剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件   作:雫。

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「スチール……ガール?」

 

 乱入してきた鋼鉄の少女を前に、俺とダニーは絶句する。

 

 一体これから何が始まるというのか。

 

 チンピラたちは銃を構えたまま何故か撃たずに、じりじりとスチールガールなる存在へとにじり寄る。

 

「うりゃぁぁぁああああッ!」

 

 チンピラの一人が、何故か銃を撃たずにスチールガールに殴りかかった! やはりintが足りていないというのか!

 

「ふんッ! はいッ!」

 

 当然の如く、スチールガールの徒手格闘によって退けられることとなった。

 

 一対一では勝ち目が薄いとわかるや、次にチンピラたちは全員で一斉にかかることを選択した。無論、銃は飾りのままだが。

 

 スチールガールは臆することなく、四人のチンピラたちにその鋼鉄に覆われた拳を振るう。だが流石に四対一で、しかも鎧の中身はおそらくは年端かもいかぬ少女であるためか、やや苦戦しているようだ。

 

 しかし、俺が行動を起こすための隙としては十分過ぎるほどであった。

 

 俺は一番近くにいたチンピラに向かって奇襲する形で躍りかかった。

 

 奴はintが足りないためかやはり銃を撃てないようだが、それでも体格差は歴然だ、まともにタイマンを張っても勝ち目がない。

 

 だから俺はまず、奴が振り向いた瞬間からその首に手を伸ばし、不意を突いて一気にネックハンギングに持ち込み、その上で大外刈りをかけてバランスを崩し、壁に押し付ける!

 

 壁に貼り付けられ首を絞められたチンピラが抵抗を試みる。腕力差からして反撃されたら俺には勝ち目は無いだろう。だがこの段階で俺は既に、先手を取っているのだ!

 

 俺は首をより一層強く締めながら奴の股間に、脚の付け根がもげんばかりの勢いで膝をめり込ませた!

 

 チンピラ、わざとらしく白目を剥いて気絶。

 

 スチールガールの方に目を向けてみると、彼女も既に二人を片付け終え、最後の一人をボディブローで体勢を崩した上でネックハンギングをかけているところだった。やがて最後のチンピラも気を失う。

 

「なかなか良いネックハンギングだ」

「……そちらこそ」

 

 俺はスチールガールと向き合い、ダニーも俺の隣に並ぶ。

 

「……初対面でいきなり申し訳ないが、君は一体何者なんだ? まだ若いようだけど……。それにこのチンピラたちは一体」

「そうですね、お話ししましょう。その前に……カモフラージュ!」

 

 俺たちの前で少女が叫ぶと、途端に彼女の身体が眩い光に包まれた。

 

 温かみのある色の光の中でスチールガールは一瞬裸になったように見えた。

 

 だが、すぐさま少女の華奢な身体はより温かい光に覆い隠され、そしてやがて身体に纏わり着いた光は服の形を取った。

 

 まるでニッポンのカートゥーンに見る魔法少女というやつだ。隣のダニーがそれを想起したのか興奮しているように見えて気持ち悪い。

 

 光が治まるころ、スチールガールはただの少女になっていた。

 

 先ほど店内で見かけた、儚げなポニーテールの少女だ。あの身体のラインを妙に大事にした鎧はどこへ行ったのか、今の彼女が纏っているのはグレーのパーカーとジーンズ・パンツだ。

 

「……私はケイシー・デュナンと言います。彼ら某軍事企業の手先を追ってここまで来ました」

 

 少女が名乗る。やはり歳の割に落ち着いているというか、何か悟って達観しているような物腰だ。

 

 恐らくは十二歳かそこらだとは思うが、年齢の割にはやや低めな声でもあった。

 

 ニッポンにいるという「さとり世代」とかいうやつなのだろうか。

 

「あ、ああ……俺はライアン・ブラウンでこいつはダニー。なぁ、さっきまで着てた鎧はどこにいったんだ?」

「まだ着ています」

「え?」

「というか一生脱げません」

 

 聞き間違いだと信じたい言葉。

 

「身体の一部と化しているのでこのヘルメットもスーツも脱ぐことはできません。今は光学迷彩で装具だけ消している状態です」

 

 何だそのあまりに過酷で残酷な運命は。

 

「……え、博士、どうしましたか? はい、そのくらいわかってますよ。はい、はい。今繋ぎます」

 

 ケイシーと名乗った脱げない運命の少女が耳の辺りを抑えながら何やら俺たちには見えない存在と会話する。

 

「えと、誰かと話してるのか?」

「私にこのヘルメットを押し付……託した博士の存在を再現した人工知能です。よくわかりませんが、このヘルメットの中にインプットされてて、私に色々と口出……助言をしてくれるんです」

 

 ところどころで本音が漏れかけているのが彼女の悲壮感を際立たせる。

 

「今スピーカーモードにします。状況説明のためにも、皆さんも博士と話せた方が良いと思うので」

 

 ケイシーが首筋をいじると、程なくしてノイズ音が聞こえて来て、それに続いて少しばかりしわがれた壮年の男のものと思しき声が響いた。

 

『やあライアンにダニー。私は、このケイシーにこのヘルメットを与えたアダム・クラッシュ博士の存在を再現した人工知能だ。彼女は今、地球上で最も進化して人間となっている』

「どういうことです?」

 

 何もかもが唐突で訳がわからないよ。

 

『このヘルメットは、装着したものに強大な力を与える。しかし、それを軍事利用しようとする企業も当然出てくる訳だ。だから私は善悪の判断を常に正しく下し、正義の心を貫けるケイシーにこのヘルメットを授けたのだ。彼女は両親が巻き込まれて死んでも挫けなかった。そして共に件の軍事企業の社長を打ち倒したのだが、彼らの後継となる関連企業の者が此度のこのゾンビ騒動に目を付け、データを採取しに来たのだ。だから、私たちはそれを阻止しに来た』

 

 ていうかこのチンピラ連中、軍事企業の手先だったのか。そんな会社ならもっとまともな傭兵とか使えそうな気もするのだが。

 

『とりあえず、これで奴らの犯行の現場は押さえられたし、奴らが採取しようとしていた検体も確保できた。あとは、チップを一つ回収して、遭遇した敵を倒しながら脱出するだけなのだ』

 

 要は、この閉鎖された空間にてまず目指すことは俺たちと同じということなのだろう。

 

「……はぁ、はぁ……」

 

 ケイシーが胸を抑え、その呼吸を荒くし始めた。顔色も悪い。まさか感染でもしたというのか、全身を鎧で固めているというのに。

 

「だ、大丈夫か⁉ どうしたんだ⁉」

「……はぁ、はぁ。ええ、大丈夫。ただのエネルギー切れです」

「エネルギー切れ?」

「……今、補充します」

 

 ケイシーはどこからか一本の小さな瓶を取り出した。中身は何やらドロッとした白濁の液体だ。

 

 ケイシーは一旦カモフラージュを解いてスチールガールの姿に、相変わらず一瞬裸になりながら戻ると、首の辺りに瓶から伸びるストローを差し込み、流し込んだ。

 

「……はぅッ⁉ ん! ん! ん! ごぼっ、ごふっ! ……く、くはぁ……! ……はぁ、はぁ、はへぇ……」

 

 実に苦しそうな呻き声を上げながら謎の白い液体を首から流し込む甲冑姿の幼女という光景は、もはや背徳的な領域に達している。

 

「こいつは一体何なんだ?」

 

 ダニーがクラッシュ博士に質問する。

 

『これが彼女の食糧だ。彼女の身体とヘルメットの機能を維持するには莫大なエネルギーを要するからな。私が調合した特殊な薬液を配合した練乳を飲んでもらっている。薬液のせいでだいぶ苦くなってしまっているが、何、この状況に馴れれば彼女も楽になれるから問題ない』

 

 明らかに現状は楽になっていないように見える。

 

「……はぁ、はぁ。先生、補給終わりまひた……」

『ケイシー。そんなに辛いならば、前に教えたろう? 偏食という言葉を頭の中に思い浮かべてゆっくり唱えるんだ、存在しないと。そうすれば、ナノマシンが君の脳内を改良して、楽にしてくれるはずだが。以前、スーツへの恐怖心もそれで克服しただろう?』

 

 幼女に脳改造とは何てことしてくれてんだ、このジジイは。

 

「……それはよしておきます、先生。これ以上むやみに感情の削除をしていったら、本当に人間に戻れなくなる気がしちゃいます。これは私がまだ生きてる証の痛みです」

 

 今までに見た中で一番に健気な少女がそこにいた。

 

『そうか。だが私のことは信じて欲しい。私は君のことを信頼しているんだ。だから、この仕事を君に託した』

「……私の意思は確認してくれなかったですけどね」

『とてもすまないことをしたと思っている』

 

 絶対反省してないぞ、この科学者。やってることはナチス残党と大差ないというのに。

 

 ともあれ、このパワードヘルメットの少女は貴重な戦力になるだろう、あくまでこの街からの脱出を目指すのならば、共闘するに越したことは無い。

 

 俺はとりあえず、彼女を俺たちの仲間に引き合わせることにした。


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