剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件   作:雫。

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「……という訳なんだ。申し訳ないが、ここを放棄して脱出するしかないから準備して欲しい。外の駐車場にマイクロバスがあっただろう、あれを使う」

 

 ハリスがホームセンター内の避難民たちを前にして宣言する。だが、ほとんどの人はそれをすぐに受け入れられている様子ではなかった。

 

「し、信じられるかよ! 空からゾンビが降って来るなんてよう」

「残念だが本当なんだ」

「ここで引き続き助けを待っては駄目なの?」

「屋上の扉がいつまで持つかもわからないし、屋上が占拠されているようでは救助も後回しにされかねない」

 

 ハリスが淡々と迷いなく答えるため、避難民たちも不本意でありながらも少しずつ現実を受け入れざるを得なくなっていく。

 

 だが、当然それでも反発するものは一定数いる訳で。

 

「んまッ! さんざんアタクシたちに泥臭いことを強要しておきながら、次はこのアタクシを外に連れ回すおつもりなのかしら? あー、もう嫌んなっちゃうわ! どうせ外でもアタクシたちに戦えとかおっしゃるのでしょ⁉ もうついていけないわ! アタクシにはアタクシの考えがありますのよ!」

 

 フリクソンが相変わらず声帯を酷使した金切り声を上げてどこかに行ってしまった。

 

「ハァン! オレも嫌だね! オレにはオレの救いがある、それがわかってなお、お前みたいな偉そうな仕切りたがり屋に従う義理はねぇや!」

 

 フリクソンに続いて、以下にもジョックっぽい季節に合わぬ薄着の青年が俺たちに背中を見せた。

 

「まったく、こんな時に反発して何になるものか」

 

 俺たちとしては呆れる他無かったが、これは俺たちがいくらか修羅場を潜り抜けて来て、この局面で落ち着いているからだろうか。

 

「では皆さん、裏口から逃げる準備をしてくれ。俺がゾンビの注意を引くからその間にバスに……」

 

 ハリスが本格的に避難民たちを外に誘導しようとした、その時だった。

 

 上の階から何かが破壊される音、押し倒し、破壊したものを土足で踏みにじる音がしたのは。

 

「何だ今のは?」

「上の階だ!」

「まさか……」

 

 俺たちはハリスと共に、一旦避難民たちを待機させてから既に停止しているエスカレーターを駆け上がり、最上階を目指した。すると、そこには案の定空挺ゾンビが!

 

「まさか……いくら薄いとは言え、一応金属製の扉だぞ⁉ こんなに早く破れるものなのか、精鋭部隊とは!」

 

 だからゾンビ化しても精鋭部隊のスキルが受け継がれるって思い込みやめようよ、いや、確かに実際にパラシュートは操作してたけどさ。

 

「ええ、完全に想定外ね」

 

 キャサリンが背中からチェーンソーを抜き構え、俺たちもそれに続いて武器を構える。

 

「オホーッホッホッホ‼」

 

 武器を手に周囲を警戒しながら屋上へと続く階段を目指そうとしていると、俺たちの前に立ち塞がるものがいた。

 

 フリクソンだった。彼女は既に肩を噛まれて流血していたが、高らかに笑っていた。

 

 しかしその目には最早生気の光は無い。焦点の合ってない目で満面の笑みを作って甲高い声を轟かせていた。

 

「フリクソン……まさか、お前が扉を開け放って奴らを入れたのか⁉」

「そうですわよ! アタクシはこの方々とお話して仲良くなるつもりですのよ! アナタみたいな典型的な田舎者右翼の妄言で戦いだのなんだの、泥臭い話はアタクシには合いませんの! アタクシは見ての通り頭が良くてお上品ですから、優雅に解決してみせますのよ!」

 

 フリクソンはそう高らかに言って両手を大きく広げた。まるで自分が世界の支配者となったとでも言わんばかりだ。

 

「キャァア⁉ 何ですの⁉ やめなさい、放しなさい! アタクシはアナタがたをこの野蛮人共から助けてあげたのですわよ⁉ 話し合いの場を設けて……キィェエエエエエエエエエッ‼」

 

 しかし魂無き者たちに彼女の溢れんばかりの「善意」が伝わることは無い。彼女は天を仰いで高笑いしているところをさらに背後からゾンビに奇襲され、たちまち床に組み伏せられて、首筋に血濡れの歯を立てられてしまった。

 

「くっ……仕方が無い、戦いながら脱出する……ぞ……!」

 

 銃を改めて構え、勇ましく俺たちを鼓舞して戦いに臨もうとしたハリスが突如硬直、その言葉から覇気が滑落した。

 

「キャァァァアアアアアッ!」

 

 レベッカが悲鳴を上げるとほどなくして床に倒れ込み深紅の水溜りに沈むハリス。彼の背中には一本のジャックナイフが突き立てられていた。

 

「ハ、ハリスさんッ!」

 

 倒れたハリスの後ろに立っていたのは、先ほど勝手に離脱した薄着ジョックだった。ナイフを構えた姿勢のまま固まり、その手を震わせている。

 

「や……やったぞ! オレがやったんだ! み、見てくれましたかヤンテクト司祭様! こ、これでオレも救われますか⁉」

 

 殺人の罪をその身に刻んでしまった彼が振り返った先に立っていたのはヤンテクト司祭。

 

「うむ、よくやったぞアンディ。我が神の怒りを頑として受け入れない魑魅魍魎がまた一つ取り払われた……これで他の者たちも今こそ改心し、我が宗派に入信するまたとない機会となるだろう」

 

 彼はフリクソンと同じように両手を大きく広げながら仰々しく言った。

 

 そう、この薄着ジョックはあの似非宗教家に洗脳されていたのだ。

 

「お前ら……狂ってるぞ、こんな時に!」

 

 俺は思わず二人の狂人に向かって叫んだ。

 

だが当然、それを自覚できるだけの理性があればこんな凶行には最初から及ばない。彼らは俺に向かって侮蔑の嗤いを向けて来た。

 

「ふ、ふん! 本当の真理に気付けない馬鹿者め! このオレはヤンテクト司祭様に真理を教えていただいたのだ、それを侮辱するのか!」

 

 薄着ジョックが俺に殴りかかって来る。

 

 俺はこんな奴相手に正々堂々と拳で語る気などさらさら無い。向かって来たところにいきなり首を掴んで締め上げて動きを封じ、それから鳩尾に膝を突き立ててやった。やはり自分より体格の良い相手と戦うにはネックハンギングと急所狙いに限る。

 

「……相変わらず見事なネックハンギングです」

 

 後ろでケイシーが謎の称賛。

 

「……ぐ! て、てめぇ……卑怯だぞ」

「うるさい。これ以上何か言ってみろ、お前の口を縫い合わせて、その分ケツの穴を引き裂いてやる」

俺は薄着ジョックの頭を手すりに打ちつけて気絶させた。

 

「おお、神よ。どうしたこの後に及んで未だ終末の理を理解しない者が蔓延るのか。今

こそ聖なる裁きの鉄槌を……ぐわぁぁぁあああ!」

 

 ヤンテクト司祭はヤンテクト司祭で、相変わらずの尊大な物言いで俺に詰め寄ろうとしたところ、ゾンビが押し倒した陳列棚が丁度彼のところに倒れ込み、そして下敷きになる過程で頭を床に打ち付けて死んでしまった。恐らく肋骨も潰されているだろう。

 

「ヴァ、ヴァァアア……」

 

 空挺ゾンビに噛まれたフリクソンが起き上がった。彼女もまた、和解を試みようとした相手の一部となってしまったのだ。

 

「まずいぞ、これは! 仮にここにいる奴らを全員倒したとしても、いつまた空挺ゾンビが降下してくるかもわからない!」

「ええ、そうね! やっぱりすぐに脱出した方が良いわ!」

 

 俺たちは急いで一階に戻るが、そこには既に空挺ゾンビの分隊が進入しており、奴らに噛まれた者もまた蘇り始めていて、とっくに魔境と化していた。避難民たちの多くは混乱し、奴らと戦うことに思い至れぬまま次々と噛まれていっている。

 

「何やってるんだ、早く外に出ろ! 逃げるんだよ!」

 

 俺たちは彼らに声をかけながら裏口のバリケードを破壊して外に出る。それでも縮こまったまま動こうとしない者は多くいたが、三人程度はついて来てくれた。

 

「やばい、ガス臭い! 爆発するぞー!」

 

 ゾンビが暴れ回ったせいでどこからかガスが漏洩していたのか、俺たちが脱出した直後にホームセンターは内側から大爆発してしまった。俺たちは既にある程度距離を取っていたことと、爆風に押されるようにして地面に伏せたこともあって何とか無傷だったが、俺たちに続いて脱出した三人のうち二人はまだ十分に距離を取っておらず、爆轟に巻き込まれてしまった。

 

「助かった……? ハハ、ハハハハハハ! やったぞ、オレは助かったぞ! 神はオレを救ってくれた!」

 

 俺たちと一緒に先行していたおかげで難を逃れた微妙にジョックっぽい男が天を仰いで高笑い。だが、それに向けられた彼の視線の先にあったのは天使の微笑みではなかった。

 

「アァァァアアアアアアアアアッ‼」

 

 彼は丁度降下してきた空挺ゾンビを脳天に直撃させられて絶命してしまった。

 

「畜生、また俺たちだけになっちまったな!」

 

 俺はとりあえず、ジョックの肉を貪る空挺ゾンビを撲殺。

 

 改めて空を見てみると、未だゾンビの雨は止む気配は無い。

 

「おいおいライアン、やべぇぞ! 使えそうな車が無い! オレの車も壊されてる!」

 

 ダニーが嘆いた。駐車場を見回してみると、やはりエンジンが熱を持っていた車は壊されているし、マイクロバスの周りには多くのゾンビが群がっていて接近が難しそうな状況になっていた。いや、そうでなくとも、車を動かすにはエンジンキーが必要なものだ。しかしこれだけゾンビが集結している環境下で都合よくキーが放置されてる車を探すのは難しい。

 

「仕方が無い。車が調達できるまで歩くしかない」

 

 そのために武器を調整したのだ。

 

「ええ、そうよ。戦うのよ!」

 

 キャサリンがチェーンソーを掲げると、やはり闘志に何故か火をつけられる俺たちであった


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