その“ウタ”を知ったのは、“Excalibur”と適合して暫くしてからの事だった。
『いーい、空?今日アンタに教えんのは、この間の“星天衝滅(エクスカリバー)”よりも強烈な一撃。ぶっちゃけちゃえば、アンタの切り札って奴』
『それって“絶唱”?』
『Excellent!……と言いたいところだけど残念、その回答は今回に限っては五十点』
いつもの様に“Excalibur”の研究・開発を進めていた時に、了子姉さんが取り出して見せたのは一枚のA4プリント。
其処にあったのは、所々がかけた古代文字が踊る石板の様なモノが映った写真。その一節にはご丁寧にマーカーが引かれ、対英訳がその隣の空白に走り書きされていた。
『アンタの“シンフォギア”は翼ちゃんとは違う……ってのは、前に話したでしょ?本来“シンフォギア”は歌に乗せて戦うモノ。だけどアンタの場合は基本的に心臓の鼓動に合わせてその力を発現させている。―――恐らくは、姉さんの理論によって確立された形態だと思うけど』
『………………』
『と・に・か・く・!アンタが今回すべき事は、それを頭の中に直接叩き込んで、鼓動でそれを“歌う”事!』
『は?』
言っている意味が正直サッパリだった。
“口で歌う”ならまだ分かる。だが“鼓動で歌う”ってどういう意味だ?
そう問いかけても、了子姉さんも「だから姉さんのとアタシのとじゃ形態が違うから分かんないっつってんのよー!」と両手を上げて降伏する様な格好だった。
研究者が分からないモノを被験者に丸投げするなよ、とツッコミたい事しきりだったが、仕方のない事と云えば仕方のない事だった。
それが完成を見たのは、それから実に七年余りも後――――――大切な人(かなで)を守る事も出来ず、無様に生き残った、その直後だったのだ。
◆
奏を失う原因となったシンフォギア―――ネフシュタンの鎧。
奏の残した忘れ形見のシンフォギア―――ガングニール。
時を経て再び巡り合えた因果に翼は激昂し、歓喜した。嘗てと同じ過ちを繰り返さない為に重ねてきた鍛錬と研鑽、その全てをぶつけられる相手が目の前にいる。
だというのに――――――それなのに、この身は、この脚はまるで動かない。
少女に操られた“ノイズ”が取り囲んでいるから―――では、ない。
少女と空の、余りにも次元の違いすぎる攻防にただただ圧倒され、魅了されてしまったのだ。
余りにも美しく、勇ましく戦場で死の狂想曲を舞い踊る二人に魅せられ、そして気づいてしまったのだ――――――空が、何を目論んでいるのかという事に。
「―――praise a noble knight's king.
(讃えよ、誇り高き騎士王を)」
空の声音が、“それ”を紡いだ。
朗々と澄みきった声は広大なオペラ座での独唱にも似て、その時その瞬間翼の聴覚からは一切の雑音が排除され、空の声しか届いてはいなかった。
「―――praise priding oneself high King Arthur.
(讃えよ、気高きアーサー王を)」
駄目だ、と叫ぶ事が出来ればどれ程楽だっただろうか。
嫌だ、と泣き叫ぶ事が出来ればどれ程良かっただろうか。
誰よりも近くで彼を見てきたから、分かってしまう。
彼が誰を見てきたのか。
彼が誰を想ってきたのか。
彼が何の為に、誰の為に戦ってきたのか。
その全てを知る翼に、止められる筈がなかった。
「―――It is brightness of a star that he carries. A king's sacred sword
(彼が携えるのは星の輝き、王の聖剣)」
少女の顔が恐怖に染まる。声を張り上げて、“ノイズ”をまき散らして、必死に逃げようともがいて、足掻いて。
だが、空の独唱は止まらない。止められない。
「――――――The name is “Excalibur”.
(その名は、エクスカリバー)」
最後の言葉を紡いだ瞬間、一陣の風が踊る。
掬い上げる様に虚空に舞い踊った髪の向こうに、翼は垣間見た。
己の宿命を悟りきった“あの”微笑を湛えた空が。
―――少女に、その唇を重ねた。
◆
“絶唱”
装者の不可を省みる事無く、シンフォギアに内包された力を限界以上に引き出すそれは、“ノイズ”のみならず、あらゆる存在を一瞬にして殲滅せしめる程に絶大なエネルギーを発生させる。
無論、その反動は軽いものではない。装者の適合係数の高さに伴ってその負荷が軽減されるとはいえ、一歩間違えれば命の保障はない。
――――――だが、つまりは、だ。
命を省みず、且つ、適合係数が高ければ高い程、“絶唱”を介して引き出せるエネルギーの総量は桁外れになる。
それは嘗て、奏がライブ会場で“絶唱”を使い、自身の命と引き換えに“ノイズ”の大軍を殲滅せしめた様に。
「―――――――――!!!」
その破壊力は、クリスの声ならぬ絶叫と、公園を囲む様に群れていた“ノイズ”の大軍が一瞬で消え去った事が何よりも雄弁に物語っていた。
収束したエネルギーを間近で叩きつけられ、爆風に煽られる様に木々の向こう側へ吹き飛ばされたクリスらしき人影が、やがてネオンの灯った街の方へ消えていった頃、空を呼ぶ響の声に、翼は漸く我に返った。
「空さんっ!!」
空を中心に同心円状に緑が抉りとられ、地面がむき出しになった大地を蹴って空に駆け寄る響と、土煙を上げて急停車した車から転がる様に現れた弦十郎の向こう側に、“彼”はいた。
金糸の様に煌びやかだった髪は輝きを失い、手に持った剣が乾いた音を立てて地面に転がっていた。騎士の様に重厚な鎧はあちこちに凄まじい亀裂が奔り、最早立っている事自体が奇跡としか言い様のない状態。
「…………やっと、見つけたんだ……アイツを…………」
―――だが、それでも尚。
口から、眼から、古傷から、至る所から湯水の様に血を垂れ流しながら、それでも空は足を引きずり、クリスの消えた街の方へとその歩先を向けた。
死に瀕しても尚。
命を削ってでも尚。
「アイツを…とりか、えせ、ば……奏も、つば、さ……も―――――」
そこで言切れて、空は血だまりの中に沈んだ。
「空ッ!!」
「空さんっ!!」
慌てて駆け寄る弦十郎と響の姿に、記憶の中の光景が重なる。
『―――奏ぇぇぇッ!!』
「…………や、だ……」
蘇る。
あの絶望が。
蘇る。
あの後悔が。
蘇る。
あの恐怖が。
一振りの剣として捨ててきた思いが、感情が溢れ出る。脳髄を染め上げ、全身を支配して、カチカチと歯が音を立てて震える。どれだけ拒絶しても、五感を支配したそれが映しだす光景は翼の意志とは関係なく彼女の世界を支配した。
――――――十四年前。
目の前で幼馴染(そら)が、異形の魔物と瓦礫の中に呑まれた。
――――――二年前。
一番大切な親友(かなで)が、自分の未熟さ故に命を奪われた。
もう二度と大切な人を失いたくないから―――そう言って、そう叫んで、鍛え続けてきた、戦い続けてきたこの掌には、けれど何一つ残ってはいない。
誰も守れない。
誰も救えない。
「い、や…………」
消えていく。
誰一人守れない自分の前から、大切な人が消えていく。
奏が―――――――そして、空が。
「―――いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」
◆
夢を、見ている気がした。
靄がかかって、遠くがよく見えない空を落ちている俺がいる。何処までも落ちていって、落ちていって……そうして、誰かが俺の傍を通ったんだ。
それに気づいた俺が見ると、その“誰か”は奏で、ああこれは夢なのかって理解する。
夢の中で奏は俺に背を向けていて、俺の方からはチラリと顔が僅かに覗ける程度にしかこっちを向かない。
その瞳がどうしようもない程印象的だから、俺はこの夢を見るのが何度目なのか数えるのも面倒になるくらい見ているという事を覚えている。
夢の終わりは何時も同じ。憂う様に、悲しむ様に、嘆く様に―――そして、寂しそうに向けられたその瞳が、その背中が不意に遠のく。何時沈んだのかも定かではない深海の奥底に足を引きずりこまれる様に俺は暗く冷たい世界に呑み込まれ、色の消え往く世界の中で唯一鮮明に憶えている夕陽色が小さくなっていく。
それに向かってどれだけ必死に手を伸ばしても、届く事は決してない。
どれだけ足掻いても、もう二度と奏は帰って来ない。
足掻く事が、囚われる事は無意味で、無価値で、無用のモノである。
そう告げる様に、俺は暗く冷たい、光の届かない水底へと引き摺りこまれていった。