クリスは混乱していた。
この状況は、見る者が見ればどう考えてもおかしいモノだと理解していながら、本来好きでもないのに大得意な“壊す”事が出来ないという状況が、未だに呑み込めずにいた。
「…………」
数時間前、クリスは絶望と苛立ちの中にあった。
シンフォギアに関してはど素人だった筈の立花響に劣勢に晒され、突如乱入してきた風鳴翼には窮地に追いやられ、信じていた筈のフィーネから一方的に捨てられて。
どうすればいいのか途方に暮れて、当てもなく彷徨っていた公園の中で、泣いている少女と泣かしていると思しき少年と出会った。
最初は少年を叱ろうと思ったら少女が庇い、少女が泣き始めると少年が庇い、鬱陶しくなってそのままに「一緒に探してやる」なんて言い出してしまった所で、忌々しい大鳳空に出くわした。
そのまま戦闘になるかとも思ったが、何故か空はクリスには怪訝な一瞥をくれたきり、後は少女と少年から事情を聞いて親を探す手伝いを自ら申し出た。
本来のクリスであれば、ならば好都合とばかりに後は空に全てを押しつけてさっさと撤退すべきだったのかもしれないが、何故か懐かれてしまったらしい少女にせがまれて、クリスも親探しに協力する羽目になってしまった。
数日前には死闘を繰り広げた男、大鳳空と一緒に。
「…………」
チラリ、とクリスは空の様子を見やった。
少女を背負って片手で支えながら、器用に松葉杖をつく歩調に乱れは殆どない所から、ある程度回復したのが窺い知れる。
だがそれも全快に程遠いという事は、未だに彼からくらった“絶唱”のダメージが残るクリス自身が理解していた。
「……何を見ている?」
と、余りに視線を向け過ぎたせいだろう。空が怪訝そうな面持ちでクリスに問いかけた。
「は、ハァッ!? 別に見てねぇし!」
「フン……」
苛立ち混じりに反論すると、空もまた吐息を一つ漏らしてそっぽを向く。
その様子に、空に背負われていた少女が不思議そうな声を上げた。
「お姉ちゃんとお兄ちゃん、喧嘩してるの?」
「別に、喧嘩じゃねぇよ……」
気まずそうに視線を逸らしたクリスを見やって、少女は更に続けた。
「じゃあ、何で怒ってるの?」
「怒ってねぇよ……」
「じゃあ、何でこっちを見ないの?」
「別にいいだろ……!」
「じゃあ、何で―――」
「あーもううぜぇなっ!! 一々しつけぇんだよお前はっ!!」
質問を続ける少女にクリスが怒鳴ると、途端に身体をビクッと震わせた少女は大きな眼一杯に涙を溜めた。
「ふぇ……っ」
「妹を泣かせるな!」
先程のやり取りを再生するかの様な言葉に、クリスは軽く頭痛を覚えた。
と、そんなクリスを諌める様に空が口を開いた。
「こんな子供泣かせるなよ……」
「こいつが一々しつけぇんだよ! 大体、なんでアタシまで人探しに巻き込まれなきゃいけねぇんだ!!」
クリスにしてみれば尤もな発言のつもりだったのだが、空があやして落ちつかせた少女が窘める様に口を開いた。
「喧嘩はダメだよ。喧嘩したら、“ごめんなさい”しなさいってお父さんが言ってたよ」
「だから喧嘩じゃねぇって……!!」
苛立ちの募るクリスを余所に、空は少女を降ろした。
と、そのまま歩み寄って来た少女がクリスの手を取る。
「えっ?」
「仲直り、しよ?」
そして、そのまま空いていた空の手をとって、二人の手を重ねた。
図らずも握手する格好となったその手を暫く眺め、状況を把握した瞬間、クリスは弾く様にその手を引っ込めた。
「な、なにっ、しやがるっ!?」
慌てた様に叫ぶクリスを見て、少女は不服そうな表情を浮かべた。
「仲直りしなきゃダメだよ」
「だ、だからコイツとアタシは何でもねぇっつってんだろ!?」
「子供相手にムキになってんじゃねぇよ……」
「うるせぇっ!! つか、何テメェも冷静にこの状況を受け入れてんだよっ!?」
先程から落ち着き払っている空を糾弾する様に叫んだクリスは、そのまま早足に歩を進めた。
最も、後ろから追いすがる様に走って来た少女に腕を掴まれ、結局は四人で再び親探しとなったのだが。
◆
父親を真ん中に、仲良く手を繋ぎながら遠のいていく三つの背中が消えた頃になって、何となくクリスは自分の掌を眺めた。
『―――喧嘩しちゃうけど、仲直りするから仲良し!』
何故か、気づいたら少女に問いかけていた「仲良くする方法」の答えを聞いて、クリスは不思議な感覚を覚えていた。
少女によって無理やりとはいえ、空と重ねられた手。年相応の少女らしく華奢で小さく―――そして、あの無骨で硬質な手とは比べるまでもない程に、未熟で幼い自分の手。
今日、自分の腹に渾身の一撃を叩き込んだ響とは違った“熱”を帯びた、不思議な温かさ……とでも言うべきなのだろうか。
敵だから、自分以外の“力”を持つ者だから――――――そんな理由で、反射的に払いのける様に放したあの手は、今までどれ程の死線を潜りぬけてきたのだろうか。
気づけば、クリスの視線は空の方を見やっていて、そして同じ様に自分を見ていた空と目があった。
「な、なんだよ」
「別に」
ぶっきらぼうに問いかけたらぶっきらぼうに返された。
その反応にムッとなりかけて、クリスは自分がどれだけお気楽な思考回路を働かせていたのかに気づいた。
「じ、じゃあな。次会ったら、今度こそぶっ殺してやるから覚悟しとけよ」
取り繕う様に吐き捨てて、クリスは空に背を向けた。
これ以上話すつもりはない、という彼女なりの意思表示だったのだが、
「―――クリス」
意表をつく様に紡がれた言葉に、クリスは思わず振り返った。
空は緩やかに、死闘を繰り広げた“敵”に向けるものとはかけ離れた優しい笑顔で、
「またな」
たったそれだけ。
しかし、何度も耳の奥で繰り返される声音だけを残して踵を返した。
「……なんだよ」
その背が遠のいて。その姿がやがて雑踏の中に見えなくなるまで、クリスはその場に立ち尽くし、やがて呟く様に漏らした。
「……松葉杖がなくたって、歩けるんじゃねぇか」
空の歩いて行った方を見つめながら、クリスは手を握り締める。
揺るがぬ強い決意を込めて握ったその手の中には、不思議な温かさが残っていた。