追記、やっぱ戻しました。習作のほうが気楽ですし。
「海咲ってさ、凶悪ボディだよな~これで性格も凶悪じゃなきゃ最高なんだけどな~」
「何を馬鹿な……一度頭を点検したらどうだ?」
「はぁ? そもそも尊だって海咲をオカズにオナニーした事あるじゃん」
「ばばばばばかかかなななここことを言うなっ!」
これ程までに部屋が薫と一緒で良かったと思える日はなかった。女性率ほぼ0%という性の乾燥地帯で屯する顔面性器の諸君の中で唯一の女である私は常に針のむしろだった。
まぁ、そもそも恋愛貧民たる彼等はツンツンだけど実は涙が出ちゃうだって女の子だもんという空想生物の存在を信じていたのかもしれない。だが、残念な事に私は本気を出せば余裕で隠語を言える。
おまけに佐竹とのはた迷惑な契約もあってか、訓練にも付いてくる必要があり、必然的に青春の汗とは程遠い何かを搔く羽目になった。男なら手抜きをすれば上手く侮られたかもしれないが、女なので過大評価をされる始末だ。
そんな事もあってか、私の扱いというのはメスゴリラ規格で行われた。
それでも昔の癖でブラという七面倒な物を付けなかった結果、何故か手に汗を染み付かせたトイレ帰りの教官に装着を義務付けられた。つくづく難儀なものだ。ただの贅肉じゃないか、これ。しかし、視線を集めるのも致し方なしかもしれない。
だが、いい加減煩い。
「何を朝から話してるんだよ童貞共……」
「おおぉう!?」
「ひぎぃ!?」
「はぁ……」
敗色濃厚な童貞談義に終止符を打つように声をかけると三者三様の反応を見せてくれた。
短く切った髪に間抜けた面、だが、制服越しでも解る筋骨粒々な体躯なのが、錦織侑祈。 綺麗に散髪された髪、普段は眇めた目つきをだらしなく垂れさせているのが宮川尊徳、通称、尊だ。
そして、中世的で端正な顔を顰めさせ、ため息を吐いているのが南条薫だ。
私の交友関係は概ねこの三人で構成されている。どれも複雑な事情を抱えているが、まあ良い奴に入るだろう。
何やかんやで私の友人でいてくれているのだ。私が一年間も我慢できたのも奴らのおかげと言えるだろう。
「うろたえるなよ童貞共、私はズリネタにされたぐらいで癇癪起こすほどガキじゃない」
「おー流石、海咲。そこ等の女とは度量が違うなぁ」
「当然だ、そこ等の女とは踏んだ場数の桁が違うからな」
鼻を鳴らして私は言い放ってやった。
少なくとも強姦されるよりはオカズにされた方が遥かにマシだ。最も逸物を押し付けられても噛み千切るぐらいは平気でしてやるが。
それにしても、侑祈が何ともモヤモヤしたように首を捻っている。そして意を決したように口火を切った。
「えっもしかして海咲って淫乱なの?」
「……ロジックボム」
「ひぎぃいいいいいいいいいいいいい!」
少し大人気ないかもしれないが、流石に怒りが有頂天に達したので、奴の弱点を突かせて貰うことにした。
奴は一見人間に見えるがその正体は何と疑似科学の代表格、自立思考型ロボットだ。限りなく人間の男に近い思考をしているが、それならばもう少し性教育を仕込んでほしかった。
兎も角、ロボット故にコンピュータウィルスの名前などには弱い、少なくとも最初はそう思っていたのだが……
何とも気色悪く、その肉体をよがらせていたのだ……こいつ感じてやがる。
大した学習能力だよ、全く。
「何倦怠期を迎えた熟女の自慰みたいによがってんだ自称最強。辞書に載ってる女性器の項目で抜く思春期の少年かよ、お前は」
「ああ、なんか頭が熱い、煙が出そうだ……もしかしてこれが恋なの?」
「冷却処理だろ……あと、出てるぞ、煙」
「いや、人間だし出るわけ無いじゃん、普通」
「……ああ、そうだな。人間なら出ないよな」
だって、お前、ロボットだもん。
しかし、どう転んでも水掛け論になるので、言わないことにした。
代わりに、寝起きの美少女(タンクトップにショーツ一枚)を見て、下半身を膨張させている素人童貞二号機を見遣る。
その視線に気づいた奴は尾を踏まれた猫みたいに背筋を跳ね上がらせた。
「何だ、その仮暮らしのショーティなテントは。まあ、一人用だから問題ないか」
「一人用じゃない! 3cmあれば機能面では問題は無いだろう!」
「むきになるな、どうせ使用されないままフレキシブルに収納されているだろうよ」
「自分の無防備さを棚に置いて、何を言うか!」
「強者の余裕って奴だよ、男根貧民が」
少なくとも一年間、熱視線を浴びてきたのだ。短小包茎の尊とは基本性能が違う。
洗剤を口にでも含んだかのように泡を吹く尊を尻目にし、最後に薫へと視線を向けた。
「相変わらずだな、その口の悪さはどうにかならないのか?」
お前も相変わらず口煩い奴だよ、そんなに心配か……?
顔をしかめた薫にしたり顔でこう返す。
「しょうがないだろうが、育ちが悪いのさ、私は」
結局、この口の悪さも彼らと線を敷く為の小細工に過ぎない。
別にその気になれば幼少期のほんの僅かに覚えている母の話し方を真似、それなりに振舞える。というより、それが私の地に近い。
が、親父の方がそれを善しとしなかった。それでは生き残れないと、数多の無理難題を消嗾けた。近視相姦された方がまだマシだったかもしれない。
必然的に私の口は悪くなった。自らを守る為に誰かを傷つけるようになった。
それでも、私が未だに母親の言葉をおぼろげに覚えているのは、多分、未練だろうか。
だが、既に叶わない話だ。出身を話せば、誰もが私と距離を置くだろう、ならば一線を引いて決定的な瞬間までダラダラと話しているほうが楽しい。その方が傷も浅い。
結果として私には繋がりが無い、夢が無い、展望が無い、嫌になっても私は私と縁を切れない。外面だけのがらんどう、これが私なんだ。
楽しい時間は過ぎていくものだ。気づけば日は落ち、月がおぼろげにくぐもった夜空に輪郭を映えさせていた。星なんてあそこでは見る余裕も無かったっけ。
刻々と近づく終わりに急かされ、私はふいに過去を思い出したりする。
「最近は良く呆けているな海咲、どうした」
「どうもしていない……じゃ、納得は出来ないよな」
怪訝に尋ねる薫に私は欺瞞に満ちた返答しか出来ない、結局、薫は分かった上で聞いてきているからだ。自ら語らせようとする辺り数段性質が悪い。
「出来ないな。しかし、お前が時折、私達と距離を置いているように感じるのは今に始まったことではない」
「よく見ているじゃないか、だから周りにデキているとか言われるんだけど」
「そんな事を気にするような性質じゃないだろう?」
「…………」
沈黙は肯定だ。それは薫も分かっているようで、ため息をつくと、言葉を続ける。
――また、説教か。だが、私は理解している。薫が真摯に私と向き合おうとしている事ぐらいは……洞察力は何故か人一倍強いつもりだ。
佐竹が私に親父関連で愛憎入り混じった感情を抱いている事や、尊が末兄弟故の大きな期待に縛られている事、侑祈は……正直言ってどうでもいい。
そして、薫とてその例外ではない。
「なあ、海咲。お前はどうしてボディガードになろうしたんだ?」
「あぁ、今回はお前が尋ねる側か……私が聞いた時は誤魔化したんだ、先にそっちが言えよ」
「済まない、あの時は正直、お前を信頼してなかった――恥ずかしいが、少し嫉妬していたのもある」
少し目を伏せる薫、心なしか声音も暗い。まぁ、そりゃやる気という要素が微塵も無い『女』が混じっているのならば、薫にとっては当然の感情だろう。
そこら辺は余り追求はしないほうが良さそうだ。
「嫉妬か……胸か? それとも尻か?」
「……今では嫉妬するのも馬鹿らしいと思っている」
「褒めているのか貶しているのか、一体どちらなんだ、お前は?」
「両方さ、それでお前はどうしてボディガードに?」
話を戻された……答えは勿論、無い。成り行きで此処に居るのだ、だから理由は無い。
しかし、流石に正直に答えるのもどうかと思った。
「儲かると思ったからさ」
「不純極まりないな」
当然、薫は苦虫を噛み潰したように顔を顰める。
が、やがて眉根を緩め、呆れ半分、心配半分といったアンニュイな表情に変わる。
「確かにボディガードの給与は一流大卒の初任給の倍だ。しかし、彼等が労働力と時間を対価に金銭を得ているのに、私たちは命も加わるんだ。それを踏まえれば高い数字ではない」
「が、私にはそれで事足りてしまうんだな、これが」
「……本気か?」
「本気ではない、どう思うかはお前次第だ」
禅問答にでも発展しそうなので、判断は薫自身に任せることにした。
「はぁ……軽はずみな気持ちで挑んだら危険な目に遭うぞ?」
「しかし、張り詰めた糸はすぐ切れるがな」
「お前はもう……屁理屈ばかり捏ねるな」
いよいよ頭痛げに手を添える薫を見て、私は感慨に耽る。
今日まで約一年。薫に小言や叱責を浴びなかった日は無い。しかし、それは奴に救われた回数を指している。
そして結局、最後の最後まで薫には世話になりっぱなしな私なのだった。報いる機会が来る日はないだろう、何故なら、後数日でこの縁も切れてしまうのだから。
「……本当に行くのだな」
「しつこい、くどい、未練がましい。流石の非モテ三段活用だな佐竹」
相変わらず厳ついサングラスに遮られ瞳の色は伺えない。佐竹という男は七面倒にも己の感情を他人に悟られまいと必死過ぎる面がある。
「……もう、止めはしない。代わりにこれを持っていけ」
「はぁ?」
そのごつい手に握られていたのは白封筒、何と厚みもある。眇めた視線を佐竹に向けつつ、私は強引にそれを取ると、中身を確認し、辟易した。
「何だ? 援助交際? はたまた愛人契約か? 同級生の娘に劣情を催してんじゃねえよ」
「此処に置いた迷惑料だ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「いらない。あんたの感傷の押し付けに付き合うつもりは無い、一人で後悔してろ」
「もう渡した金だ」
「あ、そ」
封筒から一万円を取り出し、そして手放す。支えを失い、枯葉のようにひらりと宙を漂って封筒は佐竹の足元へと流れ落ちた。
「では佐竹様。これにて私はお暇させて頂きます。ごきげんよう、さようなら」
スカートの裾を上げながら、膝を曲げお辞儀をする。カーテシーという奴だ、いわゆる一つの意趣返しといった所か。
敬語を使えと一年通して言われたものだから、つい大人気なくやってみた。
「海咲……私は――」
何か言っていたが、私は無視して廊下を悠々と歩いていった。