未来へのフリューゲル   作:マアア

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前話の修正点
・未来さんモノローグの九年前を七年前に変更しました。
 年齢の辻褄合わせ間違えるとかだらしねぇな……


プロローグⅡ

 

 

 

 電車で一時間ほど揺られて辿り着いたのは東京湾を見ることが出来る港よりの町。都心から離れているからか活気は若干控えめで、目に見える特徴は近くの高台の上には5年前に出来たばかりの音楽学校があるということと、色々な工場があること、あとは隣の町に日本で一番高い建造物である東京スカイタワーがあること。東京としては普通より少し地味なその市街地に、駅から一歩踏み出したところで、タイミングよく目の前にピンク色の車が止まった。

 

「さっすが私。タイミングばっちりねんッ!」

 

 本気で自画自賛している声が、車の窓が開きながら聞こえる。中には何故か白衣を着て、縦に長い珍しい髪型の女性――『了子』さんが乗っていた。

 

「おはよう未来ちゃん。今日も元気かな? アタシは元気よ! なんたって出来る女は自身の健康管理もばっちりだからねんッ!」

 

「あ、はい……」

 

 たまに会話ですごく困ることがある。そしてそれは主にこの人、了子さんとの会話でよくあること。無口なお父さんと生活していることもあるからか、一度に多くのことを言われると何に対して返答すればいいのかわからなくなってしまう。

 

「……おはようございます、了子さん」

 

とりあえず順番に、まずは挨拶から返して。それから……元気ですとでもいえばいいのだろうか。そしてその後に了子さんの出来る発言に対しての返事で―――どう返すのがいいんだろう。

 

「そんなに困らなくてもいいのよ」

 

「わかりました――――え?」

 

 少なくなった口数に、次ぐ言葉を言う前に言われた了子さんの言葉に反射的に頷いて、直ぐに疑問の言葉が漏れる。私は今困っていると口にしただろうか? 少しだけ惚けながら了子さんを見つめると、にっこりと笑っていた。

 

「未来ちゃんは初々しくて可愛いわねぇ。あくまで挨拶だからそう全部返答しようとしなくてもいいのよ? 一度に一杯言われちゃうと困っちゃうのはよくわかってるから」

 

「はぁ……」

 

 私のことを見抜いたように……事実見抜いているだろう了子さんが笑う。私と了子さんの患者と先生という関係は長くて、七年にもなる。それだけあれば万能の天才であり幅広い分野に精通して、自己紹介でもいう『出来る女』というのに偽りがない了子さんなら私のことを私よりわかっていても不思議じゃない。

 

―――そんな了子さんが、私は少しだけ苦手だった。

 

 嫌な人ではない。悪い人でもない。性格的には普通で、でも強いて言えばマイペースでお気楽な人。話すことも面白いし、喋らなくてもわかってくれるというのは正直に言って楽でありがたい。だけど苦手なのは変わらない。付き合いが長すぎるから(・・・・・・・・・・・)、知ってほしくない、知られたくないことまで知っているから、そしてそうなのに何も言ってくれないから苦手だった。

 

「さ、右側のドア開けるから乗っちゃって乗っちゃって。二課までチャチャっと行ってさっさと定期検診を終えちゃいましょ。未来ちゃんもその方が楽(・・・・・)でしょ?」

 

「……そうですね。わかりました」

 

 苦手意識もきっと理解されている。だけど、同時に全部知っているからこちらの事情にも理解してくれて、変に遠慮する必要がないという意味では気が休まる相手と思っていることも多分また知っている。不安と安心。どちらも同じぐらいあって、どちらに傾くこともないまま関係は続いている。それはつまりそこまで踏み込もうとしていない、放っておいてくれているという事であり、だから私にとって了子さんは苦手だけど過度に接触して来ず、丁度良い位置を保ってくれる人だった。

 

「出すわよ? シートベルトはしっかり閉めた?」

 

「大丈夫です。窓を開けてもいいですか?」

 

「構わないわ。じゃ、出すわよーッ!」

 

 了子さんに確認を取ってから窓を開け、左側のために顔をそちらへと向けて流れる景色に目を向ける。坂道を上り始める車の中から、風を受けて見下ろした場所に見慣れた景色が映る。そして、遥か点に見えるのは七年前に小さな自分がいた場所だった。

 

研究所跡(・・・・)。まだ残ってるんですね」

 

 広がる町の光景、その少し外れた場所の工場や研究所が集まる区域の中に一つだけ、天井にポッカリと穴が開き、崩れかけた建物が見える。そこが、七年前に私がいた研究所だった。

 

「ああ、あそこね」

 

 と、見もせずに。まあ運転中なので当然だけれど理解したらしい了子さんが少しだけ目を細めて零した。

 

「紙やパソコンの情報は既に二課が回収してあるからもぬけの殻だけれど、世界で唯一の聖遺物による事故地だからね、数年前までその破壊痕から何か情報を得られないかと調査が続いていたわ。結局何もなくて無駄骨で調査は終了。その後は二課の本部建造などで予算が食われてるから放置中なのよ」

 

 努めて明るい声でそう言う了子さんの声はたいして気にするようなことじゃないというかのよう。ただ、私にはそれが気遣いのように思えて。

 

「―――あれは、事故じゃないですよ」

 

 聖遺物の事故と、公にならない場で呼ばれているそれについて、そこだけは違うと、左目を覆う眼帯に手を当てて呟くようにそう否定した。了子さんは顔を横に振りながら口を開いて、だけど何も言うことなく噤んでそのまま車を走らせた。

 

―――その気遣いが、重たかった。

 

 

 

―――……

 

 

 

「今日の検診はしゅーりょー! あとで結果を書類にして纏めるからご飯でも食べてて頂戴! じゃ、お疲れ様ねんッ!」

 

「はい、お疲れさまでした―――疲れた」

 

 十分ほどして着いた二課。着いてから休む間もなく了子さんは私を連れて検診を行い始めた。終了するまでに三時間半以上、大体四時間近い時間が経っている。開始時刻は八時半。それから四時間近くだから現在は正午過ぎた頃。大分長いと思うけれど普通の検診とはやることが違うという事と、普段の一週間に一度行う簡易検診とは違って一月に一度の精密検診だからしょうがないのかもしれない。ただ、四時間弱の間にほとんど身動きせずに寝たきりや立ったままの姿勢でい続け、それが終わったかと思えば急にトレーニングルームのような場所でひたすら走り続けるなどというのをした結果中々に疲れが溜まっている。だから今、終わった直後、部屋を出ると同時に壁に寄りかかって言葉が漏れるのを止めることは出来なかった。

 

『きょーうの未来ちゃんの結果はどうかしらーん』

 

―――了子さんはなんであんなに元気なんだろうか?

 

 私がこうなっている一方、運転と検診をしてくれた了子さんは検診を始めた時と変わらないピンピンとした様子で普通に機器を弄りながら変なリズムで声を上げているのが扉の外からでも聞こえてくる。同じ時間を私よりも精神を使うはずの仕事をして過ごしていたはずなのに平気そうな当たりやっぱり出来る女の人は違うのだろうか。

 

「……まあ、いいか」

 

 考えても不毛なことだったら、考えなくてもいい。私と了子さんは違うのだからとそう自分を納得させる言葉を吐いて思考を中断して変更する。じゃあこれからどうしようか。と、少しだけ悩んだところでお腹が小さな自己主張をした。そういえばまだ昼ご飯を食べてなかったということを思い出して、食堂に食べに行くために人通りの少ない静かな廊下を歩こうと思って。

 

「あ、未来! えっと……こんにちはッ!」

 

 緊張しているらしい上ずった声を左横から掛けられた。話しかけてきたのは音符のようなサイドテールの青い髪を腰あたりまで伸ばし、私よりも一回りも二回りも大きい人。その人は私の知人で二つ年上。二課にいる中で最も年齢が近いこともあって、二課内ではそれなりによく話す人――『風鳴翼』だ。

 

「こんにちは、翼。今からご飯?」

 

「う、うん。ここにいれば未来が来るような気がして、それで、えっと……」

 

 私と一緒で話すのが得意じゃないからか、翼はそこで言葉を詰まらせたけれど、そこまで言ってくれれば多分、誘ってくれているのはわかる。そしてそれがうまく言葉に出せないのだなとわかったから、私から問いかけることにした。

 

「そっか、なら。一緒にご飯、食べに行こ?」

 

「―――うん!」

 

少し惚けて、そのあと本当に嬉しそうな声と表情で頷いた翼と一緒にまた道を歩き始める。

 

「……」

 

「……………えっと、未来」

 

 少しだけ無言で歩いて、やがて翼が控えめに小さく声を出した。

 

「ん?」

 

「あの……未来は、最近何かあった?」

 

「何かって?」

 

「え、あっと、その……学校とかで面白いこととか?」

 

 なんだか手探りの会話みたいだ。そう思いつつ学校で面白いことなんてあったかと考える。

 

例え一、友人。

親しいといえる人で浮かぶのは一人だけ、遊ぶ相手で浮かぶのも一人だけ。そしてその子とはただ話すだけだったり、その子が人助けをするのを手伝ったりするだけ。いつも通りの日常だ。面白いことだけどちょっと違う。

 

例え二、授業。

大体の科目では百点。小学生の内容という事もあり特に間違うことも、困ることもない。面白い話ではなさそうだ。

 

例え三、学校行事。

学校で最近あった事は終業式だ。でも、終業式なんて特に面白いことでも何でもない。

 

「―――特にないかな」

 

 それ以外にも少し考えたけれど、クラスで話す相手というより学内でまともに話すのは一人だけで、あとは事務的な事しかクラスメイトと話した記憶がない。だから一緒に遊びに行くという事もなく、面白い話を提供するのは無理そうだった。

 

「そ、そうなんだ……」

 

 聞いて、翼は困ったような顔で反応した。反応するのに困っている顔だった。というより可哀そうな子を見るような目だった。

 

「翼はどうなの?」

 

「え?」

 

「いや、だから最近何か、楽しいこととかなかったの?」

 

 視線に少しだけむっとして、だったら翼はどうなのかと問いかけて、案の定翼は目を逸らし始めた。

 

「えっと、私もう卒業式で、ほら、話す相手とかいないし」

 

「卒業式の時に誰かに話しかけられたりは?」

 

「…………」

 

「……ごめん」

 

「気にしなくていいよ、私から始めたことだし……」

 

 空気が、重たくなった。

 これ以上の会話は傷口に塩を塗りあうことになりそうで、自然と口を噤む雰囲気が出来てしまった。

 

―――なんとか変えられないかな。

 

 話しかけてきたのは翼だけれど、先に気分を悪くさせてしまったのが自分だから何か話の内容になることはないかと、そう考える。だけど、そう都合よく話のタネは頭に浮かんでこない。どうしようかと悩んでいるうちに曲がり角が目前に迫り、左に曲がろうとして―――強い、衝撃を受けた。

 

「―――っな!?」

 

「未来ッ!?」

 

「なっ!? ガキだとッ!?」

 

 突き飛ばされるように地面に倒れこみながら聞こえた声は三人分。地面に倒れこむと同時に背中と頭に走る衝撃と上に自分以上に重い何かがのしかかる痛みに顔を顰め、反射で目を瞑り、その端に涙を滲ませながら、しかし脳は疑問を言葉にした。

 

「―――誰だ?」

 

 聞いたことのない声だった。そして若々しい声だった。女の人、それも翼と同じくらいの年の声だった。二課にいる子供は私と翼しかいない(・・・・・・・・・・・・・・・・)というのに。

 

「なんでガキが? いや、まあいいッ! むしろ丁度いいッ!」

 

 疑問に答えが返ってくることはなく。涙で滲む視界の端に明るい色の髪色が微かに見えたかと思えば、首筋を占めるように無理やり持ち上げられ、後ろから首を絞められた。

 

「―――ガっ!?」

 

「未来ッ! 貴女は何者ッ!? いや、未来を離してッ!」

 

 締め付けられる首を何とか腕で抑えながら翼が憤る声と共に二課の人たちがこの場に集まるのが微かに見える。その間にも締まりが強くなる首を抑える腕を何とか外そうとして。

 

「全員動くんじゃねえッ! じゃねえとコイツの首をへし折るぞッ!」

 

 その言葉と共に全員の足と動きが止まる。同時に少しだけ首の締め付けが優しくなり、呼吸が楽になる。せき込みながらなんとか息を吸って、しかし腕を離せそうにないと分かった。だから、せめて顔だけは見ようと顔少しだけ動かして、右目に映ったのは長い、濃い橙色の髪の毛と、牙を剥いた獣のような表情。まるで餓狼の様で、自らをも殺してしまいそうなほどだと思った。

 

「貴女はいったい何者なのッ!?」

 

 翼の問いかけに、唸り声のような声を上げ、咆哮するように吠えた。

 

「アタシか? アタシの名前は天羽奏、そしてここに来た理由は簡単だ―――ノイズをぶっ潰す絶対的な力ッ! アタシはそれを求めて此処にいるッ! その力を寄越しやがれッ!」

 

―――この出会いが、大きな癒えない傷をもたらすことになるなんて、まだ誰も気づいていなかった。

 




393と翼さん、そして奏さんの話とか需要があるのだろうか(困惑)
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