アイドルマスターシンデレラガールズ 少女はアイドルを目指す   作:こきゅー

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今回、書いてたらちょっと長めになったので適度に休憩をお取り下さい。(配分間違えた……汗)



《First step to Cinderella》 2/2

 昔、そこには希望溢れる少女がおりました。

 少女は、前を向いて歩き続けました。

 大きな水溜まりに気付かず靴をびしゃびしゃにさせてしまったり、道に迷ったり、雨風に見舞われたり、カラスに怯えながらもひたすら歩き続けました。

 けれど、少女は数多の苦難に襲われ、泣き出してしまい、ついに歩くのをやめました。

 

「もう嫌だ! 疲れた!」

 

 そこにたまたま通り掛かった魔女が魔法で綺麗なガラスの靴を出し、こう言いました。

 

「これを履けばもう一度歩けるさね。ほら、もうちょっとでゴールかもしれんぞ?」

 

 しかし、少女はその魔法のガラスの靴を履くことはありませんでした。

 

 こうして少女はすべてを諦めました。

 

 

――――☆

 

 

トレーナーさんや武内さんのお陰で何とかあの場から脱出することができた。でも、あんな小さな子供でもレッスンをしていたなんてしらなかったな……しかも、あんなに楽しそうに。私も、あんな風に何かに全力で楽しめることがあるのかな……。

 

「次は、立花さんと年齢が近い方々のレッスンを見学します。よろしいですか?」

 

 私は返事をすると、武内さんはゆっくりとレッスン室の扉を開ける。そこでは3人のアイドルと見られる女性がトレーナーの元指導を受けていた。

 

「はい! 12345678……二宮、周りをよく見ろ!」

 

「はい!」

 

 さっきのみりあちゃんたちとはまた違った風景だ。レッスンに集中しているのかわたしたちのことはあまり気がついていないようだ。

 

「もう一度行くぞ! 12345678……新田、真剣なのはいいがもう少しここは笑顔で行け。神崎はさっきの感覚を忘れるな!」

 

「分かりました!」

 

「はい!」

 

 なんて真剣な表情なんだろう……この場の雰囲気に呑まれてしまい私はただ大人しく見ていることしかできなかった。

 

「最後、通しで行くぞ!」

 

「「はい!」」

 

「お願いします!」

 

 トレーナーさんの掛け声で、皆がひとつになって目的を達成しようとしている姿は言葉にできないほど、心にくるものがあった。こんなにも真剣に、何かを取り組んでいる人を私は見たことがない。

 テレビでたまに流れる曲のようだけど、曲名は記憶にない。それと、思ったんだけど、さっきのトレーナーさんと何だか似ているような?

 

「よし! 今日のレッスンは終了だ。皆、指摘したところは改善されている。明日の本番もその調子で行け!」

 

「「「はい!!ありがとうございました!!」」」

 

 アイドルたちは、雨が降ったかのような汗をかき、それでも顔色は変わらず、トレーナーに集中している。午前だと言うのにこんなにもハードなことをしているのか……。

 レッスンは午前のみらしく、先程、指導していた人は武内さんと挨拶を交わした後、私にも、同じように挨拶をして、レッスン室を出ていった。

 

「蘭子ちゃん。飛鳥ちゃん、お疲れさま!」

 

「あぁ、ありがと……」

 

「天使の恵みに感謝。(ありがとうございますぅ)」

 

 2人は床で尻餅をつくように座り込み、1人は水が入ったペットボトルを渡している。あの人がこの3人の中ではリーダー的なポジションなのかな? そんなことを考えているとふと、その人と目があった。

 

「あ、プロデューサーさん!?いつからそこに?」

 

「ん? プロデューサー……だと?」

 

「プロデューサーしゃん、お疲れしゃまです」

 

「蘭子、封印が解かれているぞ」

 

 ここでも、皆プロデューサーさんと武内さんのことに気付くと声をかける。業界らしいといえばらしいけど……。

 ん? 封印?

 

「皆さん、お疲れ様です」

 

「お、お疲れ様です」

 

 レッスン風景があまりの迫力だったもので、私も言葉にして、「お疲れ様です」と声を出した。

 

「フフッ、ありがと。私は新田美波、大学生でラクロス部をやってます。宜しくね、詩音ちゃんっ」

 

 あ、私の名前、知ってくれてるんだ……。

 というか待って、え? 大学生? しかもラクロスってあのスポーツのラクロス? こんな綺麗でしっかりしてそうな人がアイドルと同時に学業も……スゴいなぁ。

 

「やぁ、君のことは知っているよ。僕の名前は二宮飛鳥。僕のことを君は知っているかな?」

 

 タオルを首に巻いて汗を吹きながら私のところに来たこの子は新田さんよりは年下のようだ。けど、しっかりレッスン出来ていたし、私なんかよりよっぽど凄い。

 しかもなんか少しカッコいいかも。

 

「あ、えっと、ごめんなさい。アイドルはあまり知らなくて……」

 

「そうか。だがそれも、世界から見れば当然のことさ。僕はまだまだ存在が認知されていない若輩者だからね。もっと頑張るから、僕のことを覚えていてくれると嬉しいな」

 

「あ、はい! 応援します!」

 

「ククク……立花詩音の名を持つものよ!(立花詩音ちゃん、だよね?)」

 

 そして、銀色の髪をした二宮さんと同じくらいの女の子が息を整え終わったのか私に声をかけてくれる。

 

「あ、はい、そうですけど……」

 

 うん、二宮さんもそうだけどこの子は少し言葉があれだ、中二病的なあれだ。私も一時期それに近い状態を迎えたこともあるもん。

 

「我が名は神崎蘭子! 我が友から話は聞いている。今宵は存分に我らの姿をその目に焼き付けるがいい!(私は神崎蘭子、プロデューサーさんから話は聞いてるよ、今日は私たちの姿ちゃんと見ていてね!)」

 

 目に焼き付ける……あ、見学か、なるほど。

 

「はい! しっかりと見学させていただきます!」

 

 そう返事をすると二宮さんが興味深そうに私を見ながら、尋ねる。

 

「ほう、君も選ばれた人間のようだね?」

 

「なんと! 同じ『瞳』を持つ者とは。これも因果の定めなのか……(え、詩音ちゃんはアイドル志望ですか?)」

 

 えっと、流石に今回は分からないな……瞳? 因果の定め……うーん。

 

「蘭子ちゃんはね、詩音ちゃんがアイドルになるんじゃないかって聞いているんだよ?」

 

 私が解読に時間を要していると新田さんがフォローに入ってくれた。あぁ、優しい運動部員は素晴らしいな。

 

「なるほど、そういうことでしたか、私はまだアイドルになりたいかどうか自分でも分かりません。ですので、今日は本当に、ただ見学させてもらっているだけです」

 

 私の返答に少しガッカリする神崎さん。ごめん、でも私は神崎さんたちのようにあんなレッスン耐えきれる自信がなくて思わず、後退りをしてしまいそうだ。

 

「そうなのかい?」

 

「ええ、彼女の今日の目的は、皆さんの練習風景を見学するということですので」

 

 武内さんが私の代わりに答えてくれる。

 

「なるほど、なら、もう目的は果たしたんじゃないですか?」

 

「そうとも、詩音はここじゃなく、もっと別の世界を覗きに行くといい。アイドルという虚像はレッスンだけが全てじゃないからね」

 

「我だけでなく、我が盟友たちの真意を発揮する場所へ旅立つがよい!(アイドルは、ステージの上で輝くの! そこに行くといいよ!)」

 

 そうね、アイドルたちがどんな風にレッスンを受けるのか何となくだけど知ることはできたし、彼女たちはみんな本気で、楽しいと感じている。そんな風に見て取れた。

 

「では、立花さんは次の見学場所へと連れていきます」

 

 話の区切りをつけるように、武内さんはそう言うと私を次の場所へと連れていってくれた。神崎さんと二宮さんの2人はかなり個性的だった。アイドルをするにも、その人にしかない個性を持ち合わせていないとダメなんだろうな……。

 

 私には、そんなもの、あるのだろうか――。

 

 そういえばお昼がまだだったな……そろそろお腹が空いてきたかも。

 

 「一旦、お昼にしましょうか」

 

 私の心を読み取った!?エスパーなのかこの人!

 

「次の場所では、島村卯月さんと小日向美穂さんのトークショーを見学していただきます。今から向かえば御二人と一緒に食事ができますがどうしましょうか」

 

 なるほど、『島村卯月』という名前は聞いたことがある。個人的に少し気になっていた人だ。彼女のテレビでしか見たことはないが、直向きに頑張る姿勢が、記憶に少しだけ残っていた。

 そんな人と一緒にご飯ができるってことは色々話すチャンスということか。ならばその提案に乗るしかないわね。

 

「わ、わかりました」

 

「では、少し急ぎましょうか」

 

 事を決めると武内さんは少し早足で駐車場へと向かった。

 

「お疲れ様ですっ武内さん!」

 

「お疲れ様です」

 

 私と武内さんの二人だけで移動している途中、廊下で武内さんとは違った男性に挨拶をされた。しかもチャラそう。

 しかし、その人は私と目を合わせると何かを納得したかのように表情を変えた。

 

「貴方が立花詩音ちゃんかな?」

 

「え? あ、はい」

 

 少し急いでいるのでこのまま素通りできるかと思ったけど声をかけられるとは……武内さんとは違い随分とラフな格好だけど、トレーナーさんかな?

 

「なるほどなるほど、武内さんがプロデュースする理由も分かるわー」

 

 ん? 今の言葉どういうことだろう。

 

「すみません、今は少し急いでいるので」

 

「あ、了解ッス。それじゃ、いってらっしゃいませ~」

 

 私は軽く頭を下げると、その人はニカっと笑い、手を降りながら私たちは別れた。

 そして私たちはワゴン車に乗り込む。時間的には大丈夫そうでちょっと一息するために私に紙コップでお茶を淹れて出してくれた。

 私はそれを「ありがとうございます」とお礼を言い、受け取り、一気に飲み干す。喉もかなり渇いていたから有り難いです。

 

「それでは、立花さん、次の場所へと向かいます」

 

「あ、ひとつ聞いてもいいですか?」

 

 シートベルトを締めてから車のエンジンをかけた後、武内さんは私の質問に答える。

 

「はい、なんですか?」

 

「さっき廊下で会った人はどちら様ですか?」

 

「彼は今年から入った私の後輩です」

 

 なるほど、武内さんの後輩でしたか。それにしては雰囲気が真逆なイメージだけど……。

 

「彼はまだ入社して間もないですが、今は私の補佐に入って頂くことになっています。ですが、千川さんは『私がいるから必要ありませんッ!』と、猛反対されたのですけど、美城常務の決定ですからと渋々……」

 

「武内さんはその人の事をどのように思ってるんですか?」

 

「私ですか? 私としては問題はありません。彼も何名か担当しているプロデューサーなので、いつも一緒というわけではありませんし、支障は出ないと思っています」

 

「なるほど、他のアイドルさんはどう思って?」

 

「特に反対意見は出ませんでした。なので最終的には彼女たちの声に同意した形となりましたね」

 

 武内さんは自分の意見だけでなく、担当しているアイドルの声の方が大事なんだね。やっぱりいい人なのかも。レッスン室から出てきたアイドルはみんな武内さんに笑顔で「お疲れ様です」と言っていたし、人望は厚いみたい。

 

「詳しい話でしたら後でお話します。それでは、出発します」

 

 あ、そうだった。島村さんは是非とも人目見ておきたい! 今回ばかりは少しばかり急いでもらおう。

 

 

――――☆

 

 

「あ! プロデューサーさん!」

 

「お疲れ様ですっ!」

 

「お疲れ様です!」

 

 私たちはワゴン車から降りてスタジオ内を歩くこと数分、2人の楽屋にお邪魔している。机の上には弁当が置かれている。芸能人って感じで恐縮してしまい、同時に憧れのようなものを抱く。

 敷地内に入る際に何か見せてたけど、メンバーズカードみたいなやつかな? 「おお~」と思わず声を漏らしてしまったのを覚えている。

 そして私は2人の楽屋に入り、緊張のあまり言葉が何も出てこなかった。ただ頭を下げたくらいだ。うん、情けない私。自分が嫌いになる。

 

「プロデューサーさん、此方の方は?」

 

「今朝、紹介した立花詩音さんです」

 

 よし、そろそろ挨拶は千川さんのときよりは慣れてきただろう。自分なりにちゃんと挨拶をしよう。

 

「ご紹介に預かりました。立花詩音と申します。宜しくお願いします」

 

 違う! こうじゃない! なんか丁寧すぎるッ!

 

「うふふ、宜しくね、詩音ちゃん」

 

「そんなに畏まらなくてもいいよっ」

 

 小日向さんには笑われてしまい、島村さんには見事に的を突かれてしまった。恥ずかしい……。

 そして、何も変わらない私に嫌気が差す。またダメだった。

 

「ん? どうしたの?」

 

 自己嫌悪をしていると顔にでも出ていたのか島村さんが心配してくれる。そうだ、私はこんなことに無駄な時間を使わせるわけにはいかない!

 

「いえ、大丈夫です。すいません」

 

「良かった」

 

 私を気にかけてくれた島村さんは私が大丈夫だと確認すると本気で安堵してくれた。その笑顔を見れば一目で分かる。友達も似たような笑顔をするが、会って数秒の人にここまでするのか。

 やっぱり島村さんは凄いと深く思った。

 

「あ! プロデューサーさん! 今お時間大丈夫ですか?」

 

「良かったら、お昼をご一緒にと思って……」

 

「ええ、いいですよ」

 

「「やったー!」」

 

「詩音ちゃんも一緒にどうですか? そういえばお弁当はまだみたいですね……」

 

「私が貰ってきますので、皆さんは先に食べていて下さい」

 

「分かりました」

 

「はーい」

 

 しかし、アイドルとこうやって行動を共にするというのは本当に貴重な機会だから、ちゃんと本来の目的のことも考えないと。

 私が、渋谷さんたちのようにアイドルになれるかどうか。

 

 

――――☆

 

 

 

「お待たせしました」

 

 そう言って外の白く丸いテーブルに4人で座ってみんなで武内さんが貰ってきた昼食を食べ始めた。

 お弁当は私が思っていたようなもので、特に感想はないけど、隣には武内さんがいて、目の前には島村さんがいる。

 私は、武内さんと目線が合うとつい恥ずかしくなり外してしまう。けれど島村さんの顔を見る度胸もない。残念ながら私には安息の地はないようだ。

 そんな私があたふたしているときだった。

 

「詩音ちゃん詩音ちゃんっ」

 

「あっはい!」

 

「あ、ごめんね、驚かせるつもりはなかったの。ただ、私のことを自己紹介してもいいかなって」

 

「あ、はい!」

 

「ありがとっ。私は小日向美穂。熊本からやってきました。年齢は17歳です。趣味は日向ぼっこ。よろしくねっ」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 何だろう、小日向さんは見ているだけで癒されるというか、守ってあげたくなるオーラというか、まるで頑張る妹のような存在感がある。

 そんな風に思えても私はバカ丁寧に挨拶をする。

 

「私は島村卯月! 美穂ちゃんと同じく17歳! アイドルとしてまだまだだけど、プロデューサーやみんなと一緒にガンバります!」

 

 テレビや広告で見るのとはやはり――違う。

 言葉ではうまく表現できないが、島村さんを見ているとアイドルなんだなって分かる。

 自分にはないものを持っている、ということを感じた。

 

「詩音ちゃんは、好きなものとかある?」

 

「好きなもの……ですか? 音楽は好きです」

 

 そう、私は友達と遊ぶときは大体カラオケだと相場は決まっていた。そして歌を歌うこと、歌を聞くことは大好きだ。けど、音楽にも好みはあり、アイドルのような人が歌う歌というものはあまり聞いても耳には残らなかった。

 勿論、例外はある。目の前にいる島村さんの曲については少しだけ知っていて、カラオケでも歌うことはある。

 

「どんな音楽が好きなの?」

 

「ジャンルは問いません。メタルでもバラードでも何でも好きです」

 

「そうなんだ! じゃあ私たちの歌も聞いてくれてたりするのかな?」

 

「はい、『S(mil)ING!』は私もカラオケで歌ったりしてます」

 

「えへへ……何だか嬉しいですね」

 

 そんな周りから見れば些細な会話を私は数分だけ堪能した。そして、時間というものは意識してなければ過ぎるのはあっという間に流れてしまい、島村さんたちが出ているトークショーを見学するため、スタジオに入っていく。

 武内さんは番組の関係者と思われる人と一人一人挨拶をすると、私は武内さんの隣で番組を見学させてもらった。

 照明器具とかマイクとか、カメラなんて実物で見るとその存在感に圧倒される。あれで撮影しているんだな……。あ、小日向さんが話すとカメラが一台即座に動いた。

 あれ? なんで私はアイドルを見ないでスタッフさんを見ているんだ。島村さんたちの時折見せる小粋なジョークや可愛らしい表情、意外な小話などにも耳を傾けて、目をしっかり向けて番組を楽しんでいる。観客も、出演者も、そしてスタッフも、この仕事を全力で楽しんでいる。

 そんな眩しい彼女たちを、私は無意識に視線から外していたんだろう。

 自分には、太陽を直視するような眩しく、目が眩んでしまうから。

 

「…………」

 

 ふと、武内さんにも視線を向ける。彼は島村さんや小日向さんの方をずっと見ていた。一瞬の付け入る隙も逃さない程の真剣そのものだった。まるでアイドルを見守る守護神のような、そんな風に思えた。

 

 そして、30分の収録は無事に終わり、私と武内さんは最後の場所へと向かうことになった。

 

 

――――☆

 

 

「こんにちは」

 

 まさかこんなところで会えるとは思っても見なかった。武内さんが最後と言って連れてきた場所とはとある会場のステージの裏だったのだ。

 

「こ、こんにちは」

 

 しかも、目の前には衣装に身を包んだ渋谷さんが私に声をかけてくれている。これが本場のアイドル、まさしく真の姿ということになる。

 私はここに連れてこられるだけでも準備で忙しいスタッフや、ステージの仕組みや演出の最終調整を行っているこの雰囲気に当てられ、体が文字通り固くなってしまっている。

 

「………」

 

 そこで私はふと気になったことがある。目の前に渋谷さん、今はメイク中のもう一人のアイドル。そして、渋谷さんの後ろに隠れている謎の人物がいた。

 

「乃々、どうして私の後ろに隠れるのさ」

 

「は、恥ずかしい……ですぅ……」

 

 お、驚いた。まるで森の中のリスのような愛くるしい姿の小動物とも言えるアイドルが、私に恥ずかしがっている。

 

「えっと……その……」

 

「ほら、私もいるから挨拶しよ?」

 

「は、はい……まだステージは始まってはないので、本気は出してないだけです」

 

「うんうん」

 

 自分におまじないでもかけるようにボソッと呟くと、その小さなアイドルは私の前に立ち、自己紹介をする。

 

「は、初めまして……森久保です。今日は、ちょっとだけ頑張りますので、よろしくです」

 

「もうちょっとだけ頑張れないかな?」

 

「……今はまだ、心の準備が出来てないだけでして」

 

「そっか、じゃあ本番は一緒に頑張ろうね」

 

「……むーりぃー」

 

「あらあら」

 

 名前と今日の意気込みを述べた後、また森久保ちゃんは渋谷さんの後ろに隠れてしまった。

 

「今はそっとしておこうか」

 

「は、はい」

 

 一旦森久保ちゃんのことは話をおくことにされ、何やら私のことで話したいことがあるらしい。

 それは何となく予想が付く。アイドルについての印象とか、感想のようなものを聞かれるのだろう。まだ私の中で定まってはいないが、今日渋谷さんたちのステージを今は見ることしか頭で考えられなかった。

 

「詩音って、呼んでいい?」

 

「はい、私は何とでも!」

 

 ちょっと予想が外れる。私のことを名前で呼んでいいか。なんて聞くとは。

 私の名前なんてどうでもいいから、呼ばれる際はある程度を除いてはなんでもいいと思っている。

 

「そっか、じゃあ私のことも凛でいいよ」

 

 しかし、圧倒的に自分より優れている、もしくは自分にないものを持っているような立場が上の人に対しては、私はそんな下の名前で軽々しく呼べない。

 

「え!?いや、その……私が呼び捨てなのは失礼なのでは?」

 

「別にいいよ。それに渋谷さんなんて他人行儀みたいで私は嫌だな」

 

 渋谷さんは、あくまで私のことを対等の存在だと思ってくれているらしい。そこまで言われたら私も断る理由はなかった。もっとこう、学校にいるクラスメイトのような関係なら呼びやすいんだけどね。

 

「で、では……凛しゃん!」

 

「う……ん?」

 

 凛、と呼び捨てにすることは心のどこかで私が矮小な存在だと卑下している部分があるからだろうか、なんか噛んだよ!?

 凛さんって言うつもりだったのに凄いリアクションに困る顔されてるし!

 

「ああ、ごめんなさい! り、りん!」

 

「あはは。詩音の呼びやすい方でいいよ」

 

 慌てふためく私の姿を見て凛さんに笑われてしまった。そして気を使われてしまう。なら、やっぱり今は凛さんと呼ぶことにしよう。

 

「分かりました、凛さん!」

 

「リン酸って言葉を聞いてやってきましたぁ!」

 

「――ッ!?」

 

「おわっ!」

 

「ひっ!」

 

 この場から聞こえないはずの声に思わず度肝を抜かしてしまう三人。この女の子は一体。

 

「にゃははは、随分と驚いてしまったようだね。でもこの空気の中、私のような声が少し大きめの音量で流れると驚くのはありえる現象だね」

 

「あの……何を?」

 

 何やら化学者のような話し方で私のことをクンカクンカと嗅ぎ回っているこの人もアイドルなのか? それとも奇抜なスタッフなのか?

 とにかく、恥ずかしいからやめてほしい……。

 

「こーら。志希、やりすぎだよ」

 

「あらら~私ってばいつもの癖がまた出てしまったようだね~」

 

 どんな癖なんだ……。

 

「この人は一ノ瀬志希、私たちと同じアイドルだよ」

 

「むっふっふ~。私は今アイドルについて調べているのだよ!」

 

「わ、私の臭いを嗅ぐことと関係あるんですか!?」

 

 ちょ、段々くすぐったくなってきた。臭いフェチか何かのアイドルなの!?

 

「なるほどなるほど~。この匂いは卯月ちゃんのか~。僅かに蘭子ちゃんの汗の香りもするね!」

 

「え?」

 

 突拍子に聞こえてきたワードに思わず耳を疑った。

 

「そして~みりあちゃんのニ・オ・イ。にゃはっ」

 

 うん、その発言はアイドルじゃなかったら捕まってるかもだよ? 変質者として。

 でも、この人が言った人物と私は今日会っている。そんな独特な匂いでも付くのかな?

 

「志希、そろそろストップ」

 

「あらら~ドクターストップかけられちゃったか。なら仕方ない」

 

 凛さんが止めてくれなかったらこの人は何をしでかすか分からない……ありがとう、凛さんとお礼を告げて私はホッと一息。

 

「あとは……うーん、詩音ちゃんの匂いは……」

 

「あ、あの……そろそろ時間なんですけど……」

 

「もうそんな時間? 教えてくれてありがと、乃々」

 

 私のニオイについて何か言いかけていたが、まぁ特に気にしないことにした。

 

「よーし、志希ちゃん120%の力で行ってくるよ!」

 

「森久保も、できるだけ頑張ります……ううぅ」

 

「乃々、ステージ一緒に頑張ろ?」

 

「は、はい……足を引っ張らないようにガンバリマス」

 

「何故か片言になっているのは緊張しているからだね? ならば、志希ちゃん特製アロマの匂いを嗅ぐとリラックスできるよ!」

 

「何だか、ヤバそうなので遠慮しておきます」

 

「ッチ」

 

 今この人舌打ちをしたよ!?何か企んでたよね!

 

「ふふっ、ほら、ファンのみんなが待ってる。そろそろ行くよ」

 

「は、はいです」

 

「らじゃー」

 

 スゴい、凛さんの掛け声であっという間にまとまってひとつになった。

 

「それじゃ、見ててね。詩音、プロデューサー」

 

「はい、頑張ってきてください」

 

 武内さんは一言だけ応援するとまるで魔法がかかったのように、凛さんはキラキラ輝いて見えた。

 

「立花さん、彼女たちのステージをしっかり見てあげてください。そして、応援してあげてください」

 

 頑張る姿を冷たい目で見るほど私は薄情な女ではない。凛さんたちのステージを舞台裏という特等席で、スタッフと一緒に見守って、心の中で応援させてもらいますともっ!

 

「勿論です! 武内さん!」

 

 

――――☆

 

 

「それじゃ、今日のLIVE! お疲れ様でした!」

 

「お、お疲れ様です……」

 

「お疲れ様~!」

 

「お疲れ様です」

 

 凛さんたちのLIVEは無事に終わり、近くのファミレスで武内さんの許可を得て食べ物を各自で取ってきて、飲み物も用意して、乾杯をしている。私も、凛さんたちのLIVEですっかりテンションが上がってしまい、ノリで来てしまった。

 

「お疲れ様です!」

 

「お疲れッス」

 

 私も一緒にマスカットジュースで乾杯する。ファミレスでこんなのあったんだね。うん、美味しいんだよね~これ。

 武内さんはこんなときも真顔なんだね……いや待って、口角が僅かに動いている? あれは笑みを浮かべているのだろうか?

 そして、凛さんたちに向かう際に偶然出会った武内さんの後輩もいる。

 

「さぁ食べるぞ~」

 

 なんとも陽気な感じで武内さんと比較すると話しやすそうな印象を受ける。他の人より食べ物たくさん取ってるし、この人ガッツリ食べる気なんだね。

 

「あまり食べ過ぎない方がいいですよ?」

 

「なに言ってるんスか! LIVEが成功したからには祝わないと!」

 

 プロデューサー同士で、楽しそうに話している。私もあっち側の方がよかったなぁ……私の周囲にはさっきまで何万人ものファンに囲まれながらアイドルしてた人が普通の女子高生と同じように喋ったり、食べたりしてるんだもん。なんか緊張する……。

 

「ねぇ、詩音」

 

「は、はい!」

 

 しまった、武内さんたちの方ばっかり集中してた所為で反応に遅れてしまった。

 

「むぅ……私たちとも話ししてもいいじゃないかな?」

 

「ご、ごめんなさい! さっきのLIVEが凄すぎて、別次元の人間とこうして一緒にいるのがおこがましいというかなんというかっ」

 

「にゃはは~私を崇めよ~」

 

「私たちはそんなたいそれた存在じゃないよ? でも、素直に嬉しいよ」

 

「私にはとても凛さんたちのように振る舞えるかどうか……」

 

 今回の見学で色々分かった。

 みんなスゴくて、

 みんな頑張って、

 みんな夢に向かってるってことが。

 それに比べて今の私には夢はない。努力も嫌いだ、才能とかない。

 

「詩音ちゃん?」

 

「あ、はい。なんですか? 一ノ瀬さん」

 

「ん~その呼び方は今の志希ちゃんらしくないので! 志希ちゃんって読んでほしいかな?」

 

「はい、分かりました。志希さん」

 

「あるぇー? 凛ちゃんと比較して反応が薄いと言うか、面白味がない」

 

 あはは、志希さんには色々嗅がれたりしたのでそこまで尊敬の念は抱けないかな? でも、この人もLIVEでは自分自身を最大限に生かしたパフォーマンスをしていた。何秒か、息をするのを忘れてしまうほど見惚れていた。

 

「志希さんは、ちょっと変な人だなって思ってたんですけど、LIVEですっかりファン(・・・)になっちゃって」

 

「それはありがと~」

 

 あれ、褒めたつもりなのにあまりリアクションが薄い気がする。さっきの私の反応が薄かったことへの仕返しなのかな?

 

「詩音はさ、今回プロデューサーと色々見てきたと思うけど、どう? アイドルになりたい?」

 

 会話の間が空き、凛さんが今回の目的である「アイドルになりたいかどうか」を決めるための意見を聞いてきた。

 

「――今回の見学で、驚かされることばっかりでした。小さい女の子がレッスンを受けてたり、同学年くらいの女の子が明日の本番に備えてガンバってたり、テレビに出てたり、そして、LIVEでたくさんのファンを楽しませてる女の子がいる」

 

「うん。そうだね」

 

「私も、こんな風にガンバれるのか不安で、不安で……ファンにはなりました、です」

 

 ドジで間抜けな私はきっと、ダンスはできない。

 歌もカラオケでちょっとうまい程度だ。

 見た目も、髪とかめんどくさいし……。

 なら、私はきっとあの観客席の1人のようなモブが相応しいに違いない。私がアイドルだなんて、想像するだけでも怖くて、怖くて、やっぱり怖い。

 

 こんな私がアイドルになったところでガンバることは……。

 

「ホントにそう思う? 詩音はファンになりにきたんじゃないでしょ?」

 

「え?」

 

 声が少しキツめになっている凛さんに驚く。

 

「乃々は、今日のLIVEまで大変だった?」

 

 黙々と食べていた森久保ちゃんはその手を止め、凛さんの質問に答えた。自分に話の矛先が向くとは思っていなかったのか少々戸惑っている。

 

「え? 私ですか? はい。それは……大変でした。何度もプロデューサーさんの机の下に逃げたりして、志希さんや凛さんに見つかってしまい、トレーナーさんやプロデューサーさんに迷惑をかけたこともありました」

 

「乃々は今回初のユニットで、慣れないこともあったと思う。それは大変で、苦しくて、逃げ出したりもした。でもアイドルは嫌いになった?」

 

「それはないですッ! 今日のLIVEが始まる前も、凛さんやファンの皆さんからたくさんの応援をもらいました。もっかいくらいなら……またしたいなって思いました」

 

 LIVEのときも小動物らしく、可愛らしい歌声を聞かせてくれたけど、そんな彼女は脳天に響く程の声量で否定した。

 

「ね? 今の乃々を見ても、アイドルってやってみないと分からないと思うんだよね。私も、初めの頃はダメ出しばっかりだったし」

 

「志希ちゃんも、アイドルの化学変化はまだ予想や想像が追い付いてないんだよ? ファンとアイドルと、そしてプロデューサーにより起こる結果は未知数なのだよ」

 

「私も、あなたがステージに立つ姿を見たいです」

 

 私たちの会話を聞いていた武内さんも、私にアイドルになることを望んでいる。

 

「みなさん……っ」

 

 私は、みんなが私を見ている。真剣に、まっすぐに、まるで夜道を照らす月のように、その明るさは優しく、ほのかに輝いて見えた。

 そんなみんなの想いに思わず感情があふれてしまう。

 

「ッ! ごめん! 泣かせるつもりなんてなくて……」

 

「いえ、これは嬉し涙です」

 

 私なんかにこんなに一生懸命になって話をしてくれてる。

今、しっかり決めないと私は今後、ずっと後悔し続けることになる、そんな気がした。

 これはダメ、あれも私には無理とか考えるのはやめよう。

 

 決めよう、もう決めた。私は――。

 

「武内さん。いえ、プロデューサーさんと呼べばよろしいですか?」

 

「ッ! ……はい!」

 

「私、ガンバってみますので、色々迷惑をかけると思いますがこれからよろしくお願いしますっ!」

 

 こうして、私はアイドルとしての最初の一歩を踏み出した。きっとこれは私が昔、自分の手で捨ててしまった魔法のガラスの靴をもう一度拾うチャンスなんだと思う。それを見つけることができれば、私はシンデレラのように変われることが出来るんだ!

 

 

 

 

『ふ~ん、健気でいい子って感じでちょっち興味あるじゃん。武内先輩って、こんなにプロデュースしちゃって大丈夫なんスかね? あ、そのために俺がいるんだった。アハハ。まっいっか、うん、うめぇわコレ』





因みに私は蘭子Pなので蘭子ちゃんに出番たくさんあげたいです(贔屓)
何? デレステでウェディング衣装の蘭子ちゃん? あぁ……悪い夢だったな(持ってないです)
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