七月。
高校の入学式から三ヶ月が過ぎ、季節は春から夏へと移り変わろうとしていた。
陽射しが少しずつ強まり、じりじりと俺たちを照らす暑い季節。
ある日の放課後。
夕刻だというのにまだ陽は沈んでおらず外から明るい光が教室の中に射し込む。
冷房がついているはずだが俺はうっすらと汗をかき、若干だが体を強張らせていた。
それは暑さのせいではなく、俺の目の前に座る一人の女の子がそうさせていた。
手に持っているノートをじっと見る彼女。
透き通るような薄い肌色に銀色の髪を持つ彼女はその顔立ちもあって神秘的な美しさを感じさせた。
「…な、なぁ塩見。もう読み終わったやろ?」
気恥ずかしさからか急かすようにそう言うと俺はノートに手を伸ばした。
「ん〜、あとちょっとで終わる」
塩見は少し体を捻って俺の手を躱した。
空を切った手が場を漂う。
現在、この教室には俺と塩見の二人しかいない。
他の生徒はすでに部活動にいくか帰宅するかしている。
俺は塩見とは入学式以来席が前後であるがゆえにたまに会話を交わしたり挨拶したりするという以外特別親しくしていたわけでもない。
そんな俺たちがこうしているということには多少の理由があった。
まずはじめに三つ知っておいてほしいのは現在塩見がみているノートには俺が描くつもりの漫画のネームがかいてあるということ。
そしてもう一つ、かなり最近まで俺は自分が漫画を描いていることを仲のいい友達にも隠していたということ。
最後の一つは俺はこの夏、大手出版社のとある漫画の賞に応募するつもりだということ。
ーーーー。。。ーーーー
きっかけは今から一ヶ月ほど前。
始まりはとある昼休みのこと。
俺はリュックから午後の授業に必要な教材を取り出して机の上に置き、そのままトイレに向かった。
ここまではいつも通りで、特に問題はなかった。
しかし教室に戻ったとき、友達が俺の机に座り何かをみていた。
不思議に思いながら席に戻ると、友達がみていたのは痛い題名が書かれた黄色のノート。
「!??ちょ!」
一瞬で全てを悟った俺は恥ずかしさでなかばパニックなりながらまともに言葉を発することもできずノートを取り上げた。
「うぉ!?びっくりした!」
ノートを読んでいた友達、
「いや〜まさかお前がこんなの描いとうとはな。大親友の俺にも黙ってるなんてそりゃないわ〜」
少し冗談っぽくそう言う蓮。彼は俺がこの学校に入ってからできた始めての友達で一番仲がいい。
「べ、別に趣味やしぃ?なんていうかそのアレよ、アレ、完全にアレやから」
一方俺はこのような意味のわからないことを口走っていた。
というか会話にすらなっていなかった。
「まぁ落ち着けって、勝手に読んだのは悪かったよ。でも結構面白かったわ、やから続き読ませてください!」
そう言って手を差し伸ばす蓮。
「じ、じゃあここで読まれるのは恥ずかしいから貸すから家で読んで」
恐る恐るノートを手に乗せると蓮は満面の笑みでお礼を言ってきた。
やれやれだぜ。
「それ、あたしも読みたいな〜…なんて」
不意に後ろからかけられた声。
それは決して大きな音ではないがよく通る綺麗な声だった。
「お、塩見も興味あんの?でもこいつの許可がないと貸せませ〜ん」
「わかってるって」
言うと塩見の視線が俺に向けられる。
「ねぇあたしにもみせてよ、…だめかな?」
席に座っている塩見は必然的に立っている俺を見上げる必要がある。
つまり彼女は今、俺に向かっていわゆる上目遣いをしている状態だ。
正直ぐっときた。
ここまでされたら俺も男だ、答えは当然…
「だめ」
言ってやったぜ。
「えぇ、誰にもいわないからさ〜読ませてよ〜」
「だめ」
「興味あるなぁ、読みたいなぁ…」
「だめ」
「…なんでだめなん?」
今度は上目遣いではなくじとっとした目で俺を見る塩見。
少し不満ありげな様子だ。
こういう場合は正直に答えるのが吉だろう。
「いや恥ずかしいし、それに今日は蓮に貸すからムリ」
「じゃあしょうがないかぁ…」
潔く諦めてくれたのならそれでよし。
「からの泣きのお願い!」
「だめ」
「…そっかぁ」
塩見は少し悲しそうな表情をしながらそう言った。
流石にそんな顔をされると俺もいささかばつが悪い。
「はぁ、わかった」
「え?」
「蓮が読み終わったあと貸してやる、但し絶対に誰にも話さないこと」
まぁ塩見はそういうことするやつではないだろ。多分。あんまり知らないけど。
「やったーん♪」
瞬間塩見の顔は先ほどの表情から一転して満面の笑顔に変わった。
まるで企みが成功した子供のようなその笑顔。
こいつ、もしかしてわざと悲しそうな顔してた?
なら俺はまんまとはめられたわけか。
「たのしみやわ〜。ちなみにあたし結構少年漫画読むんよね」
楽しそうに話す塩見。
そんな彼女の様子を見ていると別にいいかと思えた。
次回も過去編になります。