Eternal Blaze -永遠の輝き-   作:茶々

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第十六小節 A Remnants

 

個人病棟の一室の前で、翼は大きく息を吐いた。

 

遡ってみれば病室の番号を手元のメモで確認し、入院患者の名前を確認し、受付で担当医に場所を確認し、病院に入る前に弦十郎に確認をとって確かめた場所。

 

「此処が、空の病室…………」

 

一時は意識不明の重体でありながら驚異的な回復力で既にリハビリを始めているとはいえ、慎次に手回しして貰うまで暫くあった歌手としての活動や“防人”としての戦いが立て込んで会いに来る事も儘ならなかった空との久しぶりの再会に、翼は嘗てない程に緊張していた。

 

「…………」

 

もう一度、翼は身なりを確認した。

青を基調としたデニムと白のシャツに幾らか上着を重ねただけの簡素な服装。アーティストの時にはメイク担当にまかせっきりだった為に化粧の類は全くしていないのが当人は酷く不安だったが、街中で時折見かける同世代の少女の外観からは大きく外れていない……と、若干の不安を覚えつつも翼は見舞い用の花をギュッと抱えた。

 

半自動開閉のドアを前に翼はノックしようと軽く手を握り―――瞬間、ふと考えた。

 

第一声を、どうするか。

 

「…………」

 

先日、翼は空に告白した。答えこそ保留にされているが、それでもしっかりと想いは告げた。

そう。今日の訪問は、それから初めての事なのである。

 

当然の事だが、自分には恋愛経験なんて色めいたモノは欠片もない。これまで身近にいた存在を“異性”として認識したての折にどんな挨拶をすればいいのか、どんな会話をすればいいのか。

その辺りのスキルなんてものを翼が持ち合わせている道理は何処にもない。

 

「…………」

 

もう一度、翼は身なりを確認した。

青のデニムに白のシャツに上着。飾りっ気も色気も欠片も存在しない簡素な服装である。しかも――これまでの事を考えればそれ程重要ではないのかもしれないが――意中の相手を目前にして化粧の類も全くしていない。

少なくとも“異性”として意識される様な格好は、何一つしていなかった。

 

こんな事だったら何時だったか奏に面白半分冗談半分でプレゼントされたやたら丈の短いスカートでも着てくれば良かったのだろうか、と翼は割と真剣に思い悩んだ。

奏自身がそれを着て得意げに披露してみせた折には、女の身でありながら翼も少し胸の動悸が激しくなったのを覚えている。いわんや、空がそれに魅力を感じない筈がない。だって男の子だもん。

 

「………………」

 

胸の膨らみには余り自信はないが、脚のラインであれば相応に魅せる事は出来ると翼は思った。何時だったか奏にセクハラ紛いに脚を舐める様に撫でられた時も彼女はやたらと興奮気味に太腿の辺りを執拗に撫でまわしていたし、その辺りを強調すれば空も少しは魅力を感じてくれるのでは――――――と考えた瞬間、翼は何を妄想したのか突然顔を真っ赤にしてブンブンと首を振った。

 

「きょ、今日はお見舞いなんだから! そそ、そういうのは今度にしよう、うん!」

 

誰に聞かせる訳でもなく一人で呟く翼。

廊下を通る人影は皆無だったが、第三者から見ればこの上なくおかしな人に見えたであろう事を、彼女は知る由もない。

 

 

 

 

 

空気の抜ける様な音と共に自動ドアが開き、翼は病室へと足を踏み入れた。

 

弦十郎の手回しによって宛がわれた個室は小奇麗に片づけられており、机の上には報告書と思しき書類が数枚広がっている。

ベッド脇のデスクには何故か黄水仙をあしらった造花が飾られており、その隣のベッドで入口に、入って来た翼に背を向ける格好で空は寝ていた。

 

「空、寝ちゃってるの……?」

 

何処か拍子抜けした様な、それでいて少しだけ気落ちした様な声音がポツリと洩れでる。

 

余り長居は出来ないが、それでも少しくらい話したかった……とはいえ、空が毎日の様に無茶なペースでリハビリを繰り返しているという事は担当医からため息交じりに聞かされた事なので、その疲れが出てしまったのだろうと翼は当たりをつけ、手近な所にあった椅子に腰かけた。

 

持ってきたライラックの花束をデスクに置き、すぅっと何気なく息を吸う。

 

遠くでリディアンの鐘の音が響いているのを鼓膜が捉え、翼はスッと目を閉じた。

 

「……大丈夫だよ。空、奏」

 

誰に聞かせる訳でもなく、独り言の様に翼は呟く。

 

「私、二人が言うほど真面目じゃないから……」

 

―――だからこうして、今日も生き続けている。

 

自然と、笑みが零れていた。

 

 

 

 

 

 

同じ頃、リディアンからほど近い商店街の一角から香ばしい匂いが漂っていた。

 

「うはぁ……! いっただきまーっす!!」

 

矢も盾もたまらずといった勢いでお好み焼きにかぶり付いた響は、具とソースとマヨネーズと青海苔の奏でる四重奏に忽ちほっぺを急降下させ、喜色を満面に浮かべていた。

 

「もぅ……ほら響、口の周りがベトベトになってるよ」

「ん……あはは、ゴメンね未来。未来の“お願い”だったのに私ががっついちゃって」

「いいよ。今朝は頑張っていたし、お腹すいちゃったんだよね?」

 

響の親友である未来はそう言って、最愛の子供を見つめる母親の様に慈愛に満ちた眼差しを響に向けていた。

 

日曜日の朝から自主トレに付き合ったお礼として、未来は響に「お好み焼きを奢って」と頼んだ。

最近はめっきりと親交の減った事もあって一も二も無く頷いた響だったが、いざ来てみれば久しぶりに鼻孔を擽るお好み焼きの匂いにすっかり腹の虫が騒ぎ始め、未来へのお礼の筈が自分の方が先に食べ始めてしまった。

 

「二人揃っている所なんて、随分と久しぶりね」

 

お好み焼き屋『フラワー』の店主を務めるおばちゃんが手際よく豚玉を焼きあげながら言うと、バツが悪そうに響が苦笑を浮かべた。

 

「あ、あはは…………その、最近ちょっと色々ありまして」

「毎日が充実してるっていうなら別にいいけど、あんまり友達を疎かにしちゃダメよ?未来ちゃんなんて、特に心配性なんだから」

「お、おばちゃんっ!」

 

恥ずかしそうに声を上げた未来の姿にニヤニヤと笑みを浮かべながら「はいはい」と返しつつ、匠の域に達しようかという程のおばちゃんのヘラ捌きでまた一つお好み焼きが焼き上がる。

 

人の三倍はよく食べる普段の響であれば遅いくらいだが、今日に限って云えばこれは少々焼き過ぎな感も否めない。

 

「お、おばちゃん……そろそろいいから」

「おや、そうかい?今日は随分と少ないんだね」

 

年頃の女子高生相手にその発言はどうだろう。というか大食少女的なイメージが定着している響も響だが。

 

ともあれ、普段であれば早々に空になる皿の上に未だミックスを半分ほど残した状態で箸を置き、響は未来に向き直った。

 

「それでね未来…………は、話っていうのは、ね……?」

「うん」

「その……今までもそうだったんだけど、これからもちょくちょく……その…………」

「うん、いいよ」

「……へ?」

 

要領を得ないまま言葉を濁していた響を一瞥し、「しょうがないなぁ」とでも言いたげな眼差しで未来は微笑んだ。

 

「どうせまたお人好しが過ぎて妙な事に首突っ込んでいるんでしょ? それで、私を巻きこみたくない、迷惑をかけたくないから詳しい事は何も言えない。…………どうせ、そんな感じでしょ?」

「あ、あはは……流石は未来だね」

 

どうして何も言ってないのにそこまで見透かせるんですか貴女はエスパーですかそうですか、と、自分自身に隠蔽力が欠片も無い事を考えつかないまま半笑いを浮かべつつ、響は自分を納得させた。

 

「……本音を言うなら、事情を話して欲しいし、私にだって手伝わせて欲しい。けど、響がそうさせたくないっていうなら私は何も言わない」

「そ、そうじゃなくてねっ!? 私もというか色々な人に色々な都合がありまして下手に話すと未来に迷惑をかけちゃうから話せない訳であって別に未来の事を疎かにしたいとかそんな事は全然全くこれっぽっちだってないんだよ本当だよっ!?」

「はいはい、分かってるから」

 

慌てて弁明する様にまくしたてる響に向かって鷹揚に手を振り、未来は溜息を洩らした。

 

「けど、それが全部終わったらちゃんと埋め合わせして貰うからね?」

「う、うん! それはもうばっちりしっかり朝から晩まで!!」

「おやおや、お熱いねぇ二人とも」

 

浮気を弁明して愛を確認し合う新婚夫婦の様な会話をする二人を見やってニマニマと笑みを浮かべつつ、新たに焼き上がったお好み焼きにマヨネーズでハートマークをトッピングしたおばちゃんがラジオを弄った。

 

「おばちゃん!」と何処か気恥ずかしそうな未来の声を片耳で聞き流しつつ、ラジオから流れてきた音楽に耳を傾けた。

 

『…………それでは、次のナンバーです。えー、此方は二年前に亡くなられた天羽奏さん、そして現在はソロで活動している風鳴翼さんのユニット“ツヴァイウィング”のデビュー当時の曲です。“ORBITAL BEAT”』

 

ラジオから流れてきた言葉に、そして音楽に、響は言葉を失った。

嘗てライブ会場で聞いた“逆光のフリューゲル”とは異なった、力強く脈打つ様な歌声。今ではもう聞く事の叶わない天羽奏の―――元々の“ガングニール”奏者の、ウタ。

 

「あら、未来ちゃんのお気に入りの曲だったわね」

「お、おばちゃん!」

「へ? そうなの?」

 

ひょっとして未来も“ツヴァイウィング”のファンだったんだろうか。いや、そうだろう。何しろ響が“ツヴァイウィング”に興味を持つ切欠となったのが、他でもない未来の誘ったライブなのだから。

……だとしたら、現在進行形でその片方と職場を共にしていると知られた時、どんな反応をされるだろうか。見てみたい気もするが、正直怖い。

 

「ファンの力は色々な意味で偉大だから」とやたら疲れた様な笑顔を浮かべていた空の姿が瞼の裏に一瞬蘇った。

 

「ああ、歌ってる子じゃなくてギターの子のね」

「へ?」

「何だっけ? 確かこの曲ともう一曲やって、デビュー直後に変わっちゃったんだっけ?」

「もぅ…………そうですよ。メジャーデビューしたら直ぐに変えられたけど、私はこっちの方が好きなんです」

 

成程、と響は納得した。

リディアンへの進学が自分の様に翼目当てではなく、単純に音楽に関わりたいからとか成績的に順当だからとか至極まっとうな彼女らしいといえばその通りだ。

 

とはいっても、自分にはギターがどう違うのか、何がいいのかといった部分は生憎とサッパリだった。歌の方なら文句なしで「上手い!」と賛同できるのだが。

 

「なんて言ったっけ…………そのギターの子、えぇっと……」

「大鳳さんですよ。“大鳳空”さん」

「―――へ?」

 

だから次の瞬間、未来の口から予想外の名前が紡がれた時、呆気にとられた様に響が口をあんぐり開けたのはしょうがない事なのかもしれない。

 

「そうそう! 大鳳くん! 確かデビュー前は歌の方もやっていたんだっけ?」

「はい! インディーズの時に歌ったモノも幾つか残っているんですよ」

「相変わらず妙な所でレトロ趣味だねぇ、未来ちゃんは」

「根強いファンと言って下さい。それに、私は別に“ツヴァイウィング”や風鳴さんが嫌いってわけじゃないんですから」

 

二年前の――実質上の――“ツヴァイウィング”のラストライブチケットを響にプレゼントしてくれたのも未来でしたねそういえば。

等とツッコミを入れるだけの余裕は、今の響にはなかった。

 

「あんまり趣味(おっかけ)に凝ってると、その内響ちゃんに逃げられちゃうよ?」

「ふぇっ!? わ、私は別にそういうのじゃなくて――――――」

 

未来とおばちゃんのやり取りが聞こえなくなるくらい、響は思考の海に内没していく。

 

無意識のまま、それでも手は器用にお好み焼きを箸で切り分けて、口の中へと運んでいく。

 

不思議な事に、紅ショウガの味が全くしなかった。

 

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