落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 番外編まとめ 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
「はぁーい、みなさん今日も授業を始めますよー。今日は日本カレーの成り立ちですねー」
「知恵先生ー、歴史の授業をお願いしまーす」
五限目の授業は歴史の知恵留美子の授業だ。白のワンピース姿で教室に入って来た歴史の教師なのだが、これまでカレーの話しか聞いたことがない。悪い人ではないしシエル先生と生徒からも慕われている。PTAとか大丈夫か。まぁ、いつも思うがしかし突っ込むと色々大変なことになるので誰も言わない。というか言うと私ですら恐ろしい埋葬が待っている。実際文句を言って帰らぬ人が何人も……。
「オルテンシアさん、さすがに帰って来てます。というかシンジの拘束を」
そういえばシンジの拘束を解いていなかった。我流拘束術によって全身布で巻き付いているので未だ身動き取れずに芋虫状態になって床で蠢ている。ぶっちゃけ気持ち悪い。まぁ授業が始まるので拘束を解く。
ついでに、
「シンジ? カレーは好きですか?」
「あ、あぁ? そんな庶民の食べ物なんてどーでもいいね? そんなしょぼいのならまだスパゲッティの類の方が――」
「――間桐君?」
「ひっ!?」
教卓の前にいた知恵がいつの間にか教室の後ろで転がっていた慎二の目と鼻の先にいた。音もなく現れた先生はガシッと慎二の肩を掴み、顔を目と鼻の先にまで顔を近づけていた。
「間桐君。今、何と言いましたか?」
「え、あ、いや。え? なんで先生が……」
「ウフフ」
「ハハッ」
「お前らぁー!」
「間桐君?」
「はいぃー!?」
空気が凍っていく。なにか知恵から名状しがたき謎の気配が見えた。
「間桐君? 貴方は今、六つの間違いを犯しました」
知恵は息を吸い、吐いて、目から妖しい光を放ち、
「一つ、カレーの悪口を言ったこと。一つ、カレーの悪口を言ったこと。そしてさらに一つ――カレーの悪口を言ったこと!」
同じだぁ、と誰もが思った。多分慎二も同じことを思っただろうが、しかしそんなことを言えるわけがなく、歯をガタガタ言わせながら震え、
「そしてさらに一つ、私の嫌いなスパゲッティを出したこと。一つ、私の大嫌いなスパゲッティを出したこと。そして最後の一つ――私がこの世で最も嫌いなスパゲッティを出したことですッ!」
「思い切り私怨ですねー。しかも結局理由二つですし」
「まぁカレーについても先生の趣向ですが」
とか、そんな私やレオの感想を知恵に聞かせるはずもなく彼女の埋葬を執行する。
「セブン! カルヴァリア・デスピアー!」
「カレェェェエ!」
慎二の腹を知恵のコンパスが打撃してぶっ飛んだ。白目剥いて昇天した慎二は首根っこを知恵に掴まれ、
「では皆さん。これから間桐君についてカレーと特別講習をしなければならないので今日は自習でお願いしますねー」
「か、かれぇ……」
いろいろ問題のある光景だが誰もが動揺することなく自習をはじめだす。慣れたものだった。ふと視線を移したらまたもやレオがいい笑顔でカメラを弄っていた。そのレンズは去っていく慎二たちを修め、私へと向けられて、
「Good smile」
「貴方もですね」
●
授業が全て終わり、放課後になる。五限目が終わったと同時に慎二は帰還したが全身カレー臭くなったので放っておく。私は下校時間まで保健室に行かなければならないので教室でレオと別れた。おそらくは兄である葛木と帰るのだろう。いつも通り――在りえないことに――兄弟仲良く下校だ。実に微笑ましい。
私もまた保健室へと向かおうとし、
「――カレン」
声を掛けられた。教室を出たすぐにいたのは紫の髪の少女。何気に抜群のボディバランス、白い肌に紫色のボーイスカウト風の服装。自由な校風である月海原学園だが、やりすぎというレベルの改造、もとい完全に私服姿。
「……シオン?」
シオン・エルトナム・
エジプトからきた留学生だ。レオと同じ外国人同士のよしみから仲良くなった一人だ。普段冷静沈着を絵にかいたような少女だが、
「いつまでそうしているのですか」
単刀直入に彼女はそう言った。前置きも余裕もない切り捨てるような言葉だ。
なんだろう、怒っているというのか。
「怒る? ナンセンスです。私はそんな不確かな感情になど縛られたりしません。私はただ貴方の不甲斐なさに呆れているだけです。まったく……」
怒りと呆れた嘆息したようにシオンは言う。
「まぁいいです。貴方も早く起きたほうがいい。
そう告げシオンは立ち去っていく。今の言葉を言うだけ気が済んだのだろうか、彼女はこちらを振り返ることなく消えていった。なんだったのだろうかと、疑念が生じ、
『――――ン! ――ろ! ――む――』
――ふと、西日が目に入り、眩暈が体を襲った。
「……」
今何か疑問を得た気がした。
何かをおかしいと思った。誰かと話してそうなった気がするけど、私は誰と話していたのだろうか。
周囲を見回すがあるのは沈みゆく夕焼けの光だ。優しく包み込む黄昏の光は暖かく心地いい。薄暗さや寒さを好む私でも、ついつい安心してしまうような空だ。
だから変な勘違いでもしたのだろう。
下校時間まではあと一時間近くある。桜が待っている。保健室へと行くとしよう。
そして階段へと足を向けて、
ふと左手に痛みが走った。
「――」
顔を顰めながら見たのは、覚えのない痣。そんなものを見た。おかしい。おかしい、何かが違う。何が違うのか。けれど何か決定的に全てが間違っている。
これは違う。
ここは違う。
こうではない。
そんな思考が駆け巡り、
『――目を―ませ! く――す過ぎる―ろ! リ――スが――ぎるか……!』
痣の一角が消え、
「あ、カレン」
声がかかるのと同時に眩暈はなくなった。
「――さつき」
脳裏にノイズが走る。刹那の間既知感が走り、振り返ってた先に見た少女が視界に入れた瞬間にそれは消え去っていた。弓塚さつき。茶色の髪をツインテールにした少女。あまり人付き合いの得意な方ではない私の数少ない友達。
友達。
親友。
そういう間柄。
なぜか――涙が零れた。
「え、カレン!? どうしたのどこか痛いの!? 保健委員呼んでこようか」
「……だ、大丈夫。それに保健委員は私よ」
「あ、そっか。でも、ホントに大丈夫?」
「えぇ」
さっきと同じように夕日が目に染みたのだろう。友達の姿を見ただけで理由なく泣くなんて私のキャラではない。だから今胸に広がる喜びや悲しみは全て気のせいに過ぎない。全ては勘違いだ。
だからこそ私は微笑みを浮かべる。
「それで、どうしたのかしら?」
「一緒に帰ろうかと思ったんだけど……その恰好だとまた保健室?」
「えぇ。誘いは嬉しいけど、下校時間までは当番だから」
「そっかぁ。じゃあまた明日ね」
「……えぇ」
笑みを浮かべながら彼女は階段を駆け下りていく。その後ろ姿に思わず声を掛けそうになった。
「――あ」
――ふと、西日が目に入り、眩暈が体を襲った。
「……」
今何かをしようとした。
誰かと話してそうなった気がするけど、私は誰と話していたのだろうか。解らない。頭が痛い。胸の鼓動が意味もなく気になって仕方がない。何故だろう。周囲には知り合いはおらず、下校しようとしている生徒だけだ。友達同士で談笑し、笑い合っている
何も不自然なことはない。至極当たり前の、当然の光景でしかない。
なのに何故か胸の中にある不安が消えてくれない。
「……疲れているのかしら」
そう、疲れてるのだろう。疲労がたまっているだけだ。
この学園生活で何を心配するというのだ。いつも通り何も変わらない日常。穏やかな、ゆっくりとした陽だまり。赤子を優しく包むような世界の中でなにも心配することはないはずなのだ。
あぁ、だからこれは勘違い。
何も問題はないのだから――。
そして私は彼女を見た。
「――――」
昇降口。
下校していく生徒の中。
藤色の髪を乱し、崩れ落ちる白衣姿。
誰にも構われることはなく、目を伏せて。
遠目に見ても息が荒く、苦しそうにしていた。
「桜……?」
ピクリと彼女の身体が微かに動いた。
「セン、パイ……?」
薄く瞼が開き、濡れた瞳が私を向いた。
明らかに苦しそうな彼女を誰も構うことはない。普段ならばなんと薄情な人間だと八極拳と折檻術をお見舞いしてやるとこだが今はそんなことに構っていられない。彼女の下へと駆けより、その体を支える。
「桜、なにをしているの貴方は。これはいったい……」
「センパイ……私は……」
「黙っていなさい。保健室に行くわよ。まったくどいつもこいつも使えないわね……」
彼女の肩を担ぎ上げる。体は強い方ではないが、最近は八極拳で鍛錬を積んでいるし、辛そうな後輩を支えるくらいできないわけがない。
「ほら、しっかり」
「センパイ……」
「何?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
その意味が解らない謝罪は――哀しくなるほど胸に響いた。
ここぞとばかりのひぐらしネタ……!