たして中に入れるのかも疑問だ。
「ふっ」
「なんか鼻で笑われた!?」
「それでどこの誰ですか貴方は。見る限り……見る限り生徒でも教師でもないようですが」
用務員室を見る。確か物置のような用途の部屋だったはずだが、今はただの塵部屋だ。床にPCが数台設置され、布団やスナック菓子が散乱している。
ぶっちゃけ汚い。
見るに堪えない。
真っ当な生徒や教師ではないだろう。
ふむ、つまり。
「不審者ですか。では、通報を」
「あー! ちょっと待って! なぜそんなどSな思考なんすか怖いっすよ! アンタ友達いないでしょ!」
貴方にだけは絶対言われたくない。
「うわ、そういわれたら弱いッスねー。あたしはジナコ・カリギリ。この学園の補欠教員で、今は暇なのでこの装備警備員? みたいな?」
「この学園はここまで人材不足だったのですか……」
大丈夫かこの学園。こんなダメ人間を教師にするとか間違っているだろう。確かに他にも酷い教師がいたがこれほどの人間を雇うとか。これはどこからどう見てもニートだ。
「言いたい放題っすねー。いいすっけどねー、虐げられるのも、笑われるのも慣れてるしー? つか私はニートじゃなくて、エリート二ートっすから。ただのニートと一緒にしてもらっては困りますねー」
言ってへらへらとジナコは笑っていた。こういう人間のことを表す言葉がなにかあったはずだが、出てこなかった。考えてもいいがそれほど時間がない。もしかしたら授業に間に合わないかもしれない。別に無遅刻無欠席を狙っているわけでもないが、でれる時は出たほうがいいだろう。
「ではエリートニートよ。ここの部屋をどうしようと貴方の勝手で構いませんので戸締りだけはしっかりと。後日確認して、できていなかった場合は私の八極拳の練習台になってもらいます」
「えぇ!? そんななりしてHAKKYOKUKEN!? なぜに!?」
「折檻術は極めてしまって……」
「こわっ! この女怖いっす!」
こんなか弱い乙女を捕まえて何を言うか。
八極拳は……なぜって、そりゃあ自衛のために決まっている。
……それ以外に特に理由はなかったはず。
「い、いや、というか、あっさりしすぎじゃないでッスカ? もっとこう、言うことがあるっしょ、ジナコさん変とか。そのどS精神はどうしたんすか!?」
「……? 変と言われたいんですか?」
「そ、それは……」
まぁ確かにジナコ・カリギリは変だろう。用務員室に居座る怠惰系肥満女とか変以外の何物でもない。
だがまぁ変は変だが。
――変な人など私はいくらでも知っている。
どういう風に変で、どんな人間かと問われれば答えに困るのだけど。
けれど私の中に確かに変な人たちというのは存在している。頭おかしい連中で、変わった人たちで、けれど自分の意思を貫いている人たちが。
碌でもない人生でも幸せだと笑うことができるのだと、私は知っていたから。
「人間なんて変なのばっかですよ。そして主は全てを愛してくれています。だから、変で、自分らしくあればいい。異常とか普通とかで悩む必要などありません」
私の言葉にジナコは呆気にとられた。いや、自分もどうしてこんな考えになっているのか不思議だったが間違いなく本心と言えるものに間違いない。そしてその本心というのが実に好ましい。
「……よく神様とか言えるっすね。あたしには神様とか信じれないっすよ」
「それは残念です。ですが信教もまた自由。貴方の信じるままに」
「あーはいはい、解ったすよ。ほら、もうすぐ授業が始まるっす。遅刻は駄目っすよー、ここは僕がちゃんと戸締りしておくっすから。精々気を付けて。どうあっても結末は同じッスけど、せめて苦しまないようにファイトッスー」
部屋から去る私を見送り、ながらそれでもジナコはヘラヘラとした笑みを崩さなかった。
ジナコさん過負荷補正入るかも(
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