未来へのフリューゲル   作:マアア

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大変長らくオマタセシマシタ。


プロローグⅣ

 

 

 

 昼食の後に端末をふと見れば呼び出しが入っていた。別の用事があった翼と別れて呼び出された場所、すなわち了子さんの部屋へと辿り着き、ふと言葉が零れる。

 

―――一日に二回も此処に来るのは珍しいな。

 

 純粋にそう思うのは、今までの七年間の間で定期検診は幾度となく受けてきたけれど、検査が終了した後で再び了子さんの部屋に呼び出されるのは半年に一度程だったからだ。

 

―――何かあったのだろうか? 何もなかったら呼ばないはずだし……。

 

 首を傾げ、しかし考えても答えは出ないとドアを四回叩く。

 

「小日向です」

 

『はいっていいわよー』

 

 気の抜けたような声の返答を受けて、ドアを開いて中へと入る。数時間前に見た時と変わらない雑然とした部屋。その中央の机の前で先程は機器を操作していた了子さんは、今は何もせずに椅子に体重を預けてリラックスしていた。

 

「……何かあったんですか?」

「きゅーけいちゅーなだけよん」

 

「了子さんが?」

 

 思わず呟いたその言葉。しかしそう呟いてもしょうがないだろう。なにせ了子さんの二課での仕事は非常に多岐に渡る。それこそ手のかかっていない部分がないと言われるレベルで全てに関わっていて、それ故に多忙で食事の時ですら何か機器の操作をしている姿が普通だった。そんな了子さんが何もせずに唯だらりと力を抜いている姿には少々、否かなり驚きを感じる。そんな私の驚きを見てか、了子さんは呆れる様に苦笑した。

 

「あのねえ未来ちゃん、いくら私が出来る女だとしても休む時は休むわよ。結構、皆が見てないところで力抜いたりしてるのよん。……まあ、今回は色々異例の事態ですることがなくなったからなんだけれどね」

 

「異例の事態……ひょっとしてさっきの女の人とかですか?」

 

「あー、そういえば未来ちゃんは当事者だったわねえ。そっちもあるんだけど……はずれ。異例の事態っていうのは貴女の事よ、未来ちゃん」

 

「私?」

 

 異例の事態の原因はどうやら私らしい。しかし、そう言われてもピンと来なくて首を傾げる。実はね、と了子さんは椅子にもたれかかった状態から身体を起こしながら口を開いた。

 

「未来ちゃんが今言ったさっきの子……天羽奏っていう子と接触した時辺りだと思うんだけど、聖遺物の反応があったのよ」

 

「聖遺物の!?」

 

 軽く言われたその言葉に驚きを隠せず目を見開いた。何故ならば、聖遺物と言うものは天羽奏という少女が言った絶対的な力の源であり、すなわち二課が動くべきレベルの案件の代物だ。軽く言うべきものでなく、何処で反応があったのかとすぐ様問いかける。      

了子さんは何故か言いにくそうにそれがね、と一言おいて告げた。

 

「反応の発生地点は二課内部。そして照合されたパターンから導き出された聖遺物は『ニーベルングの指環』よ」

 

「…………え?」

 

 その言葉に私は言葉を失う。思考が止まる、何故という文字で埋め尽くされ、息が詰まり視界が斜めになるような感覚さえ覚える。だって、その聖遺物は。

 

「未来ちゃんの左目の奥、基底状態で固定されていたはずのニーベルングの指環が稼働したみたいなんだけど……原因はわかるかしら?」

 

「え、え……うそ、なんで……?」

 

 了子さんが何を言っているのか理解できないぐちゃぐちゃとした思考の中、指で左目を抑える。痛いくらいに力を籠め、ふらつく足を必死で抑える。ガチガチと歯が鳴り、吐き気さえ覚えてまともに立てなくなり、座り込み口を押える。

 

 

 

―――痛いよ! 痛いよっ! 痛いよぉっ!

 

―――落ち着いて、未来。大丈夫だから―――ッ!?

 

 

 

 記憶がリフレインする。呼吸が荒れ、息をしているはずなのに酸素が足りなくなって息苦しくなり倒れこみかけ、

 

「落ち着いて、未来ちゃん。もう、励起は収まっていつもと変わらない数値に戻っているわ」

 

「あ――――……」

 

 了子さんが身体を支えてくれて、背中を擦りながら落ち着かせようとしてくれる。上手く動かない呼吸をあえて一度止めて、無理やり深呼吸をして意識を平静に持っていこうとする。一度、二度と重ねれば何とか呼吸は落ち着いてくれた。

 

「……っ。ごめんなさい、ありがとうございます。もう大丈夫です、了子さん」

 

「こっちこそゴメンね? でも、辛い過去だと分かっていても、尋ねることは避けられないの」

 

 わかっています。そう返しながら再び深呼吸をして、力の抜けた下半身に活を入れてゆっくりと立ち上がる。少し座りましょうか、と了子さんは言ってソファを指さした後、部屋に設置されているコーヒーサーバーを操作してコーヒーをコップに注ぐ。

 

「はい、あったかいものどうぞ」

 

「……あ、あったかいものどうも」

 

 ソファに座りながら渡されたコーヒーに口を付け、少量口に含む。苦い酸味が気付けの様にまだ残っていた不快感を上回り、結果的に口内の不快感を残して沈んだ気分を少しだけ和らげてくれた。ほっと息を吐いて、コーヒーを口元から下げる。

 

「……もう大丈夫かしら?」

 

 心配げな問いかけに頷く。ならいいのだけれど。と、いいながら了子さんはさっきの話だけれど、と口火を切る。

 

「もう五年も基底状態を維持していたニーベルングの指環が突如再稼働した事由について何か把握してるかしら?」

 

「―――っそうですね」

 

 少しだけ息が詰まるけれど、先程と違いわかっていたこともあって直ぐにそれを抑えた上で、記憶を遡る。先ほどの話ではどうやら天羽奏とのトラブルがあった時に何らかの要因が原因と見られる。なら、すぐさま一つの事象に思い当たり、首を抑えた。

 

「……彼女に、奏に首を絞められた時に一瞬瞳に痛みがありました」

 

 本当に一瞬、首を絞められて意識が遠のく前のほんの刹那に確かに痛みを感じた。まやかしなどとは決して言えない、ズキンと刺すような、抉るような堪え辛い痛みが。

 

「首を絞められた時に、ねえ。……命の危機に呼応したのかしら?」

 

 了子さんの呟くような疑問にわからないと返した。実際言われるまで気付かなかった、否、気付きたくなくて目を逸らしていたというのがある。そして、そもそもこの左目は私にとっても、了子さん達二課の人たちにとっても手に余るもので、制御できていないのだから分かりようもなかった。ただ確固たる事実としてあるのは、稼働したという事。それだけだ。

 

「左目の奥、視床下部から脳内R領域に掛けて癒着するように存在する『ニーベルングの指環』の欠片を調べるのは難しい。かといってただ話していてもしょうがないわね。……うん、残念なお知らせだけれど未来ちゃん、今日行った検査は全てやり直し、今日は泊まり込みよ」

 

「やり直し、ですか」

 

「ええ、だって検査の内容はあくまで聖遺物の継続的な安定、並びに肉体への影響を確認するものだもの。稼働してしまった以上再検査は必須よ。更に言えば事由がわからない以上継続した様子見もまた必須。悪いけど最低一日二日は帰れないわよ」

 

 言われてみれば当たり前のこと。しかしそんなことにも気づけない位動揺しているのだと理解する。やり直し。少々面倒くさいと思うけれど仕方がない事だと理解した所で当然やらなければならないことを思いついて、ポケットに入れていた端末に手を添える。

 

「なら、父さんに連絡します」

 

「ああ、そうね。文彦さんにもちゃんと伝えなきゃだわ」

 

 ショートカットに登録されている番号を選んでボタンを押す。耳に当てて数拍置いて繋がる音ともに低いお父さんの声が聞こえる。

 

『未来か、どうした?』

 

「あぁ、お父さん。実は―――」

 

 説明をする。淡々と聖遺物の励起が確認された事、そのせいで検査がやり直しになった事と、泊りがけになることを伝えた。

 

『そうか』

 

 短い返答。いつも通りのそれに安心して切ろうとして。

 

『未来』

 

 呼び止められて首を傾げた。

 

「何?」

 

『立花さんから電話があった。後で掛け直すと伝えてある』

 

「響から?」

 

 疑問の答えは是。どうやら私の学校での唯一の友人である響、『立花響』からの電話があったという事。何の用だと考えながら、わかったと電話を切ろうとして。

 

『それと』

 

 再び呼び止められる。

 

『明日は非番だったが俺も二課に向かう』

 

「……お父さんも?」

 

 何だと思いながら聞いた言葉はそういう言葉。何故と首を傾げた所で、了子さんにも伝えておいてくれと返され、そのまま電話は切れる。急遽来る用事でも出来たんだろうか? そう思いながら一度端末をポケットにしまって、了子さんへと言われたことを伝える。

 

「文彦さんが? なるほどね……わかったわ、こっちから弦十郎君にも伝えておくわ」

 

「……どうして父さんが明日来ようと思ったのかわかるんですか?」

 

 疑問の言葉に対して驚いた表情が返ってくる。可笑しい事を言ったつもりはないのだけれど、気付かず何か言っていたのだろうかと不安になる。

 

「……私、何か変な事言いました?」

 

「別に、変なことは言ってないわ。唯……うん。鈍いわね」

 

 友人にも、響にもよく言われる言葉だった。でも、何故鈍いと言われるのか、その所以は私にはわからなかった。時々、否。そういうことはよくある。一般と比べてズレて居ると言うべきなのか、他者が伝えたいと思う言葉の意味が理解できないという事は私にはありふれていた。でも、そういうのは気にしないでいるのが楽だともうわかっているから直ぐに切り替える。

 

「再診察の開始は?」

 

「明日を予定しているわ」

 

「泊まりに使う部屋はいつも私が使っている部屋で大丈夫ですか?」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

「なら今日はもうこれで下がっても大丈夫ですか?」

 

 是と返されて、一息にマグカップに残っていたコーヒーを飲み干して、立ち上がる。

 

「ご馳走様でした。ありがとうございます」

 

「お粗末様。マグカップはこっちで片付けちゃうから置いといて大丈夫よ」

 

「はい、分かりました」

 

 一礼をしてから扉へと歩き、部屋から出た後にもう一度だけ、頭を下げる。扉が閉まる前に手を振っている姿が視界に映り、一拍置いて無機質な扉が目の前を遮る。そうしたところで息を吐いて、壁に頭を擦り付ける様にもたれかかった。

 

「――――っ」

 

 左目に指をそっと這わせる。しかし返ってくるのは布地の無機質な触感だけだった。だけど、何もないというそれに私は何処までも安心していて、安堵の息を吐くと共に、漸く自分は大丈夫なのだと実感できる気がして目を閉じる。空調が効いている室内には風もなく、時間の関係か人通りも少ない静かな廊下は静寂であり、故に心を落ち着かせるには何処までも適していた。

 

「……そうだ、電話」

 

 落ち着くと漸く他の事、即ち電話の時に言われていた響からの電話の事を思い出して、とりあえず電話をするために泊まり部屋へと向かう事に決める。

 

 

 

 

 

―――……

 

 

 

 

 

 了子さんの研究室から(子供)の足で五分程歩けば二課内部の泊まり部屋へと辿り着く。月一の検査の日以外で此処に来るときは泊まり掛けの日が多いからか自然と私専用になっているというべきか、私用の下着や靴下、服の替えなどがそろっている。簡素な室内で観葉植物と机とベッドくらいしか特にないけれど、部屋から出て11歩の所に自販機はある。品揃えはそれなりで極めて便利だ。

 でも今はどうでもいいことだった。

 

「時間は……15時前。なら、家にいるかな」

 

 手に持った端末から再びショートカットの呼び出し番号を押す、無論今度はお父さんのではなく、響の家へ。三拍ほどの間の後、繋がる。

 

『はい、立花です』

 

 聞こえてきたのは男性の声、響のお父さんの声だ。

 

「すみません、私、小日向ですけど……響は今いますか?」

 

『ああ、未来ちゃんか。ちょっと待っててくれ、今、響に代わるから』

 

 電話越しに響のお父さんが響に呼びかける声が聞こえ、数秒後にドタドタと走るような音が鳴り響くとともに、荒い息遣いが鮮明に聞こえるようになる。

 

『み、未来、お待たせッ!』

 

「そんなに待ってないよ。それと、焦らなくても大丈夫」

 

『うぇひひ! ダイジョーブダイジョーブ。そんなに焦ってないもん!』

 

 明らかに焦っていたと思うのだけどなぁ。そうは思うけれど、本人がそう言っているのだし深くは言わないでいいかと止め、所でと手早く本題に入る。

 

「さっき電話してくれたみたいだけどどうしたの?」

 

『あぁ! そーだった。えっとね、今度の水曜日辺り、一緒に遊ぼ!』

 

「水曜日に?」

 

 随分とまた唐突だ。そう思いながら今の日付から考えると、大体四日位先のことになる。特に用事はないから大丈夫だろう。そう思いながらいいよ、と返す。

 

『ほんと!? やったー! で、何しよっかっ!』

 

「何も決めてなかったんだ……」

 

 苦笑交じりにそういえば、響も困ったように笑う。それがなんだかおかしくて、気付けば二人揃って笑い声が木霊す。

 

『……よし! とりあえず四日後までにやる事決めてくるから待ってて未来ッ!』

 

「うん、期待して待ってる」

 

 じゃあ四日後。いつもの公園でと言って響は電話を切った。端末を耳から降ろしてポケットに入れながら、ベッドに横たわって息を吐く。でもそれは疲れから吐く溜息じゃなくて、待ち侘びるような熱をもった息だ。

 

「響はいつも元気だなぁ……」

 

 時々、どうして響が私と一緒にいてくれるのかわからなくなる時がある。喋るのが下手な私と、積極的でない私と一緒にいてもつまらないだろうと思うからだ。もっと他にいい子もいるだろうに、と思ったことは数知れない。それに活動的な響は友達も多い。消極的で友と呼べる人も学内では一人しかいない私とは大違いだ。しかし、響はそんな私をよく気に掛けてくれる。他の誰よりも、私を。それがどうしようもなく不思議で、でも嬉しくて、気付けば四日後を待ち侘びて居る私が何処かにいた。

 

―――能天気だな、私って。

 

 気付けば先程までの張り詰めた思考を忘れている自分に気が付いて、呆れ混じりにそう呟いた。

 

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