その人を初めて見たのは、何処かの会場で行われているコンサートの映像を見た時だった。
沢山の歌を聞いてきて。
沢山の歓声の中にあって。
誰よりも燦然と輝き、誰よりも悠然と佇んでいたその“音”を、“声”を、未来は憶えている。
「気に入らない、という顔つきだな?」
大鳳空。
多分、自身が知る中においてはトップクラスの実力を持つ、元“ツヴァイウィング”のギタリスト。
―――そして、この場所にいると云う事は、彼もまた。
「貴方は……」
「ん?」
「貴方は、知っていたんですか」
響が―――親友が、親友だと思っていた女の子が、今まで自分に隠していた事。
それが途轍もなく危険な事で、途方もなく終わりが見えないモノだと云う事。
そして、何よりも。
響に、その全てを、親友である自分に隠す様に強要した事。
「全部、知ってて……貴方達は!」
「……ハァ」
溜息が聞こえた。
と、同時に、
「ッ!?」
「―――粋がるなよ」
未来は、一瞬にして自分の襟元が締めあげられているという事に、呼吸の息苦しさを覚えて漸く気づいた。
ぐんと間近に迫った空の顔は、凡そ感情と呼べる様なモノは窺い知る事は出来ず―――だからこそ、未来はその瞳に爛々と宿る“苛立ち”に、本能的に恐怖を感じた。
「未来……そう、確か小日向未来だったか。お前、立花の“友達”なんだってな?」
「そ、れが……何っ!」
「友達だから、隠し事をして欲しくなかった。危険な事をして欲しくなかった。全部自分に話して欲しかった。悩みを共有したかった……大方、そんな所だろう?」
口の端を吊り上げて、嘲笑う様に空は続けた。
「なのに立花はお前に隠し事をした。シンフォギアの事、“ノイズ”と戦ってる事……お前は立花に裏切られた“と思っている”」
思っている、じゃない。
事実、彼女は自分を裏切ったじゃないか。
言外にそんな意志を込めて空を睨みつけると、鼻先が擦れるほど間近で空は未来に告げた。
「―――甘ぇんだよクソガキ」
未来は、息を呑んだ。
気弱な人間なら、その眼光だけで意識を失ってしまう程に鋭い威圧感が、“怒り”が、未来の全身を刺し貫いた。
「アイツの関わっている事はお前みたいな“無力な”人間がどうにか出来る問題じゃねぇんだよ。聞けば何でも答えてくれる、自分じゃ背負い切れなければ無責任な応援の言葉だけかけて高みの見物……成程、それがお前の云う“友達”って奴か」
「なっ―――!?」
全身の血が一瞬で沸騰して、逆流した様に未来は感じた。
否、感じたと同時に怒りへと変わったそれは、宙ぶらりんとなったままの足を強引に動かして彼の脇腹へ元陸上部自慢の脚力を叩き込もうとした。
が、渾身の力で繰り出したそれは、あっさり片手で防がれた。
「うざってぇんだよ。いい加減、理解したらどうだ?」
「な、にを―――ッ!!」
「お前は“無力な”凡人で、只の“弱者”だ。だから―――」
断頭台の鎌を落とす様に、告げた。
「“お前に、アイツは守れない”」
◆
ベッドの中で毛布にくるまりながら、未来の頭の中では空の言葉が何度も再生されていた。
―――お前に、アイツは守れない
分かっていたのだ。
この怒りが、憤りが理不尽なもので、どうしようもないものだという事は。
空の言う通りだという事も理解していた。
シンフォギアシステム。
“ノイズ”と戦う為に、人類が生み出した唯一絶対の対“ノイズ”兵器。
それがなければ、例えどんな武装をした所で自分は一瞬で炭素の塊となって、物言わぬ屍……いや、骨どころか毛髪の一片すら残らずこの世から消滅する。
それは自分だけではない、世界中の人間がそうだ。
だから、それを防ぐ為に彼らは戦っている。
そして、偶然にも響にはその素養があった。
人類を救う力が――――――
「…………ッ」
未来の脳裏に、空の言葉が蘇る。
『お前の存在は、アイツにとって足枷にしかならない。“平和な日常”をアイツから奪ったのは、確かに俺達だ』
分かっている。
そんな事、今となっては痛いくらいに理解している。
『だが、アイツは最終的に戦う事を“選んだ”。誰かに強制される訳でもなく、自分の意志で、だ』
分かっている。
響が誰かを助けられる力を持っていたら、迷わずそうする性格だという事くらい、自分の方が遥かに理解している。
『それでも尚、アイツを“日常”に縛り続けて、アイツの足枷になり続けるっていうなら――――――少なくとも“俺”は、お前を“殺す”事も厭わない』
大戦末期に設立された、特別諜報機関。
当然、その仕事の全てがまっとうなモノである筈がない。
時に汚れた仕事だってある。
血に濡れた仕事だってある。
だからこそ、未来は気になって仕方がなかった。
凡そ人の情を持ち合わせているとは思えない、あの冷徹な声音と、感情の欠片も見せないあの瞳の奥に、
『最後に一個だけ、教えといてやる。人間なんて生き物はな、傷が化膿しただけであっさり死ぬ奴がごまんといる様な欠陥品だ。そんな奴が、“言わなくても伝わる”なんて便利な力があるんだったら、争いなんてものはとっくの昔になくなっているんだよ』
世界の全てを呪う様な激情が垣間見えた気がした。
◆
らしくない、と思った。
二課から病院へと戻る道すがら、空は慎次の申し出を断って歩いて帰っていた。
既に松葉杖も片方だけになり、日常的な歩行程度であれば医師からも許可が下りていた事もあって、先程の未来への説教染みた戯言について考えを纏める為にも、少々頭を冷やす必要があったからだ。
何が救えないだ。
何が殺すだ。
馬鹿馬鹿しいにも程がある自身の妄言に、空は無人の公園で誰に憚る事もなく大きくため息を漏らした。
“あんな”少女、普段の空であれば歯牙にすら掛けようとはしなかっただろう。路傍に転がる石の様に、見向きすらせずに何の接点もない筈だった。
だというのに、慎次や弦十郎の説明を受け終わった後のあの釈然としない様子が何故か気になって、気がつけば突き飛ばす様に未来の襟首を放している自分がいた。
苛立ちの理由も、原因も何一つ分からぬまま彼女に説教染みた言葉を叩きつけて、らしくもなく感情的になっていた自分を思い出して、空は再びため息を零した。
「…………ハァ」
小日向未来は、立花響の親友。
ただそれだけ。
たったそれだけ。
にも関わらず、自分は――――――
「…………ん?」
ふと、泣き声の様なモノが耳朶を打った。
眼をやると、電柱から注がれる光に照らされる様にポツンと置かれたベンチの傍に、三つの人影があるのを空は見止めた。
と、あちらも自分に気づいたらしく足を止めて此方を見やり、
「………………雪音、クリス?」
「………………え?」
二人の子供の手を引いて歩こうとしていた少女、雪音クリスが、豆鉄砲どころか散弾銃を突き付けられた鳩の様に目を丸くした。