落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 番外編まとめ   作:柳之助@バケつ1~4巻発売中

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第三桜「――来なさい、アサシンーーッ!」

 桜自体の身体に大事はなかった。貧血かなにかのせいで立ちくらみや眩暈があったのだろう。保健室に運んでしばらく休ませたら体調は回復していた。彼女は特別体が弱いという話は聞いたことはないが、特別頑丈という話も聞かない。

 まぁさほど心配するようなことでもないだろう。寧ろ考えるべきはあそこで桜たちを見捨てていた連中をいかに制裁するかだ。

 私の後輩が倒れているのに放置しておいてただで済ますはずがない。屈辱的な目に合わせてレオに全部録画させてやる。

 下校時間までは桜と一緒に話をして時間を潰していた。迷惑かけたなどとことを言うので事務仕事は任せて先に保健室を出る。

 既に世界は黄昏に包まれていて、

 

「――」

 

 一歩、外へと踏み出した瞬間だった。

 左手の痣が痛む。見覚えのない、あるはずのない――■■との絆の証――傷。これの意味が解らない。けれど理解しなければならない。

 頭では、理性ではどうでもいいと言っている。余計なことなど考えずこの黄金色の世界を享受していればいいという。

 けれど感情は、心は、気づかねばならないという。胸が、心臓が、魂の鼓動が気づかねばならないと。どくん、どくん、と脈打つ響きがそう教えてくれる。 

 誰か、誰でもいい。シオンでも、さつきでも、知恵でも、レオでも、慎二でも誰でも。

 この■■の意味を――

 

 

『残念なお知らせです』

 

 唐突にそんな放送が響いた。そしてそれは続き、

 

『制限時間です』

 

『貴方たちは――無価値です』

 

 世界が一変する。

 黄昏の世界から無明の世界へ。暖かい日没から完全な夜へと。温もりは欠片もない、冷たさと残酷な暗闇。変化はそれだけではない。いつの間にか下駄箱の外に膨大な量の異形が存在していた。触手と巨体の化物。それが窓の外の世界を占めている。目に入れた瞬間に湧き上がる本能的恐怖。

  

 ――ここは違う。

 

 そんなことが唐突に脳裏を過った。いや、唐突ではない。この日々にずっとそう感じてたけれど、目を背けていたことをようやく直視したのだ。理解する。ここは私がいるべき世界ではない。だから思わず走り出し、

 

 異形たちが校舎を染め上げていくのを見た。

 

 下駄箱の近くや廊下の奥、さらには今私自身が来た場所も悉く。窓を破り、溶け込むように侵入してきた異形、黒いノイズのようなものが校舎内をも染め、他の生徒たちに襲い掛かる。触れ、からめとられた彼らは一瞬で姿を消してしまう。断末魔だけが一瞬響き、後には残らない。

 触れてはいけない。触れてしまってはこの胸の鼓動、世界へのズレを確信している魂が消えてしまう。逃げ場は二階への階段。そこはまだノイズの浸食が少なかった。それでも二階へと登り切った瞬間、一階全域がノイズに奪われた。

 二階に上がれば、

 

「あ――あ、あああーーー!」

 

 廊下の奥に慎二がいた。叫びとノイズに半ば覆われた体と共に。その背後には廊下を埋め尽くすノイズと伸びるいくつもの触手。一目見て理解してしまう。あれはもう助からない。最早ノイズに飲み込まれるしかない。

 

「――オルテンシア」

 

「っ」

 

 彼と目が合った。涙を浮かべ恐怖に支配された瞳は確かに私に助けを求めていた。口は震えて動かない。彼の高いプライドが邪魔して救助を求めることができない。だったら助ける必要はないのではないか。どうせ彼は助からないのだから。私はまだノイズに触れていないから。頭の冷静な領域は確かにそう判断し、

 

「お前……」

 

 気づけば私は彼の手を掴んでいた。何故かは解らない。自分は間桐慎二とそれほどの付き合いだったのだろうか。そんなことない。精々クラスメイトで、こちらが彼を一方的に弄るだけというだけの薄っぺらな関係。とても命を投げ出せるようなことではない。

 けれで、私の身体は動いていた。

 彼があんなノイズに終わらされることは、何かへの侮辱に他ならないと感じて。

 未だノイズに覆われていなかった箇所を掴み引き上げるが動かない。私が非力すぎるわけでも、慎二が重すぎるわけでもない。もうすでに慎二の腰から下が廊下と同化している……!

 

「……はっ」

 

 それを認識した瞬間に慎二は笑った。あざけるように、そして涙を流しながら私の手を振り払いm

 

「なに本気になってるんだよ、馬鹿じゃないのかよ! もう無駄なんだよどっか行け! たまたまクラスが一緒だけっていう性悪シスターがっ、友達でもなんでもないんだから逃げてろ!」

 

「慎二、ですが……!」

 

「うるさい! このばーかばーか! どS! こっちくんなー!」

 

 そんな罵詈雑言を残して間桐慎二は消滅する。一片の欠片も残さず、何の残滓もなく消え去った。彼の消滅を悲しんでいる暇はなかった。二階はもう無事な場所はない。三階も時間の問題だった。

 行き着いた先は屋上だ。

 所々ノイズがあるが、比較的無事だ。

 

『――あぁ、まだ諦めていなかったんですか。もう諦めればいいのに』

 

 そんな声が空から響いた。それに構っていられる余裕はなかった。第一声自体は空だけでなく校舎からの悲鳴やノイズから放たれる雑音がある。視線を動かし、校舎の外も完全な暗闇。グランドや体育館などの施設はなく、黒の色だけが広がり続けている。ノイズたちとは違う、単なる虚空だ。

 

『もういいじゃないですか。終わりましょうよ。どうせアナタたちはみんな価値のない生き物なんだから……!』

 

「うるさい……!」

 

 天からの声に思わず抗いの言葉を吐いていた。無価値と断ずる、正体不明の声を認められるわけがなかった。意図せず口から零れたということは理性ではなく感情に基づいたもの。後先考えないそれだが、今はこれでいい。痛いほどに鳴り響く鼓動こそが、私を支えているのだから。

 屋上にも触手の異形が発生していた。じわじわとその領域を広げている。だから判断は一瞬だ。

 フェンスに飛びつき、反動で給水塔が設置されている入り口の上へ登る。おそらくここが最後の空白。ここ以外はもうすべてが終っている。

 

『くすくすくす。頑張ったようですけど、もう終わりですねぇ。あははは!』

 

 終わり――いいや、違う。確かに絶望的だ。逃げ場はどこにもない。

 だから、この声の言う通りに諦めるのか。そうじゃないはずだ。まだ私は五体満足で、どこも損なっていない。鼓動は寧ろ力強さを増し、胸を叩く。そうだ、まだ終わっていない。私の心は折れていない。

 

 ならば――諦めるべきではない。この胸に灯る炎こそが■■であることの証明なのだから。

 

 動いた。

 

『な――まさか、それは……! ダメ!』

 

 駄目じゃない。

 駆け出し、屋上から飛び降りる。

 

 躊躇わない。

 

 落ちる。

 

 落ちる。

 

 落ちていく。

 

 ――胸の鼓動は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 落下する感覚は終わらない。自分という存在が流れ、削れていく。人格も知識も記憶も何もかも。己を構成する全てが曖昧になり消え去っていく。上下前後左右の方向感覚など最早ない。落ちていく感覚はあるがどこへ落ちていくのかは解らない。

 目は何も見えない。

 耳は何も聞こえない。

 鼻は何も匂わない。

 舌は何も味わない。

 肌は何も感じない。

 五感の全てが消滅していく。それは感覚器官だけではなく、肉体にも通じることだ。指一本動かない。奈落の中でもがくこともできない。時間の感覚はない。永遠、永劫などという言葉も生易しい。一体どれだけこうしているのか検討はつかない。数時間か、数日か、数年か、数十、或は数百、数千年、何万。

 終っていく。私という存在が終了していく。肉体という情報が片っ端から分解されていくのだ。

 けれどそれは当然の報い。

 あの偽りと安らぎに満ちた世界を否定したから。あそこで永遠に微睡んでいたならばこんな目にあることはなかった。

 それでも楽園からの脱出を後悔することはなかった。

 

 ――鼓動だけは止まらない。

 

 何もかもが消え去っていく。けれど魂の響きは消えない。原初の鼓動だけは、その胎動だけは終わってくれない。選択を私は誇りに思えたから。

 ■■が言っていた。

 降ってわいた力に頼ることなく、己の力で生きていくのが■■だと。

 私は■■でありたいと思っていたから。時代を間違えた、どうしようもないどうしようもないどうしようもない私は、■■であればこの生に意味が生まれると信じることができたから。

 

『あぁ、そうだ! だからカレン、呼んでくれ!』

 

 何も聞こえない。

 口は動かない。発声はできず、喉や声帯が動くこともない。肉体は完全に終焉を迎えているのだから当然だ。

 

 それでも――震えろ魂。

 

 それでも――手を伸ばせ。

 

 この魂が感じているから。近づいてくる閃光がある。その魂を燃やし、私へと疾走する閃光の存在を私は確信している。動かない喉など知らない。無理矢理に、身体が自壊しようとも構わない。

 

「――ぁ、ん」

 

『そうだ、叫べ。俺からはもう限界だ! だから呼んでくれ、アンタの生はこんなところで終わっていいもんじゃないだろう! なぁ、俺の主、俺の聖女ーー!』

 

 零れたのは声にならないただの嗚咽。あぁ、でも()はそんな惨めな音ですらも認識して私のことを呼んでいる。愚直に、馬鹿みたいに。いいや、彼は馬鹿だった。そうだ、私と共に在る彼はそういう存在だった。いつだって、どんな時だって共にあり、護ると誓ってくれた、他の誰のでもない私だけの守護者。

 だから――!

 

 

「――来なさい、アサシンーーッ!」

 

 

『――極めて諒解! 待ってたぜその言葉!』

 

 世界が割砕音と共に砕けた。深淵の奈落が砕ける。落下の感覚が消え、世界には漆黒ではなく満天の星空。

 そして掌にはゴツゴツとした、けれど温かさに満ちたもの。

 この手を私は知っている。

 

「ったく、お寝坊さんだぁ。いい夢見れたか?」

 

 黒の短髪に瞳。蒼の着流しと袴。胸には縦が幅広の十字傷。飄々した笑み。慣れ親しんだ姿。彼を見て不覚にもどうしようもないくらいに安心してしまう。

 

「おいおい、流石の主殿へばってるか? いつもの毒舌はどうしたよ、いつもなら心を的確に切開するような酷い言葉が――あいたぁ!?」

 

「黙りなさいこの駄犬」

 

 体がいつの間にか動いていた。先ほどまで死滅していたような肉体だが、こんなに簡単に動いてしまうとは我ながら笑えてしまう。

 

「ははは、元気でなによりだぜ……」

 

 そうやって苦笑する彼はたまらなく嬉しそうで、多分私も同じだった。こんなやり取りですら心に温かさが広がっていく。 

 彼がいなかったら、私はこの世界で終わっていただろうから。

 

「俺がアンタの下に行くなんてのは当然だろう? 俺は護る人間だ。そしてアンタは俺の生きる理由で戦う意味だ。何があっても、俺はアンタを護るよ」

 

 そして彼は握る手を強めた。

 

「さぁ、行こう。こんな空間ともおさらばだ。いい加減目を覚まそうぜ」

 

 あぁ、そうだ。こんな空間に用はない。ここは私たちの居場所じゃないのだから。

 

「目を閉じて力を抜け。色々話し合うこととかあるしな――」

 

 言葉と共に意識が薄れていく。一度明確になった感覚が再びぼやけていく。でも、もうそれは冷たい残酷なものではなく温もりに満ちた微睡だったからこそ躊躇いなく意識を手放した。

 

 そして一つの悪夢は終わり――新たなる夜が始まる。




プロローグおわりー。

次回から月の裏側というネタ空間。
メルブラ(漫画)ネタが増えると思うよ!(


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