アイドルマスターシンデレラガールズ 少女はアイドルを目指す 作:こきゅー
私は何になりたいのだろう。
考えることはあったけれど、すぐに忘れる。
日常を生きていくことで疲れてしまうからだ。
私には何もないのが今の状態だろう。
けど、いつまでもこのままでいられないよね……。
『アイドルになってみませんか?』
夢見る少女ならば一度は言われてみたい言葉だろう。特にアイドルを目指している女の子なら喜んでその言葉を飲み込むだろう。
『私のような人間にアイドルは無理です』
私のような、地球上の人間の全ての平均、もしくはそれ以下のような存在には遠いお空の上にでもいる人たちだ。
『本当に? 私でもできるの?』
私は今年で高校3年目を迎える。来年には進路を決めたところに意気揚々と向かうのだろう。大学に進学するものもいれば社会人として世のため人のために毎日働く者もいる。
『怖くて怖くて、やっぱり怖い』
私は日々無気力で生きている。
よってこれと言った夢もない。母親に「取り合えず大学に進学すれば?」と言われ、私はちょっと嫌な顔をしたがすぐに「うん、そうだね」と軽く返事した。
『夢は夢で終われない、か……』
もう肌寒くなる秋に身を構える時期だ、受験勉強で忙しくなる頃だが、私はクラスメイトの真ん中くらいの学力はある。だから適当な大学に受験しようと思った。
『あなたは1人じゃない、私が支えます!』
担任の先生にも話をつけ、最低限受かるように勉強はした。面接もあったが、私は人と接するのが苦手だ。何度も現実逃避をしたくなるほど拒絶反応が起きるほどと言っても過言ではない。
『たった1人のシンデレラ』
最後には「ま、なんとかなるでしょ」と自分に言い聞かせ最低限の練習はする。端から見ても私という存在は特に気にも止めないような人間だろう。
『私は、貴方でよかったと心より思います』
友達は、いるよ? 両手で数え切れるくらいは。あとはクラスメイトに何人かいるけど帰りにカラオケに寄ったりするほどではない。私にはその数人がいれば十分だと判断したからだ。毎日顔を合わせる度に話が尽きない、大事な親友なの。
これから起こる出来事は、そんな植物の心のような平穏な人生を送りたい私に訪れた運命的で、決定的なこと。
――――☆
「それじゃまたねー」
いつもの学校からの帰り道、途中までは友達と一緒に帰る当たり前の日常。友人と別れ、1人で家まで帰る途中にいつもの店でコロッケを買う。いつの間にか名前と顔を店主のおばちゃんに覚えられ、今日はサービスまでしてくれた。あのおばちゃんに感謝しながらも鼻歌交じりでホクホクのコロッケを食べながら家に帰る。
そんな特別なものなんて何一つない普通の私に、物好きにも声をかけてくる人が現れた。無難に過ごしてきた私には先生に怒られることもないし、クラスメイトとトラブルを起こしたこともない。
そんなどうでもいい私に、ある日スーツ姿の見知らぬ男が声をかけてきた。
「こんにちは」
私は愛想笑いで返事をする。誰かも確認せず取り合えず適当に。もしかすると私に声をかけたのではないかもしれないから。
「こんにちは」
けれどやっぱり間違いではなく、この身長180センチを優に越える男は私に用があるようだ。けど私はこの男性を知らない。母の知り合いだろうか。
「あの、今お時間大丈夫でしょうか?」
少し考えていると向こうから話を切り出してきた。こんな私になんだろ……放課後の帰り道に女子高生の私に声をかけてくるとなると1つの結論に至った。
「もしかして、不審者?」
半分冗談気味で相手に聞いてみた。強盗に入られたり交通事故を目の前で見たことはない私には非現実的な思考はあまりしない。だから半分は本気になって構える。が、相手はマジでヤバイ奴だったら逃げ切れるかどうか自信はない。
「い、いえ! 違います。私はこういうものです」
男は慌てて否定し、内の胸ポケットから紙を1枚取り出し、私に差し出してきた。
それを半信半疑で受け取り、目を通してみる。紙を取った瞬間にスタンガンとかで私を気絶させてくるかもしれないという妄想に近いことを考えていたがそんなことはしてこなかった。
「えっと……アイドルプロデューサーの……」
「はい」
「それで、私に何かご用ですか? アイドルとは無縁の存在ですが」
「貴方をアイドルにしてみたくなりました」
この男は正気なのか、ただの変質者よりもよっぽど質が悪い野郎としか思わなかった。
というか「してみたくなりました」って何なんだ?
「えっいや、その……」
「ダメでしょうか?」
アイドルになる。それが本当なら私以外の夢見る少女は大喜びするだろう。けど私の頭の中では目の前にいる男は詐欺師にしか思えなかった。
早急にこの場を立ち去り安心したくなった私はわざと腕時計に目を配り、携帯にわざと友人からの連絡に目を通すように眺め、こう言った。
「ごめんなさい、友達を待たせてあるのでこれで」
「そうですか、分かりました」
上手く事を進めたと確信した私は一言去り際に「では」とだけ残すと早歩きで家に帰った。
――――☆
「ただいま~」
こうして私はいつもとは違う危機を乗り越え、無事に平和なアットホームへと帰還することができた。
いつもの通り、母親が「おかえり、手洗ってきなさい」とキッチンの方から声がする。
言われたまま、というか言われなくとも私は毎日手洗いうがいを欠かさない几帳面なのだ。潔癖症? そこまでは行ってないよ多分。
「今日はちょっと疲れたなー」
手洗いを済ませ、リビングでだらける準備に入りながら母に放課後起こっためんどくさいことを話す。
今日は金曜日、毎週我が家では晩ご飯がカレーだと決まっている。昔叔父の風習でそういうもんだと学んだらしい。私はそんな母のルールに従っている。むしろ大歓迎だけどね。美味しいものを食べ、明日明後日の休日を過ごすのは実に素晴らしい。人生において必要不可欠だと考えている。
「何かあったの?」
「今日アイドルのプロデューサーに声かけられてさあー」
「……あんた、それ騙されてるわよ」
そう思うよね。声にすごいドスが効いてるし。というか、そのリアクションは『あんたがアイドルになれるわけないじゃない』という意味めいたものに聞こえる。
まぁ、実際私はそんな柄じゃないし、ショックとかは感じないけど。
「いや、それがこんな名刺渡されてさ、本物っぽいんだよね」
「ちょっと見せてみなさい」
母は晩ご飯であるカレーの支度で手が離せないらしく私にキッチンまでの移動を命じた。夕方である今はこれから忙しいのだろう、そんな母の気持ちを汲み取ってやりながら私は重い体を起こしもらった名刺を見せた。
「えっと、346プロって言えばあの有名な芸能プロダクションの……え、本物?」
「え、マジ?」
しかも世間的に知らされている名前だとは思いもつかなかった。せめて私なんかに声をかけるのだから人材不足でよっぽど困っている小さなところなんだと思っていたけど……マジの本物だとは。
そうなってくると母も急にテンションが上がり出す。定番のパターンの始まりだ。私は反対にちょっと欝になる。
「いいじゃない! こんな機会滅多にないんだから! 電話番号あとでメモらせてね? 私からも挨拶を」
「待って。私そんな乗り気じゃ……そもそもアイドルだよ? 私そういうの興味ないし」
「でもあんた見た目は及第点いってるわよ? 声もいけてるし」
さっき思いっきり疑ってた母は今はどこに……。
「その話断ってきたの?」
「いや、逃げてきた。不審者だと思ったし、金曜の放課後を妨げるイベントほど避けたかったし」
週末は何事もなく無事に家に帰ることが一番の私の望みなのだ、邪魔はしないでもらいたい。
「あら、勿体無いわね」
その一言を聞いて私はへそを曲げる。
一気に不機嫌になる。
負の感情が抑えきれなくなる。
「ふん」
といっても母にこの気持ちをぶつけてもただの八つ当たりになるのでそのまま名刺はポケットに入れてリビングに戻りスマホをいじる作業に移った。
私がここまでに機嫌を損ねるのも理由があるからだ。
小さい頃からいろんなものに挑戦させられた私だったけど、どれも長続きはしなかった。
辞める理由も大体は一緒で「面白くなくなったから」、「もう疲れた、続けたくない」といった具合が多い。
そんなことを言うと母は決まって「えー! もったいないじゃないの!」と愚痴をこぼす。
この時の勿体無いとはお金の面でもあるだろうが、今になって私は
『私自身の未知の可能性を潰す行為をしている』
ということから勿体無いと言われているのだと自覚させられる。でもそんなものはないと言い聞かせる。でも本当に? いや、ないものはないと何度も同じ思考を繰り返し、無意味な時間を過ごした時もある。
「あの時続けていたら私はその道を進んでいたのかも?」というもしもの私を想像した日もあった。だからそういう「勿体無い」なんて言われると無性に腹が立ち、同時に苛立ちが増す一方だった。
けど私はどれも長続きはしない質ですぐに飽きる。通称飽き性なのだ。勿体無いとかいわれても知るかそんなもん。
「ご飯出来たわよ?」
そんなこんなで私の三日間の娯楽はここから始まる。気を取り直して、美味しいものを食べ、湧いている暖かいお風呂に浸かり、部屋でのんびりと過ごす。これを月曜まで繰り返す。
ぐうたらこそ正義、ジャスティスなのだよ! 宿題とかは高校だしそこまでない。というか受験勉強がある。
しかし、私が行く予定の大学の赤本は確認したし、学力的にも問題はない。っふ、完璧だな。ぐうたらする資格が私にはある!
そんなこんなで月曜まで私は一歩も外に出ることはなくおふとんに甘える生活を過ごしたのだった。
―――☆
「おいっす~」
「よっ」
憂鬱な月曜日がまた始まってしまった。そのことに私は絶望をする。
だが今日は特に嫌いな科目はないし、友達と適当に過ごす。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
校門をくぐる際、立っている体育教師に挨拶をきちんとする。それが大人に対して礼儀だと叔父から教わった。「挨拶から始まり挨拶で終わる、今の日本人はそんな当たり前なことが分かっとらん!」とたちまち文句を何度も聞いている身にもなってほしいよ、ふふ。
学校での私はこんな感じで、体育がちょっと苦手なくらい。得意な科目は英語だけど海外でバリバリ事業展開、なんて気はさらさらない。英検1級取りますッ! とかそんなキャラでもないしそういうのはこっちから願い下げである。
んで、そのまま特に何もなく、月曜日の憂鬱な終わりを告げる放課後を迎え、帰宅する準備に入る。
帰りのHRほど楽しい一時はないだろうな、文化祭が近づいているが受験で忙しい私たちはそこまで大きな展示をするといったことはないため気楽に行事をこなせられる。うむ、素晴らしいことだ。
「じゃあね~また明日~」
「まったねえ~」
親友とも軽く別れを告げ、私はさっさと月曜日を終わらせたかった。
家に帰れば特にすることはなく、火曜日を迎えることができるからだ。そして水、木、金と乗り切ればまた土日というボーナスタイムに突入する。その為に私は、
何事もなく
ただ毎日を
平和に暮らしたい!
それだけを願うごく普通の女子高生なのだ。
しかし、運命はそれを捻じ曲げたいようだった。
帰り道の途中、その人はまた私の前にやってきた。
「こんにちは」
その男はこの前の時と変わらず、同じ服装で同じ挨拶をする。
「こんにちは」
内心複雑な心境を抱えながら私も相手に合わせて返事をする。不審者ではないことが分かったのだから丁寧にお辞儀をする。
普段から礼節をわきまえない人間ではないことはわかっていただけると有難い。この前は逃げるように嘘もついてしまったし罪悪感は多少ある。
「あの、今お時間ありますか?」
「あ、はい、ありますが」
しまった! 家で明日に備えてだらだら過ごすという
「良かった。では近くにオススメのカフェがあります。そこで先日お話した件について聞かせてもらえないかと」
こうして話してみると相手の男性はいかに紳士的なのかが伺える。人相はちょっと近寄りがたい感じだけど社会人として当然であるかのように、営業をしている雰囲気を感じ取れた。悪い気はしないがちょっとした本音を言えばカフェのようなところあんまり入ったことないからなあ。近寄りがたいような……リア充の巣窟ってイメージがするし。
1人で色々考えているとあっという間に目的地のカフェに着いていた。徒歩数分といったところか。丁寧に店員さんにお辞儀をする男性を見て私も真似をする。もちろん、彼がしなくとも大人相手なら真面目に対応するけど。
あぁ、これから私について話すとなると気乗りしないな。正直適当に断ってすぐに帰りたくなってきた。
私の意志とは裏腹に事は順調に進む。そうして連れられた席は4人用だった。少し店の奥の方であまり目立たない位置のテーブルだ。そしてその席には彼以外に誰か女の子が座っていた。
遠目からでも分かる長く艶やかさのある黒の髪の女性、制服姿でいながらステージに立っても違和感がないほど着こなしている。その彼女は私と目が合うと小さく頭を下げた。
一目で分かった、私と彼女のレベルは桁違いだと。
席に着いた私と彼はまず、軽い自己紹介へと入る。
「先日お会いした、武内と申します。アイドルのプロデューサーをしています。あなたの支えになっていければと前向きに考えています。今日はよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
まるで面接でもしているかのような圧迫感。耐え切れず思わず目線をキョロキョロとしてしまう。両手も握りこぶしで緊張してしまう。こんな大人同士の会話のような状況はやっぱり辛い。そんな私を見て彼の隣にいるロングヘアーの少女はクスっと笑う。
「プロデューサー、少し硬すぎなんじゃないの? あの子も緊張しちゃってるよ?」
「あ、す、すいません」
まさか私に気を使ってくれるとは、そして謝ってもしてくれるとは少々予想外だった。営業なら最後まで丁寧に趣旨を伝えるモノだと思っていたけど。
「い、いえいえ」
何か返さなくては、と言葉を模索したけれどそれしか返す言葉が出てこなかった。こういう場面には慣れていないのだ。帰りたい。
「じゃあ次、私行くね」
「あ、はい」
次に長髪の女性が自己紹介へと移る。
「渋谷凛、16歳。346プロでアイドルをやってます。趣味は犬の散歩。今日は気楽に行こうと思っています。よろしくねっ」
「よ、よろしくです」
初対面であるので私は当然礼儀よく返事する……つもりだったがお互い堅苦しいのは望んでいないらしく、年も私より下だったので武内さんよりは少しくだけた表現になった。
「では、自己紹介をどうぞ。オーディションではないのでリラックスして下さい。名前だけでも構いません」
名前だけでも? あ、そっか。趣味とかはまた別だったっけ。ダメだ、気を抜いてとか言われても変に緊張してしまう。
けど私を気遣ってくれている彼の言葉に少しだけほぐされた私は数回行った面接での自己紹介を断片的に思い出し、実行する。
「私の名前は
ここから全てが始まっていくんだろうなあ。私は何も始めないつもりだけど。
――――☆
「では、私からご説明をしていきます。分からない点が在りましたら気楽に質問して下さい」
飲み物を適当に注文してお互い初顔合わせだがちょっぴり仲良くなれた雰囲気に入ると武内さんが本題へと入る。
「アイドルになるかどうかは、私たちの話を聞いてから判断しても遅くはないと思うよ」
私は渋谷さんと同じものを、武内さんは見るからに苦そうだが大人って感じの飲み物が届いた。
「ごゆっくりどうぞ」
私は丁寧な対応で持ってきてくれた店員へ軽く会釈をする。
早速自分を落ち着かせるため飲み物を口にするがコーヒーなんて飲んだことないな。もっと世間の情報を取り入れるべきなのか。
「あの、質問よろしいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「アイドルって何をするお仕事なのですか?」
「笑顔を届けるお仕事だと私は考えています」
「それ、よく分からないんじゃない?」
具体的にはどういう意味だろう、そんな風に思っていると顔に出ていたらしく渋谷さんがフォローに入った。
「え、ええ……すみません」
「具体的に言うと、バラエティ番組に出演したり、写真集を出したり、歌とダンスでみんなを喜ばせるお仕事かな?」
みんなを喜ばせるお仕事……この言葉を聞いて一瞬やましい想像が浮かび一瞬で消し去った。違う違う、そんなお仕事じゃないってくらい分かるよ。
「うーん……」
「納得していただけたでしょうか?」
やや困ったような顔で私に確認をする武内さんを見ていると早く決めないとって勝手に自分で焦ってしまう。
「えっと……その……自分には向いてないと思います……興味もあまり……」
「そう? 私はいいお仕事ができると思うよ」
「あの、失礼ですが渋谷さんはどうしてアイドルを?」
「私? そうね、ちょうどいいかもね」
顎の近くに人差し指を近づけクスクスと淑女のように笑う渋谷さん。
「私もね、アイドルなんて全然興味無かったんだ」
思わず「え?」と言葉を零してしまう。
「私はただの花屋の一人娘で、あのままずっと過ごしていくんだって思っていたの。けど、プロデューサーと出会って、当時はまだ親友とも呼べるほど仲が良くなかった人に『一緒にアイドルやりませんか?』って声をかけられて。それで、自分の中にぽっかり空いていた穴を埋めたかったの」
「穴、ですか?」
「今の自分のままじゃダメなんだって。アイドルになって、そこでしか見えない自分を探しにチャレンジしてみたくなったの」
チャレンジ……私の中で嫌いな言葉に酷く反応する。悟られないように内心で。
「まあ、そんな感じ。自分の限界を見極めたかったっていうのかな……この人がいなければ今も私はただの花屋の娘だったし」
「つまり、アイドルになって良かったと」
「そうだね」
とても参考になるいい話を聞かせてもらった。だが、私には羨ましいと共に何故か嫉妬をしている自分がいた。
テレビで聞いたことあるような人生の成功談は大嫌いだ。自分には到底真似できないことだからだ。
昔は運動ができなかった子供が今ではオリンピック金メダリストだとか、
指の神経を麻痺させたピアニストの奇跡の復帰物語とか、
そんなもの、私には関係ない!!
「立花さんも、挑戦してみませんか?」
「い、いえ、私には……」
「立花さんも諦めたほうがいいよ。プロデューサーは私たちのためなら犠牲だって惜しくない人だから、ね?」
「そんな立派な人ではありません。私はただ、立花さんの本物の笑顔をみたいのです。そのためなら全力でサポートしていきたいと考えています」
「でも、私には何もないです……だから」
「うーん、プロデューサー、私に考えがあるんだけど」
「ええ、どうぞ」
「あのね立花さん、一度私たちの事務所に見学しに来ないかな?」
「それはどういう……」
「立花さんは自分に自信がないようだけど、それは思い過ごしてるだけだと私は思う。立花さんには立花さんにしかない何かがあるって思うな。それを私も見てみたい」
「そんなたいそれたモノ私には……」
歯切れの悪い返事を繰り返す。私の中で
’このまま平和に過ごしたい自分’
’今の自分を変えてみたいと思う自分’
この二つの思いが存在している。
踏ん切りがつかないのは、きっと、自分は正真正銘ダメ人間だからだろう。
楽をしたいという気持ちや、どうせ自分には無理とやる前から決めつけているからだろう。
だからさっきから渋谷さんたちと目線を合わせることができないでいる。自分は愚かで矮小な存在なのだから。
「立花さんさえよろしければいつでも手配いたしますがどうしましょうか?」
「私は、やっぱり……ごめんなさい」
話が進まないことを見越してか渋谷さんが腕時計で時間を確認する。
「……今日はもう遅いし、ここまでにしよっか」
「そうですね、今日はお話に付き合って下さりありがとうございました。お代はこちらで出しておきますので」
曖昧な返事のまま折角の機会を無駄にしてしまった。しかし同時にほっとしている自分がいる。「また明日も平和な日常を過ごせる」と安心しきっている自分がいる。
「ではまた後日伺います。そこでの返答を正式なものとしたいと思います。今日は気持ちの整理をしてゆっくり休んでください」
そう言うと武内さんと渋谷さんは近くに止めてあった駐車場へと向かう。
何かを忘れ物したかのように渋谷さんは振り返り私のところへ走ってくる。
「これ、良かったら聞いて。今の私がそこに居るから」
渡されたのは1枚のCDだった。受け取ったCDのジャケット絵を見てみるとそこにはアイドルとしての渋谷凛が凛々しく佇んでいた。
目の前にいる渋谷凛とは全然違っていたのでお礼の言葉もたどたどしくなってしまう。
「あ、ありがとうございます……」
「それじゃあね、立花さん」
そう言って、彼女はプロデューサーのところへと向かった。
長い髪がふわっと翻し、アイドルではない渋谷凛でも、やはり私とは違うものを持っている現実を強く押し付けられる。
「やっぱり私にはアイドルは……」
日もいつの間にか落ちており、街灯がポツポツと付き始め、帰宅路を私はゆっくりと歩いて行った。
貰ったCDをずっと眺めながら、自問自答を続けながら私は歩いて行った。