剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件 作:雫。
狂気を感じさせる守護者を倒した俺たちは鋼鉄の扉を開け、中に進む。
すると中は、どうやら実験室のようだ。何やら薄緑に光る液体に満たされたいくつものチューブ状の培養槽の中でサメやら人間やらよくわからない他の生物の皆さんやらが蠢いている様子など、ここが実験室ですよという嘘くさい誇大広告のようなものだ。
「ナチスめ……何とおぞましい研究をしているんだ」
クレアは顔をしかめるが、俺にはおぞましさより先に胡散臭さが感じられる。
「お、おーい! そこにいるのはライアンか⁉ た、助けてくれ!」
と、終始胡散臭い実験室を探索していると、聞きなれた声が俺の耳に響いてきた。
「ダニー? ダニーか⁉ 無事だったか、どこにいるんだ⁉」
「こっちよライアン! あたしも一緒!」
どうやらキャサリンもいるらしい。
クレアと頷き合い、声のする方に向かってみる。
するとそこでは、金属製のいかにも寝心地の悪そうなベッドの上でキャサリンとダニーが手足を金具で拘束された状態で横たわっていた。二人に同行していた州兵はいない。脱落してしまったのだろうか。
「一体どうしたんだ二人共⁉」
「博士よ! 頭のいかれたナチの博士が、あたしたちを実験材料にしようとしたんだわ」
ナチスが人間を実験材料にするというのはよく聞く話だ。武器と人間をくっつけちゃったり。
「ほっほっほ、どうやらネズミが入り込んできていたようだな。だが、ネズミならば実験用のモルモットに使えるはず……」
噂をすれば影。奇抜な髪型と片眼鏡、そして血塗れの白衣という、ドイツのマッドサイエンティストのイメージをそのまんま書き起こしたような風貌の初老の男が二人の兵士を伴って入ってきた。こいつが件の博士であろうことは、理屈抜きで想像がつく。
「貴様、二人に何をしようとしていた」
キャサリンとダニーの拘束を解きながらストレートに質問する。
博士を警護していたナチ兵は警戒してこちらに銃を向けてくるが、博士はそれを制した。そして大きく息を吸い、まるで神に祈るような荘厳で、しかし穏やかな光を目に湛えながら、改めて口を開いた。
「サメというのは……この世界で最も崇高な生き物だ。君たちはそう思わんかね?」
「……は?」
博士の言葉に俺たちは全員、唖然とする。
とてもそんなしんみりと言うような台詞でもないような気もするし、というかそもそも意味がわからない。
「洗練された体つき、機能美に溢れた口、そしてあまりに素晴らしくて見ているだけで絶頂さえ覚えそうな鼻づらと目の間隔……魚類にしては高い知性と、その蛮勇さ。それに気がついた時私は、サメこそが、人類が神に近づくための一番のカギになると確信したのだ……!」
本当に何を言っているんだ、このジジイは。
「だから私はかねてより、人間がより崇高な存在となるためにサメ人間を作る研究をしていた訳だが、遂にこの度その手法が確立したのだ。その栄誉ある被験者一号にその二方を選ぼうと思っていたのだが……とんだ邪魔が入ったという訳だ」
「サメ人間ってあんた……」
博士の異常な愛情とはよく言ったものだ。核でなくサメというのが何の深みも感じさせないが。
しかしどうもこの博士の異常なサメ愛からするに、彼こそが、この山に潜むナチ残党にサメを扱わせた張本人のようだ。
「……サメを街の上に降らせたのも貴様なのか」
「ああ、そうだ。ここの司令官は無能だったからな。私の計画を理解しなかったが、奴が死んでからは、兵たちも皆私について来てくれるようになった。シャーグレネード――サメ砲弾。我々が世界を征服するための究極の手段だ。……ちなみに、私はサメの次にムカデとセイウチにも魅力を覚えていたりもして……」
こんな博士についていくとは、ここの兵士たちはさぞかし上司に恵まれていなかったようで。
「さて、ここまで知られたからにはお前たちをこのまま帰す訳にはいかない」
ほとんど博士が勝手にペラペラ喋り出しただけだと思うが。
「お前たち四人、全員サメ人間にして差し上げるから光栄に思うがいい……兵士たちよ、彼らを捕らえろ!」
博士に指図されたナチ兵たちが俺たちを捕まえようと銃を構えてこちらに詰め寄ってくる。転職先探せばいいのに。
しかし俺としてもサメ人間にされるのは嫌なことだ。何とかしてこの場を切り抜けなければ。だが銃を持った哀れな兵士たちはじりじりと距離を詰めてくる。一気に押さえかかられるのも時間の問題だがどうするべきか。
しかし次の瞬間、乾いた心地の良い噴射音と共に俺の全面の視界が白く染まった。兵士の姿はかき消され、おそらく向こうからも俺たちのことは見えなくなっただろう。
「今だ、全員走れ!」
クレアが叫ぶ。どうやらクレアが、張り巡らされていた得体の知れないパイプのバルブを暴発させて、そのガスで雲隠れを図ろうとしようとしたようだ。そのガスの組成が身体に大丈夫なのかは今は考えても無駄なのかもしれない。
「よし、退散だ!」
俺たちは敵が目を封じられているうちに、実験室を反対側の出入り口に向かって突っ切って、脱出した。
どうもこの基地は規模に比して人手が足りていないらしい。俺たちが改めて脱走し、施設内に警戒令が出されても、監視カメラとかの抜け穴さえ見極めて進めば、意外と追手と遭遇することは少ない。合流したキャサリンたちが目撃したところによると、兵士たちはサメ養殖作業とかにも狩り出されているようで、まるで予算すら足りていないかのようだ。
「ここの連中は無能だな。おれら程度を見つけられないとは」
「低予算のツケにも見えるわね……サメに費やす予算を他に回すべきよ、これは」
「それは違うぞキャサリン。本当に予算が足りないと、サメすら削減されてしまうものだ」
しかし俺としては、色々とツッコミたい反面、低予算の中でこの基地を回し、サメの出番もしっかり作っているここの兵士たちには何か微妙に同情を覚えないこともないのであった。
「で、どうする? いくらまだ捕捉されてないとは言え、脱出経路も見えていないし、ここをこのまま放っておく訳にはいかないだろう」
「ふむ、それは早く決めねばな。おれたちが早いうちに何とかしないと、うちの州軍のことだ。ここを空爆するよう要請するかもしれない」
核攻撃でないだけマシだと安心するべきか。
「あー、それなんだが、オレたちがこの中探ってる間に、何とかできそうなところを見つけたぜ」
とダニー。
「本当か、聞かせてくれ」
「兵士たちの話を盗み聞きしたところ、どうやらサメは電磁カタパルトで射出されているみたいなんだ。で、同様に緊急脱出ポッドもリニアで発射するってよ」
「電磁カタパルトか……となると、相当な電力を消費するよな」
「そう、それで気になって調べてみたんだけど、どうやらこの基地の電力は、この山の地下にある結構な量のメタンハイドレードを直接使ってるみたいなのよ」
わざわざそうまでしてサメを飛ばす必要があるのか。
「しかし、そうなればだいたいの方針は見えてくるな。まずはメタンハイドレードをがっぽり抱えた発電室に時限爆弾を仕掛けて、ガスの誘爆を狙う。それならば、ナチ残党だけでなくサメ共も一網打尽にできるはずだ。そしておれたちは、起爆するより前に脱出ポッドを確保する……」
クレアが唸る。
確かに成功できるというならその作戦が一番効率的ではあるのだろうが、いささか無理もありそうな気もする。
「おお、やってやろうぜ! あの時代遅れなナチ野郎共に、泡を吹かせてやろう! サメも丸焼きだ! こんなこともあろうかと、さっき武器庫を通った時に、時限爆弾もくすねてあるぜ!」
「ここであたしたちが失敗したら世界は滅ぶ……やるしかないわね、最後の戦いよ!」
しかし他の三人はやる気満々。
他に良いアイデアも無いことだし、とにかく冷静に変な展開を回避する努力をするまでだということなのだろう、俺は。