剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件   作:雫。

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「郊外にも生存者がいることは聞き及んでいたが、市街地の方も大変でな、救助が遅れてしまって申し訳ない。自分は残存した市警の指揮官を暫定的に任されている、ジェフ保安官だ」

 

 俺たちを救助してくれたリーダーらしき保安官は俺たちの乗ったバスを運転しながら自己紹介してくれた。

 

 暫定的に指揮を執っているということは、市警も壊滅的な打撃を受けているのか。

 

「どうも、助けていただいて……。あの、今どういう状況になってるのか教えてもらえますか? 俺たちもいきなりのことで何が何だかなんで……」

 

 しかし、保安官の方から出向いて来てくれたのは好都合だ。一時は街に着いても混乱していて情報収集もできないのではないかと心配したりもしたが、これなら何の気兼ねも無く話を聞ける。

 

「ああ、最初に街にサメが降ってきたのは五時間前だが、情けないことに我々市警は初動が遅れてしまってな、最初の第一波、第二波の時に多くの犠牲を出してしまった。幹部も何人か犠牲になって指揮系統も一度はめちゃくちゃになった。それ以降は何とか立て直すことができたから犠牲はうんと減ったのだが……二十分前くらいから風が強まってきたからな、サメが予想できない動きをするようになって、また苦戦を強いられることになったんだ」

 

「どうして初動が遅れてしまったんです?」

「ああ、それはな……。来ればわかると思うよ」

 

 ジェフ保安官は、何やら思わせぶりなことを言いつつも車を走らせる。

 

 その後はサメの襲撃も無く、無事に街の門を潜ることができたが、やはりサメはある程度の数が固まって、ある時間に纏めて飛ばされていることが改めてわかった。このことは、ジェフ保安官たちも気付いてはいたようだ。

 

 ジェフ率いる警官隊の車列は市庁舎の前に停車した。どうやらここが、災害対策の暫定的な本部になっているらしい。

 

「ジェフ君! また外部の者を拾ってきてしまったのかね⁉」

 

 バスから降りると、いかにも神経質そうな初老の男がヒステリックな声を響かせながら、つかつかとわざとらしく歩幅の小さい小走りでジェフ保安官に詰め寄ってきた。

 

「これはこれは市長どの。今日も晴天下のウォーキングですかな。最近は留守の家屋にサメが墜落してくるようだが、戸締りは万全ですか?」

 

 どうやらこの挙動不審な男がこのグリーンリバー市の市長のようだ。

 

 彼が行政官として色々と残念であろうことは、俺にも見てすぐにわかってしまった。すでに小物臭が一種の才能と化してるんじゃないかってレベルだ。

 

「黙れ、余計なことを言うんじゃない。良いかジェフ君、私はあれほど、外部の者を拾ってくるなと言ったではないか! 可能な限りこの災害のことを外に知られずに、うちの市だけで片付けるためだ!」

「それはあんたが勝手に決めたことだろう。今は亡き市議の連中だって、そんなことは望んでないはずだ。自分たちは保安官として、最良と思われる選択をしたまでだ」

「それは君のエゴだろうジェフ君⁉ 良いか、君も知っているだろう? 我がグリーンリバー市は数年に渡る町おこしの末にようやく、観光地としての地位を手に入れつつあるんだぞ。これが、空からサメが降るなんてわけのわからない災害がある土地だと噂になってみろ、そんなところに観光に行きたいと思う奴がおるか? 我がグリーンリバーに必要なのは森の妖精だ、サメではない! 今までの努力が全てパーになってしまうぞ!」

「悪いが、自分としては人命最優先なんでね。すでに勝手に州軍に応援を要請するよう部下に言っておいた」

「何だと⁉ それでは今回の事件が、州議会に知れてしまうではないか! ……フム、ジェフ君、君はどうやら、都会の大学に行っていたせいで地方の経済事情というものをわかっていないようだな。さんざん観光地化に投資しておいて、今更空飛ぶサメなんてハリウッドの映画のようなもののせいで客足が途絶えたら、どれだけの損失になるのかわからんのかね? 森の妖精とて、その損失分まで金を出してはくれない」

 

 ジェフ保安官と市長の口論は、俺たちのいるところまではっきりと聞こえてくる。

 なるほど、ジェフ保安官が言っていた、来てみればわかるという初動が遅れた理由とはこれのことらしい。見ての通り、市の世間体を第一に案ずる俗物市長が足を引っ張ったということだったのだろう。

 あとハリウッドはこんなの作らない。

 

「……すまんな、みっともないところを見せて」

 

 市長がぷいっとジェフ保安官に背を向けて相変わらずの小走りで立ち去ると、ジェフ保安官は俺たちの方に向き直った。

 

「いえ、保安官さんも大変ですね」

「まあ、せいぜい手当にでも期待しておくとする。君たちはとりあえず、この市庁舎の中で待機すると良い。我々は、すぐに次の任務があるのでな――」

「ねえ保安官さん、その前に色々と聞きたいことがあるのだけど、少し良いかしら?」

 

 ジェフ保安官が話を切ろうとした時、キャサリンが割って入った。

 

「うむ? 悪いがコーヒータイムは確保できんぞ」

「何、少しだけ教えて欲しいことがあるだけよ。そうね、二つほどね」

「答えられる範囲内でなら良いだろう」

「まずは一つ……この街に、うちの先生が来ているはずなんだけど、よそ者の教師を見なかったかしら?」

 

 キャサリンが投げた一つ目の質問は、道中の必死さ故忘れかけていたがキャンプ地に残らず街この街に向かった俺たちのグループの当初の目的に関することであった。

 

「……ふむ。それに関しては気の毒だと言っておこう。それらしき教師はだいぶ前に君たちと同じようにして救助しようとしたのだが、手遅れだった。すまない」

 

 どうやら、俺たちが学生としての身分で大人の判断を仰ぐことはもう無理なようだ。

 

「……そう。悲しいけど悲観している余裕は無いからもう一つの質問を聞くわよ。―― 

この異常な事件は、一体何なの? 市警では何か情報を把握しているの?」

 

 キャサリンの二つ目の質問は、この騒動の根源そのものだった。

 

 そうだ、今や生き残るのに必死になって考える余裕も無かったが、本来こんなことは自然現象ではありえないのだ。俺としても、例えばサメが毎回同じ方角から、定期的に固まって飛んでくるという特に違和感を感じる要素に気がついている以上、その真実から目を逸らす気は毛頭無い。

 

「……すまないが、現段階では我々はまだ何も掴めていない。街の防衛と生存者の救助で手一杯でな」

 

 しかしジェフ保安官の口からもたらされたのは、仕方ないとわかってはいながらも、どうしてもやはり期待外れと形容せざるを得ない答えだった。

 

「そうですか……」

「ああ、だが既に州軍には連絡を入れたから、彼らが来れば調査も進むだろう」

「今のところは全く情報が無いの?」

「一応、聞き込みはしたのだが……まあ、当然ながら何か知ってる人はほとんどいなかった。強いて言うなら、まあ、妄想の類いだろうが、山の中に潜む者がサメを操っていると特に根拠も挙げずに証言する老人が一人いたくらいか」

「そう……引き止めて悪かったわ」

 

 ジェフ保安官が去ると、キャサリンとダニーはさも何の収穫が無かったかのように嘆息した。

 

「なあ、キャサリン、ダニー。その唯一の証言者だって言う老人に話を聞きに行ってみないか?」

 

 しかし、俺は決して無駄にはならない情報を得ることができたと思った。

 

……こういう局面でやたらと思わせぶりな話が出てきたら、それはだいたい何かあるものだ。「そこには行かない方が良い」とか「行っても無駄」とか言われた場合は、なおさらそうだ。

 

別に統計がある訳ではない。でも、本能というか何と言うか、俺の深層心理の理性が、何かパターン化された世界の理のようなものの存在を叫んでいる気がするのだ。

 

「ん? 別に良いが、ライアンどうした? 老人の与太話に興味があるのか? きっと、宇宙人が円盤からサメ降らせてるとか、延々と聞かされるぜ」

 

「……何か、気がかりでもあるの? まあ、あんたのことだから、単なる好奇心ってことは無いと思うけど」

「まあ、そんなところさ。保安官は軽視しているみたいだが、情報はあるに越したことはない。もし重要そうなヒントが隠されていれば、保安官にも伝えるべきだしな」

 

 二人は少しばかり不思議がりながらも、俺と一緒に件の老人のもとへ向かうことを承諾してくれた。


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