剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件 作:雫。
レイモンド老人のハマーはルーフが開閉する仕様だったため、全周を効率的に警戒しやすい上、頭上からの襲撃にも備えやすく、この局面を切り抜けるにはやはりというべきか、最適そうだった。だから俺はこれを選んだのは正解だったなと思いながら、サメの襲撃に備えていた――罪悪感も傍らに添えて。
「なあライアン。やっぱりやべぇんじゃねぇの? オレたち、車を窃盗(オートをグランドセフト)しちゃったことにならねぇかな?」
「……言うなよ、ダニー」
ダニーは運転しているうちに不安になってきたらしく、俺が今は忘れようと思っていたことをおずおずと声にした。
「ま、大丈夫じゃない? 一応うちの州の法律は、緊急回避の条項広くて緩いし、レイモンドさんも今はいないわ。多分、正当な緊急回避って認められるわよ」
「そう言ってくれると安心するぜキャサリン……」
キャサリンは人を慰めるためにわざわざ嘘を言うようなタイプではないので、この州法の話は信じても良いだろう。これでとりあえずは変な後ろめたさに自身の内から妨害されながら戦うハメになることだけは避けられそうだ。
「ところでダニー、馴れない車の運転はどうだい? ハマーは気に入ったか?」
「最高だライアン。加速の時、ブレーキの時、カーブの時、その全てで手ごたえを感じるぜ。どうやらこいつは、そう簡単にオレの言うことを聞きたくはないってことのようだな」
「うん、つまりダニーには難しいってことだな」
「お、女の子と一緒さ。気難しいやつに気に入られてこそってモンだろ」
「ああ。でもこの場合は、ダニーがフラれたら俺たちもあの世行きだけどな」
慣れないハマーを運転するダニーは少なくとも余裕というものはなさそうではあるが、どうも一応はこの車を気に入り始めているらしい。
「――来たわよ!」
俺たちが軽口を叩いていると、ルーフから身を乗り出して上空を警戒していたキャサリンがそう言ってチェーンソーのエンジンを点火した。俺は、――これもレイモンド老人の懐古の品だろう――車の中にもとから置いてあったM16小銃を手に取り、キャサリンの隣に並んで構える。
すでに風は嵐と形容して問題の無いレベルで吹き荒れている、サメがわかりやすい放物線を描いて襲ってきてくれる方が珍しかった。
「ライアン、後ろは任せるわ! 正面からぶつかってくる根性あるサメはあたしが相手になる!」
「わかった!」
変則的に風向を変える気流が複雑に吹き荒れる中、サメは四方八方から躍りかかってくる。俺は、追い風の時にケツを狙って喰らいついてくるオカマザメに、ライフルの弾幕を見舞った。俺たちの車も高速移動しているので、同じ方向に向かって飛ぶサメとはあまり相対速度が無くて、思いのほか撃墜しやすい。
予備弾倉も車内に用意されていたため、気兼ねなく弾幕を張り、サメの接近を阻むことができる。そしてそれを掻い潜ってきたサメは、相対速度の小さい状況下での射撃を至近で浴びることになるという訳だ。
「やあっ‼」
一方キャサリンは、これまで以上に抜かりが無い。右手にチェーンソーを携えておく一方で、左には拳銃を構え、接近するサメの数を減らしつつ、それでも実際に接触しようとするサメがあれば、瞬時に両手をチェーンソーに委ね、叩き切るという高度な技を見せていた。なるほど、これならばチェーンソーの刃が届かない、例えばかなり低い位置から突っ込んできたサメが車を傷つけるリスクも減らせることだろう。
「おっと避けながら曲がるぜッ!」
正面から数匹の中型ザメを伴った重量級のネズミザメが突っ込んでくる。ダニーは手荒にハンドルを切り、車輪から火花を散らせながら皮一枚でこれを回避、そのまま十字路を右折した。
「振り落とす気か、ダニー!」
「サービスと言ってくれ、川下りの気分だろ?」
「残念ながら、川にサメはいないもんだ」
ダニーもそれなりに馴れてきたのか、急カーブを成功決めた上で軽口を叩いている余裕もあるようだ。
その後俺たちの車は、サメの少ない道、もしくはサメに襲撃されても対処しやすい道を選んで走ったため、街の中心部を突っ切って、山方面の出口に向かうこととなった。
「クラスのみんなは大丈夫かな」
街中どこを見渡しても、サメだらけだ。風に乗ったサメが、縦横無尽に飛び交って破壊の限りを尽くしている。州軍の応援を待つ市警も、もはや壊滅状態だ。
車道に横たわっていた死体の中には、あの傲慢な市長の姿もあった。最早市警が街のリーダーを守る力も道義も失ってしまったのか、それともこの街が危険であるはずがないという自らの妄想とも言うべき信念を貫いた果ての姿なのか。
「たぶん大丈夫よ。道に死体がそれほど無い辺り、民間人はきっと地下にでも避難済みだわ。市庁舎にいたみんなは、優先的に避難さえてもらえたはず」
「なら立ち寄る必要もないか……よし、ダニー飛ばしてくれ」
「オーケー、どこまでだ?」
「……山までだ」
「おいおい、マジかよ! オレたちは夏の虫として敢えて火に飛び込もうってか⁉」
大げさに目を見開いてかぶりを振ってみるダニー。確かに驚くのも無理はない。
「ライアン、本気なの?」
「……ああ。あそこの山に、何かがいる。その事実を知っていて、そしてなおかつまともに動けるのは、今や俺たちだけだ。州軍ももうすぐ来るだろうが、その前に俺たちだけでも、偵察くらいはできるんじゃないか?」
これがまあ、独りよがりというか、エゴ的なところもある意見だってことは一応はわかってはいる。でも、この状況下でそれができるのが俺たちだけである以上、何の行動もしないのはやっぱり後味が悪いと思ったのだ。
「嫌なら、近くまで行ってくれるだけでもいい。今ならサメの攻撃が街に集中してるから、ふもとに行くくらいなら安全なはずだ。そしたらその後は俺が一人で……」
「おいおい、いつからそんな水臭いこというキャラになっちまったんだ、ライアン? 俺は乗るぜ、その話」
「え、マジでか……?」
しかしダニーが返してくれたのは、意外にも前向きで、そしてリスクのある応えだった。あくまでも、明るい顔を崩してはいないが、冗談を言っている訳ではないのは目でわかる。
「乗りかかった舟って奴だし、州軍ももう動いてんだろ? なら、州軍に対する捜査協力、それくらいのことはできるはずさ」
「それにまあ、お前にだけ、良い格好つけさせる訳にはいかねぇだろ?」
「あたしもいくわ。日々の災害対策、これほど存分に試せそうなステージは無いもの。それに、あんたが一人で暴走して死なれても困るわ、監視するのも幼馴染みの仕事」
キャサリンも爽やかに手を挙げた。そういえば彼女は幼馴染みを放っておけるような性分ではなかったな。
「それなりには危なくなると思うけど、本当に良いのかい?」
「何言ってるの? 別れるほうが危険よ、今は」
「ああ、またどこにサメが出るかもわからねぇしな。こういう時に、下手に一人になるようなのは、ハリウッド映画じゃたいてい死ぬ」
この二人は義理堅く、その面において頑固だ。自ら決めた以上、断っても俺を一人では赴かせはしないだろう。
「……よし、わかった。みんなで行こう。でも、無茶はしないって約束してくれ」
「ライアン、それあんたが一番気をつけるべきよ」
「え、そうか?」
俺は俯瞰の視点があるから、無茶とかは心配されないものと思ったが。
「ライアン、理性的にものは見れるけど、当事者になると熱くなるところあるからね。まあ、そこが良いところで、ケントも買っていたんでしょうけど」
あまり自分の性格は客観的に見れていないものなのだろうか。自分的にはそんなに情熱的なつもりは無いのだが。
「……とにかく、まずはサメの降る量が少ないルートを縫って、山に接近してみよう。それだけでも何かわかることはあるはずだ」
こうして俺たち三人は、この時は思いもしなかった魔性の待ち受ける呪われた山への強硬偵察を敢行することとなった。