剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件   作:雫。

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「はぁはぁ、ここまで来れば大丈夫だろう。周りに水辺も無いし、今は降ってくる気配も無い。……ライアン、お前大丈夫か?」

 

 ダニーに手を引かれるままに疾走した間の記憶は曖昧だった。いつの間にか、俺たちは国道沿いの広場まで来ていた。

 

「おい、ライアン!」

「あ、ああ……」

 

 ダニーの声で、俺の目に景色が戻る。

 

「ライアン……ケントを亡くして辛いのはわかる。オレだってそうだ。でも今は生き残るために全力出さなきゃ、あいつに申し訳無いぜ」

 

 俺はもしかしたら、親しい人間を馬鹿げた亡くし方を実際にしてみて、今初めて自覚したのかもしれない。この世界が、紛れも無く今の自分にとっては現実なのだと。

 

 今まで俺がやたらと冷静、客観的に事件を見つめられていたのは、何も俺が特別に達観していたからではなかったのだ。望まずしてやって来たこの世界から、自分がどこか切り離された存在だと感じていたからなのだ。

 

 だが、それは違った。ケントを失い初めて実感した。俺はもう、ここの住民なのだと。このB級映画じみた世界は、紛れも無く俺の今生きる世界なのだと。

 

「ライアン! しっかりしなさい!」

 

 俺が自分とこの世界との関係に気付き、その苦悩に頭と胸の内側を支配されていると、甲高くも凛々しい声が俺の精神的な障壁を破って耳に飛び込み、次いで痛くも情を感じさせる平手が俺の顔面に飛んできた。

 

 キャサリンだ。

 

「あんたらしくもない……ケントが死んでショックなのはわかるわよ。でも、ケントはあんたに全てを託して逝った。これがどういうことかわかる?」

「いや……」

「あんたはいつだって、何事をも冷静に客観視してるじゃない! ジョックの喧嘩にしても、今回の事件にしても! だからケントは、今こそあんたを信用してたのよ、そういう視点に立てる人なら、自分よりも上手く、この異常事態に対処できるはずだって! それがわからないの⁉」

 

 確かに言われてみればそうかもしれない。

 

 俺の視点はある意味、他の当事者には見えないものを見ることができる。

 

「ライアン、残念ながら今ここにいるメンバーの中に、ケント以上のリーダーシップを発揮できる人はいないの。既に何人も犠牲になった上、半分はキャンプ地に残ったんだから無理もないわよね。今みんなを街まで導けるかもしれないのは、あらゆる災害に備えてるあたしと、やたら客観的な視点を持ってるライアンだけよ」

「……そうかもしれない。でも……」

「ライアン。あんたが何でそんな視点を持ってるのかは知らないけど、それが薄情なものだと思って悩んでいるならそれは無駄よ。その視点は使い方次第では、ここにいる多くの命を守れる。もしケントを失って、自分の持ってる視点を悔やんでるんだとしたら、まずはその視点で一人でも多くを生かして贖罪しなさい。後悔するのはそれからよ」

 

 そうだ。

 

 ケントが死んだからってここで黙っていても、それは逃げでしかない。

 

 もしケントが俺が何かを為すことを望んでいたのなら、例え失敗してでも、それに当たってみねば彼は浮かばれない。

 

「ライアン、ケントを失って悲しいのはオレも一緒だ。でも、何もしなきゃ、もっと悲しまなきゃならなくなっちまうんだぜ」

 

 ダニーもまた、下手ながら俺を奮い立たせようとしてくれる。

 

「……だな。手間かけさせて悪かった。俺にどこまでできるかわからないけど、今はやれることをやるよ。……その上でケントを弔う」

 

 まだ俺の内心に迷いが無い訳ではない。

 

 でも、友人の言葉が多少なりとも俺の本来の気質に根差す活力を後押ししてくれたこと、それは確かなことだ。

 

 こんなおかしな世界に転生してしまって、そこで俺が俺としてやっていくための道筋というのは、こういうところにあるのかもしれない、キャサリンの言葉を聞いていると、そうとすら思えてくる。

 

「キャサリン、ダニー。ありがとう。別に吹っ切れたって訳じゃないけど、君たちのおかげで今はとにかく動く、その決心はついた。特にキャサリン。君には、ある意味で救われた気がしたよ」

 

 だから俺は立ち上がった。

 

 とりあえずの行動を起こす、その勇気のために。

 

「べ、別に特別に礼を言われることはないわよ。幼馴染みとしては割かし当然のことじゃん!」

 

 キャサリンは俺の言葉を受けて何故か少しばかり赤面しながら謙遜していたが、その後すぐに、災害対策万全系女子の表情に戻った。

 

「……ホームセンターはもう目と鼻の先よ。そこで武器を調達したら、そのまま街まで強行突破しましょう」


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