「……運転手、このお嬢様を乗せてやってくれ」
「あれ、お前さんは乗らないのかい?」
律儀に待っていた運転手はさぞ不思議そうに問い掛けてくれた。お陰でお隣のお嬢様ににらまれる始末、小さい癖になんて眇めた目で睨んでくれるのだろうか?
そも、街に未練は無い、行きずりで面倒な目に鉢合わせる可能性もある。特に薫を始めとする同期に出会ったら取り付く島も無い。よって街には戻らず、さっさと都心から離れる事にしたのだが、思ったより手間がかかりそうだ。
「こんな所に残ってどうするつもりよ?」
「それこそ聞いてどうするつもりだ?」
「さっきも言ったけど憐桜学園のボディガード候補生でしょあんたは?」
「いいや、違う。既に私は退学届けを提出した」
「……ああ、そういうこと」
「では、私もそういうことで」
後ろを向いてさり気なく立ち去ろうとした、と思っていたら手を掴まれ強引に車内に連れ込まれた。小さい癖して妙に力がある。
「最後まで話しを聞きなさい、悪い話じゃないわ」
「最後まで聞いたらどうなる?」
「街に着くでしょうね」
「仕方が無いな――それなら外で話をしよう」
「もう走り出したわ、諦めなさい」
何時の間にやら咆哮するようなエンジン音が足元から響き出していた。
「…………」
今日ほど流れ行く景色がこれほど美しいと思える日はなかった。
車体のスピードによって融け行く灰色の長方形の輪郭は人工の産物でありながら、不思議と抱擁するような温もりさえ感じるのだ。
「こっちを向きなさい」
頭を掴まれ、蛇口を捻る様に曲げられ少女と対面する形になる。
成りは小さいがその態度たるや堂々としたもので、黒いリボンも様になっている。大きな瞳も何とも強い意思を湛えており、可愛げのある小動物と形容するには少々難しい。
手乗りライオンという表現が近い。
「喜びなさい……アンタを私のボディガードにしてあげるわ」
嫌味のない、それでいて高潔な微笑みが肌を撫でる。
思わず、唾液が喉を鳴らした。だが、私は目を瞑る。
………………
…………
……
「だとさ、良かったな、低賃金から開放されるぞ」
「はぁっ!?」
「だから、ボディガードだぞ、良かったな」
「はぁ!?」
「ボディガードになるのはアンタがでしょうが……っ!」
運転手に乗せた手を撥ね退けられた。なので私は奥の手を使うことにし、地へと受身を取りながら転がり込む――そして。
「えーやだやだー! 海咲は将来パパのお嫁さんになるのー!」
「……恥ずかしくないの?」
「私を甘く見ては困るな。躊躇いも羞恥もとうの昔に捨て去った」
「とても胸を張って言うことじゃないわね」
無い胸を張って言われた。いや、胸じゃない、あれはまな板か。
「……ハッ」
「――ふんっ!」
その黒ストが映える右脚で思い切り良く、ストンピングされた。いや、中々にいい足をしている。存外、あの男達とも張り合えたんじゃないのだろうか?
何はともあれ、この少女、私が承諾するまで逃がしてはくれなさそうだ。
気だるい様子で立ち上がる私に少女は何とも形容しがたく、その癖、本能的に禍々しいと思えそうな意地悪い笑みを吹っ掛けてくれていたからだ――
…………
……
「じゃあ、私。これから予定が入っているんで」
「帰路につくな」
「許せ、今日一日予定が一杯だ。話は今度にしてくれないか」
「どうせ白紙でしょう?」
「これから書き込む」
「残念、百回書き込んでも嘘は真実にはならないわよ」
呆れたように表情を崩し、私を睨む少女。だが、私も負けじと目を眇めて睨み返す。
やがて、それが数秒続いて、息を吐いたのは私だった。
「冗談で言っているのなら早めに撤回したほうがいいぞ?」
「冗談じゃないわ、私は本気よ。拾ってあげる」
「親から落ちてるものは拾うなって教わらなかったのか?」
「どうやら、何処までも私を子ども扱いしたいようね……」
だって子供だろうが。見た目からして。あと成長具合とかして。
が、そんな事は口には出せない。確実に拳の一つは覚悟しなけれならないだろう。
「第一、自分の身ぐらい守れるんだろ?」
「ええ、あの程度の男達なら銃さえなければ倒せるでしょうね」
「じゃあ、私があんたより優れてるのはスタイルしかないじゃないか」
蠱惑的に身を傾けながら捩じらせると、少女の表情が俄かに恐ろしいものへと変貌する。どうやら、スタイルが気になるようだ。
しかし、それがいい。という御仁もいるだろう。特に金持ちなんかに。
「ひ、人が気にしている部分を」
「まあ、気にしない方がいい、まず自分に寛容になることが善く生きるコツだ」
「豪く悟った様子じゃない、ますます気に入ったわ」
「今の点の何処に好感度があがる要素があった?」
私の態度が気に入られているのなら、それは困ったものだ。不遜で高圧的な態度は本来ならば人を遠ざけるための物なのに、それが逆効果となると敬語で喋る必要がある。
が、口腔が敬語アレルギーなので、そんな真似は滅多にしたくは無い。
「というわけで、私のボディガードになりなさい」
「断る」
「ボディガードになりなさい」
「……断る」
「先週のおさらいと言って同じシーンを延々と流して尺を稼ぐのはどうかと思うの」
「…………断――
「れない」
……またも周囲を春に合わぬ得体の知れない寂寞が包み込む。
選択肢は取るに取られまくった結果、一つしか残っていなかった。
「……分かったよ、付いていけばいいんだろう?」