剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件   作:雫。

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 何とか岸に上がった残りのジョックたちは、偏差値の低い頭で何とか状況を整理しようと、あーでもないこーでもないと意味の無い口論をしている。

 

「……マジかよ。五人もやられちまったのか」

 

 俺が退避を呼びかける中、本を手に持った姿勢のままで茫然とことの推移を見ていたダニーが、開いたままの口を動かした。

 

「ねぇ、それにしても何で急にサメが川に出たのかしら? サメがこんな上流にいるなんて普通じゃないわ」

 

 キャサリンは護身用のナイフを手に取りながら訝しんだ。

 

「ああ、それなんだが……サメが出る前に、何か大きいものが水に落ちる音を聞いたんだ」

「……どうやらあんたはあたしと同じ意見を持っているみたいね。あたしは、何か大きなものが風を切って飛ぶ音を聞いたわ」

 

 流石はあらゆる災害に備えていると豪語するキャサリン。俺よりも早く異常な何かを察知し、俺と同じ結論を得ているようだった。

 

 すなわちそれは

 

「「あのサメは空から降ってきた」」

 

 俺とキャサリンの声が重なる.

 

「おいおい、この状況でそのジョークはあんまり笑えねぇぞ?」

 

 ダニーは俺とキャサリンの目を交互に見てから小さく笑い、かぶりを振った。だが、すぐに俺とキャサリンの目つきが変わらぬことに気がつく。

 

「……マジで言ってるのか?」

「ああ、マジだ」

「状況からしてそう考えるのが妥当よね」

「おいおい、ハリウッドの映画じゃねぇんだぜ⁉」

 

 いや、ハリウッドならこんなおかしなものは作らない。

 

「しかしキャサリン。サメが降ってきたという仮定が正しいとして、その原因は何だろうな?」

「問題はそこよね。竜巻でサメが巻き上げられることはたまにあるみたいだけど、そういう気象情報は聞いてないわ。第一、ここは海から離れすぎている」

「となると、他に考えられる原因は……」

 

 俺たちがそうこう言っていると、川の中から退避したジョックたちの塊の中から、罵声が聞こえてきた。

 

「ケントてめぇ、今何つった⁉ もう一回言ってみろ!」

「ああ、何度でも言ってやるよジャン! これは一大事だから市警に連絡した方が良いし、先生も呼び戻してフィールドワークの中止を勧めるべきだってな!」

「てめ、そんな悠長なことしてられるかよ⁉」

 

 どうやら、この事件を受けて学生の身でどうするかで揉めているらしい。

 

「どうも、あのサメが降ってきたものだって理解している奴はあっちにはいないようね。気付いたあたしたちも意見を言う必要があるわ」

「そうだな、行ってみよう。ケントはあの中じゃかなり話のわかる奴だしな。――おーい、ケント、一体どうしたってんだ?」

 

 ケントはジョック連中との付き合いが多い割には理知的な部類の人間で、それに俺とは何やかんやでエレメンタリースクール時代からの顔見知りだ、ジョックの多いクラス全体を相手に交渉をするなら、彼を通すのが最善策だろう。

 

「ああ、ライアン。聞いてくれ、ジャンが自力で帰るって言って聞かないんだ。俺としてはとにかく街まで行って状況を知らせることが先決だと思うんだが。街まで行けば、安全な場所もある」

 

 聞く限り、ケントの主張はもっともだ。川にはまだサメが泳いでいるし、また振ってくるかも、そしてどこから襲ってくるかもわからない。ならばできるだけ集団行動しつつ、やはり市警などの力に頼った方が良いだろう。

 

「お前マジで言ってるのかケント⁉ そういう時間使ってる間に、また襲われるかもしれねぇだろうが! ならさっさと、とにかく早めに先公置いて行ってでもトンズラするんだよ!」

 

 しかし、ジョックの中でも横暴な性格で知られるジャンは、一度自分が思ったら絶対に曲げようとしない。唾を飛ばして食ってかかる。

 

「オイ、お前らもそう思うよな!」

 

 ジャンは他のジョックたちに同意を求める視線をご丁寧にも音声ガイド付きで向ける。しかし、それに肯定の視線を返した者はごくわずかだった、ほとんどは、互いの顔を見合わせて戸惑っている。

 

「ジャン、本気かよ。だいたい、こんなところからホームタウンまで、一体どうやって帰るつもりだ? バスの待機場所は先生に聞かないとわからないぞ。それに、運転手は今頃ランチの時間だ」

「ハァン! ならヒッチハイクだ! オレはヒッチハイクには慣れてんだ! こう見えても、一昨年の夏にはヒッチハイクで州を横断して、道中で三人の女を抱いた!」

「おいおい、何もそこまですることは無いだろう。そもそもだな……」

「うるせぇ! とにかくオレはこんなところにいるのはうんざりなんだ! オレは先に帰らせてもらうぜ! 行くぞ、お前ら!」

 

 ジャンは最早議論も思考も放棄した。自分に肯定的だった三人のジョックを半ば強引に引き連れ、国道に向かってずかずかと大股で歩いていく。

 

「ん? この音は……みんな、静かにして!」

 

 が、そこでキャサリンが異変を感じたようだ。キャサリンの真剣かつ凄みを帯びた表情と声に圧倒された皆が黙り込むと、やはりキャサリンは都合良過ぎるレベルで聴力が高いらしい、遅れて俺にも何ものかが空気を切り裂く音が聞こえた。

 

「あ、あああ! あれは何だ⁉」

 

 生徒の一人が空を指差して叫ぶ。その先には、天を舞う数匹のサメが!

 サメたちは空中で身体をくねらせて獲物を探し、そして自分たちの飛んでいく方向にサメの大好物であるジョックを見つけるや、その凶悪な口を開けて突撃する。

 

「ジャン! 上から来るぞ、気を付けろ!」

 

 俺は叫んだが、頭の固いジャンはサメがまさか頭上から襲撃してくるなどとは考えなかったらしい。俺を嘲笑うように一瞥した後、その表情のまま空を見上げ、そして硬直した。しかし、彼の笑い顔が絶望のそれに完全に変わるほどの猶予は無かった。

 

 獲物を定めた巨大な顎ジョーズは既にジャンに向かって一直線に接近しており、信じられない光景を前に固まっているジャンの顔面に喰らいつくと、勢いのままに彼の首から上だけを掠め取るように食い千切って、そのままジャンの後方にあった池に着水した。

 

 状況を理解できぬまま思考を司る部分を持って行かれて絶命したジャンが、驚いた姿勢のまま地面に倒れ込み、砂利道を赤く染める。

 

「……キィィィャヤァァァァアアアア‼」

「あ、あああ……あああああああッ‼」

 

 ジャンについて行こうとしていた三人のジョックたちは、目の前で友人が無残な姿に変えられたことに恐怖し、ある者は膝を着いて地面に崩れ、ある者はとにかく逃げようとするも思うように足に力が入らずに立ち往生していた。

 

 しかし、そんな三人も程なく、ジャンを殺したサメの後を追うように飛来してきたサメたちの牙によって、強制的にジャンの後を追わされることとなってしまった。一人は両腕を食い千切られて絶命し、一人はサメとの激突による衝撃で命を落とし、一人は躓いて倒れているところを、着地して地面を器用に這うサメによって下半身から喰われて他界した。

 

「ああ、何てこった、これじゃあどこに行っても安全とは言えないぞ! 街まで行けるかもわからない!」

 

 ケントは頭を抱え、天を仰いだ。

 

「ねぇ、あれを見て!」

 

 しかし、事態はその間にも着々と悪化の一途をたどっているようだ。キャサリンの指差す先を皆が見る。

 

 数キロは離れた上空を、サメが編隊飛行していた! それも一つではない、今俺たちの目に見える空のあちらこちらで、数匹ずつのグループのサメが、放物線を描いて飛んでいた。あの飛び方は絶対に竜巻によるものではない。そして空を舞うサメの数は、時間と共に増してゆく。

 

 俺はここでふと、どういう訳か、今空に見えている全てのサメがどれも、上流の山の方角から放射状に飛んでいることに気がついた。あの山に、何か秘密があるのだろうか。

 

「おいおい、こりゃマズいぜ。今何匹か、街の方にも行ったんじゃねぇの? サメも賑やかなのがお好きか?」

 

 ダニーの指摘した通り、何匹かのサメは街の飛んで行っている。

 

「ああ、どうしよう。オレはてっきりサメがここにしかいないのかと思って……。これじゃあどこにも逃げ場は無いじゃないか!」

 

 自分の勧めていた対処法が、あまり意味の無いものであったことを思い知り、そしてそれ以上に手段を考案するだけの冷静さを失ったケントは、顔を手で覆い、地面に膝を着いた。

 

 俺はケントのもとに歩み寄る。

 

「ケント、君は悪くない。こんな事態、予測できる方がおかしい」

「ライアン、じゃあどうすりゃ良いんだ!」

「予定通り、街を目指そう。俺は今でもそれが良いと思う、君は間違っていない。確かに街にもサメが降っているようだが、どの道ここにいても危険なんだ。なら人がたくさんいる分、既に対策が取られてるかもしれない街に行った方が良い。どの道、先生とも合流しないと」

「そうよ。街なら隠れる場所も多ければ、市警もいる。それに、身を護るための道具も確保できるわ」

「う、うむ。確かにそうだな。本当に申し訳ない」

 

 俺とキャサリンの説得を受けて、ケントは腰を上げた。

 

「みんな、聞いてくれ! さっきジャンたちが喰われたのを見て、迂闊に動きたくないと思ってる奴も多いと思う。だが、ここにいるだけでも事態は好転しない。だから俺たちは、可能性がある道を選ぼうと思う。無理にとは言わない、でも、俺たちと一緒に街を目指す人はついて来てくれ!」

 


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