剣と魔法の世界に転生するはずがB級パニック世界に来てしまった件   作:雫。

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 俺たちは他のクラスメイトたちを市庁舎の中に役人の誘導の下避難させると、その目を盗んで市庁舎の敷地を出た。学生の身である以上、独自行動は良い顔はされないだろうからだ。

 

 その老人はこの街の中ではそこそこ有名なようで、サメの空襲で散らかってしまった街の後片付けに勤しんでいる市民に話を聞いて行くと、すぐに居場所を割り出すことができた。街はずれの小さなあばら家だ。

 

 老人の家の前に到着すると、キャサリンとダニーが、言い出しっぺのお前がノックしろよ、と視線を以てして無言で威圧してくる。

 

「ごめんくださーい」

「帰れ! これ以上お前らに話すことなど無い!」

 

 しかし戸を叩いてみると、いきなり拒絶の声が。

 

「ワシはお前ら警察がもう信用ならん! ワシが見聞きした話を妄言扱いするくせに、何度もしつこくどうでもいいことを尋問しおって! ハン、どうせ、そうやって何度も尋問することで出世のためのポイント稼ぎをしておるつもりなんじゃろ?」

 

 どうもこの老人は、俺たちのことを警察だと思っているらしい。

 

「い、いや……俺ら警察じゃないです」

「ハン⁉ じゃあ何者じゃ?」

「学生です。郊外でサメに襲われて逃げ延びてきて……事情を知ってるかもしれない人がいるって聞いて訪ねてきたんだ」

「ふむ……?」

 

 老朽化した木造住宅が絞り出すような悲鳴を上げ、ドアが内側からゆっくりと開けられる。

 

 年季の入ったミリタリージャケットを羽織った、無精髭の老人が顔を出した。仮にも客人である俺たちにも笑顔は一切見せず、なるほど、いかにも偏屈そうな老人だ。

 

「フン、長居させるつもりは無いぞ。ワシはペンションは八年前に廃業したんだ」

 

 老人はそう言って、俺たちを家の中に招き入れた。こう見えてペンションをやっていたというのだから人は見かけによらない。

 

 老人は長らく一人で暮らしているようで、家でまともに使用されている形跡があるのは必要最低限ののものだけで、それ以外はいかにもガラクタとしか言えないようなものが散乱している。

 

 老人は、「まあ座れ」と俺たちに言うが、当然客人用の椅子など用意されていない。俺たちは、適当な木箱に腰を掛けた。

 

「で、お前さんたちはこのレイモンド・フォードに何を尋ねにきたというのじゃ?」

 

 レイモンドと名乗る老人は、相変わらず眉間に皺を寄せたまま俺たちに向き合う。

 

「この災害は絶対普通じゃない。だから常識に捕らわれていては真実は見えてこない。だから警察が軽視していようとも、あなたが森の中で目撃したというもの、それが気になるんです」

「あたしからもお願いするわ。市長があの通り情報隠蔽しようとしてるし、情報は持てるだけ持ってた方が良いと思う。いずれは政府の介入もあるでしょうし、その時の事後処理のためには必要よ」

「ふむ……」

 

 レイモンド老人はしばし沈黙したのち、口を開いた。

 

「年寄りの思い出話に過ぎんから期待はするなよ、市警が無視するような話だ。……ワシは、二十年前までは軍にいたのだが、退役して以来、向こうの山で狩りをして生活しておった。じゃが、五年前に山の中で奴らに遭遇した!」

「……奴ら?」

「そうじゃ、奴らじゃ! 奴らは山の中に馬鹿でかい施設を拵えて、その水槽でサメを養殖しておったのじゃ! あのサメをどうするつもりだったのかは知らん……じゃが、今回のサメもあの山の方角から飛んできている以上、ワシは決して無関係だとは思わん!」

 

 これは完全にクロだろう。あの山にサメがいて、それを管理している集団もいる――俺が今までに何度か感じていた、人為的なものが決して神経質故のものではなかったことがここに証明されたのだ。

 

「身近な存在であった山に見慣れぬ、しかし間違いなく恐ろしいと言えるものを見つけたワシは奴らの警備の者に見つかりそうになって、慌てて逃げた。幸いなことに、捕まらずに逃げ切ることはできたが……。それでも、あのおぞましい集団がそこにるというだけで、もうあの山は決して、ワシが狩場として慣れ親しんだものではないのじゃ。だからワシはあれ以来、あの山で狩りをしなくなった。……フン、山を奪われた気分が悔しくないといえば嘘になるがの」

 

 ここ数年行っていないのなら、どうやら「奴ら」の動向に関する最新情報の類いは持っていなさそうだ。

 

 とはいえ、あの山に何者かが確かに潜んでいるのだとしたら、まずはそれが何者なのかを確認せねばばるまい。案外、相手の正体だけでもわかれば、目的やら何やらを推測できたりするかもしれないのだ。

 

「レイモンドさん。あなたが自分の庭を奪われたのはわかったわ、同情する。でも更に聞きたいんだけど良いかしら? ……あなたが見た、『奴ら』の正体は一体何? 何か帰属を示すようなものとかは目に入らなかったの?」

 

 キャサリンがストレートに問いかける。

 

 レイモンド老人も深いトラウマを植え付けられているのだろう、『奴ら』の正体について聞かれるとすぐに、蘇ろうとする当時の記憶を封印するように眉間を押さえて、頭痛と戦い始めた。

 

「あー、レイモンドさん、別に無理はしないで……ゆっくりで良いので……」

「……いや、いつまでも甘えてはおれん。誰もワシの話を本気にせず、故に『奴ら』の正体についても語る機会が無く、じゃが同時にワシは、その状況に甘えてきたのだ。真実に向き合う機会だ、お前たちに教えてやろう。連中の正体は――」

 

 レイモンド老人が決心をつけて重い口を開こうとした、その時であった。

 

 突如としてあばら家の天井が何者かに突き破られ、そしてそれは粗雑に組まれた木材を粉砕した勢いのまま、真下に弾丸のように直進した。

 

 サメだ。またサメが空を舞う時間がやってきたのだ。

 

「奴らの正体は、ナ――」

 

 天井を突き破ったサメは、丁度真下で長年封印してきた答えを今まさに解き放とうとしているレイモンド老人の頭部に落下の勢いのままに喰らいつき、彼がその答えを言い切る前に、上半身に鋭い牙を突き立てた。

 

「うわわわぁぁあああッ⁉ ま、またサメだァ!」

「屋内にいたら余計に危ない、いったん出るよ!」

 

 レイモンド老人はもう助からない、そう判断するや、俺たちはすぐにあばら家から脱出した。

 ちょっと前なら、いくら手遅れとは言え、人を見捨てて逃げることには背徳感を感じたはずだが、即座にこういう判断をできるようになっている辺り、俺たちは着実に異常災害に慣れ初めてしまっている感がある。

 

 全く嬉しくない。

 

「ウオッ! 今までで一番降ってるぞ⁉」

 

 外に出てみると、これまでに無いほどの量、そして勢いでサメが街に降り注いでいた。しかもよく見てみると、今まではイタチザメやアオザメ、そしてホオジロザメなどがメインだったが、今回からはシュモクザメなどの姿も見え、多様化まで果たしている。

 

「キャーッ、タスケテー!」

「ウワー、逃げろー!」

「州軍はまだなのかー!」

 

 逃げ惑う人々。しかし彼らのうちの運の悪い者たちはサメの進路上に入ってしまい、無慈悲に凶牙の餌食となってしまう。サメという生き物はジョックを優先的に狙う習性があるとされているため、如何にもアメリカンフットボールとかやってそうな体格の男や、チアリーダーっぽい派手な女から順に犠牲となってゆくのだ。

 

「撃てーッ! 州軍が来るまで、持ちこたえるんだ!」

 

 ジェフ保安官の指揮する警官隊が、手持ちの拳銃やショットガンで本来不向きな対空射撃を行い、応戦する。しかし、すでに幾度の戦いで消耗しきっているのだろう、警官たちの動きからはキレが失われており、回避運動を誤った者や前に出過ぎた者から順に犠牲となっていく。これでは、総崩れもそう遠くはなさそうだ。

 

「あちゃー、こいつは思ってた以上に、この街に長居できそうにねぇな。美味いフカヒレ料理の店があるって聞いたのによ、残念だぜ」

「んなこと言ってる場合かダニー、もうフカヒレなんて食べる気にはなれないよ。これは、見るからに人のいるところを狙った攻撃って感じだ、街から出た方が良い。その手を考えよう」

「ねぇライアン。なら、あの車はどうかしら?」

 

 キャサリンが、あばら家のすぐ横に駐車している古びたジープを指差す。

 

 軍用車両のハンヴィーを民生化した、ハマーというやつだ。きっとレイモンド老人が、除隊後も染みついた軍用ジープへの愛着と運転のクセから使用し続けていたものだろう。

 

 確かに、あれなら荒地も走行できるし、普通の乗用車より頑丈だろう、このサメの嵐の中を強行突破するにはもってこいだ。

 

「ダニー、お前運転できたよな?」

「い、一応はそうだが……。まさかオレにあれを運転しろと? おいおい、オレは地獄のトラック野郎でもなきゃ、戦場のタクシー運転手でもないぜ。免許は今年取ったばかりだ、あんなデカブツ、まともに操れる自信は無いね」

「ああそうかい。なら、俺やキャサリンが無免許でサメの胃袋に正面衝突ダイブしても、文句は言わずに、地獄ツアーを前向きに満喫してくれるんだな?」

「そいつは勘弁願いたいね」

「なら、少しでもマシな方を選ぶべきだろう。なに、ダニーはいざって時に特技を存分に発揮するタイプじゃないか。いけるいける」

「そうか? まあ、他に選択肢もねぇし、どうしてもオレを頼りたいんなら、断りはしないぜ、サメ地獄生還ツアーにご招待だ!」

 

 ダニーはちょろかった。


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