剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件 作:雫。
俺たちはその後遊園地に向かって車を飛ばした。
可能な限り早めに到着して下準備をしなければならない、これは時間との闘いなのだ。
「レベッカ、ロボコンダと警察は?」
「ロボコンダはまだ郊外です。あ、SWATとロボコンダの戦いがニュースで流れてます」
スマホに移されたニュース映像はどうやら空撮映像のようだ。遥か下で大地を這いまわる白銀の大蛇と黒き鎧に身を固めた一団が互いに火花を散らし合っている。報道ヘリより少し高いところには警察のヘリが飛んでいて、地上部隊を火力と情報の両方で支援している。
流石に頭上からの攻撃はロボコンダにも分が悪いようで、やや戸惑った様子で右往左往しながら暴れ回っている。だが、動き回っていたロボコンダは突如として停止した。何かと思うと、その次には獲物を丸飲みにする時のように口を自分の胴回りよりも大きく開けながら、天を仰ぎ始めた。
そして次の瞬間、天に向かって赤紫色の細く鋭い光条を吐き出した! ロボコンダの光条は空間を切り裂くようにして薙ぎ払い、上空を飛行していた警察のヘリコプターを両断してしまった。
『キャァァァアアアアアアッ!』
そして体制を崩し失速した警察ヘリは報道ヘリを直撃してしまったらしく、燃え盛る警察ヘリのドアップ映像とキャスターの断末魔を最後に映像は途切れた。
「どうやら警察の普通のやり方ではロボコンダには歯が立たないようだな。やっぱり、俺が考えた作戦に賭けさせてもらおう。レベッカ、情報を色々とありがとな」
「い、いえ……わたしなんて、皆さんみたいに戦うことはできないので、これくらいしかできないけど、少しでも役に立てたらと……」
単なる高校生なのに戦えてる方がおかしいけどな。
「でもベッキー、本当にあたしたちは助かってるわ。流石はあたしの親友ね。でも久しぶりに会ったレベッカが、こんなネットの扱い上手くなってるとは思わなかったわ」
キャサリンもまたレベッカを称賛しながらハグをする。
「べ、別にネットに馴れてる訳では全然ないですが……みんなが頑張ってる時に、自分だけただ守られているのは申し訳なくて……」
「大丈夫よ、ベッキー。あたしたちもかなり助かったわ。この状況下で冷静に情報集めなんて、そう簡単にできることじゃないわよ。持つべきは静かな勇気のある友達、ベッキーと友達で良かったと思うわ、ほんとに」
「キャサリン……」
仲睦まじい親友同士の女の子の図がそこにあるが、よく考えてみなくとも、今は色々とキテレツな怪物との熱烈バトルに挑む最中である。
「フ、フン! 調子に乗りおって、何が青春だ! 何が友情だ! 頭の悪い若者の精神論などで、私の最高傑作は止められんぞ!」
手足を縛られた状態で同行させられていたギルバートが如何にも悔しそうな声を上げる。きっと学生時代には、ナードの中でも特に友達がいなかったのだろう、このマッドサイエンティストは。
しかし、ここで事件解決前の段階で変に友情物語みたいなのに突入することを阻止してくれたのはある意味功績か。
「お前さんたち、遊園地に着いたぜ」
車を停車させながらダニーが報告する。
車窓から遊園地をざっと見てみると、なるほど、それなりの規模があるようで、この作戦に必要なものもしっかりそろっていそうだ。
しかしそこには普段の愉快な活気は無かった。既に遊園地は立ち入り禁止になっており、隣の美術館には大勢の警官たちが出入りしている。
「さて、警察に手伝いを頼むつもりなんだよな、ライアン? どうやって説得するんだ? 色仕掛けか?」
色仕掛けは無いし後でダニーにデコピンしなきゃいけない案件だが、彼の心配ももっともだ。ただの高校生がプロの集団の作戦に口を挟ませてもらうなど、容易なことではない。
だが、それに関しても俺には切り札があった。
「そこまでちゃんと考えてるよ、俺は」
俺は仲間たちに合図して降車し、詰所と化した美術館に堂々と歩いて行く。
「止まって下さい、ここは立ち入り禁止です」
案の定、出入り口に立っていた黒人の警官に止められてしまう。
「ここの指揮官の人に会わせて欲しいんですが」
「悪いが、うちの隊長は握手会は開かない主義でね」
「ロボコンダを確実に仕留められる作戦を提言したいんだ、頼みますよ」
「駄目だ。君は見たところ学生か? 後ろには大人もいるようだが、これは遊びじゃないんだ。さっさと避難所に行って、モノポリーにでも興じてなさい」
「……そうですか、残念です。でも、隊長さんにライアン・ブラウンが来たってことだけは伝えてもらえないでしょうか?」
「……何? ライアン・ブラウンだと?」
警官の表情が一変する。予想通りだ。
「ちょ、ちょっと失礼。隊長を呼んでくる」
警官は戸惑いながらも詰所の奥に入っていった。
「ど、どういうことですか、ライアンさん?」
「まあ、今にわかるさ」
ほどなくして、SWATの隊長が飛び出してきた。
「おお、君がライアン君なのかね。私は市警のSWATの隊長をしているハットン警部と言う者だ」
「初めまして、警部。ロボコンダに確実に止めを刺す方法を見つけたので、報告しに来ました」
「それはありがたいことではあるが、我々にも機密などがあるのでね。確実な本人確認が取れるまでは、司令部に入れる訳にはいかんのだよ。悪いが、身分証の提示と、それと君の州の州兵の電話確認を頼む。電話は既に州兵基地に繋いである」
「わかりました」
俺は学生証をハットン隊長に渡し、代わりに受け取った携帯電話を耳に当てる。
通話の相手は、州軍の事務員であった。
「こんにちは、ライアン・ブラウンです。本人確認が必要って聞いたんだけどできますか?」
「申し訳ありません、私ではわかりかねますので、ライアン・ブラウンさんと面識のある方に替わります」
しばしの間を置いて受話器の向こうから次に俺の耳に入ってきたのは、聞きなれた、しかしどこか未だ一種の懐かしさを帯びた声であった。
『ライアン? ライアンか⁉』
「クレアか! まさか君が本人確認を担当してくれるとは、嬉しいよ。てっきり賞与式の時にいた将校辺りかと思ったんだが」
『コナー中佐か、彼も今は忙しいからな。おれは丁度今手が空いてたから、こうして対応できたって訳だ』
「そうか、ありがたい」
『ふふ、変わりないようでなによりだ、ライアン』
この後、俺はクレアの簡単な質問にいくつか答えたのち、受話器をハットン隊長に返却、身分証の照合を終えた隊長はクレアから本人確認のポジティブな結果を聞くと、俺たちに詰所に入るように促した。
「えと……これはどういうことなんですか、隊長さん?」
俺たちを先導して歩くハットンに、恐る恐る質問するレベッカ。
「ああ、彼はグリーンリバー市をナチス残党とサメから救った英雄なんだ。表向きは報道されてはいないが、州軍を通じて、軍や警察の間ではある程度知れ渡っている。末端の警官などは知らないだろうが、SWATの幹部クラスならば知っている者も多いだろう」
「そ、そうだったんですか……凄いです、ライアンさん」
実際には陰でのみ囁かれる存在なので、英雄なんて大層なものになった自覚は微塵も無いのだが、何だかそういうことになっていたらしいのである。
「そこの少女も我々の間では有名だよ。チェーンソー・マスターのキャサリンとしてね」
「えっ、キャサリンもなんですか⁉」
「一応そういうことになってるみたいね」
「な、なあ。オレはどれくらい有名になってるんだ⁉」
ダニーが自分を指差しながら期待に満ち満ちた視線をハットンに向ける。
「うん? 誰だね君は」
「オレはダニー・アンダーソン。英雄ライアンと共に烈火の戦場で無双の活躍をした勇士だぜ!」
「ああ、そう言えばライアンに同行してた運転手がそんな名前だった気もしたな」
活躍が地味過ぎて知名度が決定的なライアンであった。実は地元州兵にもけっこう忘れられている。
「さて、ここが司令部だ」
案内されたところは、もとは美術館の学芸員たちが集う会議室だった場所のようだ。しかし今は芸術性を犠牲に実用性に特化した通信機器と、同じく無骨な装備品に身を固めた一団に占拠されている。
「さて、ライアン君。ロボコンダを確実に倒せる方法があると言ったね」
「はい、これが駄目なら核攻撃ということになってしまうと思います」
「悪いが、私は五年前にベガスで大損した経験があってね、勝てないギャンブルはしたくないのだよ。そんな私にも、できるのかね?」
「確かにあなたはギャンブル運が悪いのかもしれない。だが、俺ならこの賭けに勝てる。信じて下さい」
この時俺はこう言ったが、真に俺の心を支配していたのは運に対する自信ではない。使命感に他ならなかった。