剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件 作:雫。
その後俺たちは予定通りに進路を進んだ。すると、さらに半分ほど突破したところで、ゾンビのいない安全地帯に一台のバンが停まっているのが見えた。
「なあ、わざわざ工事現場まで行かなくても、キーさえあればあの車パクれないかな?」
とダニー。いい加減車で移動したいらしい。
「いえ……あれは軍事企業の車です! あそこにきっとチップが。先生、今すぐ乗り込みましょう」
『うむ、早めに済ませてしまおう』
しかしそのバンはどうやら、ケイシーたちの宿敵のようであった。よく見てみれば中に人もいるようだ。
「あっ、ちょっと」
ケイシーは一人でバンに向かって吶喊。彼女の戦いに関係の無い俺たちは巻き込みたくないということだろうか。
「来やがったな、例のチビガキ!」
「よし、撃ち殺せ! 俺たちの方が上手だ!」
バンの中から拳銃を持った男たちが出てきた。何と、今回はその軍事企業とやらの中でも最精鋭なのか、最低限のintを持ち合わせており、ケイシーに向かって発砲した。こいつは手強い。
「フィールド・オン!」
しかしケイシーは身体を包み込む光の障壁を展開し、拳銃弾を三発ほど弾きながら突撃、肉薄してチンピラたちを一人一人丁寧にネックハンギングで沈めていった。
「はぁはぁ……か、身体が重いです……」
だがチンピラを倒し終えたケイシーは消耗した様子で、地に膝を着いてしまう。
『銃弾を浴びすぎてフィールドに関わるナノマシンが急激に消耗してしまったんだ。大量の銃弾に耐えられる設計ではないからな……。こうなればエネルギーを補給するしかない。さあ、練乳を飲むんだ』
パワードヘルメット基準では三発で大量の銃弾というらしい。
「……ふぐっ! んごほっ! んく……んく……こふっ! く、く、く……んほぉ!」
そしてケイシーは練乳を補給。せめてこんな声が出ない程度には味を改善してあげたい。
それからケイシーは倒した男の服を漁り、チップを奪い取った。
「……チップも無事に回収できましたし、この車を使いましょう。彼らがここで足止めされてて運が良かったです」
「やったぜ」
徒歩パートの終わりを喜ぶダニー。
「そうだな、工事現場までの道のりに危険地帯が無いとも言えないしな。ところで、そのチンピラたちはどうするんだ? いくら悪人でもゾンビの跋扈するところに放置はまずくないか」
「あそこにあるコンテナに放り込んでおきましょう。それなりに安全なはずです」
「なるほど、理にかなってる。ところで、奴らはどうしてこんなところで足止めされてたんだろう。すぐ近くにはゾンビもいないようだけど」
「あ、あれではないでしょうか……」
少し離れたところの上り坂に様子を見に行っていたレベッカが、坂の向こう側を指差す。
俺たちが坂に登って反対側の斜面を見下ろしてみると、なるほど、数百という単位のゾンビが犇めいて道路を塞いでいた。あまりに密集し過ぎて、ゾンビたち自身も身動きが取れない様子だ。
「あー、あれを見て迂回を検討してたって訳か。今はまだ感づかれてないけど、俺らもこのまま行くことはできないな」
「じゃ、じゃあわたしたちも迂回しますか?」
「いや……変に迂回するのも危険だ。でもここを直接突破するのが一番街から出るのには近道だしなぁ。かと言って、ここは一本道だから陽動もできないし」
「じゃあ、突破口を開いた上で車で駆け抜けるしかないってことですか……」
そう、こうなれば何とかして俺たちの内の戦闘力の高い者が出ていって、突破口を穿ち、死中に克を見い出すしかないのだ。
俺は手に握った木の棒に改めて視線を落とす。
「……これじゃあ火力が足りな過ぎる。もっと大きい木の棒が必要だ」
「あたしのチェーンソーもサイズが足りないわ。うんとでかいのが欲しい」
キャサリンもどうやら同じことを考えているようだ。彼女も切り込むつもりなのだろう。
「おい、ならあそこにあるのはどうだい?」
さらなる力を欲する俺たちに対して呼びかけるダニー。彼の指差す先にあったのは、材木商の集積場だった。
「ビンゴだ……木の棒の店だ!」
俺とキャサリンはすぐさま集積場に駆け込んだ。
「これは良い。身の丈ほどもある大量の木の棒が選び放題だ!」
「それ、丸太って言うんじゃないかしら?」
とても太くて長くて逞しい黒々とした木の棒を抱え上げた俺に対してそう言うキャサリンは、何やら重機の操縦席に乗り込んでいた。恐らく車体の基部は小型のホールローダーと同じなのだろう、しかしバケットの代わりに巨大なチェーンソーが装備されている重機だった。
「それ、何に使う重機なんだろ?」
「道路のアスファルトを切り取る時とかかな? まあ、ここに置いてる以上、巨木の丸太を加工するのにも使えるんでしょうね」
「てかキャサリン、そんな重機運転できるの?」
「経験は無いわ。でもチェーンソーである以上はあたしに操れないことはないはず」
頼もしい限りである。
「よし、それじゃあ俺とキャサリンとケイシーで突破口を穿つ。ダニーは車のエンジンをふかして待機、突破口ができ次第突入、俺たちを速やかに回収してくれ」
「任せとけ、白馬の王子様がやるように颯爽と拾い上げてやるからそのつもりでいてくれ」
「まーた気持ち悪いことを。まあいい、今は少しでも時間が惜しい、キャサリン、ケイシー、行くぞ!」
俺が先陣を切り、キャサリンとケイシーを引き連れてゾンビたちの群れに突入する。
俺は坂の下のゾンビたちに向かって、丸太――ではなく立派な極太木の棒を、自身の周囲に円を描くようにして大振りで振り回す。すると、その攻撃をその身に受けたゾンビは大きくよろけて骨を砕きながら崩れ落ち、掠った程度のゾンビたちも、普通の木の棒と比べてひと際大きく恐れて後退した。流石の火力である。
「ははは! 木の棒は家族だぜ!」
俺がこの巨大な棒を力任せに振り回すだけで群がる敵が次々と薙ぎ倒されていく様は、まるで日本の無双系のビデオゲームである。
しかし、元の数が多いため、薙ぎ払ってもやはり数体単位の集団で襲いかかってくる。
そこで俺は敵を一挙に滅する補助的手段として、ホームセンターから持って来たカセットボンベも使ってみた。間合いを取りながらカセットボンベをゾンビの小集団に投げつけた上で、拳銃で狙い撃ってやる。すると、直撃を受けたゾンビの衣服や頭髪に引火し、その熱に釣られて他のゾンビたちが燃えるゾンビを襲撃、共食いが発生し、敵を上手く攪乱させることができた。
キャサリンとケイシーも奮闘している。キャサリンの乗るチェーンソー車両はその刃を縦にしか振るうことができないが、それでも刃がでかいからか、よくわからない衝撃波的なもので広範囲のゾンビを薙ぎ払っているように見えないこともない。
ケイシーは練乳をさらに補給してフルバーストを発動、目にも止まらぬ速さで次々とゾンビたちをネックハンギングの餌食にしていく。
「よし、拓けたぞダニー! 突入だ!」
「よっしゃ腕の見せ所だぜ!」
ダニーはバンを急発進させて突破口に残存していた少数のゾンビを轢き殺しながら俺たちの目の前まで滑り込み、俺たちを拾い上げると、再びアクセルを一気に踏み込んで突破口が閉じないうちに脱出することに成功した。
ちなみに特大木の棒は車に乗り込む際に捨てた。流石にこんなかさばるものを持ち続ける気はしない。キャサリンも重機は乗り捨てだ。