剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件   作:雫。

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 北部海岸、リゾートビーチから一キロほどの海上。

 

 俺たちの船がそこに到着すると、時既に遅し。漁船が転覆していた。遠洋漁業で使用するものほどではないにしても、沿岸・沖合漁業に使用するものとしては決して小型のものではないため、これを転覆させるとなると、相当なパワーが必要なはずである。

 

「大丈夫か!」

 

 既に海面が赤く染まっている辺り、ほとんどの乗組員は捕食されてしまっていたようだ。

 

「た、助けてくれ!」

 

 だが生き残った一人が、俺たちの姿を見て必死に助けを求めていた。

 

「待ってろ、今助ける! この浮き輪に掴まれ!」

 

 クレアがロープで船に繋がれた浮き輪を投げ、そして漁師が掴まるとすぐに手繰り寄せた。

 

「ま、マズい! すぐそこまで来てるぞ!」

 

 ダニーが漁師の後方を指差す。

 

 そこには巨大な背ビレが水面から顔を出していた! そして真っ直ぐこちらへ向かって来ている!

 

「おい、何やってる、早く船に上がれ!」

「だ、駄目だ! おらぁ、脚を潰されちまった!」

 

 脚に重傷を負った漁師は腕の力だけでもたもたと梯子を登ることを強いられ、その間にも背後の巨大ザメはどんどん近づいてきている!

 

 そして……

 

「ぐっ、ぐわぁぁあああああッ‼」

 漁師は鮮血を俺たちに浴びせながら水中に引き込まれてしまった!

 

 そして漁師の半身を口に咥えたままのサメが遂にそのおぞましい姿を現し、俺たちの船に襲いかかる!

 

「おい……一体何なんだ、こいつは⁉」

 

 そのサメは巨大であった。

 

 姿形はネズミザメ科に見えるが、サイズはジンベエザメ並みだ。

 

 だがそれ以上に目を引くものがあった。

 

「頭が……八つあるの⁉」

 

 その巨大なサメの胴体の先端からは、通常のサメのそれと同じサイズの頭部が上下に四つずつ二列、計八つほど生えていたのである!

 

 泳ぐ時、水の抵抗が凄そうだ!

 

「これは……まさか……!」

 

 俺は車中で聞いた日系人の老人の話を思い出した。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁああああ!」

 

 八頭のサメが咆哮しながら船の右舷に上半身を乗り上げさせた衝撃で船が大きく揺れ、足を取られたサムがサメの方によろけて転んでしまった。

 

「サムさん危ない!」

「え……? う、うぐわぁああああ!」

 

 サムは八頭のうちの隣り合う二つに上半身と下半身をそれぞれ捕まってしまった。

 

「畜生、これでも喰らえ!」

 

 他に武器は無い。俺は先ほど拾った木の棒でサメを突いた。

 

 するとサメはやはり酷く狼狽した様子で船から離れ、海に帰って行った。

 

 そして二つの頭が水中でサムを半分に引きちぎって仲良く半分こして胃袋に納めてしまった。

 

「い、一体何なんだあいつは⁉ あ、頭が八つあったぜ⁉」

 

 目を見開いて驚嘆の声を上げるダニー。驚くのも無理は無い、と本来なら言いたいところだが、こんだけおかしな事件に出くわしてきて慣れててもおかしくないのに、何で毎度経験がリセットされてるように驚くのかという疑問の方が俺の脳内では優勢だった。

 

「クレアさん……あれ、どう思います? 少なくともあたしはサメには詳しいつもりだったけど、見たことは無いわ」

「ああ、遺伝子異常と考えるのが普通だが、ここまで豪快だともっと根本的な要因があるのかもな……。放射能、工場廃液、ナチス……色々考えられる」

 

 放射能や工場廃液と同列に並べられるナチスは流石に可哀想。

 

 ちなみに頭部が二つ程度のサメなら、前世世界でも実際にニュースになっているのを見たことがある。カリフォルニア沖やオーストラリア近海で双頭の深海性ザメが発見されたのだが、ネット上では発見場所が東アジアから離れているという事実を無視して、やれ福島原発の放射能が原因だやれ中国の工場廃液が原因だと騒ぎ立てている輩がいたのだ。生命の謎より、メディア・リテラシーの問題について考えさせられたものである。

 

「まずいぞ、奴はビーチに向かってる!」

 

 視線を海に戻すと、サムを食い殺した八頭ザメは水の抵抗を無視した速度でビーチに向かって水中を疾走していた。

 

「まずい、ビーチではジョックのグループが写真撮影してるぞ!」

 

 双眼鏡を片手にクレアが叫ぶ。

 

 俺も双眼鏡を手に取ってビーチを観察してみると、そこでは八人のジョックが海を背にして並び、一人のジョックが彼らに向かってカメラを構えていた。

 

「クレア、全速だ! サメを追え!」

「言われなくてもッ! だが、追いつけるかどうか……!」

 

 俺たちの船は機関最大でビーチに向かって疾走し、砂浜でサメを待つジョックたちの姿も次第にはっきりと見えてくるが、それでもやはり、既に距離を取られていた八頭ザメには追いつけそうにない。

 

「よーし、それじゃあ撮るぜ! みんな、ノッてるかい⁉」

「「「「ウェーイ‼」」」」

 

 ジョックたちは身に迫る脅威に気づきもせずにお気楽ライフをエンジョイしているジョックたち。それもあと数秒しか続かないというのに、彼らの言動には相変わらず中身が無い。

 

「よし、それじゃあみんなポーズを決めろ!」

「ひゃははは、おい、ジェニーこっち来いよ!」

「あーん、そんなに焦らないでコールぅ」

「オレのこの肉体美をフィルムに残してやるぜ」

「ねぇねぇ、このあとのダンスパーティでアツくなったら……」

「おいおい、そろそろポーズを決めてくれないかい。俺のこの高性能最新式一眼レフカメラが待ちくたびれちまってるぜ」

「ハハハッ、わかったわかった。それじゃあ固まれ女ども」

「いやぁーん」

「よーし、撮るぜー。……一、二の……」

 

 カメラマンジョックがシャッターを切ろうとした、その時である!

 

 水中から勢いをつけて飛び上がり砂浜に揚陸した八頭ザメが、その八つの大口に八人のジョックたちをそれぞれ一人ずつ納めてしまった! 悲鳴を上げる間も与えられない!

 

「おわわわわわわッ⁉ こ、こいつは一体何なんだ⁉ ジャニー! コール!」

 

 八頭ザメは残ったカメラマンジョックを前に、八人のジョックたちを飲み込む。

 

「くっ……殺せ! このビリー、サメ如きに身体を食われようとも、心までは決して屈しはしない!」

 

 カメラマンジョックはサメを睨みつけて威嚇する。

 

 しかし八頭ザメは海に向き直り、その強靭な尾びれで砂浜を叩いて水中に帰還。

 

「ぶぇはぁあッ‼」

 

 カメラマンジョックは尾びれの一撃を全身で受けて跳ね飛ばされ、空中で憤死した。

 

「くそっ! また助けられなかった! 何が英雄ライアンだ、くそくらえ!」

 

 流石に一瞬で九人もの人間が犠牲となるのを見せつけられては己の無力さを痛感せざるを得なかった。

 そして八頭ザメは流石に九人も捕食してとりあえず満腹になったのか、俺たちの船を振り切って沖に帰って行った。

 


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