剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件   作:雫。

22 / 58
3

「……キャァァァァァァァァァアアアアアアアッ‼」

 

 ダンスのポーズのまま固まっていたチア系っぽいパツキン女性の一人が思い出したように怪鳥の如き金切り声を上げ、待ってましたと言わんばかりな発声の終了と共に怪物の牙の餌食になるのを見て、ようやく他のジョックたちも悲鳴を上げた。

 

「キャーッ! タスケテー!」

「うわぁぁああ! 死にたくねぇ!」

「おい! お前らだけで勝手に逃げてんなよォ!」

 

 ジョックは逃げ惑うが、この怪物は単なるサメなどとは訳が違う。八本の脚で砂浜を穿ちながら器用に迫り、その巨大なハサミを備えた長い腕を伸ばして、少しくらい距離と取っていたとしても射程内にいるジョックは難なく摘み上げて巨大な口の中に運んでしまうのだ。

 

 かくしてジョックの陽気なダンスホールであったリゾートビーチは今や、血塗られた死の舞踊トーテンタンツの舞台と化した。

 

「まずいわね……チェーンソーは持ってきてないわ」

「ああ、木の棒も無い。素直に一旦車に引き返して逃げた方が良い」

 

 わざわざこの手の事件に積極的に首を突っ込んでいく趣味など持ち合わせていない。俺たちはそう、本来は市井の人に過ぎないのだから、ここで背を向け走り去っても天罰は無いはずだろう。

 

「は、早く車に戻りましょう! 市警に言って、みんなを助けてもらわないとです! ……信じてもらえるかわからないけど」

「そんなこともあろうかと、オレがスマホで撮影しておいたぜ。とっととずらかろうや」

 

 ダニーとレベッカも同意したところで、俺たちは乗ってきたレンタカーの方に走る。

 

 すると一台のバンが荒い運転で急行してきて、道路沿いに停めてあった俺たちのセダンに思いっきりぶつけながら、そのすぐ後方に停車した。

 

「おいおい、弁償代払ってくれんのかぁ?」

 

 しかし追突してきたバンの扉を開いて出てきた者たちに、弁償とか謝罪の意は明らかに無さそうであった。

 

 出てきたのは男性四人、女性二人の何か屈強で厳つい人の集団。それぞれ筋肉質な腕に小銃を抱えているが、統一された軍服ではなく、下半身こそ迷彩ズボンだが、上は各々自前のTシャツの上にタクティカル・ベストを身につけている、いかにも傭兵とか民兵とかそんな感じの武装集団である。

 

「な、何でしょうかあの人たちは……」

「正式な軍隊や警察って感じじゃないわね……」

 

 武装集団はジョックの死体が転がる血塗られたビーチに進入し、怪物に銃を向ける。

 

「主任、本当に良いんだな? ……わかった、やれるだけはやってみるが……」

 

 武装集団のリーダー格とおぼしき逞しい角刈りの男が無線で何やら誰かに指示を仰ぐ。そして、許可が下りたのだろうか、通信を切るや男は無言で射撃開始の合図を出し、怪物に対する集中射撃が始まった。

 

「撃ち続けろ! 距離を一定に保つんだ!」

 

 しかし対人用の小銃弾はワニの鱗とカニの甲羅に致命傷を与えることが能わない。

 

「グワーッ!」

 

 逆に激昂してしまった怪物はカニの脚をミシン縫いのように砂浜に突き立てながら素早く移動し、至近にいた兵士をハサミで両断してしまった。

 

「くそ、アンディーがやられた!」

「畜生、何なんだよこいつは!」

 

 仲間を失った兵士たちは更に銃弾を撃ち込むが傷をつけるのが精一杯なだけでなく、かの怪物は予想以上に俊敏で機動力に富んでいた。カニの脚を思いっきり折り曲げて丸まり、そしてそれをバネのように一気に伸ばすことで巨体からは考えられないほど高く垂直に跳び上がったのである。

 

「う、上だー!」

「キャァァァアアッ!」

 

 そして着地地点にいた二人の兵士が踏み潰されてしまう。

 

「畜生、仇討ちだ!」

「待て、早まるな!」

 

 そして残された三人のうち二人が、やけくそに手榴弾を構えながら怪物に向かって日本軍の如く突撃。リーダーらしき角刈りも止めようとするが、言っても聞かないことがわかると彼は、怪物が部下に気を取られている隙にその背後に回り込んだ。

 

「砕け散ってしまえ!」

 

 二人の兵士は小銃を乱射しながら手榴弾のピンを抜くが、怪物は彼らをそのリーチの長い腕で大きく薙ぎ払い、二人纏めて海の中に叩き込んでしまう。水中で虚しく敵を見失った手榴弾が爆裂し、海水が二人分の血に染まる。

 

「リンダ! トニー! くそっ、良くも部下を……ぐわっ⁉」

 

 そして怪物の背後を取っていたリーダーも、長く強靭な尻尾による打撃を受け、戦線から強制離脱、空中で気を失いながら俺たちの目の前まで飛んできた。

 

 怪物、俺たちの方に目を向ける。

 

 目が合う。

 

「おいおい、オレらも狙われる流れじゃねぇかこれ?」

「え……に、に、逃げないで死んだふりとかしたり鈴鳴らしたりした方が良いんでしょうか……?」

 

 怪物、案の定咆哮しながらこちらに向けてその鋭利な甲殻類の脚で砂地を蹴って迫ってくる。しかも意外と速い、逃げようにも車のエンジンかけている間にやられそうだ。

 

「くそ、何か武器は無いのか⁉」

「こ、こいつはどうだい⁉」

 

 飛ばされてきた兵士の拳銃を取り上げるダニー。

 

「いや、そんなものでは足止めにもならないだろう。せめて木の棒があれば良いんだが……ん? そうだ、こいつだ!」

 

 もしかしたら実は棒は木製でなくとも良いのかもしれない。俺は目についたビーチパラソルを引っこ抜き、傘を閉じた状態で槍のように構える。

 

「俺が奴を足止めする! ダニー、銃で援護してくれ! レベッカは後ろに下がってその兵士の介抱を、キャサリンはあの連中が乗ってきた車から武器を探すんだ!」

「お、おう!」

「こ、怖いしできるか不安だけど頑張ります!」

「手短に済ませるわ、それまで耐えて!」

 

 俺はダニーの援護射撃を受けながら迫り来る怪物に相対し、ビーチパラソルを振りかざす。

 すると怪物は、ビーチパラソルの先端で突かれる度に大きく怯んで後退し、なかなか俺たちの方に寄り付きにくくなった。軟骨魚類のサメならともかく、甲羅と鱗で身体を固めたワニガニにまで棒が効くとはどういうことだ。

 

 当然、ダニーの銃撃よりも嫌がっている。

 

 と、順調に怪物を牽制していると、背後から苦しそうに咳を吐く音が聞こえてきた。

 

「……ん、ん? 俺は一体……?」

「あ、あ! 大丈夫ですか⁉」

「俺の部下たちは……」

「レベッカ、そのまま介抱を頼む!」

 

 どうやらレベッカに任せていた兵士が目を覚ましたようだ。奴には聞きたいことが山ほどある、そのためにもまずは一旦怪物を退けなければ。

 

「くそ、やっぱり棒じゃ致命傷にはならない! どっかにボンベかドラム缶は無いのか!」

「待たせたわね、ライアン!」

 

 俺がやけくそになりながらもひたすらにビーチパラソルを振るい続けていると、やたらと頼もしいキャサリンの声が耳に届いた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。