剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件   作:雫。

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「待てい、モルモット共よ! 私が君たちをこのまま返すほど甘い男だと思ったか⁉ キスすら甘いと言われたことの無い男だ!」

 

 しかしこのままポッドに大人しく乗せて素直に返してくれるほどこの世界は甘くない。やたらとエコーが強くかかった声が木霊する。

 

「ふっふっふ、私はいつも一枚上手だ」

「お前……さっきの博士か⁉」

 

 振り向くと、そこにいたのは、これがあの博士が言っていたサメ人間というやつなのだろうか。胴体のシルエットは完璧に人間のそれで四肢もちゃんとあるのだが、足にはスキューバで使うようなヒレが備わり、腕は脇の下に水かきのような皮膜を持っているが、それとはまた別に尻からも尾びれが伸びている。そして何より、サメの顔のパーツを無理矢理平面状に押し込めて人間の頭蓋骨に貼り付けたような、おぞましい顔面が目を引く、そんな全身青みがかった灰色の生物だった。

 

「いかにも……私はサメの力をついに手に入れたのだ……。やはり実験などせずとも、我が理論は間違ってはいなかったという訳だ。この力を以てして、今一度この堕落しきった世界に恐怖と断罪の鉄槌を下すとしよう」

 

 わざとらしいエコーのかかった声で答える博士の手には、一本の巨大な注射器が握られていた。あれでサメ人間になったとすると、予想以上にお手軽な施術なのだろうか。

 

「だがその前に、私は貴様らを殺す。お前たちなど、所詮はサメの餌になる程度の存在でしかないと思い知らせてやろう」

 

 嫌だ、俺はジョックではない。

 

「ライアン、早く!」

 

 サメ博士と相対している俺に向かって、キャサリンが叫ぶ。

 

「キャサリンは先に乗ってて!」

「何で⁉ どうして⁉」

「もう時間が無い! 二人以上で戦って、それから改めて乗るのは時間がかかるし、少しでも生還できる可能性は残したい!」

「でも、それじゃあライアンが!」

「大丈夫だ、勝算はある! キャサリン、チェーンソーはエンジンかけたままそこに置いておいてくれ!」

「……わかったわ!」

 

 キャサリンはチェーンソーをその場に置くと、ポッドに走っていった。残り時間は三分も無い中、俺はサブマシンガンと木の棒を構えながらサメ博士に改めて向き直る。

 

「さあ一騎打ちだ、珍品フカヒレ」

「ふん、ぬかせ! 貴様は殺さずに捕らえてサメ人間にしてくれるわ! 光栄に思え、二号の貴様はシュモクザメを素体にしてやるッ!」

 

 相変わらず訳のわからないこと言いながら、サメ人間はその白く輝く牙を剥いて向かってくる。

 

 俺はまず銃弾を放ち牽制してやるが、そこは流石のサメ肌、効果は今一つのようだ。

 

 後退で不利になるくらいなら飛び込んだ方が戦いやすい。俺は木の棒を振りかざしながら、サメ人間の懐目指して突進、打撃を見舞ってやる。

 

「ふ、ふん! こんなものでどうしようというのだ!」

 

 サメ人間は余裕を装っているが、やはり木の棒による打撃や突きの効果は抜群だ。傷こそほとんどつかないものの、喰らう度にのけぞって、思うように動けなくなっている。邪神にはフォーク、サメには木の棒だ。

 

 そしてサメ人間は何より、木の棒の自分に向けられている先端とは反対側の端っこには、全く気を配ってはいない。これならば、いける。身体を横にした状態で木の棒を脇の下に入れる形で構え、棒のこっち側の先端を見えにくくした甲斐があった。

 

「しゃらくさい! いつまでこんなお遊びをするのだ!」

 

 木の棒で何度も突かれていたサメ人間は業を煮やし、獰猛な口を大きく開けて咆哮する。

 

 今だ! 俺は木の棒を棒術のようにくるりと素早く一回転させ、そして身体で隠していた方の先端部分を、サメ人間の口に突っ込んでやった!

 

「ぬ、何だ⁉」

「ボンベだ! 苦手だろう?」

 

 木の棒の先端にガムテープで括りつけていたのはそう、今夜のバーベキューで使う予定だった、携帯用の小型ガスボンベだ。サメには有効だと思って、実は一つだけポーチに入れてきたのだ。サメボーグが出た時は温存のために現地調達のボンベを使ったが、このボンベはこのラストバトルでこそ使う!

 

「笑え畜生!」

 

 俺はバック転でサメ人間との距離を一気に取るとすぐさま、奴の顔面めがけて銃を放った。

 

 ボンベは小規模ながらも爆発、サメ人間の頭部は炎に包まれる!

 

「やったか⁉」

「ぐ、ぐがぁぁああ! 貴様ァ……もう許さんぞ……どこまでも追い詰めて喰らってやる! 良くは見えないが、サメは嗅覚も優秀なのだ、逃がさんぞ!」

 

 しかしサメ人間は死んではいない! 口の中が焼けただれ、飛び火で目をやられてかなりの重傷だが、信念で迫ってくる。だがその速度は遅い、充分想定内だ。

 

 俺はサメ人間に背を向け、ポッドに向けて走る。そしてその途中にあった、キャサリンが残したチェーンソーを手に取り、床のパイプを切断した。ビンゴだ、どうやら俺たちが乗るのとは別なカタパルトに電力を供給するためのコードが入っていたようだ、まるで暴れる生き物のように火花を飛び散らせる。

 

「おい、こっちだサメ野郎!」

 

 その上で俺はポッドに向けて足を進めながら、サメ人間を挑発してやる。

 

「ぐ、ぐわぁぁぁああああ! き、貴様ぁぁぁあああ! サメ……私の理想がァァアアアッ!」

 

 するとサメ人間はまんまと挑発に乗り、断線して火花を散らすコードのところに丁度来てくれた。感電したサメ人間は体中を焦がしながら、その場で悶え苦しむ。

 

「……あの世でサメに喰われた連中に詫びろ」

「ライアン、早く!」

 

 足が麻痺したのかこれ以上は追ってこれないまま苦しみ続けているサメ人間に冷たい視線を向けていると、キャサリンの急かす声が耳に飛び込んできた。そうだ、もう時間が無いのだ。

 


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