絶叫。
痛みに悶え苦しみ、救いを請う様な表情を浮かべる磔のクリスを眺めながら、フィーネの脳裏には少年の姿が蘇っていた。
大鳳空。
完全聖遺物である“ネフシュタンの鎧”を纏ったクリスを圧倒し、あまつさえあの極限下にありながら“絶唱”によって発生したエネルギーを口内から直接注ぎ込んで内蔵の破壊を目論む程の強かさを魅せた、『大鳳理論』唯一のシンフォギア装者。
宿した剣の名は“Excalibur”
其処から発せられるエネルギーは、現行のシンフォギアを遥かに上回りながらも、何故か一定数以上は上昇しないフォニックゲインと燃費の悪さから不完全なままとなっている未完成のシンフォギアシステム。
それを造った人は―――自分の師であり、家族であり、唯一心を許せたあの人は、今はもういない。
(姉さん…………貴女に今の世界は、どう見えるのかしら?)
応える声はない。
人里離れた屋敷に、少女の絶叫が木霊した。
◆
―――いき、てる……?
何処までも果てしなく続く水底に沈む浮遊感に襲われながら、ゆっくりと見開かれた瞼の向こうに映ったのは……自分。ボロボロの鎧を纏い、傍らにひび割れた剣を浮かべて、何処までも……何処までも落ちていく無様な姿。
―――違う……“また”死に損なっただけ
奏を守れず、空を救えず。
何一つ叶えられない自分の無力さが、どうしようもなく嫌いだった。
だから、戦った。
数え切れない程の“ノイズ”を倒し、幾度となく死線を越えて。其処に意味も価値も見出さず、見いだせず―――ただ、倒し続けてきた。
―――ああ……そっか。
景色が変わる。
見覚えのある……今でも克明に思い出せる場所だ。
“ツヴァイウィング”最期の公演舞台。
そして……私達三人が約束した、あの場所。
―――気づいたんだ。私自身の命にも、何の意味も価値もないんだって事に。
自分の“意志”を欠いて戦ってきた存在に意味などなく、その人生に価値はない。
だから私も空も、そうじゃなかった奏に焦れて、彼女の事が大切になったのだ。
奏が攫ったのではない。
空が離れたのではない。
ただ自分が―――風鳴翼が、立ち止まってしまっただけだったのだ。
歩み続ける二人から離れ、立ち止まり―――そうして、ただ二人の背中を見つめるだけになってしまった。
臆病で、弱虫で……本当の自分自身が嫌いで、強くあろうとし続けた。
『戦いの裏側とかその向こうには、また違ったものがあるんじゃないかな』
けど、奏は違う。
『あたしはそう考えてきたし、そいつを見てきた』
『それは何?』
『自分で見つけるモノじゃないかな』
意地悪で、強引で、我儘で――――――だけど、だからこそ誰よりも燦然と輝く、あの太陽の様な少女が、誰よりも大切だった。
『……だけど、私に意地悪な奏は、もういないんだよね』
『そいつは結構な事じゃないか』
『私は嫌だ!私だけじゃない。空だって、ずっと奏の事……!』
『分かってるさ、翼。だからこそ―――』
―――自分が傍にいるのか、遠くに居るのか。そいつ自身が決める事さ
自分、が?
だったら、私は――――――――――!!
まどろんでいた意識が覚醒するにつれ、土蔵で蹲っていた筈の自分が何時の間にか自室の布団で横になっているという事に気づいた翼は、次いで鳴り響いた着信音に弾かれた様に身を起こした。
普段に輪をかけて酷い有様を晒すごちゃごちゃとした室内をかきまわして携帯電話を取り出した翼は、震える指先を必死に抑えながらボタンを押した。
「……もし、もし…………?」
『起きていたか翼。今すぐ車を回すから、こっちに来れるか?』
「それって―――」
『空の容体が持ち直した……開口一番、言ってたぞ?』
―――――翼はどこですか?ってな
涙が溢れ、止めどなく流れ出る。
確証なんて何処にもなかった。“絶唱”は最悪命すら失いかねない切り札。奏に続き、空までも―――そんな未来が、一歩間違えばあったかもしれないのだ。
「直ぐに行きます……!」
言いたい事がある。
告げたい事がある。
沢山、沢山――――――だけど。それよりも、何よりも最初に、“彼”に伝えたい。
“おかえり”と。
“ありがとう”と。
そして――――――“大好き”と。
◆
「夢の中でさ、奏に怒られたよ。『何やってんだよバーロー』ってな」
持ち直した空の容体は尋常ならざる回復力を見せ、夕方に差し掛かる頃には病室で横になれる程度にまで回復していた。
最も、常に点滴を必要とし一人での歩行はまだ到底無理。当面は治療とリハビリが必須と担当医にきつく申しつけられた上での事ではあったが。
そして、弦十郎が席を外した時に、空は眠っていた時の事を話し始めた。
「『死人に囚われんな』とか『もっと周りを見ろ』とか……人の気も知らないであの野郎は好き勝手言いやがって……!」
「奏はちゃんと空の気持ちに気づいてたよ?」
「………………は?」
本気で気づいていなかったらしき幼馴染の様子に、翼は隠そうともせず嘆息を洩らした。
この幼馴染といい、あの親友といい、どうして普段は割と上手に立ち回るというのにこう……ここぞという大一番で尻込みする様な性質なのだろうか。思い返してみればデートにしたって自分がついていかなければ二人きりではロクに会話も成立しないから常に三人で出かける格好だったし。
「…………じゃあ何か?俺は告白する前から玉砕してたって事か?」
「ううん、その逆。奏も空の事が好きで、二人は両想いだったって事」
「……なんだよそれ。頭ん中ぐちゃぐちゃで訳わかんねぇ……!」
「…………でもその陰で枕を濡らす幼馴染がいたって事に、二人は最後まで気づきませんでした、と」
頭を抱えて唸る空に追い打ちをかける様に言ってやると、頭を抱えたままの姿勢で空が言った。
「……お前さ。再会して直ぐに言ったそれが混乱の原因だって分かってるのか?」
「フン、空だって悩めばいいんだもん。私だって今まで散々悩んできたんだから」
本当に久しぶりに感じられる。
こうやって何の気負いもなく、ありのままの自分をぶつける様に話すのは、本当に久しぶりだった。
拗ねた様な口ぶりで言ってやると、小さく溜息を零してから空は言った。
「…………その、な。今はまだ正直、お前の事を奏以上に好きになれる自信がないんだ。だからその……保留、じゃ駄目か?」
「……ヘタレ」
「うっせ。お前が唐突過ぎんだよ」
言った所で、部屋の外から自分を呼ぶ弦十郎の声が聞こえた。
其方へ向かおうと席を立った時、背中越しに空の声が届いた。
「……ちゃんと。ちゃんと気持ちに決着(ケリ)つけたら、答えを出すから」
「……焦らない、って言えば多分嘘になる。けど、待ってるから」
楔を一つ抜いて、新しく約束を其処に刻んで。
防人(つばさ)は再び、戦地へと赴いた。